第二楽章 kazamiko model
好きな人の見ている世界を、のぞけたら?
恋を諦める?
(きゃあああああああ!! リン様あああああああ!!)
俺の頭に、鶏よりも甲高い声が駆けてゆく。風見子によく似ている。
「キヨちゃん、は、や、く! タ、オ、ル!」
目を三角にしたリンに、正座してお求めの物を捧げた。
(わたくしは、リン様に早く嫁ぎとうございます!!)
うそーん。風見子だったのか。眼鏡をかけてから、変になったのだ。背徳の眼鏡が、偽の風見子を作り出しているに違いない、外せ!
「え、それミコちゃんのじゃない。うーわ、キモい」
なぜか外れない。眼鏡が俺を離れることを抵抗しているかのようだ。
「リン、手伝ってくれ。力いっぱい、引っ張ってほしい」
「は!? 壊れちゃうでしょう!」
仕方ない、聞きたくない声から解放できるのならば!
(わたくしの王子様! あなたとお近づきになりとうて、夕食を吐くほど勉強してまいりました)
なんだって。俺を追いかけて、ではなかったのか。
「ちょっとー、全然抜けないじゃない!」
(去年の文化祭、母様に付き添って演奏を聞いておりました。正直なところ、兄……いいえ、ミニ豚メガネに興味はなかったのですが、豚の隣でトランペットを吹いている王子様に一目惚れしたのです! また『ディスコ・キッド』でしたっけ、イントロ後の掛け声「ディスコ!」がハンサムで、さらに、指揮棒も振られて……!! まるで音楽の女神が化身したよう! 風見子、運命の出会いです!)
うそーん……ミニ豚メガネ……。
(わたくし、母様がそちら側にいってしまわれたのに、がっかりしています。どうして父様と別れて、パンチパーマ破戒僧と一緒になったのですか。男性は汚らわしい豚です。母様にわたくしを身ごもらせて別の人に走った、実父が典型例です。わたくしにとって、母様と父様はどちらも女性なのです。わたくしの旦那様になる人も、もちろん女性でなければなりません。リン様、あと二年しましたら、あなたのお嫁さんになります。キャ♡)
メキメキ、ぴしりぴしり、眼鏡じゃないものが折れて、砕けていく。親父よ、養女にかなり嫌われているぞ。
「よし、外れたわ!」
妹の大事な物は、王子様によって無傷で外れたとさ。めでたし……いや、めでたくない。
「キヨちゃん、ハイ、あんたの」
リンにシルバーフレームの四角眼鏡を渡され、おとなしくかけた。
「どうしたの? この世の終わりみたいな顔して」
「……どうもしない」
赤い眼鏡とシルバー眼鏡が近づいていても、避ける気は起きなかった。この際、間接メガネになってくれたら救済されるのではないかと、莫迦げた思考になる。
「さっきのは黙っててあげるから、立ちなさいよ」
イギリスの哲学者、アイ=スペクタクルスは言った。
"壊れた眼鏡は買い替えられるが、
壊れたハートは買い替えられない"
レンズを通した快晴の空が、青さを失っていった。