プロローグ
まだ、集落ばかりで国という単位で人々がまとまっていなかった時代。
集落と集落の間には森がうっそうと茂り、その森は昼間でも日が殆ど地面には届かない、肉食動物が静かに獲物を狙って待ち構えている、森に入る事は危険な行為だった。
その頃、一部の人が複数の集落をまとめ上げ、領主となっていった。
ある地域は、話し合いで、ある地域は武力によってそして、ある地域は騙して、武力などで併合された地域は、領民同士ギスギスしていたけれど、それでも各地で集落や村がまとめられた、ある領地は、青銅製の農具を領民に与えたり、またある領地は灌漑を行って、領地を豊かにしようと奮闘していた。狩猟によって生活していた人たちは、次第に農耕によって安定した食料を得られるようになり、落ち着いて行った。続々と新しい領主が誕生している中で、同時に領主たちはいつ自分の領地を他領から奪われるかも分らない不安に付きまとわられてもいた。
街道の整備・灌漑・測量・徴税など、領主の仕事は多岐に渡り信頼のおける部下たちと共に、領地を纏める事に常に奔走していた。
それまで、徴税された事の無かった集落の民は、新しい領主に対して反発する者も少なくは無かった。
しかしその分新しい農具や狩猟道具を与えられたり、井戸を掘って貰えたりといった事もあって、領地制度は順調に広まっていた。
ここウョリンゼ領の領主ロヘロヘ・ドケダ・ウョリンゼもまだまだ貧乏領主なので、これ以上の支出は増やす事が出来なかった。せっかく纏め上げた領地を守るためには、兵に巡回をさせたいとも思ったのだけれども、常時兵を境界に置いておく事など非現実的すぎる話だった。
ここの領民たちは他領のように武力でまとめ上げたわけではなく、ほぼウョリンゼとその部下たち賛同者の人柄と説得によってまとまったかなり、温厚な土地であった。
そんな領地を襲われないために、良い方法はないのものかと思案し続けていても、簡単に解決法は出て来なかった、ある時、ダメもとではあるけれど、隣領に使者を送り不可侵の約束を取り付ける事を、部下に託した、しかし部下たちも領地全ての言葉や地理に明るい訳では無かった。まだまだヒヨコの集団のようなものだったのだ。
その使者たちにも意見を求めてみたところ、使者を支援する者を、道中の集落から募るという案が出てきたので、採用する事にしたのだった。
なんせ、まだまだ人材不足なのだ、集落に一人でもすばらしい人材がいれば、是非活躍してほしいと思うのだった。
使者たちと共にする旅を成功させた際の褒美は、”生涯に亘って食料を与える事。”
衣食住がままならないこの時代、食事に困らないと言う事は大変な褒美だった。
森を抜け隣領へ行く旅を成功させるために、ロヘロヘ・ドケダ・ウョリンゼはその褒美を条件に、危険な旅に使者を出す事にした。
彼らを”勇者”と呼び、皆の意識を鼓舞する事にしたのだった。
ある朝、領主の館から、勇者5人の一行が出発した。
隣領の言葉に明るい者が2人”トヒイヨ”と”イコシカ”、狩猟の腕に長けた”ヨツ”が1人、そして読み書きの出来る”シクド””クカ”の2人、道中で狩猟の腕のあるものを仲間に出来れば、更に頼もしいだろうと、領主ロヘロヘ・ドケダ・ウョリンゼは5人を送り出した。
しかし、生涯に亘っての食料供与か・・・今のままではなかなかの負担だな、ロヘロヘ・ドケダ・ウョリンゼはまだまだ少ない租税のことを思うと、勇者への褒美も重たく圧し掛かるのだった。
一行が領主の館を出発して3日目の夕方、草原を抜け幾つもの林を通過し、漸く森の近くにある集落に到着した。
「ごめん下さい。我々はウョリンゼ領主様の命で、イシワラズワを目指している者だ、今夜泊まらせてはくれぬか?」
夜にこの森に入る事は、間違いなく自殺行為である。
この集落に泊めて貰えなければ、一晩中警戒をしなければならず、この一行の体力は削られてしまう事だろう。
集落の人たちだって、普通に素泊まり位は受け入れてくれるだろうと思っていた一行だったが、若者10人がやってくると「帰れ帰れ」と騒ぎ始めた。
そして集落の囲いの外に押し出されると、入り口を塞がれてしまった。
「仕方ないですな、今夜はここで交代で番をして夜を明かしましょう」
勇者の一行は、集落の外で火を起こし、交代で休むことになった。
陽がすっかり落ちた頃、松明を持った少年が、集落の入り口を開けてやってきた。
「あなた達、大変だろう、うちに泊まるといいよ」
見たところ5~6歳の少年は、そう言って手招きをして見せた。
「本当に良いのか?」勇者一行のリーダー格のトヒイヨが尋ねると、少年は「早く来ないと、狼がやってきたら、男5人程度じゃかなわないよ」と言う。
狩猟の得意なイヨツも少年の意見に同意して頷いているので、展開し終えたばかりの夜営の用意を片付け始めたのだった。
数分の後、起こしたばかりの火を消し終えると、5人は周りに気付かれぬよう集落の中へ通されて、やがて一番外れにあるみすぼらしい小屋に案内された。
小屋の中には3~4歳の少女が居て、スープを用意してくれていた。
「こんなものしかありませんが、どうぞ召し上がってください」
僅かに肉が入っている、野菜のスープと穀物を粉にしたものを練って焼いた、焼き立てのパンを出された。
普段領主の館で食べている食事よりも、美味しい事に5人は驚いた。
この少女と少年はこの集落では最年少の夫婦なのだそうで、二人は5人の男たちの食べっぷりを驚いた表情で見ているのだった。
「何と言う、美味しい食事をいただくことが出来たことを、感謝します。」トヒイヨが礼の言葉を口にすると、後の4人も「とても美味しかった」と口々に言ってくれた。
「エラ、喜んでもらえてよかったね」と少年がうれしそうに少女に言うと
「ダリンも、思い切って中に入ってもらってよかったね」と少女が少年に答えた。
この集落は、狩猟が主な生活の糧なのだそうだ。
しかし最年少で体格も良くないダリンは、狩猟の腕はまったくで、代わりに植物にとても詳しかったので、集落の近くで食べられる草をとってきては、自分の家の近くに植えているうちに自生している草よりも美味しい草が育つようになったという、そしてエラがダリンを手伝っているうちにエラの両親は森に入ったきり戻ってこず、数年前に狩猟の時の怪我で、ずっと寝たきりだったダリンの父親も今年ダリンとエラが結婚した安堵感からか、直ぐに他界したのだという。
きこりをしているジーさんが、唯一エラとダリンを手伝ってくれるので、ジーさんには収穫した草や実を分けてあげているのだそうだ。