番外編 海辺の怪
番外編 海辺の怪
「いやっほーっ、気持ちいいねぇ 」
百地柚希は豪快に海に飛び込んでクロールで水を切る。そして、沖の方まで泳いでいくと砂浜にいる護国八千穂に手を振った。
「おーい、八千穂もおいでよ 」
しかし、八千穂は冷えたスイカを食べるのに夢中になっており、柚希の声に気付かない。
「あっ、アイツ一人でスイカ食べてしまう気なの? 」
柚希は慌てて全速力で泳ぎ浜まで戻った。
「こらぁ、八千穂 何一人で食べてんの 」
柚希の怒鳴り声で、半分に切ったスイカに顔を埋めシャカシャカ食べていた八千穂が顔を上げると目の前に柚希が仁王立ちになっていた。その柚希を見て八千穂は目を丸くする。
「弥生さんが居なくて良かったわ 早くそれ隠しなさいよ 」
柚希は全速力で泳いで帰ってきたため、黒いビキニの胸がずれ胸の膨らみが丸出しになっていた。
「あれっ、まあいいじゃん 誰もいないし 」
「おかしいですね ガイドブックではこの海水浴場、人気のはずなのに 」
「そのガイドブック古いんじゃないの 海の家もやってないなんておかしいじゃん 」
「うーん、確かに本は古いですが、それにしても誰もいないとは何か変ですね 」
「良いじゃん 貸し切りだし 苦労して飲み物と食べ物持ってきたから、海の家が無くても大丈夫だよ 」
「まあ、そうですね 」
白いワンピース水着の八千穂はまたスイカに顔を埋め、柚希はこらぁと絶叫した。
休暇をとってやって来た海で八千穂と柚希の二人はゆったりとした時間を過ごしていた。持ってきたMP3プレーヤーにつないだBluetoothのスピーカーからは柚希の好きなキューティーハニーの曲が流れている。
「海で飲むビールは最高ですね 」
「とくにこのバドワイザーときたら夏にピッタリだよ 」
「弥生さんたちも誘えば良かったですかね 」
「うーん、刹那さんは喜びそうだけど弥生さんは海より山のイメージだよ だって、この浜辺に着物で立ってられても場違いじゃない 」
「もう ほんと柚希は口が悪いですよ 弥生さんが浴衣姿で椅子に座って海を眺めてる姿、素敵じゃないですか 」
「はいはい んっ 」
柚希が駐車場に目を向けると1台の赤いクーペが停まり、中から男性が二人降りてきた。2人ともリーゼントにサングラスをかけ、一人は赤、一人は黄色のアロハシャツに海パン姿だ。
「ほら、やっぱり来る人がいるじゃないですか 」
「ちぇ、せっかく貸し切りだったのに 」
柚希が残念そうに言うが、男二人は八千穂たちの方に歩いて来ると気軽に声をかけてくる。
「こんにちは 君たち二人だけなの? おかしいな、この海水浴場もっと人がいるはずなのに 」
男の一人が首をかしげるのに八千穂も同意する。
「そうですよね ここは人気海水浴場のはずなのに 」
そこへこの付近の住民と思われる年配の男性が走ってきた。
「お前たち、ここは遊泳禁止だぞ 早く帰れ 」
「えっ! ちょっと待ってよ、おじさん ここは海水浴場でしょ 」
「去年まではな 今年はもう閉鎖された 」
「えぇ、それはどおして? 」
「この浜にはな、昔から海神様が住んでいるという噂があってな 昔は毎年夏がくる前に生け贄を捧げていたらしい それもだいぶ前に迷信だということで生け贄を捧げるのを止めてしまったらしい すると海から大きな海蛇のような海神様が現れて、この海辺の集落を滅ぼそうとしたそうだ その時いたお坊さんが海神様に謝罪してなんとか許してもらったそうだけど、その海神様が人間にも都合があるだろうから108年猶予をやろうと言ったそうだ 108年後には間違いなく生け贄を用意しておけと、もし用意してなかったら108年分の人間を喰らうと言って海の中に姿を消したそうだ 」
「それじゃ、その108年後というのが 」
「そう それが去年 去年、海水浴に来ていた人たちが38人も行方不明になった 誰一人として発見された者はいない 信じたくはないが海神様の仕業と考える以外なかろう だから、お前たちも早く帰れ 」
「成る程、そういうことですか 柚希、休暇中ですが海水浴を楽しむ為にここは一仕事しますか 」
