序章
「お母さんなんて、大っ嫌い!」
その日、瑞穂市の中学校は授業参観日だった。授業参観が終わった2年生のクラスの一つで、その出来事は起こった。
色白で赤い目の少女は、同じように色白で赤い目、茶褐色の髪の女性を突き飛ばすようにして、教室を飛び出していった。生徒や父母らの間からどよめきが起こり、教室のあちこちから『白ウサギ』と言う言葉が聞こえてきた。母親らしきその女性の悲しげな目は、少女の担任の先生の白人女性の顔を見、そして、走り去っていく娘の後ろ姿を追った。
「沙希。学校で、どうしてお母さんに、あんな事を言ったんだ?」
その夜、学校での出来事を聞いた父親は、娘の部屋へ行き、聞いた。
「だって、教室のみんなが笑うんだよ。『白ウサギの親子だ』って。お母さんが授業参観に来なければ、そんな事言われずに済んだのに…」
父親は黙って聞いていた。沙希は不満げな顔で父親に聞く。
「お父さん。どうしてお母さんなんかと結婚したの? どうして私、こんなにお母さんに似ちゃったの?」
「…沙希。いいかげんにしなさい。辛い思いをしているのはお前だけじゃない。母さんだって辛いんだ。母さんは昔…お前よりももっと大変な苦労をしてきたんだよ。もう、話しても良いだろう。母さんがどんなに苦労して生きてきたかを」
「…?」
「母さんはお前も知っての通り、飛鳥人じゃない。外国人でもない。母さんは…母なる海から来た人だ。たった一人で。そうだな、何処から話そうか」
この話は、18年前にさかのぼる。