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第17話 許されざる者

 何か釈然としないまま役所を出た俺は、珠美の手を取り一緒に家路をたどる。

 後は役所の判断に任せることになったのだが。


(大丈夫……だよな。珠美の話がわふわふしていて、担当者も記憶喪失だと思ってたみたいだし。でも、俺を見る担当者の顔が気になるんだけど……)


 俺が無職で若いから保護者として不十分なのだろうか――などと考えていると、珠美はやる気になった顔を俺に見せる。


「ふんす! タマミ、そのコセキってのが貰えると何でもできるの?」

「ああ、そうだぞ。堂々と暮らせるんだ」

「仕事もできるのかな?」


 珠美の口から仕事というワードが出た。テレビの『お仕事特集』バラエティの影響だろうか。


「そうだな。珠美も仕事で活躍できるかもな」

「わふっ! タマミ、仕事がんばるよ!」

「おう」

「タケルの役に立ちたい」

「それは嬉しいな。でも、無理はするなよ」

「わふぅ!」


 ちょっと大人びた顔というか、どや顔になっている珠美が可愛い。彼女の仕事をしている姿を思い浮かべてしまう。


(デキる女っぽくレディススーツでキメた珠美を想像しちゃったぞ。意外と似合ってるような。他にも、眼鏡をかけて女教師風とか、ナース姿とか、メイド服とか……)


 制服ばかりで申し訳ないが、どれも似合ってしまいそうで夢は膨らむ。


「そうだな。色々経験するのも良いかもな」

「わっふわっふ、もえもえキュン」

「それ何の仕事だ?」

「おかえりなさいご主人様」

「メイドさんだった」


 オムライスに文字を書いてもらえそうだ。


 そんな、ほがらかな笑顔を見せていた珠美が、ある瞬間急に怯える表情になった。


「あっ!」

 ガクガクブルブル――


「どうしたんだ、珠美?」

「ううっ……」


 珠美が俺の後ろに隠れるように張り付いた。


「何かあったのか?」


 不審に思いながら前を向くと、そこには犬を連れた女の姿があった。俺は、その女を知っている。


「ちょっと! アタシの言うことを聞きなさいよ! ちゃんと芸をしろって言ってんだよ!」


 怒声が緑道に響いている。意地の悪そうな顔をした女が、犬のリードを強く引っ張って怒鳴っているのだ。


(あれは……そうだ、あの時のコンビニで会った女だ! 連れている犬が前と違うぞ。あれは……柴犬だよな。あいつ、また違う犬を虐待してるのか……)


 俺が見つめている先で、その女は柴犬を叩き始めた。


「コラッ! ちゃんとお手をしろ! 全く役に立たないわね、この駄犬が!」


 バシッ!

「キャインキャイン!」


「お前は芸だけしてりゃ良いのよ! 前の犬が病気になったから新しいのに買い替えたのに、お前も役に立たない道具だね! このッ! 役立たず!」


 バシッ! バシッ! バシッ!


 女は柴犬を殴ったり足蹴にする。怯えた犬が逃げようとするのを、無理やりリードを引き寄せて殴っているのだ。


 その光景を見た珠美が震え出した。


「ううっ……」

「珠美、大丈夫だ。俺がいるから」

「わふぅ……」


 珠美の手を握り落ち着かせる。せっかく明るい笑顔を見せるようになったのに、あんな奴のせいで珠美のトラウマが甦ってしまう。


(くそぅ! 許せない! 珠美をあんな目に遭わせて! しかもまた他の犬を!)


