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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第三章 ~ミノタウロスの牛肉カレー~
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王蛇バジリスク

 返答に窮していると、視界の端に鋭く閃くものが映った。同時に刺すような殺気が飛んできた。フライパンを抜き、ベルゼとシンをかばうように前に出る。


「シャアッ」


 短い叫び声とともに牙をむき出しにして突撃して来たのは、蛇だった。人間を丸のみできるほどに開かれた巨大な口を、リンリはフライパンに拡大魔法をかけ、盾とし、なんとか防いだ。


「フシューフシュー」


 紫色のよだれが口から垂れてきて、フライパンをもつリンリの手を焼いた。


「ぐっ」

「バ、バジリスクっ」


 シンとベルゼが同時に叫んだ。まずい。石化魔法をまだ食らってもいないのに、二人は足を震わせ、その場から一歩も動かない。


「早く逃げ――、ロスっ」


 リンリが呼ぶと、ロスは鍋に突っ込んでいた鼻先を上げ、「ウォンっ」と吠えた。空中で一回転し、ハイウルフの姿になると、バジリスクの尾部に噛みついた。


「ギシャアッ」


 バジリスクの頭部が高く跳ね上がった瞬間、リンリは身を退き、ベルゼの手を引っ張り走った。


「ははは、あんなのに睨まれたら、一巻の終わりだな」

「笑っている場合じゃありません。カレーは食べ終わりましたか?」

「いや、まだだ」

「早く食べてください。あれは私ひとりでは無理です」

「うむ。任せろ」


 匙を素早く動かし、カレーを一口食べるごとに増大する魔力をそばで感じながらリンリは、状況を確認した。ロスが倒れ、全身を微動させている。毒による痺れだろう。そこにバジリスクがとどめの一撃を入れようと鎌首をもたげる。


「まずい」


 リンリは駆け出したが、バジリスクの方が速い。


「防御魔法っ」


 バジリスクの咬撃を受け止めたのは、シンだった。展開した魔法の盾は、バジリスクの鼻孔から吹きだされた息によって徐々に霧消していく。楯が完全に消滅する寸前で、横からリンリは、フライパンを力の限りふるった。縄のようにしなりながら吹っ飛ぶバジリスク。


「ロスっ、シンっ、無事ですか?」

「し、痺れて動けません。それに、気持ち悪い」


 そう言ってシンは倒れた。致命傷は負っていないようだ。


「リンさん、撤退しましょう。あれには勝てません」


 ロスとシンを守りながら戦って勝算があるか。思考した一瞬の隙をついて、バジリスクの目が赤く光った。反射的にロスの影に隠れるリンリ。やわらかな獣毛が硬く灰色になっていく。


「クゥン」

「ロス、大丈夫です。必ず助けます」


 石化魔法の赤い光が消え、バジリスクが動き出したそのときだった。食器を床に置く音とともに声が響いた。


「ごちそうさまでした」


 石化を免れたリンリに狙いを定めていたバジリスクが方向転換し、標的を変えた。唸り声とともに鞭のようにしなり、毒息を吐き散らしながら、ベルゼに牙が迫る。


「魔王様っ」


 ベルゼは手を前に出し、牙を受け止めた。一歩も引き下がることなく。予想外の抵抗にバジリスクは目を見開き、口内から毒息を噴射した。しかし、手の力は弱まるどころか、増してきている。バジリスクの目玉が震え始める。


「まったく。こんなに臭い息を吹きかけられては、さきほどのカレーの風味が台無しじゃないか」


 力強い発声とともに牙を砕き、蛇の頭を殴り飛ばすベルゼ。ミノタウロスを彷彿とさせる腕力だった。毒もまるで効いていない様子。


「リンリ、無事か?」

「はい、私は大丈夫ですが、ロスとシンは石化しました」

「石化を解く方法は?」

「いくつかありますが、一番手っ取り早いのは、バジリスクを殺すことです」

「ならば簡単だな」


 油断しないようにと言おうとした口を閉じる。ベルゼの目には、一切の驕りが見えなかった。本人もわかっているのだろう。今、自分がまとっている大きな魔力は、料理の効果による一時的なものだと。この戦いが終わり、時間が経てば、また魔力ゼロの体に戻ることを。


「魔王様、すみません、バジリスクの毒が回って来たようです。体がしびれてきました」

「安心しろ、リンリ。ここからはぼく一人で、一撃で終わらせる」


 バジリスクが広場の柱に巻きつき、粉砕した。瓦礫を尾で器用に包むと、投げ飛ばしてきた。動けないリンリの前に立ち、瓦礫攻撃を受けとめ、投げ返すベルゼ。粉塵が舞い、バジリシクが高速で地を這い移動し、ベルゼの死角に回り込み、目を赤く光らせた。石化魔法の光が広場全体を照らした。


 リンリは足先に硬く冷たい感触を覚えた。カレーに入れたミノタウロスの肉には魔法耐性の効能がある。だから一瞬で石化することはない。けれど、リンリの料理も万能ではない。石化は足先から腰、おなかへとあっという間に進行していく。首が動かなくなり、声を発せなくなり、匂いも消えたそのとき、視界が凍る寸前、リンリは確かにその目で見た。


 魔王ベルゼがバジリスクの口中めがけて拳を突き出すのを。


 衝撃波がバジリスクの長い胴体を頭から尾までねじり狂いながら貫いた。皮膚の隙間から紫色の血を吹き出し、白目を剥き、バジリスクが沈黙した。瞬間、石化魔法が解除された。リンリだけでない。ロスも、シンも、他の冒険者の石化も解除された。けれど、石化してから長い年月が経っていたのだろう。石化魔法が解けても、他の冒険者たちに鼓動が戻ることはなかった。


 バジリスクの死体を見て、シンは茫然とつぶやいた。


「まさか本当に王蛇バジリスクを倒すなんて」

「シンとロスの協力、そして、リンの料理のおかげだ」

「あなた方はいったい」


 リンリは話題を逸らすことにした。


「まず解毒しましょう。ベル、私のリュックを持ってきてください」

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