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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第三章 ~ミノタウロスの牛肉カレー~
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迷いの森の魔女

 扉をノックする。


 返事はない。


「不在か」

「いえ、居留守でしょう」


 リンリは再度ノックした。


「迷いの森の魔女ローザ・クライネ様。バアル城魔王ベルゼ・バアルが参りました。ローザ様」


 ノックの音を強くする。こうでもしないとあの魔女は出てこない。


「うるさいね。呼んでないよ」


 扉がわずかに開いて、魔女の顔が隙間からちらりと見えた。その落ちくぼんだ目が見開かれる。


「おや? あんた、リンリかい? それにそっちのちっこいのは、まさか、バハムの――」


 リンリがうなずくと、扉が開け放たれた。金色の刺繍の入った紫色のローブに身を包んだ老婆が杖をついて立っていた。皺だらけの口元が蠢く。


「お入り。他に人はいないだろうね」

「うむ。ぼくとリンリだけだ。あとハイウルフのロス」

「ウチはペット禁止だよ」

「どうしてもダメか?」


 ベルゼに見つめられ、ローザが折れた。


「今回だけだよ。家に上がる前に足の泥を落としておくれ」

「ありがとう」


 リンリはベルゼにロスを抱っこしてもらい、水流魔法を発動させた。手のひらから流れ出る水にロスの足を当てて洗う。つづいて暖風魔法を発動させ、足を乾燥させる。


「これでよいか?」


 きれいになったロスの四足を見せられ、ローザは顎で玄関の内側を指した。


「入りな」


 魔女の家の廊下は、曲がりくねっており、壁にかけられた絵画には森の悪霊が囚われている。天井の隅から突き出るように生えているのは、茸だ。リンリはここでしか手に入らない絶滅危惧の毒茸を採りに来たことが何度かあった。解毒して作った茸スープを、晩餐会に出したら魔王キレイラに褒められた。


 居間はおびただしいほどの魔道具にあふれていた。本棚には古今東西の魔導書。


「まったく。急に来るんじゃないよ。で、私にいったい何の用だい?」


 そう言いながらローザはクッキーと紅茶を出してくれた。クッキーをかみ砕き、ベルゼは言う。


「実は、あなたから依頼を受けたく思い参ったのだ」

「依頼? ってことはあれかい? また金がないのかい?」

「また?」

「そうさね。先代のバハムも金に困るたびにウチに来てたよ。まったく。ウチを冒険者ギルドかなんかと勘違いしてるんじゃないだろうね。だいたい、何のために金が必要なのさ」


 聖竜に城門を破壊されたことをベルゼが説明している間、リンリはクッキーを食べ、紅茶を飲み、味を分析していた。


「聖竜がバアル城に派遣されていたなんて初耳だね。世間ではそんなことが起こっていたのかい」


 ベルゼが不思議そうに目を丸くしたので、リンリは囁く。


「ローザ様は魔女新聞をとっていないのです」

「魔女なのにか?」

「何だい? 魔女は全員、魔女新聞を読まなきゃいけないのかい? 冗談じゃないよ。魔女新聞も巫女新聞もろくなこと書いちゃいないじゃないか」


 ローザは音を立てて紅茶を飲んだ。


「依頼はあるにはある。けどね。あんたにこなせる依頼じゃないよ」

「内容だけでも聞かせてほしい」

「薬の材料を採ってきてほしいのさ。でも、魔力のないあんたには無理だよ」

「なぜだ? 植物の採取ぐらいならぼくだってできるぞ」


 ローザはため息とともにティーカップを置いた。


「ほしい材料は、植物じゃなくて動物。それもただの動物じゃない。古代帝国遺跡に巣食う王蛇バジリスク。こいつが欲しい。無理だろう? あんたでは」

「たしかに、ぼくひとりでは無理だ。だが、その依頼引き受けよう」


 ベルゼは自信満々にそう言うと、クッキーを口いっぱいに入れた。


「馬鹿を言うんじゃないよ。バジリスクの毒は一滴で体の自由を奪い、その牙はダイヤモンドさえ砕く。それにバジリスクは眼に強力な石化魔法を宿している。リンリ、あんたからも言ってやりな。無茶だって」


「魔王様は聖竜を倒しました。問題ありません。それに、私も同行します」


 ローザが目をしばたたかせた。


「この子が、聖竜を?」

「うむ。リンリが作ってくれた邪竜の竜田揚げを食べたら、力がみなぎり、それで倒せた」

「そんなことが――」


 半信半疑のローザに向かってうなずくリンリ。迷いの森の魔女は眉をひそめ、困惑のまなざしをベルゼへと向けた。


「正式に依頼するかは、ちょっと考えさせておくれ。今日はもう遅い。泊まっていきな」

「ではお言葉に甘えて」


 夕食は、迷いの森で採れる山菜の天ぷらをリンリが作った。


「揚げもんは重たいから普段は食わないんだけど、あんたの天ぷらは不思議と腹に入るね。流石、魔王城筆頭料理人」

「ありがとうございます」


 天ぷらの衣に浮遊茸のエキスを混ぜてあるので、老体にもやさしい軽い味になっているのだ。


「うむ。リンリの料理は大陸一だ。うまいうまいうまい」


 ベルゼの食べっぷりを見てローザがつぶやく。


「ほんとにバハムにそっくりだね、あんたは」


 ベルゼは食べる手を止める。


「容姿も、食べ方も、リンリを褒めるところも、まるで若かりし頃のバハムを見ているようだよ。ただ、目は違うね。その琥珀色の瞳は、母親譲りのものだ」


 両親の話をされ、ベルゼは神妙な顔つきになり、箸を置いた。


「ローザ殿に確認したいことがある」

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