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『第九章~VALLANTINES』

(……あれ? あたし、寝てる? 体が全然動かない。首から下がなくなったみたい。頭も動かない。目が、瞼{まぶた}が開かない。目の前が真っ暗で、夢かしら? あたし、寝てるの? 口も開かないし声も出ない。息は……してるみたい。ディープスリープかしら? エラルド博士は夢なんて見ないようにするって言ってたのに……ひょっとして、あたし、死んじゃったのかしら? じゃあ、ここがコルトの言ってたヘヴン・シティ、天国って奴? 地獄かしら? でも、息してるみたいだし、痛くも痒くもないって、変な感じね。……あ、指先に感触が少し。重たくて動かない。爪先も……動かないわね。

 音は……何だろう? 誰かいるの? ああ、口が開いた。開いたまま閉じないや。えーと、息はしてるみたいだから、生きてる? 体に感触が……タオルケットか何かね。って、あたし、また素っ裸みたい。イザナミ? イザナギ? ……あれ? 返事がない。両手が重たいから、待機駆動かしら?

 手は……動いた。指先が少しだけで、開きっぱなしじゃない。ここは、ベッド? あたし、ベッドに素っ裸で大の字になってる? ベッセルは……ない。膝の感触が戻ってきた。頭は……まだ動かないわね。口は開いて息してるのに、目が開かない。指が両方とも重くて握れない。深呼吸……できた。心臓は、動いてるみたいね。えーと、生きてる? ああ、目の前が少し明るくなってきた。体は……まだ動かないわね。喉渇いてるし、お腹減ってる。

 ん? 誰? ハロー……声が出ないみたい。手足の感触が戻ってきた、けど、動かないわね。首が……動いた。横向いたけど、元に戻せない。頭ってこんなに重かったっけ? えーと、状況確認。体は……動かない。瞼は開かない。口は、空いたままで、息してる。脈は……ゆっくりね。鼻が効かない、ってこれは前からね。耳は……誰? 聴こえるわよ? 声が出ないけど、あたし、目覚めたみたいよ? 何? ああ、お水ね? うん? 大丈夫、飲めそう。喉がカラカラで……ふぅ、マシになった、ありがとう。

 あたしはベッド? 丸裸で寝てるのね。……うん、大丈夫、寒くないわよ? タオルケットみたいなのがあるから。お水をもう一口……ありがとう。かなり楽になった。爪先の感触が戻ったみたい。やっぱりタオルケットみたいね。でも、足の指が動かないみたい。手も開いたままで。あー、あー……声はまだ出ないみたい。視界が真っ暗で、夜? ……ん? 何? 聴こえない、もう一度おねがい。……うん、目覚めたみたいなんだけど、瞼がまだ開かないの。吐き気? いえ、大丈夫よ? お腹すいた。お腹と背中がって奴、ペコペコなの。

 頭痛? 平気みたい。お水をもう一口……ふぅ。喉が張り付きそうだったけど、もう大丈夫よ? あれ? 頭が重い。ベッドに沈みそう。両手の感覚が戻ってきた、けど、こっちも重たい。足も、同じみたいね。えーと、あたしは、裸でベッドに仰向け? ……いいえ、痛むところはないわよ? ん? あたし、泣いてる? どうして? どこも痛くないし……ああ、膝が少し痛いかも。でも、泣くほどじゃないけど? 背中の感触が戻ってきたみたい。

 ここ、ベッドの上よね? って、どこの? ラボ? じゃないわよね? 確か……ケイジから夜に出発して、カサブランカに入って……ラバト? ああ、ラバト・エアベースね? でも、真夜中にカサブランカに到着して、もうラバトに着いたのかしら? カサブランカで何か見て、間の記憶がないのよ。えーと、コルトと一緒に何か見て、イザナミが何か言って……何だっけ? ああ、アオイさん? アオイさんの声が聞こえたようで、そこから先がなくって、ここってラバトよね? ひょっとして、ケイジに戻ったのかしら? 声が出ない。口は開くんだけど、どうしてかしら?

