第5話【体育館と血】
次の日、菜月は目覚まし時計の音で目を覚ました。恐らく何度も鳴っていたのであろう、スヌーズ機能が発動しており、時間は午前8時50分を指している。
普段なら教室で真理子らと雑談しながら授業の開始を待っている時間だ。
「やっばい!遅刻じゃん!」
現代で働いている時は会社に遅刻をしたことの無かったが、昨日久しぶりにはしゃぎすぎて気が緩んだのだろう。菜月は急いで制服を着ると、外に飛び出る。辺りの出勤ラッシュは終わったようでシーンっと静まり返っていた。
学校に到着すると、教室もまたひっそりとしていた。いつもなら既に授業が始まっている時間のはずなのに、誰もいない。不安が菜月の心を締め付け、胸がざわつく。
「誰もいない…?」
教室を出て、廊下を歩きながら、不安がますます募る。普段なら他の生徒とすれ違うはずの廊下が、まるで無人の空間のように感じられた。朝の集会か何かで体育館に集まっているのか、そう思い体育館の方へ向かうと、薄暗い廊下の奥から微かな音が聞こる。菜月は音のする体育館へと急いだ。
体育館の扉を開けると、その目に飛び込んできたのは、異様な動きをする人々の姿だった。青白い顔、虚ろな目。彼女の知っているクラスメイトの面影は全くなかった。菜月は鳥肌がたつのと同時に心拍数が上がるのを感じた。
体育館の端を見ると、体育教師の新田が横たわっているのが見てる。しかし赤黒い血で良くは見えなかったが、本来足が見える箇所に彼の足はなかった。
おびただしい血がホースで撒いたように飛び散り、鉄の匂いに思わず嘔吐く。
「嘘…なにこれ…」
恐怖が全身を駆け巡り、菜月は思わず後ずさり、急いで校舎へ戻る。背後から不気味な呻き声が聞こえるが、幸い彼らは菜月に気づいていない様子で追っては来ない。心臓が痛いほどに鼓動する。逃げる道を探し、必死に廊下を駆け抜けた。
冷や汗が流れる中、彼女は校舎に入ってすぐの用具室のドアを開けて身を隠した。暗い室内には掃除用具や器具が無造作に置かれている。心臓はまだドクドクと鳴り、恐怖で呼吸が乱れる。思考が追いつかない。
菜月は携帯電話を取り出すと、震える手で真理子と麗奈の連絡先を探した。真理子の名前を見つけ、彼女はダイヤルした。コールが鳴り響く。しばらくすると、ようやく真理子の声が耳に届いた。
「菜月、無事でいらっしゃいますか!?今どこですの?!」
「真理子、私いま体育館出たところの用具室に隠れてて!教室には誰もいなくて…体育館には、変な人たちが…!」
上手く言葉がまとまらない。
「菜月、どうか落ち着いて。ここには麗奈もいますの。私たちも今向かいますから、必ず合流しましょう!」
真理子の声には少し安心したが、心拍数はまだあがったままだった。用具室のドアの向こうから、奇妙な音が聞こえ、何かが近づいている。菜月は心の中で叫ぶ。
「どうしよう…どうすればいいの…」
すると耳に当てていた携帯電話から真理子の声が聞こえた。
「今私たちは体育館裏の教官室にいますわ。正面玄関で落ち合いましょう!」
「分かった、真理子たちも気をつけて!」
菜月は通話が切れるのを確かめた後、用具室の扉を少しだけ開け、周囲の様子を伺った。廊下の先に不気味な影がちらつく。恐怖が彼女を包む中、モップを手に取った。これが本当に役立つのか分からなかったが、何か持っていないと恐怖に押しつぶされそうだった。
「何とかしないと…!」
廊下にいる【ナニカ】を見ると決意が揺らぎそうになるが、真理子たちと合流することだけを考えた。冷たい風が吹き抜け、彼女は思い切ってドアを開けた。外の静寂がさらに不気味に感じられる。影が近づいてくる。心臓が早鐘のように打ち、彼女は逃げる準備をした。
「今、出るから…!」そういうと、菜月は自分を鼓舞するように深く息をする。
恐怖に震えつつ、彼女はその影を振り払うように前へ進む。心の中では、不安が渦巻いている。「本当に大丈夫なのか?自分はここから出られるのか?」真理子や麗奈のことを思うと、逃げるわけにはいかなかった。彼女たちと再会するためには、自らの足でこの恐ろしい状況を乗り越えなければならない。
その瞬間、菜月の背後でドアが開く音が響く。急いで振り返ると、体育館に居た連中と同じ様に青白く血走った目の生徒が1人、こちらに向かって歩いてくる。菜月は思わず身震いをする。
「どうしよう…!」
混乱の中、彼女は心の中で叫ぶ。真理子や麗奈が無事でいてくれることを願いながら、逃げる準備をする。
「お願い、早く合流しなきゃ…!」
目の前の影が近づく中、菜月は恐怖を振り払うように全身に力を入れる。そして、再び彼女は正面玄関へと向かい走る。相手が1人なら何とか逃げられるかもしれない。
菜月はスクールバックを持ち直し、モップを構えると全力で地面を蹴った。