 俺は怒りで頭が沸騰しそうになり、女に向かって飛び出そうとする。


「クソッ! あの女! 止めないと!」


 一歩を踏み出そうとしたところで思い出す。前回は逆に警察を呼ばれてしまったことに。


(待て、ここで俺が注意しに行っても解決しない。また嫌がらせされて逃げられてしまうだけだ。あいつはクズだが悪知恵だけは得意みたいだからな。警察もあてにならないし。クソッ、今すぐ虐待されている犬を助けたいのに……)


 拳を強く握り、爪が手に食い込む。それでも俺は堪えた。


(あいつには人の心が無いのか! 何であんな酷いことを! くっ、こ、このままではダメだ。何か方法を考えないと。確実に虐待を止め、二度とペットを飼えないようにさせる方法は……)


 俺の手がズボンのポケットに入っているスマホに触れた。


(そうだ、動画だ! 証拠を残さないと! SNSで動画を公開すれば警察も動くかもしれないぞ! それならあの柴犬を救えるかもしれない! で、でも、目の前で叩かれているのを見過ごさなきゃならないのかよ……)


 俺は怒りをグッと堪えてスマホを構えた。

 この一部始終を記録するように。



 ◆ ◇ ◆



 家に帰った俺は、すぐにSNSに動画をアップした。一応、あの女の顔にモザイクを入れて。

 何度も犬の頭を殴ったり、怒声を飛ばしながら蹴っている動画だ。見ているだけで痛々しくて目をそむけたくなる。


(それにしても、動物虐待でもストーカーでも煽り運転でも、通報しても何もしてくれないのに、マスコミが騒ぎ出すと慌てて動く警察って何なんだよ!)


 心の中で毒づくのはこれくらいにし、俺は珠美の頭に手を乗せた。


「珠美、大丈夫だ。俺が守るからな」

「タケルぅ」

「あいつらには必ず罪を償わせてやる」

「わふぅ」


 珠美の頭を撫でて安心させていると、すぐに動画がバズり始めた。


『これは完全に動物虐待です! 許せません!』

『ガチの虐待じゃんかよ』

『胸糞悪ぃ』

『クズかよ!』

『誰か通報しろ!』

『特定班はよ!』


 許せないと言うコメントの他に、自分も似た人を見たという意見も出る。


『こいつ見たことあるぜ。〇〇区の〇〇公園にいたぞ』

『俺も見た! 違う犬を連れてた。あの時も殴ってたな』

『こいつ〇〇って名前だろ? 旦那が半グレで有名やぞ』

『俺、こいつにコンビニでクレーム付けられたわ。たぶん同じやつ』


 顔は隠してあるのに次々と噂が出る。近所でも有名なクレーマーなのだろうか。

 やがてネット特定班が動いたのか、まとめサイトまで現れた。何名かは動物愛護法違反で通報もしたようだ。



 ◆ ◇ ◆



 二日後、俺のアップした動画はニュースでも報道された。

 瞬く間に悪辣な飼い主の行為は世間の知るところとなり、日本中だけでなく世界中からバッシングされることとなる。


 そして、珠美の仇である虐待夫婦が逮捕されたのだ。


 テレビからは、周囲のカメラマンを恫喝しながら連行されるあの女と、共犯者の男の映像が流れている。


『飼い犬を虐待し山に捨てたとして、警視庁〇〇署は20日、ともに無職の夫婦を逮捕しました。動物愛護法違反(遺棄)で逮捕されたのは、東京都〇〇区の蛭島ひるしま爆剛ばくごう48歳と、同じく妻の出美瑠でびる37歳です』


 逮捕理由は柴犬への虐待ではなくゴールデンレトリバーの遺棄だった。より重い方の罪で起訴されたのだろう。


『警察の調べによると、二人は共謀し飼い犬を虐待し、生きたまま山に放置し殺したたとみられ――』


 どうやら犯人のスマホに証拠が残っていたらしく、動物愛護法違反では異例の重い処罰になりそうだ。



 この話には続きがある。


 夫婦には他に数々の容疑があり、店にクレームをつけ金を騙し取る詐欺容疑。無人販売所の冷凍食品を盗んだ窃盗容疑。路上で通行人に因縁をつけ、殴る蹴るの上に金を盗んだ強盗傷害容疑。


 何度も再逮捕を繰り返し、ネットでは個人情報が晒され祭りとなったのだ。

 これでもう彼女らは、ペットを飼うことは不可能だろう。



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