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魔法使いに魔法を、怪物にナイフを  作者: 月光女神
第一章 勇者襲来編
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第十一話 拭えない恐怖

 食後、俺たち三人は雪遊びに興じていた。提案者はヘレナだ。昔、俺から聞いたという、かまくら作りに三人で興じている。ソラリスも未知なる遊びに興味がある様子で、無表情の中にわずかな興奮が見て取れた。

「ヘレナ」

「なあに、ジーン。そっち側は任せたわよ」

「あ、うん」

 ソラリスの作ってくれた雪の山から、いくらか拝借して雪壁を作っていく。ヘレナなら魔法で簡単に作れるはずだが、それを言っては興ざめであることくらい俺にも分かっていた。

 しかし、俺はのほほんと過ごす幸せな日々に、やはり大人しくしていられなかった。

「なあ、ヘレナ。これからどうする。レインが調べてくれているみたいだけど、このまま何も手を打たないわけにはいかないだろ」

「そうね」

 完成間近のかまくらに、ソラリスが入ろうとする。ヘレナは柔らかい雪玉を彼女の側頭部に投げつけて阻止する。

「手は打ってあるから、大丈夫よ。ここにいれば安全」

「……でも、レインは入ってこれたぞ」

「私の結界魔法『ディアブロ・アレフ』は、この私たちの家と周辺を除いて約半径五キロを凍結効果範囲にしているの。入った魔力に反応して、あらゆるものが凍結する」

 初めて、ヘレナの口からヘレナ自身の魔法について語られる。俺は黙って耳を傾けた。

「その効果範囲を設定し直したわ。半径二キロ、直径四キロの範囲内にした。直径十キロだった結界を、二分の一以下に凝縮した。つまり、レインが二人いても今度の結界は破れない」

「……なるほど」

「結界魔法はね、範囲を小さくすればするほど効果や威力が上がる。魔法が『濃くなる』のよ。反対に、広げれば広げるだけ『薄くなる』の。凍結の威力も倍になっているわ」

「なんか、絵の具みたいだな」

「感覚的には、その通りね。さすがジーン」

「簡単に褒めるなって。恥ずかしい」

 雪壁を作り終えると、ヘレナの目を盗んでソラリスが第一に穴蔵へ侵入する。ヘレナはあからさまにカチンときたようで、唯一の入口を雪で埋め始めた。

 ほとんど出口のない監獄になったところで、異変に気づいたソラリスの可哀想な声が響く。もともと声は小さいから、なんか深く深く埋められたみたいな声だった。ちょっとグロい。

「ヘレナ。ごめんなさい」

「遠慮しないでいいわ。私とジーンのかまくらはまた作るから」

「暗いよヘレナ。ごめんなさい。私が悪かったよ」

「今日からここがあなたのお家よ。素敵じゃない。二度とログハウスに戻らないことね」

「……」

「あら、死んだかしら」

 無言。

 心配になって、俺はかまくらに耳を近づける。

「……おにぃさん、暗いよ」

「ソラリスううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 躊躇なく靴底をかまくらに叩きつける。拳を振り回して全壊させると、雪の中からシュンとしたソラリスが生えてきた。

 頭の雪笠を払い、寂しそうな目をした少女の頭を撫でた。

「ヘレナ!!」

「ジーン、私も撫でて」

「だめです!!」

 断った直後、ヘレナは両手で雪をすくって自分の頭の上に落とす。真っ白な髪に真っ白な雪が積もる。

 ちょっと可愛い顔で、俺を見つめてきた。

「これでいいのね」

「何にも良くないね!! 自分で払いな!!」

「……はあ。ジーンってば、私よりそのエルフが大事みたいね」

「少なくとも今はな!!」

 ため息と共に頭の雪を払い落としたヘレナは、ソラリスに近寄って眉根を寄せる。今度は小さなため息を吐いて、ソラリスの肩に残っていた雪を片手で払い、先にログハウスへと戻っていった。その背中を眺めながら、一言思う。

