第1話【後悔】
菜月は、薄暗い部屋で一人、モニターの光だけが彼女の顔を照らしていた。オカルト雑誌の会社に勤めている彼女は、毎日定時を過ぎてからも仕事を持ち帰り、自室でも残業をする生活を送っていた。締め切りや、クライアントの要望に応えるために、時には徹夜することもあった。そんな忙しさも、最近は空虚なものでしかなくなっていた。
「っくぅ〜……終わった〜……」
原稿を書き終えると、彼女は両手を突き上げ伸びをし、パソコンの電源を切る。部屋の中には、タバコの煙が漂っていた。いつの間にか、彼女の手元には煙草が一本。火をつけ、吸い込む。喉を刺激するニコチンが、彼女に一瞬の安らぎとなっていた。しかし、それもすぐに消えてしまう。
「明日には提出しなきゃ……」
そう思いながら、菜月はソファまで移動するとそのまま沈み込む。疲れ果てて目を閉じると、いつの間にか深い眠りに落ちていった。
なにか懐かしい夢を見ていたきがする。菜月は高校時代の教室にいた。懐かしい友人たちが周りにいて、楽しそうに笑い合っている。
「菜月〜!」
クラスメイトが手を振っている。
手を振り返すと、友人はさっきまで笑いあっていた他の友人たちと共にこちらの方に近づいてくる。
その瞬間、外から悲鳴が聞こえた。ふと目を向けると、窓の外にから中庭から聞こえるようだ。
「何の声……?」
周りを見回すと、廊下の方からも叫び声が聞こえる。近づいていくと、「逃げろ!」という声がはっきりと聞こえた。その瞬間、彼女は全身に冷たい汗を感じた。
「逃げろ? え?」
得体の知れない不安が高まり、彼女は恐怖で動けなくなる。叫び声がさらに大きくなり、教室が揺れる。まるで何か恐ろしいものが近づいてくるかのようだった。
「菜月、どうしたの?」
クラスメイトの一人が彼女を心配そうに見つめている。その視線が重く感じ、菜月は自分が何もできないことに無力感を覚えた。
「逃げなきゃ……」
そう思った瞬間、彼女は目を覚ました。自分の部屋のソファに寝転がっている。心臓がバクバクと音を立てている。夢の中の恐怖が現実になったかのように、彼女の心に重くのしかかっていた。
次の日、菜月はいつも通り出社した。業務に追われ、時間はあっという間に過ぎていった。昼休み、彼女は食堂で一人ランチを取っていると、スマートフォンの画面に目が留まった。
「タイムリープにまつわる風習が残る村、発見!」
その記事は、菜月の心を掴んだ。ある田舎にある村で、過去に戻るための儀式が行われているという内容だった。村人たちが代々受け継いできたこの儀式は、失ったものを取り戻すための手段として広まっていた。
「うわ、なにこれ……」
彼女は興奮しながら記事を読み進めた。タイムリープの方法や、実際にその村で起こった出来事は書かれてはいないようだ。もし自分がこの儀式を取材し、記事にできれば、面白い記事になるはず。多分。
「村に行って、話を聞いてみようかな。ちょうど次の記事に良さそうだし。」
昨晩仕上げた記事を提出すると、菜月は村の詳細をさらに調べ始めた。タイムリープの儀式に関する情報を集め、どのように取材を進めるかを考える。菜月の心は次第に熱を帯びてきた。
オカルト雑誌の出版社で働いているだけあり、この手の話は元から好きだったのだ。
「行くだけ行って、何もありませんでした〜なんて事になりませんように!」
菜月はデスクの上にあるノートPCと安いデジカメ、筆記用具などが詰め込まれたポーチをカバンに詰めるとタイムカードを押して、会社を後にした。