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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第二章 ~精霊湖のフルーツパフェ~
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精霊湖のフルーツパフェ

 リンリの姿を認めると、ティアは手を振り、叫んだ。


「今いきまーーーーすっ」


 走り出した彼女を見て、リンリは胸をなでおろした。


「リンリ。わかっているとは思うが、副料理長が戻ったからと言って期限の延長はしないぞ」

「はい。日没までに火傷が治らなければ、魔王様の思う通りにしていただいてかまいません」

「やばいやばい、急がないと。料理長。早くレシピ教えてくれよ」


 焦るジャンにリンリは首をふる。


「いえ、もうその必要はありません。あなたがた六人は、見ているだけでかまいません」

「え? 見るって、何をですか?」

「ティアの料理をです。そして学びなさい。私が副料理長にどのようなことを求めているか」


 軽快な足音が廊下から部屋に入って来た。ブロンドの髪をはためかせ、湖のように澄んだ瞳を輝かせ、満天の笑顔とともに彼女は帰還した。


「ティア・オーシャンテリア、ただいま戻りましたっ」

「おかえりなさい、ティア」


 目が合うと、ティアは火傷を見て一瞬、目をうるませ、それから唇を引き結び、口角を上げた。


「台所、お借りします」

「ええ、お願いします」


 奥の台所に消えたティアをみんなが目で追う。ジャン、ミレイ、ブルゴ、ノンはついて行った方がいいか、迷っている様子だ。この部屋の台所は厨房に比べれば、はるかに狭く、ついて行ったらティアの動きの邪魔になりかねない。


「アイーラ」

「はい」


 アイーラが透過魔法をかけ、壁を透けさせた。これで台所の中の様子が寝室からも見える。


 ティアはリュックから色とりどりの果実を取り出し、水で洗い、数舜のうちにカットした。生クリームを高速で泡立て角を立たせ、縦長のグラスにすこし注ぐ。果実を入れ、今度はヨーグルトを注ぎ、板チョコを割り入れ、その上にはバニラアイスを。苺をグラスの縁をはみ出すほどに盛り、最後に薄く透明な何かをバニラアイスに刺した。


 ジャンたちはティアの料理をまばたきもせずに口を半開きにして見ていた。


「速い」


 ジャンがつぶやいたとき、すでにティアの料理は完成していた。


「どうしてあんなに迷いなく」


 ミレイもつぶやく。ブルゴは放心し、ノンは折れそうなぐらいに首をひねっている。ガウスは「だりい」と両手をポケットに入れ天井を仰ぎ、アイーラは身じろぎもしない。


「お待たせしました。精霊湖のフルーツパフェです」


 目の前に置かれたパフェは、きらきらと輝いて見えた。ティアの料理技術の粋が詰まった一品。


「いただきます」


 リンリはパフェ用の長い匙を手に、クリームと苺をすくい、一口目。口の中で苺の凛とした酸味とクリームのとろけるような甘味が溶け合い、得も言われぬ多幸感が全身を包み込む。バニアアイスに刺さっている薄く透明な精霊のはねを崩し、食べる。パリパリとした食感が楽しい。そして繊細な甘味。パフェの中層には、宝石のようにきらめく葡萄やメロンやブルーベリー。


「おおっ」


 治癒部隊が声を上げた。


 リンリの手の火傷が引いていく。どす黒く変色していた肌が、本来の色素を取り戻していく。さらに食べ進み、匙がグラスの底に到達したとき、顔の火傷も消え去っていた。激痛が嘘のように消え、万全以上の体調になっている。


「すごいすごいすごいすごい」

「さすがはこの城の副料理長っ」

「まさか本当に料理で火傷を、それも邪竜の火傷を治すとは」


 絶賛の嵐を浴びてティアが得意げに胸を張る。


「ふふふ、どうです? こう見えて私もやるときはやるんですよ」

「ティア」

「は、はい」


 リンリの声にティアが背筋を伸ばした。


「あなたなら、あと十秒は速く完成させることができたはずです」

「そ、そうですかね?」

「それに、視野の広さも足りていない。ジャンたちがどのような順番で、どんな料理を私に提供したか、ちゃんとはわかっていない」

「な、なんとなくはわかっていたつもりですよ。えっと、ジャンがチャーハンで、ミレイが何かしらのサラダ、で、ブルゴがなんか甘いものでしょ、で、ノンがいつも通り奇想天外な料理作って、やる気のないガウスはワインかな、で、最後はアイーラが治癒魔法のスープ。こんな感じだよね? みんな」


 その場にいなかったティアに料理を当てられ、ジャンたちは困惑しつつもうなずく。


「その程度の解像度では困ります。特盛炒飯、トマトと豚しゃぶの冷製サラダ、黄金蝶のザッハトルテ、奇想冷製パスタ、キレイラ領産二十年もののワイン、千種野菜のスープ。きちんと把握できていれば、このパフェに入れる果実の分量を少し減らしていたはずです」


「リ、リンリ料理長。私たちの伝達ミスです。すみません」


 謝るミレイに首をふるリンリ。


「違います。たとえ何も言われなくとも、部屋に残るかすかな匂いや私たちの表情から、誰がどんな料理を作ったか、把握するべきです。まだあります。パフェのクリームの繊細さが足りていません。それにこのパフェには驚きがない。邪竜の火傷を治そうと力が入りすぎているのも気になる点です。また、料理に高位治癒魔法を込めていましたが、それではパフェの味をほんのかすかにの曇らせます。精霊の翅との相乗効果も期待できる自然治癒魔法を選択するべきだったと言えるでしょう」


 ジャン以上の速さ、ミレイ以上の視野の広さ、ブルゴ以上の繊細さ、ノン以上の発想力、ガウス以上の力の抜き加減、アイーラ以上の魔法でもって提供されたパフェに対し、リンリは容赦なくダメ出しをした。ティアは笑って聞き流している。


「もー、リンリ料理長、私にそんなレベル求めないでくださいよー。火傷は治ったんだからいいじゃないですか。ね?」


「ティア。いい加減、その甘い考えを捨てなさい。あなたならもっと完成度の高い完璧なパフェを作れたはずです」


「いやいや、私はリンリ料理長じゃないんですから、そんなの無理ですって。それに、料理は楽しければいいんです。楽しく作れば、それだけでおいしい料理になるんですから。私の料理、おいしかったでしょう?」


 リンリは息を吐きだす。料理の味に関しては嘘をつかないと決めている。


「たりない点や改善点はたくさんありますが、おいしかったです」


 ジャン、ミレイ、ブルゴ、ノン、ガウス、アイーラが驚愕している。おいしかった。その一言をリンリから引き出せることのできる料理人がこの大陸に何人いるか。


「皆さん、お疲れさまでした。おかげで火傷が治りました。ありがとう」


 それから、リンリはベッドを出て、ベルゼのもとにひざまずいた。


「魔王様。ご心配をおかけしました」

「いやいや、治ってよかった。リンリ、料理の力とは、すごいな」

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