 目もずーっと真っ黒なまんま……あ、少し明るくなってきたみたい。首から下がなくなっちゃったみたいで動かないのよ。ハロー、ハロー、やっぱり声が出ない。……うん? 聴こえるわよ? アオイさんよね? あー、あー、あ、声が出る? 瞼が重たいけど、灯りがあるみたいね。体が鉛みたいに重くて動かせないの。イザナミ? 待機駆動から通常に切り替えてよ。……そう、あ、感触が戻ってきた、けど、まだ重たい。体力がゼロみたい。指が動いた。グー、パー、うん、動くみたい。爪先も、十本とも動く、かな? 素足よね? 深呼吸……ふぅ、呼吸が随分とゆっくりみたい。

 あ! 瞼が動く? よいっしょ、開いた。けど、目の前が真っ白……じゃない。誰? シルバーのグラス……アオイさん? ハーイ、あたし、リッパーよ? ……何? うん、吐き気はないわよ? 頭痛もない、かな? 首から下が重いの。あらやだ、あたし、汗まみれ? シャワー浴びたい。水をもう一口……ふー、サンキュー、かなり楽になったみたい。顎が動かないけど、目は見えるみたい。いやだ、頭も汗まみれじゃないの。ぐしょぐしょで気持ち悪い。シャワーでスッキリしたいんだけど、まだ体が動かないのよ。

 お腹も減ったし。アオイさん? アオイさーん? 聴こえる? リッパーよ、うん、体は動かないけど、意識はあるみたい。耳も平気だし、目も見える、声、出てる? ……そう? お腹減ったしシャワー浴びたいの。ここって、ラバト・エアベースよね? 宿舎かしら? シャワーくらい残ってるわよね? みんなは? 外? ああ、そうね。こんなでバカコルトに襲われたら抵抗できないもの、ふふふ!

 注射? 痛いのはイヤよ? あたし、先端恐怖症で注射は苦手なのよ……あれ? もう刺した? 首? 全然感触なかったけど? 栄養剤? ああ、点滴みたいなものね? ……あ、目がきっちり見えるようになった。声も聞こえるみたい。鼻は、やっぱり利かない。体は、まだみたい。全身汗まみれで気持ち悪いの。それで、涙が止まらないんだけど、どうしてかしら? あたし、酷い顔じゃない? 口開いたままで、両目を開けたままでボロボロ泣いてて、みっともないわね? 瞳が動かせるわ。何だか狭い所ね? ラバト・エアベースの宿舎? ……ああ、医務室ね、なるほど。時間は? ……まだ夜明け前? 予定だと夜中のうちにここに着くはずだったのに、あたし、随分と眠ってた?

 えっと……イットウサイさん、だったかしら? ほら、カサブランカで見つけた黒い髪の。彼は? 随分と疲労してたみたいだったけど? ……そう、元気になったのね、良かった。やっぱりシェルターを確認しておいて良かったわね。って、あたし、声出てる? ……うん、平気。膝が少し痛いけど、他は別に……少し手足に力が戻ってきたみたい。何だか関節がバキバキみたい。

 首が凝って、あいた、ポキ、だって、ふふ! 足の指も……ポキポキ鳴ってる。腰がちょっと痛いかも。よじって、いたっ! ボキって、凄い音がしちゃった。今度は右に、あいた! またボキって。指は、って、ここはマシンアームだった。背筋がこってるみたいで、少しマッサージしてくれると楽になるんだけど? ……うん、うつ伏せね。動かせないからお願い。

 背骨のところ、お腹の後ろ辺り、そう、その辺。もうちょっと強くでお願い、そう、そんな感じでそのまま上も。アオイさんてマッサージも上手なのね? それに握力も強いみたい。指圧師、だっけ? それみたい。あ、背骨がポキだって。もうちょい上も、首筋に緑色のがあるでしょ? その下まで。またポキって、ふふふ! 足? ああ、お願い……って、そんなに曲げたら足が折れちゃうわよ? うーん、気持ちいい。

 アシツボ? 任せる……いたた! ちょっと痛いわ。左も? うん……痛い痛い! ……あれ? 楽になった。足の感覚が戻ったみたい。腰も背中も平気みたい。筋ばったところが柔らかくなったみたいよ。アオイさん、見かけより軽いのね? そこ、お尻の上のほうもマッサージしてくれる? そうそう、その辺……いたた! 目の前で火花が散ったみたいになったわ。

 ……うん、大丈夫、もう少しお願い。ふー、かなり楽になったわ。胸骨? ああ、胸のところね? 一気に? 何だか怖いわね……あいた! 今、ボキって、凄い音したわよ? サブミッションかけられたみたい。両腕がもげたみたいな。でも、うん、気持ち良かった。 まだ体が動かないんだけど、うん、お願い。……うーん、ちょっと痛いけど、平気よ。ドクターってマッサージもするの? ……ああ、何でも出来る名医ね?

