聖竜の派遣決定
魔王城七階大会議室。その隅に立ち、リンリは会議を静観していた。
「先代の魔王様が崩御されてからこの一か月のうちに、天使が我が城に攻め入った回数は、七回。これは異常な回数と言わざるをえません」
文官の発言に軍幹部がうなずく。
「天使どもは明らかにこの城を落とそうとしておる。何らかの対策を講じなければなるまい。文官たちよ、知恵を貸せ。何か策はあるか?」
「我が城の戦力を領内より増強するか、よそから援軍を呼び寄せるか。思いつくのはそんなところですが、すみません、他の魔王たちと交渉はしていますが、援軍を出してくれそうな感触はありません」
「ふむ。援軍は見込めぬか。戦力の増強というのは、具体的には何を意味する?」
少年魔王ベルゼの問いに文官が伏し目がちに答える。
「我が城の領内にいる民のうち、健康な成人男性及び魔法の使える者を徴兵することでございます。さすれば、我が軍も今よりはマシになるでしょう」
軍幹部の眉がぴくりと動く。
「今よりはマシとは何だ? 軍を貶める発言は控えていただこうか」
「あなた方が天使を倒している姿など見たことがない。やられてばかりではないか。国防を先代魔王バハム様に頼りきっていたツケが回ってきておるのだ」
「言わせておけば。貴様ら、文官どもだって同じであろう。バハム様が一声かければ、他の魔王たちも喜んで援軍をよこしたであろう。今回、援軍を集められないのは、貴様ら文官に外交力がないからだ」
「何だと。我々は精いっぱいやっている。魔王様の死後、連日連夜、代替わりの事務処理をやっているのは誰だと思っている? 天使たちがこんなにも頻繁に侵攻してくるのは、すべて軍部の責任だ」
「言いたい放題言いおって。我々に全責任を押し付けるなど言語道断。我々の実力は先代魔王バハム様のときから何も変わっていない。急に天使の侵攻が激しくなったのは――」
「皆さま」
リンリの殺気を潜ませた一声に、魔王軍幹部及び文官たちが固まる。
「お水のおかわりが必要な方はいらっしゃいませんか?」
誰も手を挙げない。この会議に参加しているのは軍人も文官も四十代以上の幹部たちだが、その彼らが、二十代後半の一人の女料理人に委縮している。天使の侵攻を撃退したリンリに水をくませるなど恐れ多くてできはしないのだ。
「リンリ、頼む」
気まずい雰囲気を破るように快活に手を挙げたのは、魔王ベルゼ。琥珀色の瞳を持つ、まだ十歳の少年は、グラスに注がれた水をぐいと飲み干すと言い放った。
「文官たちも軍兵たちもよくやってくれている。責任と言うならば、この城で起きることの全責任は、魔王である僕にある。よいな?」
「しかし魔王様っ」
反論の口火を断ち切るようにリンリは、机上に水差しを叩きつけるように置く。皆の口が止まった隙に、魔王はつづける。
「さきほど言っていた、領内の民を兵として召集する案は、却下する。平和に暮らす民を戦に巻きこむ権利はぼくらにない」
「しかし、そうでもしないとこの城は落ち、ひいては民も領地も、天使の雷に焼かれますぞ」
「そうさせないための会議だ。他に案はないか?」
文官たちが腕組みし、首をひねっていると、軽装の伝令兵が会議室に駆けこんできた。
「何事か、会議中であるぞ」
「緊急ですっ。天界が、我が城へ聖竜の派遣を決定しました」