第二十四話 レイン・フォレスター
激しい剣術戦が続く。相手は二本、こっちは一本だ。分が悪いことこの上ない。
レオナルドの恐ろしいところは、魔法の才に留まらず剣術にも長けているところである。驕り高ぶって体術オンチであれば可愛いものを、この少年は勇者としてあまりにもパーフェクト過ぎた。
「時間の問題ですよ、レインさん」
「まだ、まだだ!!」
剣と剣が弾き合う。
結界の押し合いも限界がきている。レオナルドの奴も、さすがに少し余裕のない顔をしていた。
「しぶといですね。でもジリ貧だ」
「君もな。しつこい奴だ」
「それはどうも」
くすりと笑ったレオナルドは、突如、血走った目を向けてきた。
何か来る。
飛び出してきた。咄嗟に剣を横薙ぎに振るうと、レオナルドは剣を鞘に収めて身体のまま突っ込んでくる。
意味が、わからない。
振り切った剣は身体に直撃。上半身と下半身を真っ二つにした、はずだった。
「『ラムド』」
ぐにゃりと、剣の軌道が曲がり、地面に突き刺さる。
唖然。
この少年、まさかここまでとは。
「冗談、だろう」
「いやあできました。やってみるものですね」
結界魔法を発動しながら、同時にシンプルな『ラムド』−−−折り曲げる魔法を使ってきた。
複数の魔法の同時使用。
認めよう。単純な魔法の才であれば、この少年、僕をとうに超えている。
「それ」
ツンと、指先で剣を握っていた右腕を突かれる。それだけで、腕が折り紙で遊んだようにグシャグシャにひしゃげてしまった。
あまりの痛みに、少し舌を噛んで歯を食いしばる。
ケラケラと笑うレオナルドが、ふらついて大木に背中を預けた僕に蹴りを入れた。大地に沈んでいく。深く座りこんでしまう。
結界魔法が解けてしまった。
レオナルドも限界だったのか、結界魔法が解けていく。
「魔力カラカラですよレインさん。本当にしつこかったなー」
負けた。
勝てなかった。ソラリスだけでも逃がさないといけない。立てない。腕が、使えないからだ。一本しかない腕が、見るも無残な有様である。
どうする。
どうする。どうする。どうする。
「じゃあ、レインさん。私は油断とかしないので」
「が、あああああああっ!!」
剣が僕の右肩を突き刺した。背中の木と結び付けられ、全く身動きが取れなくなる。
窮地。
認めざるを得ない、危機的状況。
だが、それ以上の疑問を口にする。
「なぜだ」
「はいー?」
「なぜそこまでして、エデニスト商会に加担する。光の勇者に従う。君ほどの力があれば、遠くに逃げて生きていくことだって叶うはずだ」
レオナルドは沈黙し、少し眉根を寄せた。
その反応だけで、十分だった。理解した。
「気づいているでしょう。エデニスト商会は末端のまとめ役に過ぎないですよ」
「……やはり、裏に『何か』がいるんだな」
「そりゃそうでしょう」
人間族最強と謳われる『光の勇者』をはじめ、『血の勇者』、『時の勇者』、『影の勇者』、『屈折の勇者』、いずれも最高峰の魔法使いたちが駒にならざるを得ない、それだけの力を持った『何か』がいる。
確かに、戦争や紛争状態を作り上げて需要を生み出したい気持ちは、前線で戦ってきた魔法使いたちが抱いても仕方ないものだろう。しかし、今回の件、あまりにもレオナルドたちは無謀すぎる強行に出たと言えよう。
「ここ一年近い間は何もしなかったくせに、突然ジーンを狙って動き出した。『何か』に逆らえないから、以外にはありえない」
「……」
「君たちは全員が凄腕だ。個人で好きに生きていけるだけの、つわもの揃い。それが一致団結でジーンを捕らえようと必死になる。奇妙だとは思っていたよ」
「冥土の土産に教えてあげましょう。エデニスト商会の裏にいる『何か』、それは『光の勇者』しか知らないですよ。僕も、ソフィアさんも、『血の勇者』も恐らく分かっていない。ただ、従わなければ殺すと言われているだけです。まあ、『血』は完全に個人的趣味で協力してますがね、あの人はイカれてるので」
「……『光の勇者』すら従わせる『何か』がエデニスト商会の上にいる。それを察したから、君は従っていると」
「ざっくりはそうです。が、しかし−−−」
もう一本。
僕を逃がさないように串刺しにする剣ではない、もう一方の残っていた剣をレオナルドは振り上げた。
「−−−僕には魔法しかないんですよ。僕が僕である為に、僕は命を奪わなくちゃいけないんです」
「どういうことだ」
「お土産はほどほどにって、お母さんに言われませんでした?」
殺意が降りる。