 ……なに今の。

「なに今の」

「分からない」

 思わず漏れた心の声に、ソラリスも同調してくる。

「いじめたいのか優しくしたいのか、全く分からん」

「私は最近、新手の調教にも感じてきてる」

「気を確かに持てよソラリス。それもうDVと一緒じゃねえか」

「でーぶいが何なのかは分からないけど、投げてきた雪玉はふわふわだったよ」

「……そうか」

 ヘレナなりに、ソラリスを認めてくれているのだろう。不器用な彼女なりに、三人の日常を受け入れてくれているのだ。

 ソラリスの手を引き、ヘレナの足跡を追って歩き出した。

 その時。

「……」

 ヘレナが足を止める。

 ぼそりと呟き、振り返って空を見る。

「ヘレナ、どうした」

「狙われているみたいね」

「っ!!」

 振り返り、警戒するが誰もいない。ソラリスを静かに抱き寄せる。

 ヘレナは淡々と続けた。

「安心して、ジーン。結界の外で狙われているの。中には誰一人として入って来れないわ」

「……そう、なのか。じゃあ安心だ」

「ええ。安心だけれど、問題がある」

「問題?」

「結界の外に魔力を感じる。三つね。一つはレインの魔力」

「残りが、追手の魔法使いってわけか」

「ええ。そして、今、レインの魔力がどんどん弱まっているわ」

「……は?」

 魔力が、弱まる。

 その意味に、嫌な想像が膨らむ。

「私たちに会いに来たところを狙われたのか、偶然か。レイン一人で戦っているみたいね」

「……」

「結界を一部解除してレインをこちらの結界内に入れれば、その隙を突いてレインと一緒に結界内に侵入してくるでしょうね」

「それを狙って、追っ手がレインを攻撃しているなら……」

「レインの命が大切なら、さっさとこの結界を解け、といったメッセージかしら」

「ヘレナ」

「だめよ」

 重い。膝を折ってしまいそうなほど、重く圧倒的な声だった。有無を言わせない、絶対の命令。

 ヘレナは俺を真っ直ぐに見つめていたが、やがてバツが悪そうに目を逸らした。 

「レインのミスよ。レインがどうにかするわ」

「ミスって……。俺たちのために、エデニスト商会と闇ギルドの動向を調べてくれて伝えに来たんだろ」

「だとしても、尾行や待ち伏せには気を配るべきよ」

「……ヘレナ、本気で見捨てるつもりか」

「レインなら大丈夫よ、ジーン。あの男はそこそこに強いわ。確かに実力がある」

 驚いた。あのヘレナが、レインを認めている口ぶりだった。

「だが、魔力は弱まっているんだろう」

「ええ」

 世間話でもするような調子で、あまりにも普段通りすぎる様子。

 はっきりと、俺は怒りを覚えた。

「それに、あいつは片腕しかない」

「……ええ」

 また、目を逸らした。今のは多少なりとも効いたようだ。

 ヘレナは俺を不安げに見上げた。

「……だめよ。ジーン」

「友達だ」

「ジーンの友達は、私だけよ」

「レインも友達だ。一緒に飯も食った。俺とソラリスを助けてくれたんだ。黙ってここで、雪遊びしてられるかよ」

「……ごめんなさい、ジーン」

 分かってくれたのか、真剣に向き合って良かった。ほっと緊張を解いた俺に、ヘレナは小首を傾げて言った。






「全然分からないわ。私が一緒にご飯を食べてあげられる。私がジーンもエルフも守ってあげられる。どうしてレインに執着するのよ」






 この少女は、きっと圧倒的なのだ。

 何者か、それは未だ思い出せない。それでも分かったことがある。この少女はあまりにも強く、あまりにも真っ直ぐなのだ。

 自分の目的以外に、何も見ない。その必要がないくらい、絶対に確実に目的を達成できるだけの強者だから。

 つまづき、転んで、手を貸してくれた人と絆を作ることはない。道に迷い、助けてくれた人と出会うことはない。

 そんなトラブルなどなく、何もなく目的地までついてしまうのだから。

「お兄さん……」

 ぎゅっと、俺の手をソラリスが握ってくる。それに答える余裕はなかった。ただ、目の前で困ったように笑っている少女−−−神に最も近いのだろう存在に、俺は恐怖と憤怒を抱えながら必死に睨みつけていた。

「ジ、ジーン……?」

「誤解だと思っていた」

 俺に対する支配的な態度は、行き過ぎた思いやりに過ぎないのだと。ソラリスへ時折見せる優しさこそ、彼女本来の姿なのだと。

 そう、思っていた。思えていた。

「過去に何があったか、俺と君の関係が何なのか、未だに思い出してはいない。レインに君と俺は家族なんだから一緒にいろと言われたが、それでも、もう限界だ」

「ジーン、顔が怖いわ。さっきから、何を言って−−−」

「俺は君が怖い。一緒にいたくない」

 大きく開かれた赤い瞳は、そのまま凍りついて動かなくなった。俺を、見ている。血で洗ったような赤に見える両眼が、俺を捉えて離してくれない。

 いいさ、好きにすればいい。俺も好きにする。

「ソラリス」

「……うん」

 俺は走り出した。ソラリスは何も言わずとも、俺の手を握ったままついてくる。

 雪原を駆け抜ける。ソラリスも必死についてくる。俺は息切れしている彼女を抱き上げて、再び走り出した。目指すは、ヘレナの見上げていた方角の先。

「ごめん、ソラリス」

「ううん。いいの、お兄さん。私も同じ気持ちだよ、きっと」

 俺は、謝ることしかできなかった。ヘレナもきっと、ソラリスの居場所の一つだったはずだ。

「でも、ちょっと悲しいね」

「……ああ」

 ソラリスの呟きに、唸るような返事が出る。

「料理、まだ作れない。私」

「俺が教えるさ」

 森の入口までやって来る。俺は、何かを感じて振り返る。

 雪原の奥に、俺たちの家だったログハウスがあった。

 白い影が、立っていた。

 俺を真っ直ぐに見つめて、無表情でこっちを見て離してくれないでいた。

「っ」

 ぞっと背筋に寒気が走る。

 その白い影が、まるで遊びに出て行った子供を見送るように、優しく笑ったから。



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