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魔法使いに魔法を、怪物にナイフを  作者: 月光女神
第一章 勇者襲来編
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第二十九話 終息から過去へ

 勇者との戦いが終わり、俺達はフォレスター家で休息を頂戴した。今回の事件について、レインから父親の宰相に報告するということになった。レオナルドを殺さずに拘束していたレインは、俺とヘレナのためを思って生きた証人を残してくれていたのだろう。

 俺とヘレナに対しての対応措置、今回の勇者とエデニスト商会の企みを阻止できなかったことについて、黒幕についてなど、徹底的に父親を通して国に申し出るとのことだ。

「ぎゃああああああああああああっ!! 姫様、待ってよ!! 私のおかげでジーンは助かったんだよ、うん。おかしいって。ねえ」

「……ジーンがいたからあなたが助かった、の間違いでしょう」

 朝、ソラリスと共に目覚めて廊下に出た。どでかい階段を下りていると、下にある玄関前の広間から悲鳴が響き渡る。ソラリスと共に上から覗き込む。

 フォレスター家のメイドさんの背中に隠れているソフィアがいた。そして、メイドさんを挟んで立っているのは我らが大将ヘレナ姫である。

「私の許可なく勝手に記憶を戻して、ジーンを戦わせた。そうね」

「だから!! それは緊急事態だったの!! もう二人とも死んじゃうって時だったの!!」

「ジーンを守れと命じたはずが、どうしてあなたが守られているのかしら」

「だから−−−」

「殺すわ。彼女を離しなさい」

「ぜえったい離さないもんね!! どうせ死ぬならメイドさんも連れて行くもんね!! 一人ぼっちはやだもんね!!」

 ソフィアに盾にされ、最強の魔法使いから鋭い眼光を向けられているメイドさんが泣きそうな顔で震えていた。

 可哀想すぎる。

 俺はソラリスの手を引きながら、階段を下りていって声をかけた。

「ヘレナ。許して欲しい。そもそも俺が頼んだことだ」

「あらジーン。おは−−−」

 ぱあっと笑ってヘレナが振り向いた。それも束の間、俺とソラリスの繋いでいる手をヘレナは真顔で見つめ始める。

 なんだ。なんか変か。

 ソフィアが思い立ったような顔で、メイドさんの背中から顔を出して言った。

「浮気だ!! 姫様、ジーン浮気してるよ!! 私よりジーンだよ今は!!」

「浮気って……。ソラリスですよ。何言ってるんですかソフィアさん」

「うるさい!! こっちは命かかってんの!! そういやソラリスの胸とか尻とかエロい目で見てる気がするよ、ジーン!!」

「なんでもいいですけど、メイドさん解放してあげてくださいよ。仕事があるでしょうし」

「ならお前が守れよ!! 私を!!」

「分かってますよ。ほらだから」

「ごめんねお姉さん、うん!!」

 ソフィアはバシっとメイドさんの肩を叩いた。メイドらしからぬ全力疾走で、腕を大きく振りながら逃げていく。ごめんなさいメイドさん、うちの身内が迷惑をかけました。

 ヘレナは以前、じーっと穴が空くほど俺とソラリスの手を見つめて固まっている。

「姫様、こいつら姫様が合流する前もイチャイチャしていたよ。私、怒ったんだ。ヘレナの気持ちを考えろって。そうしたらね、ジーンが言ったんだよ」

「……何を」

「ソラリス大好き結婚しようモフモフさせてって」

「ジーン。そこのエルフ、やっぱり殺すわ。売女に育つ前に−−−」

 ソラリスがヘレナの手を握る。ぐっと引き寄せ、俺とヘレナの間にすっぽり収まった。ヘレナを見上げて、当たり前のことのように言う。

「ん。これでヘレナも一緒」

「……」

「ヘレナ、ジーン、お腹すいた。ご飯食べたい」

「……はあ。ええ、そうね」

 何か諦めるようなため息を吐いたヘレナが、ソラリスの手を握り返した。ギロリとソフィアを睨みつけて、結構本気の殺意を飛ばす。

「ソフィア。良かったわね。寿命が食後まで伸びたわよ」

「さーてどうしよう。ジーンにはヘイトが無条件で向かないし、ソラリスはなんか口説き上手ときた。打つ手なしだねーうんうん」