その振り下ろされる腕を、僕はローブの中に隠していた左腕で掴み取った。
「……なるほど。ならば問うまいよ、レオナルド」
「…………は? …………なんで、……左腕……」
気づいていた。
気づいていたんだ。戦いの最中、左腕の違和感に。本来なかったはずの腕が、もとに戻っていることに。
レオナルドは魔力切れだ。結界魔法と同時並行で別の屈折魔法も使用した為だろう。
僕は視界の端のソラリスを見つける。
ひどい汗をかきながら、両手を僕に突き出している。淡い光が、掌から漏れている。
僕は、複雑な感情だった。
「ソラリス。なぜだ。治すなと、前も言ったのに」
「ヘレ、ナが」
「え?」
ソラリスは、僕が夢で見ることも許されないほどの事実を告げた。
「ヘレナが、腕を治していいって。レインが危なかったら、勝手に治してあげなさいって」
息が止まる。
胸が熱くなる。
「レインは、ジーンの友達だから、もう許すって言ってた。レインに言っても贖罪だって聞かないから、私の判断で治していいって」
「……」
「ごめんなさい。襲われてからすぐにやっていたんだけど、遠距離からの回復は時間がかかった」
「……」
ヘレナが、僕を許した。
腕を治していい。それは、僕の罪を許したのか。いいや、それはおこがましい話だ。きっとジーンのためだろう。僕がジーンにできること、ヘレナはそれに期待してくれたのだ。
過去の罪は置いていけ。
未来に、前へ。ジーンとヘレナのために、成すべきを成せ。
僕は、僕は。
「は、なせ!! くそ、どうなって−−−」
「はは、はははっ」
「……は?」
笑ってしまう。
笑ってしまうさ。あのヘレナが、僕を認めた。全てジーンのためだと知っていても尚、どうしてもおかしくてたまらなくなる。
裏切り者の僕を認めるか。
ジーンを裏切った僕を受け入れるか。
僕を許すのか。
「全うする」
ならば僕が、僕を許してはならない。僕が僕を糾弾し、断罪し、約束せねばならない。
「僕は友達を全うする」
ぐぐぐっと、レオナルドの細い腕を久々の左手で握り締める。悲鳴を上げて剣を落としたレオナルドも、僕同様に地面へ膝をついた。
ようやく同じ目線になる。
「君は強い。天才だ。認めるよ。だが、残念だったね。僕は負けられないんだ」
「な、に言ってるんですか、さっきか−−−」
「友達は負けちゃいけないんだよ」
「友達友達って、あなた本当に頭おかし−−−」
レオナルドを引き寄せる。同時に、額を鼻っ柱に叩き込んでやった。一度じゃない。何度も何度も、何度も何度も、その整った幼い顔が血で見えなくなるまで頭を叩き込んだ。
ずるずると、レオナルドは倒れていく。
僕の足元で完全に気を失った。
「ジーンの友達だから、君には負けない。負けられないんだ。すまないね、レオナルド」
「……友達、友達って……うるっせえなあああああああああああっっ!!」
意識をすぐに取り戻す。
瞬時に地面に落ちていた剣を拾って振り上げてくる。
見事だ。土壇場の根性、底力、強者としてのプライド。紛れもない戦士であり、優秀な魔法使いだと言える。
だが、残念だ。
「やめるといい、レオナルド」
「っ!!」
僕も左手で拾い上げた自分の剣を使い、刃を受け止める。
鍔迫り合いの中、ギラつく瞳が眼前に迫る。
「無意味だよ。やめるんだ」
「まだ勝負はついていないでしょう!!」
「ついているよ」
剣先を踊らせる。
レオナルドの剣が吹き飛ぶ。呆然と立ち尽くした少年を前に、僕は淡々と事実を口にした。
「僕は、左利きだ」
「−−−っ!!」
血飛沫。
胸、腹部、太もも、全てを一斉に斬り裂いた。僕を見つめたまま今度こそ崩れていくレオナルドは、薄笑いを浮かべていた。
「裏切り者の、くせに……」
「……」
「友達な……わけ……ないで……しょう……」
「……」
地面にうつ伏せで倒れた少年から、怨嗟のような言葉が這い上がってくる。
血が溢れていく。真っ赤な鮮血が溜まっていき、僕の靴先に触れた。
大人しく聞き入れる。
「神城仁と、ヘレナ姫の……村を、エレストヤ国に……密告……した…………くせに……」
間違ってはいないさ。
無抵抗に、その事実を口に含む。
「村を……滅ぼ……した……くせ………に……」
「そうだね」
噛み砕く。
味わい、飲み下す。
「裏切り……………者…………が……ぁ……」
「そうだよ」
ついに動かなくなった若き魔法使いから視線を外す。
揺れる血溜まりを見つめながら、僕は口にしてみせる。
「−−−裏切り者だから守るんだ。今度こそ、全て」




