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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第三章 ~ミノタウロスの牛肉カレー~
27/69

偽名

「危ういところ救っていただきました。私は、シン、といいます」

「うむ。ぼくはベル――」


 すばやくベルゼの口を手でふさぐリンリ。


「真名を言ってはなりません」


 小声でそう耳打ちし、リンリはシンに向き直る。


「この子はベル、そして私はリンです。帝国領土の端に位置する田舎よりやってきた駆け出しの冒険者でございます」

「駆け出し? さきほどのあなたの動き、とてもそうは見えませんでした」


 ロスを撫でながらシンは言う。


「あの、よかったらあなた方に同行させてはいただけないでしょうか?」


 リンリは心の中で舌打ちした。識別種族誤認薬の効果で、自分たちが魔族とバレることはないだろうが、人間の同行者などまっぴらごめんだ。


「残念ですが、その申し出はお受けできません」

「そうですか。そうですよね。わかりました。深部には一人で行くことにします」

「引き返さないのですか?」

「どうしても手に入れなければならないものがあるのです」

「ほう、それは何なのだ?」


 ベルゼの問いにシンは、薄い笑みを見せた。


「バジリスクの抜け殻です」

「おおっ、実はぼくたちの目的もバジリスクなのだ」

「ベル。私たちはバジリスクの討伐が目的、この方はバジリスクの抜け殻が目的。全然違います」

「リン。意地悪を言うな。行き先は同じではないか。旅は道連れと言うじゃないか。よかったら一緒に行こう」

「い、いいのですか?」

「ああ、もちろんだ」


 リンリはベルゼの腕を引っ張り、顔を近づけ、にらむ。


「いったい何を考えているのです?」

「だって、深部に行けば行くほど魔獣は強くなるのだぞ。シンはミノタウロスも倒せないようだし、このまま一人で行かせたら高確率で死んでしまうではないか」


 それがどうした、人間など勝手に死ねばいい。リンリの表情から気持ちを読み取ったのか、ベルゼは苦笑した。


「バジリスクを倒し持ち帰る際、正規の冒険者資格をもつ人間の仲間が一人いた方が、余計な疑いをもたれないで済むだろう?」

「それはそうですけど、縮小魔法を使えばそんな問題は――」

「何を話しているのですか?」


 シンが首を伸ばしてきたので、リンリは話を打ち切り、決断した。


「わかりました。シン、あなたも一緒に来なさい」

「ありがとうございますっ。嬉しいです」


 広場を抜けると、下の階層へとつづく階段が現れた。リンリを先頭に降りていく。すぐ背後でベルゼとシンが話しているのが聞こえてくる。


「シンは冒険者なのか?」

「ええ、一応。でも、仲間はいないんです。さきほどのパーティーにも無理を言って加えてもらっていただけで、本当の仲間ではありません」

「ずっと一人で活動してきたのか?」

「いえ、私にも仲間がいました。ですが、彼等はもうこの世にはいません」

「そうか」

「すみません、辛気臭い話をしてしまって。それよりもリンさん、さきほどの戦闘、お見事でした。まさかミノタウロスを一人で倒してしまうとは。それも、包丁で」

「剣は、女の私が扱うには重すぎるので」

「なるほど。フライパンも使っていましたよね? もしかしてあなたは、料理人なのでは?」

「ええ、まあ、料理も多少はできます」

「なんと。それはぜひ食べてみたい」

「おお、それはいいな。リンの料理は世界一だぞ、シン。次の広場まで行ったら、そこで腹ごしらえしようじゃないか」


 長かった階段を降りきると、空中に漂う魔力の濃度が一段と濃くなった。死臭のする入り組んだ通路を迷いながら進む。


 円形の広場に出た。何本もの柱が床と天井をつないでおり、そのうちの数本は朽ちて途中で折れている。異様なのは、点在している石像だった。冒険者の全身像で、武器や装備まで精巧に再現されており、表情も迫真だ。


「この石像、まさか」

「はい。おそらくバジリスクの石化魔法の仕業かと」

「近くにいるのでしょうか?」


 シンが辺りを見回す。


「魔力も気配もありません。しかし、この石像がある以上、いつここに現れてもおかしくはないでしょう」


 そう言ってリンリは、リュックから料理器具一式と食材を出した。


「何を、しているのですか?」

「料理を作ります」

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