 ソフィアは泣きそうな顔を隠すように笑って早足で消えていく。食堂とは真反対の方向に。

 小さくなっていくその背中に殺意を飛ばし続けるヘレナに、俺は言った。

「ヘレナ、頼むよ。ソフィアは悪くないんだ、まじでさ」

「……分かっているわよ。けれど、理解と感情は別物よ」

「そんなことよりさ、ようやくちゃんと思い出して君に会えたんだ。飯、一緒に食べようぜ」 

「……うん」

「ヘレナ」

 少しでも彼女を包みたかった。安心させて、感謝を伝えたかった。

 笑って、真っ直ぐに綺麗な赤い瞳を見つめて告げた。

「なあに、ジーン」

「ありがとう。待たせてごめん。もう、ずっと一緒にいよう」 

「ジー、ン」

「ソラリスと三人、家族みたいもんだ。今度こそ穏やかに暮らそう」

「……」

 なんだ。すごい嬉しそうな顔をしたかと思えば、苦虫でも噛み潰したような顔になった。ヘレナはソラリスを見ると、なんだか複雑そうな感情の読めない表情に落ち着く。

 小首を傾げるソラリスは、俺とヘレナを交互に見てくる。

 なんだか微妙な雰囲気になって、俺達は食堂へ向かっていく。

 








「お兄さん、あの回るやつ、あそこ」

「おお!! 気になって眠れないと思っていたが爆睡できたけど、やっぱ気になるな!!」

「行きたい」

「俺も俺も」

 ソラリスと一緒に、ここ王都へ入った際に大通り沿いで見た店に入っていく。楽しそうなソラリスを横目に、俺は不思議な幸せを感じていた。

 この子が幸せだと、こっちも幸せになるからだ。

 ソラリスは窓越しに顔を近づける。店内のキッチンでは、肉の塊がぐるぐる回りながら炙られている様子が伺える。

 俺も並んで夢中になっていると、後ろから優しい声が聞こえた。

「ガレット。エレストヤ国で最近有名な肉料理だね」

「レイン」

 俺とヘレナとソラリスで朝食を取った後、レインが帰ってきた。俺達は今、四人で王都を散策している最中である。ソラリスとの王都観光を約束した俺のわがままを、レインとヘレナは聞き入れてくれた。

 本来、今回の事件についての処遇等、国からのお達しが来るまでは大人しくしているべきだったろう。

「いやジーン、君たち朝ご飯を食べたばかりなんだろう」

「ちくしょうが」

 確かに腹はいっぱいである。今はまだ昼前。さほど腹は減っていない。俺で減っていないのだから、ソラリスなど大した量も食えないだろう。

 しかし気になる。見たことがない料理だ。

「分かったよ。晩御飯はあれを作らせよう」

「本当かレイン。もうお前のところのコックなしで生きていけなくなっちまうよ」

「伝えておこう。本人も喜ぶだろう」

「ソラリス。いえーい」

 俺はソラリスに屈んで手をかざす。ソラリスは不思議そうに俺の真似をして小さな手をかざしてきた。

 パシン、とその手を叩いてやり、頭も撫でてやる。

「お兄さん、いえーいってなに」

「嬉しいって意味だよ」

「嬉しい。うん、嬉しい。夜、あれ食べたい」

「レイン様様だな。よし、次はどこ行く。何が見たい」

「何があるのか、よく知らない」

「服やアクセサリーなんかどうだ。気に入ったのがあれば買ってやるよ」

「……うん。見たい」

 ソラリスの手を引き、後ろからついてくるレインとヘレナに振り返る。早く来いと手を降ってジェスチャーした。

 レインが苦笑しながら、ヘレナに何か言っている。

「いいのかい。ソラリスばかりじゃないか、ジーン」

「いいのよ。あの子は、ジーンが守り切れた唯一の存在なの。仕方のないことだわ」

「……ジーンは、きっと君との関わり方に慎重になっているんじゃないかな。全てを、思い出したんだから」

「分かり切ったことを偉そうに並べ立てないでくれるかしら。殺すわよ」

「……ごめん」

 何か喋っていて二人が動かない。俺はヘレナとレインの名前を叫ぶ。

 ようやくついてきた二人を尻目に、ソラリスにエレストヤ国王都を満喫させるべく奮闘する。

 服を買い、髪も整えてもらった。奴隷として売り飛ばされそうだった影も形もない。銀髪は右顔を隠しつつも肩で綺麗に切り揃えてもらい、反対色の暗い色のコーデで銀髪銀眼を際立たせる。紺色のフリルのついたスカート、焦茶色の靴、はっきり言って死ぬほど可愛い美少女が爆誕である。

