第二十六話 大将戦
「『ブライティング・レースダート』」
向こうも結界魔法をもって抵抗する。
私の白銀に輝く魔法陣に対して、金色の魔法陣が大きく広がっていく。私の結界魔法『ディアブロ・アレフ』の最大効果範囲は直径十キロ。光の速さとて逃げ切れる範囲ではない。結界魔法に対して、結界魔法を発動し双方の結界の押し合いが始まる。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチィィッ!! と、激しい火花を散らしながら私とジェラルトの結界がぶつかり合っている。……面白い。結界を展開しながら逃げる様子がない。
「へえ。結界魔法で、この私とタイマンしようってわけ」
「ここまでコケにされてよお、おめおめ逃げてられるかってなあ」
「魔神以外じゃ初めてね、ここまで持ったのは。最後に少し気に入ったわ」
「……おいおい」
歩み寄る。
結界の押し合いをあえて均衡に保ちつつ、光の勇者の目と鼻の先まで近寄ってやった。
「なんの真似だあ、化け物」
「人間族の中ではそこそこに強いくせに、なぜ私に歯向かったか。ジーンを狙ったか。気になったの」
「……」
「エデニスト商会をはじめ、あなたを動かしている黒幕について教えてもらおうと思って」
「思って?」
「気が変わらない間、殺さないであげるわ」
「−−−っっごぁ!?」
勇者が吹き飛ぶ。
腹部への前蹴り。長椅子を壊しながら転がっていった勇者が、激しく嘔吐してうずくまる。結界魔法の押し合いによって通常の光速適応魔法が使えないことは見抜いていた。この私の結界を相手にしているのだから、それは当然の結果である。
「魔法、使わないであげる。せっかくよ、足掻いてみたら?」
「こっ……のォ……化け物がぁぁああああああああああああああああああ!!」
正面から突っ込んでくる。剣が喉元に飛んでくるが、タイミングを合わせて剣の平部分を蹴り上げて軌道を上へ逸らす。
そのまま、振り上げたままの右足で顔面に踵落としを炸裂させる。
顎が下がり、鼻や口から血が吹き出す。しかし、勇者は真っ直ぐに私を見つめたまま再び剣を横薙ぎに振るう。
「魔法を使うと」
飛び上がる。
回避。足元を走り抜ける剣を蹴りつけて、さらに跳躍する。
驚愕する顔に、さらに踵落としを叩き込む。今度こそ視線ごと下へ落ち、その隙を逃さず襟首を左手で引っ掴んだ。顔面、喉仏、みぞおちに右拳を何度も何度も何度も何度も延々と叩き込んでみる。
ぐらつき、膝が揺れている。
しかし、それでも剣は手放さないようだ。
「簡単に死んじゃうから困るのよね」
「っ……ぐぁ……」
「ほら、頑張って」
「−−−殺す」
右脇腹への回し蹴りが迫ってくる。右ひじでその脛を打ち付けて防ぐ。苦悶の顔を浮かべた勇者の脇腹に、同じように回し蹴りを炸裂させる。
骨の砕ける音が響く。
「殺す、ね」
勇者は目を見開いて、声を出せずに歯を食いしばっていた。
「知らないのかしら。殺すのは常に強い側なのよ」
鼻っ柱を右拳で撃ち抜く。と、同時に振り抜いた右手で髪を掴み、膝蹴りを顔面に炸裂させる。
意外にも反撃があった。
私の足元に振るわれる剣を確認する。右太ももに着弾する前に、剣の腹部分を右足で蹴り込んで動きを止めてやる。
静寂の後、乾いた笑い声が滴り落ちた。
「は、ははは」
「なによ」
「魔法も……なしに、ここまで……化け物かよ……」
「たまにね、ふと思う時があるわ」
勇者の顔面をアイアンクローする。そのまま持ち上げ、凍りついた地面へと後頭部を叩きつける。
ぐしゃっと、血がこぼした絵の具のように散らばった。死んだか。いや、結界魔法は未だ展開され続けている。私の結界と押し合いを続けたままだ。
いいことだ。諦めていないようだ。
「あなた達はこんなに弱いのに、どうして強い風な態度が取れるの? どうして胸を張って歩けるの? どうして怯え震えて慎ましく謙虚に生きていないの?」
「……ぁ、が……」
「弱いのなら、優しく生きればいいじゃない。弱いのなら、平和に生きればいいじゃない」
不思議な生き物だと、心底思う。
「弱いくせに血を求めることは罪よ。あなた達は弱い−−−殺すのではなく殺される側なの。優しく平和に手を取り合って生きていく生き物なのよ」