 それにしてもアオイさん、凄い握力ね? コルトにね、肩をもんで貰ったことがあるんだけど、全然だったわよ? こんなに体中をポキポキ鳴らせるのなんて初めて。あたしの体ってイザナミで駆動制御してるんだけど、生身の部分にはやっぱり負担が掛かってるみたいね。イザナミにマッサージモードでもあればいいのにね? こう、関節とかが勝手に曲がってポキ、みたいな? ふふ!

 そういえば、イザナミとイザナギは? ……ああ、元気なのね? 良かった。……BGM? そうね、イザナギにリクエストして頂戴、いえ、やっぱりイザナミに。のんびりしたのがいいわ。……これってカントリーミュージックよね? イザナギだったらパンクだのメタルだのをガンガンに響かせるかもね。うん、リラックス出来るわ。イザナギったらリラックスってのを知らない……いたた! アシツボ? それって凄い痛いんだけど? 肝臓? 足の裏を押して内臓が? へー、面白いのね。

 ……うん? 吐き気はないわよ。頭痛も。目は少しチカチカするけど、だいぶ見えるようになったみたい。……頭をマッサージ? どうぞ。……あー、気持ちいいわね。頭に関節なんてないのに……ツボ? ああ、そんなのがあるのね? 髪の毛、汗でぐちゃぐちゃでしょう? ごめんなさい……いたた! 火花が見えたわよ? ベッセルのマズルフラッシュみたいに。……え? ああ、ベッセルって、あたしのリボルバーよ。……鉄砲? そう、鉄砲よ。背中のところにセットしてあったアレ。今は、ああ、あそこ。くるくる? ああ、コルトのガンスピンね。ベッセルでガンスピンは無理でしょうね。重たいしロングバレルが顎に当たったら痛いもの。

 ……うん、随分と楽になったみたい。体もどうにか動かせるみたいで、でも、体力がないから重いの。眠気はないわよ? 頭痛も、もうないみたいだし。って、あたし、ずーっと喋ってるけど、アオイさん、聴こえてる? ……そう、良かった。いえ、痛むところはないけど? ああ、あたし、ずっと涙流してるのね?

 わかんない。アオイさんの顔もはっきり見えるし、多分耳も聞こえてる筈なんだけど、涙がずーっと出てて、目をマズルブラストでやられたのかしら? 真っ暗なところで何発も撃ったからね。痛みはないわよ? 何だか、水分が全部目から出てるみたいで、お水、貰えるかしら? はい、あーん……はー、ありがとう。お水ばっかりでお腹がタプタプで、でも、ぐー、て鳴ってる。お水でお腹は膨れないのね?

 ……いえ、食欲は余りないみたい。お腹はすいてるんだけど、食べたいって気分じゃないのよ。横になってもいいかしら? ありがとう。アオイさんのお陰で体はスッキリしたんだけど、まだ重いの。体力が全然ないみたいで、イザナミの駆動制御が掛かってるはずなのに、自由に動かないの。

 ……ここ、ラバトの医務室よね? 病院の天井って、どこも同じなのね? 真っ白で、なーんにもない。せめてモニターの一つくらいあって、コミックムービーでも見せてくれたら退屈しないのに、つまんないわね。長く入院してる人って、みんな退屈してるんじゃない? 個室だったら話し相手もいないし、あたしはイザナミとイザナギがいるから平気だけど、他の人って退屈しちゃうんじゃない?

