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第23話 引き離される二人

 ピンポーン!


 微かな胸のトキメキと心地よいまどろみの中で漂っていた俺は、邪魔するように割り込んできたチャイムの音で目が覚めた。


 どうやら俺は寝過ごしてしまったようだ。ベッドの横に敷いた布団から起き上がった俺は、目を擦りながら時計を見る。


「しまった、目覚ましを掛け忘れたか」


 ピンポン! ピンポン! ピンポーン!


 俺がぼんやりしていると、待ちくたびれた来客のチャイムが激しさを増す。

 そこでやっと来客だと気付いたのだが。


「わふっ! タケル、誰か来たよ」

「おう、今出るよ」


 ベッドから起き上がった珠美を残し、俺は玄関へと向かった。


「はーい、どちら様ですか?」


 ガチャ!


 玄関ドアを開けた俺は愕然とした。そこには大勢の人が立っていたからである。


「えっ、だ、誰?」


 そう声が出てしまったが、集団の中に見知った顔を見てハッとする。


「あっ、役所の……」


(ヤバっ、そういえば担当者の自宅訪問は今日だったか。色々あって忘れてたぞ……)


 少し前に電話を受けていたはずだ。珠美の就籍許可に関して一度自宅に訪問すると。


「すみません。今準備しますので――」


 俺がそう言い終わる前に、集団の中からガタイがデカい男が強引にドアノブを掴んできた。

 ドアが全開になったところで、他の者たちもゾロゾロと前に出る。


「はっ? な、何をするんだ」


 俺の疑問に答えるように、役所の担当者が冷たい声を発した。


「犬飼様、この度の珠美様における就籍許可を検討した結果、貴方では身元を引き受けるのには不適格という判断を出しました。よって、珠美様は支援団体のシェルターに一時保護いたします」


 最初俺は、この女性が何を言っているのか理解が追い付かなかった。

 珠美の戸籍を作れると思っていたのに、まさか連れ去ろうとするなんて誰が予想できるだろうか。


 俺は乾いて張り付いている喉を、無理やり動かして言葉にする。


「な、何を……言って……」

「犬飼様では後見人には不適格なのです」

「だから何で?」

「貴方は若い男性で独り暮らしですよね。しかも無職です」

「そ、そんな……」

「珠美様は安全なシェルターに保護します」


 担当者は言い切った。

 役所の決定は絶対だと言わんばかりに。


「タケル? どうしたの、キャッ!」


 心配して顔を覗かせた珠美が、支援団体と称する女性二人に手を掴まれた。


「珠美ちゃん、もう安心だからね」

「私たちと一緒に行きましょう」

「イヤっ! タマミはタケルと一緒なの!」


 二人の女性は強引に珠美を引っ張って部屋から出した。


「おい、珠美に触るんじゃねえ!」


 ガシッ!


 珠美を取り返そうと伸ばした手は、ガタイのデカい男に阻まれた。


「おい、大人しくしろ! 俺たちは役所の方から来たんだぞ!」

「は、放せ! 何しやがる!」

「だから俺たちは社会の為に働いてるんだぞ! お前のような何の後ろ盾もねえ人間とは違うんだ!」

「それが何だ! 俺は珠美の――」

「大人しくしろ! 逆らうなら通報だぞ!」


 もう一人の男も俺に掴みかかり、俺は羽交い絞めにされてしまう。


「ぐああ! 放せぇええええ!」

「ほら、観念しろよ。この社会のゴミめ!」

「どうせエロ目的なんだろ。いるんだよ、こういうカス男がよ」


 俺が捕まっている内に、珠美は支援団体とやらの車に押し込まれてしまう。


「やめてぇええ! タマミはタケルと一緒なの! ずっと一緒って約束したの!」

「珠美ちゃんは騙されてるのよ。若い一人暮らしの部屋に連れ込まれるだなんて不潔です!」

「そうよ、私たちの団体は珠美ちゃんを二度と下劣な独身男なんかに接触させないからね」


 ブオォオオオォン! ブロロロロロロ!


「タケルぅうううううう! タケルぅううううぅうううう!」


 珠美の悲鳴を響かせながら、無情にも車は遠ざかって行く。俺は男たちに押さえつけられながら、その光景を見ているしかできない。


「放せ! 珠美が! おい、俺を放せ! クソっ! 汚ねえ手で触るんじゃねえ! くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 完全に車が見えなくなってから、俺を押さえつけていた男が離れた。


 男たちが下がると、代わりに役所の担当女性が俺の前に立つ。


「そういうことですので、珠美様はこちらで保護しました。安心してください。珠美様は保護シェルターで一時保護した後に、身分も経歴も申し分ない方が後見人となり、養子になるか施設で生活することになります。もう貴方とは関わることはありませんのでご承知おきください」


 冷徹な声で担当者がそう述べると、男たちを引き連れて帰ってゆく。


 その場には、地べたに這いつくばった俺だけが残された。必死に動こうと暴れたからだろうか。シャツは土で汚れ、ところどころ破れて伸びている。


「えっ……何だよこれは……どうなってるんだよ。俺はまだ夢を見ているのか……?」


 倒れた時に足掻いたからだろうか。肘と膝が擦れて血がにじんでいる。

 その痛みが、これが夢ではなく現実だと物語っていた。


「俺は……何を……珠美は俺を……大切な人だって言ってくれて……これからも一緒にって約束を…………それなのに……」


 俺の頭の中には、今も珠美の声が聞こえているようだ。無邪気に純粋に、俺を呼ぶ珠美の声が。


「珠美……俺は……。そうだ! こんなところで倒れている場合じゃない! 珠美は泣いていたんだ! あのコンビニ前の時と同じように! 俺を待っているんだ! 今度こそは助けてみせる! 転生の神は俺を選んだはずなんだ!」


 俺は立ち上がり駆け出した。


「うぉおおおおおおおおぉおおおっ! 俺は諦めないぞ! 絶対に助けてみせる! 何が役所の方から来ただ、消防署の方から来た消火器詐欺業者かよ! 相手が都だろうが国だろうが何様だろうが知るか! 俺は珠美を助けるんだ!」


 走りながらスマホで電話をかける。

 俺は何を犠牲にしてでも、全てを賭けて珠美を助けると誓った。



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