草食動物が肉食動物の真似でもしているようで、あまりにも滑稽で醜悪に見えてしまう。
「私はできないわ−−−強いから。奪えばいい、殺せばいい、そういう選択肢が常に近くにあってしまう」
「……俺が、弱い……だと……!! ふざけ−−−」
「弱いじゃない、ほら」
ゴガァッッッ!! と、轟音と共に凍った大地に亀裂が走っていく。顔面を掴み上げて、そのまま地面へ叩きつけたのだ。
「答えなさい。黒幕はだれ?」
もう一度、顔面を掴み上げて後頭部を地面へ叩きつける。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。
「答えて。ねえ」
再び血が飛び出るが、まさかこれでまだ死なないとは。なかなかに生命力が強い。
指先から覗く瞳には、まだ闘志が宿っていた。
「い……う……かよ……!!」
「そう。じゃあいいわ、もう」
魔法では私には敵わない。
体術でも私には敵わない。
つまらない人間族最強だった。口も割らないならもういい。私は飽き性だから、拷問等長く続けることができない。
「飽きたわ。疲れた。腕が」
顔を掴み上げたまま無造作に投げ飛ばす。すぐさま勇者は震える膝で立ち上がろうとするが、片膝をついたまま動けないでいるようだ。
しかし、それでも。
「あら、そういえば……。結界の押し合いだけは継続できているのね。褒めてあげるわよ、すごいじゃない」
すぐに私の結界が勇者の結界を飲み込むだろうと思った。しかし、結界魔法に関してはそのクオリティが全く落ちていない。
なかなかの精神力と言えよう。
「……分かっちゃ……いた……んだ……」
「? なにをよ」
諦めに近い笑いを浮かべて、血まみれの顔で勇者は呟く。
「差が、あるだろうって、こたぁな……だが、まさ……か……ここ、まで……」
「ここまでって、あなた。ああそう、そういう感じね」
結界の押し合いなんていつぶりだろうか。まともに拮抗できる相手はいなかった。どうせこの勇者も時間の問題だろうが、それでも今、私の結界になんとか耐えきっていることは事実。
「ここじゃないわよ、まだ」
「……あぁ……?」
はっきりと言おう、結界の押し合いに関しては、久々に楽しかった。
礼を言ってもいい。だが、ジーンにしたことは許せない。
私を楽しませた褒美、ジーンを襲った大罪。どちらも兼ね合わせた最大のプレゼントはただ一つだけだろう。
死だ。
「結界魔法−−−『ヴァルガト・リ・ザイン』」
『ディアブロ・アレフ』の結界と勇者の結界。どちらも飲み込むほど大きく結界を広げていく。
既にせめぎ合っている二つの結界は隙だらけだった。私は『ディアブロ・アレフ』の結界共々、勇者の結界を新しい結界で破壊する。
「……なん、で…………………」
「結界魔法を二つ扱えるのか、かしら」
結界魔法『ヴァルガト・リ・ザイン』が大聖堂内全てを飲み込んでいく。
勇者は持っていた剣を落とした。
聖堂で神でも崇めるような顔になる。
「なんで、二つも、結界魔法が使え−−−」
勇者がよろめく。彼は自分の右足を見下ろした。黒ずんで股関節から取れてしまい、転がっている足を。
「腐敗の、魔法か」
「……」
両腕が転がる。一本足になり、倒れる。どんどん全身が黒くなっていき、目玉も溶けてなくなっていく。
「そう、か。氷結の先……凍傷による、腐敗……まで、魔法効果を発展……させたのか。じゃ、あよお……『アレフ』は凍結……の魔法、『ザイン』……は腐敗の……魔……法……か……」
「呆れた。最後まで私の魔法のことばかり考えて。あなた死ぬのよ」
「な……に……言って……んだ……。こん、な……きれい、な魔……法……で、死ねる……………俺…………」
事切れる。
完全に腐敗して胴体も半分が崩れていった。内臓など原形も留めていないだろう。
結界魔法を解く。
二の手の『ザイン』−−−発展系腐敗魔法の結界魔法を。
「お父様が引き分ける程度には、まあ強かったかしらね」
それにしても、と呟いて死体を一瞥する。
黒い塊が、笑って転がっている。
「綺麗な魔法ね。魔法使いが魔法に魅せられるなんて、どっちが使われているのかしら」
くだらない、と死体に吐き捨てて立ち去る。
ジーンもとへ、急がねばならない。




