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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第三章 ~ミノタウロスの牛肉カレー~
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瘴気

 聖竜に破壊された城門のがれきの上に立ち、リンリは定刻になるのを待っていた。


 正午の鐘の音が空を渡るのを追いかけるように、ベルゼとロスが駆けてきた。


「すまない、待たせたな」

「いえ」


 ベルゼは普段着ている王衣とは違う衣をまとっていた。その緑色の衣には、刺繍で唐草模様が刻まれており、かすかに草の匂いがした。まぎれもなく王妃様が遺した衣の一つだった。


「その衣であれば、迷いの森の瘴気も問題ないでしょう」

「うむ。では出発だ。ロス」


 ベルゼとリンリの周りを犬のように駆けまわっていたロスは、くるりと空中で一回転すると、馬よりも大きな狼の姿となった。ハイウルフ本来の姿に戻ったロスの背にベルゼを乗せ、そのすぐ後ろにリンリはまたがる。


 ロスは空に向かってひと吠えすると、がれきを蹴って駆け出した。


 城を囲む街の通りを進んでいると、人々が声をかけてくる。


「魔王様、どちらへ?」

「迷いの森に行くのだ」

「ロスちゃん、今日も元気ねえ」

「ベルゼ様ー、リンリ様ー、お気をつけてー」


 ベルゼは少年特有の無邪気さで笑いながら手をふっている。ロスもどこか誇らしげだ。


 料理店の窓がつぎつぎと開き、それぞれの店主が顔を出した。とっさに、リンリは持ってきていたバスケットをローブの中に隠した。


「魔王様、料理長様、お昼ご飯はもう食べましたか? よかったらウチで食べていきませんか?」


 口々にぜひウチでご飯をと言う。ベルゼは快活な笑い声とともに応答する。


「嬉しい提案だが、あいにく今日は急いでいるのでな。また機会があれば寄らせてもらおう」


 料理店の並ぶ通りを過ぎてから、リンリは小声で言う。


「魔王様、今日は時間的にかなり余裕があります。お店で食べていかれてもいいのでは?」

「いや、やめておこう。それよりも、そのバスケットの中身がぼくは気になる」


 幼い指がリンリのローブを指した。


「気づいていたのですか?」

「もちろんだ。さあ、中身を見せてくれ」


 リンリはバスケットにかけていた布を取り除いた。現れた昼食に目を見開くベルゼ。


「おお、サンドイッチか。手づかみで食べれるし、ピクニックにはもってこいだな」

「魔王様。今日のこの出張はピクニックではありませんよ」

「あはは。そう硬いことを言うな。財務文官は厳しいことを言っていたが、再建費用だってなんとかなるさ。なんとかならないなら、そのときはそのときだ」


 一見、無責任にもとれる能天気さに、バハムの面影を見て、リンリは少しだけ胸が締めつけられた。


「食べていいか?」

「どうぞお召し上がりください」


 ベルゼはハムと卵のサンドイッチを前方に向かって投げた。ロスがジャンプしてそれを食べる。着地の衝撃が少なからずあったが、そんなにスピードを出しているわけではないので、振り落とされはしない。


「いただきます。リンリも食べるのだぞ」


 一緒にぱくぱくとサンドイッチを食べているうちに、街を抜け、草原に出た。ここから迷いの森までロスの足で三時間はかかる。空にはところどころ綿菓子のような雲が膨らんでいたが、雨が降り出しそうな気配はない。風が草を奏でる音楽に耳を澄ませていると、ベルゼが唐突に尋ねた。


「リンリは迷いの森の魔女に会ったことがあるのだろう? いったいどんな人なのだ?」

「そうですね、気難しくて頑固で人嫌いで金にがめつく嫌味ばかり言う、そんな人でしょうか」

「ハハハ。それは愉快だ」

「実は魔王様も会ったことがあるのですよ。覚えていないでしょうが、生後一か月ぐらいのときに、バハ――、先代の魔王様がベルゼ様のご誕生をご報告に行ったのです」

「そうか」


 ベルゼはあごに手を当て押し黙った。


 草原を二分する大きな川を渡ったところで、少し休憩を取った。ロスには好物のあんこ入りまんじゅうを与え、少しでも体力を回復してもらう。もちろんロスにとっては迷いの森までの道のりなど屁でもないだろうが、尻尾をふって目をむき出しにしてガツガツまんじゅうを食べるその姿に、ベルゼもリンリも笑みをこぼす。


 再びロスの背に乗り、草原をゆくこと一時間。迷いの森が見えてきた。どこからでも入れる森だが、一歩でも入ったら最後、出られる保障はない。ひとりの魔女の気分次第で、この森は姿を変える。


 ロスから降り、リンリとベルゼは密集する針葉樹林を見上げた。枝先のつぼみからは、禍々しい瘴気が放たれている。瘴気は魔力の素になるといわれている。成人した魔族であれば、瘴気を魔力に変換する臓器が育ち切っているので問題ないが、臓器が小さい子供にとっては、瘴気は毒でしかない。


 森に足を踏み入れた瞬間、ベルゼの体が透明な光の膜につつまれた。


「おおっ。これは、何だ?」

「酸素の膜でございます」

「リンリ、君の魔法か?」

「いえ、その衣の力でございます」


 リンリはベルゼの服の裾にそっと手を振れ、やわらかな感触を確かめ、王妃様のことを思い出しながら、説明する。


「その衣は、瘴気を酸素に還元する植物の蔦で織られたものです」

「ふむ。そうか」


 そう一言つぶやくと、ベルゼは前へと進みだした。リンリは小さくなったロスを抱きかかえ、そのあとを追う。


 瘴気の濃い方へ濃い方へと歩を進め、木立が開けた場所に出ると、一本の大樹が見えた。幹に窓と扉が見える。この大樹こそ迷いの森の魔女の家なのだ。


 扉をノックする。

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