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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第二章 ~精霊湖のフルーツパフェ~
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タイムリミット

 ガウスの足音が遠のいていくのを聞きながら、リンリはうつらうつらと目を閉じかける。


 王妃様とバハムさえ生きていてくれたら、ベルゼは幸せたっだのに。魔王城筆頭料理人でありながら、二人を救うことができなかった。


 酔いの気持ちよさと西日の温かさがリンリを眠りへと誘う。しかし、ここで眠ってしまっては、つぎ起きたときはもう夜だろう。まだアイーラの料理が残っている。彼女の料理でも火傷が治らなければ、最後の手段をとるしかない。だからここで眠るわけにはいかない。


 必死に眠気に抗っていると、大きな魔力の気配を感じた。音もなく床を滑るように入室して来たのは、アイーラだった。漆黒のローブに身を包み、目深に魔女の帽子をかぶっている彼女は、部下の中で最年長の料理人。膨大な魔力を有していて、魔法に精通している。


「お待たせいたしました、リンリ様。千種野菜のスープでございます」


 出された器を見て、治癒部隊の面々が首を傾げる。千種の野菜のスープと謳っておきながら、具が一つも入っていないように見える。しかし、リンリはわかっていた。


「いただきます」


 透明なスープを匙ですくい、口に滑りこませる。千種類以上の野菜が溶けきった甘味が舌を包む。


「しかしすごい魔力だ」


 治癒部隊隊長がつぶやいた。スープから放出されるている魔力量がすさまじかったのだ。


「自然治癒魔法、細胞活性化魔法、冷熱魔法を掛け合わせた混合治癒魔法をスープに込めました」


 アイーラの解説にうなずきながら、リンリは魔法の臭みがまったくないことに、自分の作った料理でもないのに満足する。


 最後の一滴まで飲み干し、匙を置く。


「ごちそうさまでした。なかなかの料理でしたよ」


 リンリの火傷は、治らなかった。


 アイーラが帽子をさらに深くかぶり、目を完全に覆い隠す。


「力およばず申し訳ありません」

「謝ることはありません。火傷を負った直後にこれを飲めば、おそらく治っていたでしょう」


 治癒部隊の面々もうなずいている。それほどまでにアイーラの混合治癒魔法はすばらしいものだった。


「実は、魔王様と約束をしてしまいました。日没までに火傷が治らななければ、迷いの森の魔女に依頼を出すことになります」


 それだけ言うと、アイーラはすべてをわかってくれた。


「他の者をここに集めます」

「お願いします」


 夕日はすでに落ちかかっている。あと数分でタイムリミットだ。


 リンリは覚悟を決めた。部下の成長のための時間は終わりだ。ここからは純粋に火傷を治すための時間。


 ノックの音がした。現れたのは、ベルゼだった。リンリを見て、頭を下げる。


「すまない。ぼくの判断ミスだ。君の反対を押し切ってでも、早急に迷いの森の魔女に依頼を出すべきだった」


 化膿し、どす黒く変色した火傷の頬を手のひらで包み、ベルゼはもう一度、謝罪の言葉を述べた。


「すまない。すぐに迷いの森の魔女に依頼を出そう」

「お待ちください。日没はまだでございます」

「あと数分だ」

「日没までに治らなければという約束だったはずです」

「わかった」


 ベルゼがそう言ったのと同時にジャンが部屋に駆けこんできた。ミレイ、ブルゴ、ノンがあとにつづき、最後にガウスがアイーラに耳を引っ張られ、やって来た。集合した部下六人を見渡して、リンリは口を開く。


「では、邪竜の火傷を治すレシピを今から言います。六人で協力し、日没までに作ってください。料理名は――」


「リンリ料理長ーーーーーーーーーーっ。ただいまっ帰りましたーーーーーーーーーーーっ」


 窓の外から聞こえてきた、まっすぐな声に、リンリは息を深く吐きだす。


「まったく」


 そう呟いて、窓を開けようと火傷の手を伸ばすと、ベルゼが代わりに窓を開けてくれた。日没間際のほんのかすかな西日を背に、崩壊した城門の上に立っていたのは、登山家がかつぐようなどでかいリュックを背負った、ティア副料理長だった。

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