 まあ、服は全部ヘレナが選んでくれたし、髪はレイン行きつけの美容院でカットしてもらったので、俺ができたことは何一つないわけだが。

(そういや、王都なんて大して知っちゃいなかったな)

 俺は噴水を囲む石壁に背中を預けていた。道を挟んだ先の服屋では、ヘレナの後をくっついて歩くソラリスがいる。ヘレナとソラリスを眺めながら、俺は思い出した過去と向き合っていた。

「……楽しかったんだなあ、意外と。この街も」

「今から楽しめばいいじゃないか」

 横から声がかかり、見ればレインが立っていた。小さな樽型のコップに入ったコーヒーを二つ持っている。

 俺は一つを受け取り、空を仰いだ。

「楽しめるかな」

「楽しめるさ」

「昨日も眠れなかった。俺が今、正気でいられるのは、間違いなくソラリスがいるからだ」

「……」

 レインが俯き、動かなくなる。

「目を瞑ると、村の皆を思い出す。特に、レーナを思い出すんだ」

「……レーナか。ああ、そうだろうね」

「約束、守れなかったんだな。俺」

 コーヒーをすする。やけに現実感がなかった。今でも、あの森の中に戻れば、皆が普通に暮らしている気がする。

「僕のせいだ」

「それは違う」

 吐き捨てるように、自分で自分を傷つけるように呟いたレインに、俺は間髪入れず否定する。

 しかし、顔は上がらない。

 小さく息を吐いて、俺は本当の気持ちを明かす。

「へレアスとの約束を、今度は守りたい。今はそれだけだ」

「……ジーン」

「ヘレナとソラリスを守る。俺はその為に生きるよ、レイン」

「なら、僕が君を守るよ」

 レインはようやく、顔を上げてこちらを見てきた。その顔は、覚悟を決め終えた者の顔だった。

「十分守ってくれたよ。レイン、本当に気にしないで−−−」

「僕は君の親友だ。今度の人生、僕は親友を全うする」

「……いや、親友を全うって、なにそれ」

「君を守るんだ。守るとは、裏切らないことさ」

「……俺のこと性的に見てたりする?」

「ぶふっ!! し、しないよ!!」

 飲んだコーヒーを吹き出したレインに、俺は笑った。俺は、笑える。守るべきものを守れず、全てを失い、ヘレナに重たい十字架を背負わせてもなお、俺は笑える。

 笑っている。

 俺は、俺が許せない。

 こうして楽しい平凡な日常の中にいられる自分が許せない。

 だが、へレアスは言うだろう。

 慣れろ、と。

 過去を過去として、今の普通で平和で幸せな日常に慣れろと、奴なら言うはずだ。 

 それに、俺には守るものがまだある。

 だから、俺は笑うのだ。楽しいことを楽しいとし、面白いことを面白いとする。

(……これでいいんだろ、へレアス)

 ヘレナとソラリスが、店から出てきた。また何か、ソラリスに買ってやったらしい。

「お兄さん、ヘレナがネックレス? っていうのを買ってくれた。初めて見た」

「良かったな、ソラリス。ヘレナにありがとうって言ったのか」

「言った」

「もう一回言ってもいいんだぞ」

「ん」

 くるりとヘレナに振り返り、ソラリスは自然に笑って告げる。

「ありがとう、ヘレナ」

「……」

 なんと言えばいいか分からない様子で、結局ヘレナはそっぽを向いてしまう。

 その反応が、あまりにもほのぼのとしたものに感じて、つい微笑んでしまった。

「なによ、ジーン」

「いいや。なんでも」

 日も暮れてきた。

 俺はコーヒーを一口飲んで、そろそろ帰ろうかと皆を促した。

 俺達は、帰路につく。

 俺も、ヘレナも、レインも、心の底から平凡な幸せを噛み締めることはできていない。それでも、ソラリスを中心に、俺達は今ここにある時間を、会話を、出来事を受け止めて生きる。この日常から手を離すことはせず、楽しく行きていく。

