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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第二章 ~精霊湖のフルーツパフェ~
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黄金蝶の鱗粉

 ミレイは食器を回収すると、顔を上げて部屋を出て行った。入れ替わりで、巨体を左右に揺らしながらブルゴが入室してきた。ミレイやジャンよりも一回り年齢が上の中堅料理人。巨人族の血が少しだけ入っているので、体がでかく、頑丈だ。


「リ、リンリ料理長、オイラ、火傷を治す料理を作ってきただ。ど、どうぞ」


 真っ白なお皿にチョコレートでコーティングされたホールケーキ。


「ザッハトルテですだ。き、切り分けるだ」


 ブルゴは治癒部隊の人数を数え、等分し、提供した。リンリはやわらかな声で言う。


「いただきます」


 フォークを縦に動かし、一口分に切り分け、刺して食べる。くどくない甘さが口の中に広がった。ブルゴの得意分野は菓子全般だが、なかでもケーキに関しては魔王城料理人の中でも上位に入る実力者として知られている。


 二口目を味わい、リンリはザッハトルテの表面に輝いている金粉について尋ねた。


「そ、それは、黄金蝶の鱗粉ですだ。傷を治すのにとてもいいと評判ですだ」


 治癒効果の高い食材を選べている。リンリはうなずいて、ザッハトルテを完食した。水を飲み、一息つく。心なしか、少しだけ火傷の痛みが和らいだ。しかし、ブルゴは焦っている。


「ど、どうしてだ? 火傷が、治ってないだ。すまねえ、リンリ料理長。オイラの料理じゃ、ダメだったみたいだ」


「いえ、ダメではありません。なかなかの料理でしたよ、ブルゴ。並の火傷ならまたたく間に治っていたでしょう」


「リンリ料理長。教えてほしいだ。どうすれば料理長の火傷を治すことができるだ?」


「黄金蝶の鱗粉のような特殊食材の力を百二十パーセント引き出すことができれば、どんな傷をも治せます。けれどそれは、一朝一夕で身に着く技術ではありません」


 ブルゴが肩を落とす。


「じゃあ今のオイラには無理ということだか?」


「ええ。でも、明日のあなたならできるかもしれない。ブルゴ、あなたの料理の繊細さには目を見張るものがあります。黄金蝶の鱗粉は、分量を少しでも間違えれば、料理そのものの味が台無しになる食材。それをザッハトルテという難しいケーキに加え、成立させることのできる菓子職人は稀有です。焦る必要はありません」


「わ、わかっただ。ありがとうございましただ」


 ブルゴが出て行くと、治癒部隊が治癒魔法と鎮痛魔法をリンリにかけなおした。


「さすがはリンリ料理長の部下たちですな。火傷の侵攻は完璧に抑えられています。我々の魔法だけでは、火傷の侵攻を抑えきれず、もっとひどいことになっていたと思われます」


 リンリはまぶたを閉じる。


 ジャン、ミレイ、ブルゴ。彼らの料理は一定の効果を発揮した。残りの料理人は、ノン、ガウス、アイーラ。もしその三人の料理で火傷を治すことができなければ、そのときは――。


********************************************


 手と頬の痛みに目を覚ましたリンリは、窓から差し込む西日に目を細めた。どうやら眠ってしまっていたらしい。


「お目覚めですかな?」


 治癒部隊隊長がそう言ったのと同時に扉の開く音がした。駆けこんできたのは、魔王ベルゼ。


「リンリ、傷の具合はどうだ?」

「ずいぶんよくなりました」


 ひどい激痛のなか、リンリは平然とそう答えた。ベルゼは唇を引き結び、治癒薬をしみ込ませた布でリンリの頬を拭いた。


「リンリ。ぼくを子供だと思って甘く見るな。今朝よりも腫れ、爛れている。火傷はよくなっていない」


「まだ治療中ですので」


「ジャン、ミレイ、ブルゴの料理では治せなかったと聞いている。彼らを責めるつもりはない。そもそも料理で傷を治すなんて発想がおかしいのだ。やはり治癒は迷いの森の魔女に依頼しよう」


「魔王様。ノンとガウスとアイーラの料理がまだでございます」


 やさしい手つきでリンリの手に治癒薬を塗り込みながら、ベルゼは首を横に振った。


「リンリ。料理で火傷は治せない」

「料理はすべてを凌駕します。不可能はありません」

「ならばなぜ父と母は死ん――」


 ベルゼが口にしかけた言葉に、リンリははじめて自身の表情がもろく崩れるのを感じた。それを見て、ベルゼは言葉を切った。


「いや、よそう。ぼくは君を責めたいわけでも、君の判断が間違っていると言いたいわけでもない。君はいつもぼくのために働いてくれた。この火傷だってぼくの弱さが原因だ」


「いえ、私が未熟なゆえに食材調達の際に負ってしまった傷です」


「魔王城筆頭料理人としての君の判断を尊重し、日没まで待つ。日が落ちたら、迷いの森の魔女に依頼を出す。いいな」


「はい」


 文官に呼ばれ、ベルゼは政務に戻った。


 譲歩してもらった方だとリンリは感じる。そもそも他の城の魔王の中には、臣下からの進言さえも許さない者も多くいる。


 タイムリミットまであと数時間しかない。いまのリンリにできることは、部下を信じることのみ。


「あれ? ここだったっけ? 此処何処?」


 首を傾げながらノンが入って来た。方向音痴のノンは、長いすみれ色の髪を揺らしては、いまだに魔王城でよく迷っている。年齢は三十だが、見た目は子供に見えてもおかしくないほど若く、背が低い。その背の低さを補うように長いコック帽をかぶるのが彼女のスタイルだ。


「リンリ料理長、お待たせしました? これが私の料理? です?」


 疑問符を浮かべながら、サーブされたお皿は、リンリの想像を超えた代物だった。

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