「こんないい海、泳げないんじゃ勿体ないよ おじさんもそう思うでしょ 」
「馬鹿者 相手は海神様だぞ 何を言っているんだ 」
「生け贄を要求するなんて神様は神様でも悪神だよ そんな奴は成敗しないとね 」
「お前、何を言ってるんだ 罰当たりにもほどがある 」
「またまたぁ おじさんだって信じてないくせに まっ私たちに任せてよ また賑やかな海水浴場にしてあげるから 」
「ふん、私は忠告したからな もう知らんぞ 」
地元のおじさんはプンプンしながら帰っていった。
「あの、聞いていたけどヤバくないか 帰った方がいいかも 」
男たちが弱気になって言うが、柚希は生意気そうな顔で男たちの赤いクーペを指差す。
「ほら、あんたたち どうせ役に立たないんだから早く帰りな 」
「いや、そんな 女の子おいて帰れるかよ 」
強がりを言う男たちに柚希はさらに意地悪いことを言う。
「だったら海で泳いで海神様というのを誘きだしてよ 」
さすがに帰るかと思ったが男たちは分かったよと服を脱ぎ海パンになると海に入っていった。
「へぇ、意外に度胸ありますね 」
八千穂が感心したように声をあげる。男たちはしばらく泳いで体を慣らした後、沖に向かって泳ぎ始めた。しばらく何事もなく泳いでいた二人だったが突然浜辺に向かって必死に泳ぎ始めた。
八千穂と柚希がどうしたのかと見ていると、男たちの後ろから何かが追ってきているようだった。男たちは浜辺に上がると転がるように駆けてきて、早く逃げろと叫ぶ。
「本当にいやがった ヤバイぞ 早く逃げよう 」
そう言っているうちに海面が盛り上がり巨大な海蛇のような妖怪が姿を現す。
「これはおそらく昔、関東の外海に現れたという”あやかし”ですね 」
八千穂が冷静に分析しビー玉を握りしめる。柚希も折り鶴を手にした。すると、男たちも一人はスイカ割りにでも使おうと持ってきたのか木の棒を握り、もう一人は閉じたビーチパラソルを握りしめ”あやかし”に対峙した。
「何やってんの 早く逃げなよ 」
「バカやろ 女の子おいて逃げられるかよ 」
「そういうこと 俺たちで時間稼ぐから早く逃げろよ 」
男二人は震えながら木の棒とビーチパラソルを構えている。
「へぇ、見直しました 」
「意外に良い奴だね 」
八千穂と柚希はビー玉と折り鶴を構え、男たちの後ろから”あやかし”を狙う。”あやかし”は男たちに襲いかかった。男たちは悲鳴を上げながら木の棒とビーチパラソルを振り回すが、そんなもので“あやかし“が撃退出来るとはとても思えなかった。
「鶴の衝撃”千陣” 」
”あやかし”が男たちを喰らおうとしたその時、柚希の発動した技で男たちの前に折り鶴の壁が出来る。”あやかし”はその壁に弾かれもんどり打った。そこへ今度は八千穂の技が炸裂する。
「一の型”流星” 」
八千穂は技を連発し、八千穂の放ったビー玉は”あやかし”を貫き蜂の巣にした。”あやかし”は地響きを上げて砂浜に倒れ動かなくなっていた。
「何、今の…… 」
男たちは呆気にとられた顔で八千穂と柚希を見ていた。
「し、師匠っ! 」
突然、男たちは声を揃えて八千穂と柚希に頭を下げる。
「何、師匠って? 」
「いえ、そう呼ばせて下さい 師匠 」
「えっそれじゃ私の弟子ってこと 」
「はい、そうです 師匠 」
ここで柚希はまた何か企んだような顔をする。そして、財布からお金を出して男に渡した。
「よし、私の弟子に命ずる これですぐにスイカを1個買ってくること はい、ダッシュ 」
柚希の号令で男たちは赤いクーペに向かってダッシュしていた。
「冷えてるヤツねぇーー 」
その男の後ろ姿に柚希は大声で怒鳴った。一人でスイカを1個食べてしまった八千穂も男の背中に向かって大声で叫ぶ。
「お金、後で払いますから冷えたスイカをもう1個追加でお願いしまーす 」
男の一人が走りながら了解と手を上げた。八千穂と柚希はクーラーボックスから冷えたバドワイザーを出してプシューッとプルトップを空ける。
「うーん、いい休暇だね 」
「そうですね 」
浜辺でビーチチェアに寝転び、波の音を聴きながらビールを飲む二人に真夏の太陽の光が降り注いでいた。