火傷の治し方
「おお、起きたか、リンリ」
「魔王様」
机上には空の薬瓶が七つほど置いてあり、窓から差しこむ朝日を反射している。ゴミ箱には大量のガーゼが捨ててある。ふと、火傷に侵された両手がほのかに湿っていることに気づく。
「火傷の具合はどうだ? 痛むか?」
「いえ」
ずきずきと痛む両手を布団の下に隠し、リンリは答える。
「私はどのぐらい寝ていたのですか?」
「半日ぐらいだろうか」
「魔王様、お食事は?」
「勝手に取ったから気にするな。君は休養することに専念しろ」
そう言うと、ベルゼは布に回復薬をしみこませ、リンリの頬を拭いた。
「ひどい火傷だ。邪竜と一人で戦ったのだな?」
「魔王様、政務にお戻りください。私は、大丈夫ですから」
「政務は文官が処理してくれているし、避難した民は今日中にはウチに帰れる見込みだ。天界も聖竜がやられた以上、この城に対しては安易に手を出さないようになるだろう。すべて君のおかげだ」
リンリは力なく首をふる。
「私は何も。ただ料理を作り、提供しただけでございます」
「魔王様っ、リンリ様っ、ご無事ですか?」
ノックもせずに治癒部隊が部屋に入って来た。全部で五人。それぞれが長い杖を持っており、治癒魔導士専用の白いローブに身を包んでいる。
「おお、待ちかねたぞ。帰城してすぐのところ悪いが、リンリの火傷を見てやってくれ」
五人がベッドを囲む。リンリが手を布団の下から出すと、治癒部隊の隊員たちはのどの奥から驚きの声を小さく発した。
「これは、ひどい火傷だ。濃く熱い魔力が傷に残存している」
黒く変色し、腫れ上がった手をとり、治癒部隊隊長は言う。
「お顔も、ああ」
まだ鏡を見ていないが、顔面の痛みから察するに、ひどい様相を呈しているに違いないとリンリはひとり納得した。悔いはなかった。聖竜を倒すには、邪竜の肉を使用した料理が必要だった。作るべき時に料理を作れず、死者が出るよりずっといい。
治癒部隊五人による治癒魔法の重ね掛けが行われた。しかし、手の痛みも顔の痛みもまるで引かない。ほどなくして隊員たちの額から汗が流れ始めました。持てる力のすべてを使って、治癒にあたってくれているようだが、そもそも治癒や回復は、魔族の得意分野ではない。
三十分間、隊員たちは高出力で治癒魔法を発動し続けた。そして、魔力の勢いが弱まりだした。
「ベルゼ様、リンリ様。申し訳ありません。この火傷は、我々の手に負えませぬ。面目ありません」
「こちらこそお手間をおかけしました。もとはと言えば、食材調達の際、傷を負った私が悪いのです。どうかお気になさらず」
隊員たちが傷の治療を目的とする治癒魔法から、痛みを和らげる鎮痛魔法に切り替える。
「治癒部隊でも治せないとなると、残す手立ては、そうだ、迷い森の魔女に依頼を出そう」
ベルゼの言葉にリンリは顔色を変える。迷いの森の魔女は、魔族のなかで最も魔法に優れている存在。彼女に不可能なことはおよそないと言われている。しかし、彼女はただでは動かない。
「ベルゼ様、そこまでしていただくわけにはいきません」
「何を言う。臣下の傷を癒すためにはありとあらゆる手段を尽くすのは、王の務めだ」
「迷いの森の魔女への依頼料はとても高額です。そんなお金、ないはずです」
あったとしても自分のために使うべきではないとリンリは考える。この城のお金は、民のために使われるべきだ。
「金がないなら作ればいい。ぼくは帝宝級の魔剣と衣を所有している。この際だから換金しよう」
「いけませんっ」
リンリはいつになく声を荒げた。
「ベルゼ様が言われている帝宝級の魔剣とは、バハムの剣のことでしょう? それに衣は、王妃様があなたのために遺されたものです」
「いいんだ。剣は折れていて、使う予定もないし、衣も、今のぼくには大きすぎる」
「いけません。絶対に」
「しかし他に方法がない」
「あります」
リンリは言ってから、考えた。迷いの森の魔女に頼らなくとも、邪竜の火傷を癒す方法はないか。何か。ないか。せめてこの手が無事だったら、自分で火傷を治す料理を作れたのに。そう思った瞬間、閃いた。
「私の部下は、今どこに?」
「七名とも本日正午までには城に帰還する予定です」
伝令兵が答えた。
「お手数ですが、帰還を急がせてはもらえないでしょうか?」
「リンリ。部下を集めていったいどうするつもりだ? 彼らに治癒魔法は使えないだろう?」
困惑するベルゼに対し、リンリは微笑する。
「ご心配には及びません。私の部下はこの大陸有数の料理人ばかり。この程度の火傷、料理でもって治せないわけがございません」