 それが、生きるということだ。それを守り、生きていかなければならない。

 約束したから。










 勇者とエデニスト商会の起こした今回の事件について、エレストヤ国の調査や審議は続いていた。直に、俺達はエレストヤ国王に謁見する日が来る。それまでは、レインの屋敷に滞在することとなった。

 ソラリスと一緒に、晩御飯にはガレットを食べた。フォレスター家の凄腕シェフの腕もあるのだろうが、めちゃくちゃ肉が柔らかくて旨味が閉じ込められた絶品であった。ソフィアも晩御飯には参加していたが、やはり目当てはガレットだったのではないだろうか。

 夜、俺は一人ベッドに転がっていた。隣のベッドには、ヘレナとソラリスが親子のように並んで眠っている。結局、女性同士で固まってくれて助かったものだ。

 俺は二人を起こさないように立ち上がる。部屋を出て、皆で騒ぎつつも楽しく過ごした食堂へ向かった。

 キッチンを借りて、コーヒーを淹れる。マグカップを口元に運び、温かい苦味を一口飲み込んで椅子に座る。

 円卓の上にコップを置いた。

 何をするでもない。ぼうっと、窓の外から漏れる月明かりを眺める。静かにコーヒーを飲んだ。誰もいないのに、物音を立てないようゆっくりと。

 それをただ、繰り返す。

 何のためにどうやって生きるか、分かり切っている。今ここにある日常に、慣れていくことが大切だということも知っている。

 人生に迷ってはいない。

 だが、理解と感情は別物だ。ヘレナが言っていたように。

 きっと、俺は整理をつけなければならないのだ。そうしなければ、一睡もできない今の状態は改善しない。

 眠れない。

 眠れない。

 目を閉じると、皆が見えるから。

 頭の中に、ずっといるんだ。へレアスも、レーナも、村の皆も。見たくないものは瞼を閉じればいい。聞きたくないものは耳を塞げばいい。

 だが、絶望は頭の中にある。

 記憶の中で牙を研ぐ。

 過去に住み着いて今を生きる俺を襲う。

 絶望からは、逃げられない。戦いようもない。既に過ぎ去った、過去の中に息を潜めているのだから。

「レーナ」

 名前を呼ぶ。

 彼女の名前を。俺が守るべきだった、最初の少女の名前を。

「レーナ。レーナ」

 何度、言葉にしても。

 涙と一緒に洗い流すこともできない。泣けない。ああ、そうだろうとも。泣きじゃくって、過去のものだと受け入れられるものではない。そんな軽い、思い出じゃない。

「お兄さん」

 静寂の中、小さな声は轟いた。

 見れば、ソラリスが心配そうに俺を見つめて立っていた。

「なんだ。ソラリス。喉、乾いたか」

「お兄さん。教えて」

 躊躇うことなく、俺の隣に腰を下ろす。横並びに座って、俺を直視せず、俯いたままソラリスはもう一度言った。

「教えてよ。お兄さんのこと。ヘレナのこと」

「……」

「お兄さんの過去、全部」

 横目に、ソラリスの様子を伺った。

 ぎゅっと拳を握って膝の上に置き、俺から話を聞き出すことへの圧倒的な意思を感じる。

 今更だ。

 この子に何かを隠そうとは思っていない。

「逆に、いいか」

「?」

 ソラリスの顔を見れない。

 俺も俯き、ぼやくように尋ねた。

「聞いてくれるのか。俺の話を」

「……うん」

 そっと、俺の手が握られる。小さな手だが、しっかりと強く握ってくる。そこから感じるものに、俺はあっさりと降伏する。

 これは白状か。告解か。懺悔か。それとも、ただの無意味な独り言だろうか。






 それでも、言葉にした。

 俺の過去、その全てを。



 

  




 

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