 ……ああ、そうなんだ。ドクターってお話の相手もしてくれるのね。アナタは不治の病であと三日しか、なーんてブラックジョーク吐いたりするの? 今から足をノコギリでゴリゴリしますから我慢して下さい、なーんて。

 あ、一人で煙草? あたしも一服付けたいわ。……サンキュー。……ふぅ、頭がクラクラする。見て、ほら、わっか。上手でしょ? 三つ連続で出来るわよ? ほら、三連続。ふふ! あ、消えちゃった……ねえ、アオイさん? ドクターなのにアナタ、煙草吸ってるわよね? 体に悪いって知ってて吸ってるんでしょ? ……あたし? あたしは、うーん、あんまり考えてないかもね。

 海兵隊に入ってすぐくらいに、ラグランジュ・ポイントの戦艦ドックで……え? ああ、あのね、ラグランジュ・ポイントっていうのは、月と地球のど真ん中のこと。そこにある、えっと、宇宙戦艦の港、みたいなものがあってね? そこに海兵隊の訓練キャンプもあるの。そこで、あたしと同い年くらいの女性がいてね、その人が煙草吸ってたんだけど、それが何だかクールに見えて、それを真似しただけ。で、気付いたら一日二箱くらいのヘビースモークになってたのよ。海兵の女性で煙草を吸ってる人ってあんまりいなくって、カッコイイかなー、とかそんな単純な動機なの。

 ……ああ、アオイさんも? ドクターなのに? ……ああ、なるほどね。そうよね。煙草なんかより事故なんかのほうが確率は高いだろうし、長生きすればいいってものでもないしね。……ああ、ありがとう。ベッドの上で灰皿もなしだったのね。それ、ケータイ灰皿? 綺麗なシルバーね? アオイさんって、メガネもシルバーでネックレスもシルバーで、あたしみたい。

 ……髪? これは天然よ? 綺麗な銀髪でしょ? どうしてこんなだかは自分でも知らないんだけど、お気に入りなの。イザナミやイザナギとお揃いだし、ベッセルともお揃い。ついでに、オイルライターもシルバーなの。そんなだから、地上に降りてから何度か、ミス・シルバー、なんて呼ばれてたこともあったの。そういえば、コルトも一度、そんな風にあたしを呼んだことがあったわね。

 ……あれ? 少し体が楽になったかも。注射が効いたのかしら? まだ随分と重くて起き上がれないけど、ずっとマシになったみたい。……ふー。ん? 只の深呼吸よ? ねえ、アオイさん。ずーっと涙が止まらないの。目に傷でも入ってるのかしら? 痛みはないんだけど、酷い顔してるでしょ? 何かの病気とかかしら? 鼻水出ちゃいそうで、タオルか何か……ありがとう。膝が少しズキズキするだけで、他に痛むところなんてないのに、変な感じ。シャワー浴びたいんだけど、体が動かないし、ここ、シャワー生きてるのかし……!

 火花が見えた! 頭がズキズキする! 目の奥が! 何これ? アオイさん! 痛い! いきなり頭痛が! 目の前がバシバシ点滅して痛い! 何? 聞こえない! 両手が動かないの! 頭を押さえて! ディープスリープの副作用? そう! そこをぐっと押さえて! 息が! 心臓がバクバクで! ……オーケイ、マシになった。まだ少し痛むけど、目を閉じてればどうにか。また全身から気持ち悪い汗が吹き出て……。どうしてかしら? あたし、ドクター・エラルドの言い付け通り、無理はしてないわよ?

 サテライトリンクも使ってないし、臨界駆動も。カサブランカのシェルターでかなり撃ったけど、ガンファイトモードしか使ってないし、イザナギのAFCSを使っただけよ? 勿論、ハイブから一発も貰ってないし、怪我なんかもしてないし、真っ暗な屋内戦闘でちょっとイザナギに頑張ってもらっただけ。イザナギからのフィードバックはキチンとコアユニットを経由してるし、視界は殆どなかったけど、キャパ内だったと思う。

 全然無理なんてしてないし……あれ? 何だろう? シェルターのところでハイブと戦って、その後、コルトと一緒に……何だっけ? 覚えてない。真っ暗なハイウェイに障害物があるってイザナミが言ってて、コルトも似たようなことを言って、それを確認しようとして……そこから先が記憶からすっぽり消えてる? 気付いたらアオイさんの顔があったの。

 ねえ、アオイさん? 涙が全然止まらないんだけど、あたし、どうしたのかしら? 記憶が一部だけなくなるなんてこと、あるの? 直前までは全部覚えてるのよ? 真っ暗なハイウェイを歩いてて、気付いたらここで寝てた。ここ、ラバト・エアベースよね? さっき見えた感じだと明け方かもう少し前か、それくらいだったし、医務室だかのベッドよね?

