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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第三章 ~ミノタウロスの牛肉カレー~
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ミノタウロス戦

 瞬間、通路の奥の闇から唸り声とともに獣がとびかかって来た。リンリは瞬時に前に出て、包丁で首を切り落とす。次々と襲いかかってくる魔獣の群れを眉一つ動かさず処理して、ベルゼを振り返る。


「何度見ても惚れ惚れする包丁さばきだな。どんな敵が相手でも臆することなく立ち向かう。君はどのようにしてその技術を学んだのだ?」


 どうして私なんかに興味を持たれるのだろう。リンリは魔王の関心が自分にばかり向いていることを歯がゆく思った。魔獣の皮をはぎとり、肉を回収しながら、リンリは答える。


「私の料理技術は、先代の料理長ドラゴ・オーシャンテリアから教わったものです。煮る、焼く、蒸す、揚げるといった料理の基礎基本から、食材の捕獲、買い出し、保管やレシピの作成の仕方まで、料理に関するありとあらゆることを、彼は私に叩き込んでくれました」


「おお、面白そうな話だ。ぜひ詳しく聞きたい」


「かしこまりました。しかし、とりとめもない話になってしまいますが?」


「ぼくは君のとりとめもない話が聞きたいのだ」


 古代遺跡の迷路のように入り組んだ通路を進みながら、リンリは話した。ドラゴがどのように自分を一人前の料理人に育て上げたか。


「厳しい人でした。料理に関しては一切の妥協を許さない。ドラゴの時代、バアル城の料理人は私とティアのみでした。新入りが入っても、すぐにやめてしまう。ティアは毎日のように泣いていて、慰めるのが大変でした」


「君は泣かなかったのか?」

「はい」

「なぜだ?」

「それは――」


 開けた広間に出た。壁面を囲むように松明が灯っているその空間の中心で、戦闘が行われている。戦士のふる斧が砕け散る音が響いた。筋肉を膨張させ、荒い息を立てているのは、牛頭人身の魔獣ミノタウロス。対する冒険者パーティーは七人編成で、うち二人はすでに倒れている。火炎魔法がミノタウロスに直撃したが、魔法耐性を持つ皮膚に弾かれ、まるで効いていない。


「おいっ、もうダメだ。撤退するぞ」


 倒れた冒険者をかつごうとした人間にミノタウロスの巨大なこん棒が振り下ろされる。すかさず魔法使いが防御魔法を展開するが、割られ、粉砕の粉塵が巻き上がる。ミノタウロスの背後から鋭く斬りかかった剣士。しかしその剣が肉を切ることはなかった。ミノタウロスの硬すぎる筋肉に受け止められ、反撃の拳をくらい、吹っ飛ばされる剣士。まだ立っているのは三人。


「魔王様はここを動かないでください」

「うむ」


 リンリは右手に包丁を、左手にフライパンを持ち、粉塵の中を駆けて行った。側面からミノタウロスに斬りかかる。魔力を帯びた包丁を口で噛んで受け止めたその顔面を、フライパンで殴る。ダメージを受け、よろめく巨体に追撃をかける。


「斜め薄切り」


 体に対して沿うように浅い角度で包丁の刃を入れ、肉を削ぎ落す。痛みに絶叫したミタウロスが腕を振り回し、リンリの脇腹を殴った。


「ぐっ」


 吹っ飛び、壁に叩きつけられるリンリ。すぐさまベルゼが駆け寄る。


「だ、大丈夫か? リンリ」


 心配そうに自分をのぞきこむベルゼの背後にどすどすと迫りくるミノタウロス。状況を理解して、リンリは魔力を全開にする。出し惜しみしている場合ではない。

振り下ろされたこん棒をフライパンで受け止め、包丁の射程を魔力の刃で伸ばす。


「角切り」


 ミノタウロスの頭部から生えている角を切り、


「ぶつ切り」


 太い両腕を五等分に切り、


「乱切り」


 体幹と両足を乱暴に切り、


「サイの目切り」


 残った頭部をサイコロ状に細かく切り刻んだ。


 血と肉片の飛び散った広間で、冒険者パーティーの人間たちが呆然と立ち尽くしている。

 リンリは長く息を吐いて、その場にへたり込んだ。殴られた脇腹から体の内部に激痛が反響している。


「リンリ、これを」


 革袋を勝手に開けて、ベルゼが取り出したのは、治癒部隊隊長よりいただいた治癒薬だった。


「いけません、それはまお――、あなたが傷を負ったときに使うためのもの」

「ハハハ、面白いことを言う。これはぼくのためのものではなく、傷を負った者のためのものだ」

「しかし」

「リンリ、これは命令だ。治癒薬を飲め」

「はい」


 魔王の命令は絶対である。リンリは手渡された薬瓶を飲み干した。痛みが引いていく。


「おい、あんたら助かったぜ。何とお礼を言っていいか」


 負傷した肩を抑えながら、冒険者パーティーの一人が近寄って来た。


「しかし、あんた強いなあ。ミノタウロスを一人で倒すなんて」

「あなた方との戦闘でミノタウロスにもダメージが入っていたのでしょう。重傷者は?」

「うちの魔導士が治癒魔法を使って、一命はとりとめた。俺たちはここで撤退する。なあ、お前もそれでいいよな?」


 白いローブを着て突っ立っている一人の冒険者に向かって叫んだ。


「あなた方は撤退するといい」


 白いローブの冒険者が発した声には女性特有のつややかさがあった。冒険者パーティーのリーダーらしき男が言う。


「いや、俺たちはもちろん撤退するけど、お前はどうするんだよ?」

「私は、引き返すわけにはいかない」

「どうなっても知らねえからな。おい、お前ら、帰るぞ」


 冒険者パーティーが足を引きずりながら引き上げていったあと、白いローブの女冒険者は、軽やかにターンし、顔をこちらに向けた。ローブのフードを背中の方へ下ろすと、整った顔立ちが明らかになった。緑柱石を思わせる翠色の髪は、一つ縛りにしてあり、耳には蛇を象ったイヤリングが揺れている。


「危ういところ救っていただきました。私は、シン、といいます」

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