話はしっかり聞きましょう
一連の騒動から一日経ち、もう太陽が真上に近くなっている。俺とミリナは里の外の丘に向かっていた。
──フックルは私の恩人なんです。
そうミリナは言っていた。どうにも、数年前にミリナが餓死寸前で里の近くに倒れていたところをフックルに助けられ、そのままなし崩し的に里に住むことになったらしい。
ベタだなあ、と思いつつもフックルの評価を若干改める。といっても「アホの子」判定は覆らないのだが。
そんなフックルは件の丘の上にいた。だが緑なんて存在しない、岩肌が完全に露出した丘だ。フックルはあおむけに寝そべっているが、正直寝心地がいいとは思えない、日当たりがいいのだろうか。
ミリナがフックルの肩を優しくたたくと、フックルはバッ!と目を開き、勢いをつけ跳ね起きた。そのままの流れで俺のほうを向く。
「ドグマの仲間!今度こそ成敗してやる!!」
「いや待て話を聞いて!」
何で一目見て速攻戦闘体制なんだよ!ミリナは……くっそ、諦めたかのように「頑張ってくださいね~」って手を振ってやがる!
「裏切んなよミリナさん!」
ミリナがピタッと硬直した、顔も苦々しい。あれ、結構効いてる?冗談で言ったんだけど。いやそんなことより来てる!
飛びかかってきたフックルのひっかきを回避、そのまま左拳から繰り出された裏拳もバックステップで回避、距離を取って相まみえる。
再びフックルが飛びかかってくる、またひっかきか……いや違うしっぽの薙ぎ払いか!だったらやりようはある!
空中で身をねじりながら繰り出されたしっぽを、≪命燃≫で強化した腕で受け止める。
「なっ、スキル!?」
右腕の外側で受け止めたしっぽを左腕でがっしりとつかむ。≪命燃≫発動状態の身体能力ならしっぽが右腕から離れる前につかむことができる。ついでにフックルは空中にいるから自由に身動きは取れない。左腕でつかんだまま、右腕を抜きしっぽをつかむ、そして≪命燃≫で強化された身体能力のままぶん投げる!
「ハアア!」
「うおわ!?」
五メートルくらい吹っ飛ばされたフックルに注意を向けつつ、ファインティングポーズに構えなおす。実際に使うようになって分かったが、すごく便利だ。
フックルはすぐに起き上がったが、戦闘を続けようとすることはなかった。地べたに座り込んだまま、プルプルと震えている。これはあれだ、感情が抑えきれないときとかに出る震えだ。
「なんだ今のーッ!?スキル、スキルだよな!?カッケー!」
「う、うん。まあ転移者だし……」
「転移者!?ということは、英雄候補じゃん!スゲェ!!」
俺が近づくやいなや、猛スピードで顔を近づけ勝手に盛り上がるフックルに困惑する。ハイテンションな状態で独り言をつぶやいているが、早口すぎて何を言っているのか分からない。
ミリナを見ると「困りますよね」とでも言いたげな苦笑いを浮かべている。全てが彼女の掌の上……というわけではないが、ハイドラの件といいなんだかなあという気分にさせられる。いやまあ基本は素直そうなんだけれども。
「と、言うわけで、この方がノースさん。転移者なんですよ」
「よろしく!」
「よ、よろしく……」
ミリナの紹介が終わり、フックルが晴れやかな笑顔で握手を求めてくる。勘違いだったとはいえ、先ほどまで「成敗してやる!」と言っていた相手に向かってだ、どういう神経してんだこいつ。
だがそれを口に出すほど俺も失礼な人間ではないので、素直に握手に応じる。手を握ってやるとフックルはものすごくうれしそうな顔をした、なんだろう、こいつからはちょっとオタク味を感じる。
ミリナはこいつのことを「英雄願望が強い」と言っていた、いわゆる「ヒーローになりたい」というやつだ。そんな願望を持つフックルにとって、魔王を倒す勇者候補である転移者はまさしく憧れの的なのだろう。
だが外からくる人間が少ないどころか蜥蜴人族の存在自体知らない人も多いらしいというレベルで閉鎖的なこの里でどうやって転移者のことを知ったのか。ハイドラは転移者のことを知っていそうだったが、彼はおそらく里の外に出たことがあるのだろう。だがフックルにはそんな雰囲気はない。
「なあなあ!いろいろ聞きたいことがあるんだよ!スキルってどういう感じだ?」
「どう、って言ってもなあ、スキルごとで違うんじゃないか?それにいくら里の人口が少なくてもスキルを持った人の一人や二人ぐらい……」
「ノースさん、亜人族にスキルは宿らないんですよ」
あ、そうなの?それは初耳。それならばスキルがどういう物かもわからないだろう、だけどあれ言語化が難しいんだよな……。
「んーと、身体のエンジンが点火する感じ……かな?」
「ん?えんじん?なんだそれ」
ですよね、この世界エンジンないよね。
ドオオオオオオオン!
突如、巨大な爆発音が里の方角から響く。反射的にそちらを向くと、信じられない光景があった。
「は!?」
「えっ……」
「な……!」
里があるのは湿地帯、つまり水があるはずだ。にもかかわらず燃える、爆ぜる、里は業火に包まれていた。そしてここからでも見える、里の西側に暴れている大きな橙の蛇がいる。それはつまり……。
「……ドグマ?」
それしか考えられない、ドグマが里に侵攻してきたのだ。
「みんなを助けなきゃ!」
フックルの言葉で驚愕から抜け出す。ミリナとフックルが超人的なスピードで丘を駆け下りていくのに続いて、俺も里へ向かうのだった。
亜人種が亜人種として生まれてくるのはスキル≪強性進化≫の効果です。すでにスロットが埋まっているので亜人種にはスキルは宿りません。亜人種の特性がそのままスキルともいえるのです