英雄なんぞ?
スキルで作られた蛇の形をした大質量が倒れ伏す。その光景を呆然と見ながら、フックルは呟いた。
「終わった……?」
もしこの場にノースヨンがいれば、「いやそれまだ終わってないフラグー!!」と心の中で、ともすれば口に出していたかもしれないが、そんなフラグをとがめる人間はこの場にはいない。
フックルは自嘲気味に自分の手に握られた曲刀を見る。すでに倒された兵士が持っていたものを拾ったのだ。血は、ほとんどついていない。それすなわち、フックルが橙の蛇に対して有効な攻撃を加えられなかったことを意味する。
(怖くても行く、そして守る。それが英雄……か)
十数分前に分かれたノースヨンに向けて言った言葉を思い出し、じゃあ自分は違うな、と結論づける。
端的に言うと、フックルは自信を失っていた。
フックルがまっすぐと橙の蛇のところへ向かった理由は、ノースヨンが予想した通りだった。フックルは純粋な少年だ、もちろん正義感や放っておけないからという理由もある。だが、一番の理由は橙の蛇を自分で倒し、名実ともに英雄になることだった。
浅はかだった、いくらアホの子と揶揄されたフックルと言えど、先ほどまでの光景を見たらそれくらいは理解できる。
まず、フックルが戦場に来て最初に感じたことは、挫折だった。でかい、遠くから見て予想したものより、何倍もでかい。そしてその形相は、恐ろしいものだった。フックルは自分の覚悟と考えがガラガラと崩れていく音を聞いた。
そしてその蛇と戦う戦士たちの実力。自分は勇気を振り絞りいくら攻撃を加えたのに、その固い鱗に阻まれ有効打は与えられなかった。蛇は何かに刺された、とも思っていなかっただろう。
だが戦士たちはその剛腕と技術をいかんなく発揮し、少なくない犠牲を出しつつ蛇に有効打となりえる攻撃を与え続けた。特にダメージソースとなったのは、族長であるハイドラの攻撃だ。
蜥蜴人族の「進化生物」である竜人族である彼が振るう戦斧の威力はすさまじく、老体であることを感じさせなかった。
ああいう人を、英雄というのだろう、怖くても行けるでは駄目だ。そうフックルは理解した。それどころか、その勇気すら自分にはなかった、とも理解した。
自分は、意思と経験、実力。そのどれもが不足していたのだ、と。
余談ではあるが、この世界で、意思と経験は強い意味を持っている。
蛇の死体が転がる元戦場で、ある戦士たちは仲間と肩を組み喜び、ある戦士たちは負傷したものの治療にあたっていた。そんな中、フックルはぼーっとその光景を眺めていた。
「フックル……大丈夫ですか?」
「え?あっああ、ミリナか」
後ろから声を掛けられたフックルが振り返ると、そこにはミリナが立っていた。少々やけど跡が見えたり、服も少しボロボロだ。
一方のフックルのフックルはほぼ無傷、危険へと飛びこむことができなかった自分をフックルは嫌になった。フックルにしては珍しい、皮肉を交えた調子で返す。
「見てのとおり、無傷だよ。傷一つない。ミリナは大丈夫?」
「私も大丈夫です。ですが……ええっと……」
ミリナは言うべきか迷っていた。
「何?」
「いやなことでもありました……?」
「いやなことなら、ここまででいくらでも見たぞ」
その返答に、ミリナはさらに心配そうな顔をした。ミリナとフックルの付き合いは、そろそろ四年になる。フックルの性格は、ミリナも理解しているつもりだった。
「やっぱり、変ですよ。いつものフックルはそんな皮肉めいた物言いはしないじゃないですか」
「……そうか?」
そんなこと言われても、とフックルは思う。フックルは少しだけイラっと来た。ミリナの献身的な態度、もとい心配性はいつものことである。フックルもそれは理解している、いつもならば「ミリナは心配症だなー」と笑って返答するところだが、今のフックルはそうはいかなかった。
ただでさえ本物を目撃し、自分の小ささ、情けなさを確認することになり、自分で自分を否定しているような状態だ。そこに、「いつもと違う」と他人からも否定される。厳密にいうと、フックル自身が否定しているものとミリナが否定しているものは別物だが、そのことを考慮する余裕はフックルにはなかった。
フックルの予想以上にドスのきいた声に、ミリナは反射的に身を縮める。やっぱりおかしい、と思った直後。
大きな振動が二人を襲った。
***
「はあ!?」
なんだあれ、でかい蛇が復活した!?だが先ほどまで見えていた橙の蛇とはわけが違う。体色は橙と紫のマーブル模様で、双頭になっている。サイズも一回り二回り大きくなっている。
第二形態、というやつか。これは急がないとまずい。俺は≪命燃≫を再度発動、あの蛇のところへ向かっていった。