蘇生魔法
「ローザ殿に確認したいことがある」
「なんだい、改まって」
「蘇生魔法について。あなたの知っている限りのことを教えてほしいのだ」
リンリは思わず箸で挟んでいたタラの芽の天ぷらを落とした。
「そんなことを聞いてどうすんだい? 両親を生き返らせるつもりかい?」
ベルゼはあっさりと首を横に振った。
「いや、単に危機管理の点で知っておきたいのだ。もしも父を倒した勇者セカイが生き返る可能性があるのなら、それはなんとしてでも阻止したい」
「そういうことなら、安心しな。蘇生魔法を成功させた魔法使いは、人間にも魔族にもいない。生死の反転は原理的に不可能なんだよ、私たち下界の人間にはね。蘇生魔法が使えるのは、天界の唯一神だけだよ」
「つまり、神であれば、勇者セカイを蘇生させることができる?」
「できるけど、あり得ないよ。神が蘇生魔法を使うのは、天使の中でも最上位の熾天使を復活させたいときだけ。それ以外の天使や天馬や聖竜には、これまでただの一度も蘇生魔法を使ったことがないんだ。ましてや下界の人間を生き返らせるために神みずから魔法を使うなんて、天界の生き物よりも下界の生き物の方が価値があると認めるようなもの。そんなことを、あの差別主義者の神がするはずないね」
天界の最上位存在である神は、世界を上から下に見えている。自分に近い熾天使は大切に、天界に住まう天使、天馬、聖竜はそこそこ大切に、自分を信仰する下界の人間たちは生きていてもいい存在、そして、自分を信仰しない魔族たちは滅ぼすべき対象。だからこそ魔王城を執拗に攻め落とそうとしている。
「蘇生魔法を唯一使える存在である神は、勇者セカイを決して生き返らせない。それを聞いて安心した。父を倒した彼を相手に領民を守り切れるか、ずっと不安だったのでな。これで今夜からぐっすり眠れる」
その言葉を聞いてリンリはベルゼの心中を思った。魔王バハムと勇者セカイの戦いの場にベルゼはいなかったが、二人の戦いは詳細に記録され、報告書としてまとめられている。その中には勇者セカイが言ったあの言葉も克明に記されている。
――ああ、うまい、うまいぞ。魔族の肉を食べたことなどなかったが、こんなにうまいとは。これからは倒した魔族を骨までしゃぶりつくしてやる。
勇者セカイが生き返ったら、たくさんの魔族が食い殺される。だからベルゼは、下界で最も魔法の扱いに長けるローザに蘇生魔法のことを尋ねたのだろう。
「ごちそうさまでした」
いつのものようにリンリの料理を完食したベルゼ。その琥珀色の瞳が未来だけを見ている気がして、リンリは、テーブルの下で拳を握った。
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その夜、ベルゼが眠りについた後、リンリはローザと少し話をした。
「正直、私は無謀だと思う。いくらあんたがついて行くとはいえ、あんな子供がバジリスクを倒せるとは思えないね」
「ベルゼ様はただの子供ではありません」
温めた牛乳をすすり、ローザは顔をしかめる。
「そりゃあ、あの子は魔王だよ。でも、魔力がないじゃないか」
「ですが、聖竜を倒しました」
「それだよ。いったいどういうことなんだい? 魔力のないあの子がどうやって? 私はずっとそれが気になってたんだよ。リンリ、あんたの料理は確かにうまい。けどね、いくら邪竜の肉を使った唐揚げだからと言って、聖竜を倒せるほどの魔力が湧き出てくるなんてことは、ないだろう?」
「唐揚げでなく竜田揚げです」
「どっちでもいいよ、そんなもん。あの子には魔力があるのかい? ないのかい? どっちなんだい?」
「邪竜の肉には、魔力増強の効能があります。しかしローザ様がおっしゃるように、それだけでは聖竜を倒すほどの魔力上昇を説明できません。現に夕食で兵士たちにも邪竜の竜田揚げを提供しましたが、魔力は二倍以上には増えませんでした」
ローザが眉をひそめる。
「そいつは、不思議だね。あの子だけが料理の影響を強く受ける」
「はい。ただ、一つ言えることは――」
言葉を切り、リンリはマグカップを両の掌でぎゅっと包み、言う。
「ベルゼ様は、王妃様とバハムの子であるということです」
ローザはゆっくりとマグカップを口元に持っていき、目を閉じて言った。
「私はね、今でも信じられないんだよ。あんな優しい子が死んだなんて。何かいい手はなかったか、今でも考える。バハムの死にしたってそうさ。あいつはね、勇者なんかにやられる奴じゃないんだよ。私しゃ今でも覚えてるよ。バハムとあんたが帝蛇ヨルムンガンドを持ってきてくれた日のことを」
「そんなことも、ありましたね」
ローザのしゃべるペースが遅くなり、頭が前後に揺れだしたので、リンリは彼女を抱きかかえ、寝室に向かった。ベッドに寝かせ、毛布をかける。そしてはっとした。毛布を縁取る金色の糸の刺繍に見覚えがあった。この毛布は、王妃様が織られたものだ。素材は精霊湖に生息する一角獣の毛で、関節痛の緩和及び風邪の予防に効果があると言われている。
「私は、ちゃんとやれているでしょうか」
毛布の端を握りしめ、リンリはそう呟いた。




