02 弔い
なかなか、進んでいなくてすみません。
集落を出発し、しばらく歩くと背の高い樹が増えてきていつの間にか、森になっていた。
森の中は高い樹が立ち並び、とても薄暗くなる。
しかし、この森は、ほぼ0と言っていいほどに動物に出くわさないのだ。
そのため幼いダリンたちを連れて両親は、数時間かけて森の奥の方まで行ってわなを仕掛けたりして狩りをするよりも、得意な植物を育てることを優先していた。
そんなわけで、この森はとても安全なのだが、初めてこの森に入る一行にそんな事情ははわからない。
リーダーのトヒイヨは普通の森に入る時のように特に警戒をしていた。
いつ何が起きても良いように警戒したまま、先頭をトヒイヨとイコシカが進み、その後ろをダリンとエラが付いていく態勢。
狩りの腕は大人からすれば未熟であっても、ダリンとエラにとっては勝手を知っている森だ。物覚えがないころから親に連れられて数えきれないほど入ってきた森。しかし今日はその生活圏を越えて隣国に向かうのだ。ダリンとエラは集落から3時間くらいまでの範囲しか知らないが、それでも全て勝手を知っている親しみを感じる場所だ。
一行は、子供二人の歩みが自分達よりも僅かに遅いことに少々不満があった。
動物の気配がしない事に、違和感を覚えながら一行は進んでいった。
今まで通った森は全て動物がいて、中には攻撃をして来る時もあったのだ。
静かすぎる森は、何かが待ち構えているのではないかと、不安を煽るのであった。
彼らは昨夜泊めてもらった事、食事を出されたことを忘れたのか、イライラとした気分になりながらも、不満を口にすることはなく黙々と森の中を進んでいた。
この森は、集落の者たちが狩りをする時に入る位で、街道ではない為、道らしい道はない。いわゆる獣道すらもあやしいのだ、集落に近い場所からずっと動物もいないからだ。ダリンは集落の者たちにはわかる微かな匂いや、ところどころに設置された罠を目印に、また常人には感じられない木々から感じる声を頼りに道を進んでいた。
集落を出てから1時間ほど歩いた時、ダリンは少し離れた木陰に何かを感じ、一行から離れて一人歩きだした。
エラもその気配に気づいていた。けれどもダリンは確認だけしたらすぐに戻るつもりだったので、エラに対して手で制したため、エラは一行から離れずにいた。
しかし先頭を歩いていたトヒイヨが気づいて、「おい、勝手に離れるな」と声をかけた。
しかし、ダリンは振り返らずに行ってしまった。
イコシカは、”子供を連れてくるんじゃなかった”と、少々苛立っていた。まだまだ安全な場所だとは言え、陽の光もあまり届かないようなイコシカ達には初めての森なので、"森の中を幼い子供が一人で歩くには危険すぎる”とイコシカたちは思っていた。
危険を感じたイヨツがダリンを追って走り出した。
イヨツがダリンに追いつくと、そこには2体の白骨遺体が横たわっていた。動物に襲われた遺体であれば、骨もバラバラに散らばっているはずなのに、この2遺骨は折り重なるように倒れていた。一つの遺体の側に、ペンダントヘッドが落ちていた。草で編んだ紐はとうに風化してしまってなくなっていたが、ダリンにはこのペンダントヘッドに見覚えがあった。エラの母親が身に着けていたものだった。
イヨツがダリンの様子を見て「知り合いか?」と尋ねた。「エラの…」その時、そばに落ちていた鏃にイヨツが気づいた。「殺されたな」
「うちの集落で、植物を育てているのが、僕たちとエラの両親だけだったんだ。狩りをあまりやらないから、馬鹿にされていた」とダリンが悔しそうに言った。
「多分持ち物は取られたんだろう」とイヨツが呟いた。ダリンは頷いた。「全く狩りをしないわけじゃなかった。ちゃんと狩りもしていたし、狩りが出来ない時期には、集落のみんなに草も芋も分けていたんだけど、馬鹿にされていたからね」とダリンは悔しそうに言った。
その時、進路を変えた一行がやってきた。下を向いているダリンと二体の白骨を見たエラは、ダリンの手にあったペンダントヘッドを見つけて全てを悟った。「ダリン、もう二度と戻らないでいいよ、勇者になろう」とエラが涙を拭いながら言った。
ダリンはイコシカの方を向いて、「エラの両親です。連中に遣られました。」エラが下を向いて、唇をかみしめている。幼い少女には厳しすぎる事実を自分の目で見て、消化しているのだろう。
「両親が家を出て、半年以上ずっと二人で夫婦として生活をしてきました。集落の連中は僕たちを守ってくれなかった。それどころか、こんなことを・・・」ダリンはエラを抱きしめながら言葉を詰まらせた。
「もういやだ。帰らない。あんな人たちと一緒に居たくない」とエラが泣きながらダリンに言う。
ダリンは、エラと一緒に集落を出た時に、戻らないことは決めていたので、エラを抱きしめて、落ち着くのを待っていた。誰も何も言わなかった。ダリンはエラを抱きしめたまま、優しく背中をたたいていた。
木々の上の方で、鳥の声がしていた。エラが落ち着いたのを確認すると、ダリンは皆の方を向いて「もう、あの集落には戻りません。隣の領地へ行って任務を果たします。よろしくお願いします」と言った。エラもダリンの横に立って「お願いします」と頭を下げた。
一行は枯れ枝を拾ってきて、穴を掘り始めた。大きな穴が開くと、エラの両親の骨をその穴に入れて、また穴を埋めた。皆で遺骨に向かって歌を歌った。既に森が暗くなり始めていた。トヒイヨが「今日はこれ以上進むのは危険だな」と言うと、皆は火を焚き、安全そうな高さに登ったところにエラとダリンが休めるようにハンモックを作った。
大人たちは地面で交代で休みながら夜を明かすつもりのようだ。
両親の弔いが終わり、エラは持って来た食料を調理し始めた。ダリンもそれを手伝う。
その晩の夕食は、言葉の少ないものになった。
食事が終わるとダリンとエラはハンモックに移動した。
ここは安全な場所なのに、エラの両親は殺された。
”あいつらだ”ダリンもエラも、集落の若い衆たちの顔を思い浮かべていた。
証拠はないけれども、いつもうちの一家に執拗な嫌がらせをしていた彼らが何かをしたに決まっている
幼い夫婦はそう確信したのだった。
自分たちの故郷だけれども、絶対に戻らない。
ダリンは眠れない夜を過ごした。
エラは疲れたのだろう、すっかり眠ってしまっていたがその目からは涙の筋が伝っていた。