死なせるな
一時間後、六名の料理人が部屋に参集した。見渡してリンリは言う。
「副料理長のティアがいないようですが?」
「ティ、ティア殿は少し到着が遅れております」
伝令兵の言葉にリンリは表情を崩さないよう努める。北の避難所は、この城より最も遠方の避難所。仕方がない。
「ジャン、ミレイ、ブルゴ、ノン、ガウス、アイーラ。避難所での料理の提供、ご苦労様でした」
「楽勝楽勝」
「ジャン、調子に乗らない」
ミレイがたしなめる。
「リ、リンリ料理長。その火傷は?」
巨人の血が十六分の一ほど混じっている巨体のブルゴが心配そうにリンリの傷をのぞきこむ。
「この火傷は、火煙山の邪竜につけられたものです」
「竜? あれ? 龍? 流?」
天才肌のノンがいつもの調子で不思議そうに首をかしげる。
「帰って来て早々、お疲れのところ申し訳ないのですが、この火傷を治す料理を作ってほしいのです」
ガウスが喫っていた煙草を自身の手に押し付け、火を消す。
「そいつは難題だ。俺の手に余るね。みんな、がんばってくれ」
出て行こうとするガウスを、アイーラが魔法で拘束する。黒い帽子を目深にかぶったままアイーラは言う。
「一人一品ということでよろしいでしょうか?」
「はい。火傷を治す料理をみごと提供できた者を、この城の二人目の副料理長に任命します」
「おお、燃えるぜ」とジャン。
ミレイも腕をまくる。ブルゴはおろおろと右往左往し、ノンは首を傾げている。
「俺はパス。アイーラ、拘束を解け」
拘束されたままガウスが言い、アイーラは不敵に笑む。
表情にこそ出さないが、リンリの胸中は穏やかなものではなかった。この六人の料理でも火傷を治せなければ、ベルゼ様は両親からの遺産を売ってしまう。だから、副料理長のポストを餌にしてでも、何としてでも作ってもらわなければいけない。
料理人たちが部屋を出て行くと、することがなくなった。火傷の痛みで眠ることもできない。治癒部隊は治療を続けてくれているが、あまり効果はない。
魔王ベルゼは傍らで新聞を広げていた。
「リンリも読むか? 昨日のことが書かれてるぞ」
布団の上に巫女新聞と魔女新聞を並べおくベルゼ。どちらも見出しのトップ記事は、聖竜についてだったが、内容はまるで違う。
【バアル城城門陥落】<巫女新聞>
昨日正午、バアル城に派遣された聖竜は、城門を破壊し、魔族どもに鉄槌を下した。しかし、何らかの突発的な障害が発生し、魔王ベルゼの処分は叶わなかった。聖竜の生死は不明。天界上層部は、今後も魔族たちの動向を注視していくとともに、今回の聖竜派遣時に起きた障害については、調査を進めていくと宣言した。
【魔王ベルゼ聖竜に完全勝利】<魔女新聞>
昨日正午、バアル城に聖竜が派遣された。魔王ベルゼは事前に臣下及び領民を避難所に逃がし、これに対応した。まだ幼く最弱の魔王として知られていた魔王ベルゼはその力を覚醒させ、邪竜を彷彿とさせる強さで聖竜を見事討ち取った。こたびの聖竜による大きな被害は、破壊された城門のみ。その城門も近々再建予定とのこと。バアル城魔王ベルゼの今後の活躍にさらなる期待。
リンリは安堵した。これで魔王ベルゼは名実ともに一人前の魔王として扱われるようになる。聖竜が撃退された以上、天界も無闇に攻撃を仕掛けてくることはなくなるだろう。聖竜よりも弱い天使を派遣したところで、結果は目に見えているのだから。
激しいノックの音。小走りで高位文官が入室して来た。
「魔王様、こんなところにいたのですね。城門再建についての補正予算案ができました。さあ、執務室へお戻りください」
「しかしぼくは今、リンリの看護で忙しい」
リンリは凛とした声で言う。
「魔王様、政務にお戻りください」
ベルゼは逡巡しながらも立ち上がった。
「リンリ、日が落ちるまでに君の火傷が治っていなければ、遺産を売却し、迷いの森に魔女に依頼を出す。いいな?」
リンリはうなずかないし、返事もしない。
「君は、ぼくにとって父と母がとても大切な存在だと思っているようだが、それは違う。死んだ者よりも生きている者の方が大事だ」
ベルゼはまるでわかっていない。あの二人がどれだけ想っていたか。
「治癒部隊」
「はっ」
「何かあればすぐに報せてくれ。絶対に死なせるな」
ベルゼが去ったあと、治癒部隊の一人が口にした。
「死なせるなって、たかが火傷でおおげさじゃ」
「馬鹿者っ」
治癒部隊隊長が若い隊員を叱責する。
「これはただの火傷ではない。邪竜の火傷は、放っておけば体内まで浸食し、臓器にも届く。治癒薬と治癒魔法で何とか侵攻を抑えているが、どれだけもつかはわからん。それに、ベルゼ様はすでにご両親を亡くされている。その上で、絶対に死なせるなと言ったのだ。その言葉の重みを勘案できぬとはっ。まったくっ」
中年の部隊長はぷんすか怒りながら、治癒魔法の出力を強めた。
もはやリンリにできることは、部下を信じることのみ。目を閉じて無理にでも眠ろうとしたそのときだった。両手に特大皿をのせたジャンが香ばしい香りとともに入室して来た。