 ……うん? 聞こえるわよ。耳は大丈夫だし、あたし、喋ってる? そう? ならいいんだけど、ちょっとパニックになってる? いいえ、別にそんなことない。体は動かないけど、頭痛はもう治まったし、クールよ? イザナミのBGMも聞こえるし、アオイさん? アナタの言葉もきちんと聞こえる。頭痛も吐き気も体に痛みもないし、マッサージしてもらったから随分と楽にもなった。お腹はお水で一杯だし、体中汗まみれで気持ち悪いけど、まあ平気。

 もう一服お願い出来る? 両手が使えないんだけど……ありがとう。……ふー。少しマシになったかな。ずーっと涙流しながら煙草吹かしてるなんて、変な感じ。四連続のわっか、出来るかしら? ……どお? 出来た? ……良かった。煙草はもういいわ、ありあがとうね。

 ねえ、アオイさん。シャワー浴びたいんだけど、手伝ってもらえる? ……うん? ああ、それでいいわ……冷たい! アオイさん? そのタオル、ちょっと冷たいわ……って贅沢いえないわね。目が見えなくて体触られるなんて、妙な気分ね。うん、平気。あたし、変な匂いとかしてない? ……そう、ならいいの。

 アオイさんは香水? あたし、鼻は駄目になってるけど、少し匂うみたい。素敵な香り……ふはは! そこ! くすぐったい! 脇は苦手で……くくく! ソーリー。足のほうも……ははは! ソーリー! くすぐったくって! あはは! 構わないからゴシゴシやって……ふふふ! 動かない体が飛び跳ねてる! 汗、匂わない? 全身がびっしょりで……くくく! 腕は、腕はマシンアームだからこのままでいいわよ?

 アオイさんてグラマーよね? あたし、プロポーションには結構自信あるんだけど、アオイさんみたい……ははは! ごめんなさい。くすぐったくって涙が止まらない! ブーツとかソックスとかで匂うかもしれないけど、足も……くくく! あれ? 苦手なのは脇だけだったのに、どこ触られてもくすぐったくって……ふふふ! アオイさん? 何か妙なこと……ははは! 可笑しくって笑いが止まらない! え? ああ、別に痛いところはないけ……くふふ! 大声出してごめんなさいね。でも、くすぐったいの。酷い汗でしょう? ベッドの背中のところ、ぐっしょりしてるし、タオルケット? こっちもベットリしてて、あたし、寝てる間にかなり汗を……ははは! 息が止まりそう! って危ない意味じゃないわよ? 可笑しくって笑ってるだけだから。

 頭痛ももう止まったみたいだし、他に悪そうなところもな……くくく! なくって、お仕舞い? 随分スッキリと……冷たい! アオイさん! 見えないんだから一言言ってから……あはは! ……はー、笑い過ぎて息が止まったわよ? 何だっけ? ……そう、アオイさんってグラマーだけど、あたしだってなかなかでしょう? 胸だってアオイさんに負けないくら……くくく! 負けないくらいだし、腰はキュッてしてるし……ぷっ! ふはは! ……えっと、何だっけ? ああ、アオイさんはグラマーだけど、あたしだって、まあいい感じじゃ……あはは! はー、いい感じよね?

 胸はアオイさんより小さいけど、マリーよりも小さい、かな? あれ? あたしが一番小さ……ははは! ふー、えっと、何? あたしの胸が小さいんじゃなくって、二人が大きすぎるんじゃない? いえ、悪い意味じゃないのよ? こう、ウエストとかヒップとかのバランスでね、あたしだってなかなかなものでしょうって、そういう……ぷはは! アオイさん! くすぐったい! はー、えっと、ああ、太股なんかはマリーよりいい感じよね? 太すぎず細すぎずでスラッとし……ぷっ! くくく!

 あれー? 可笑しいな? あたしってこんなに敏感だったかしら? 触られるのに慣れてない? ってことはないわよ? 海兵の格闘技のコンバットフォームっていう……ははは! コンバットフォームっていうのがあってね? サブミッションとかのトレーニングもあるから、足だの胸元だのを触られることはあってね? 慣れてないどころかそんなことばっかりなのよ? 脇の下はあたしの弱点だったんだけ……あはは!

 はー、可笑しい。体は全然動かないのに、凄く敏感になってるみたいな? お腹のところ、もう一回拭いてくれるとありが……ははは! ソーリー! あたし、ずーっと笑ってばっかし? うるさい? ごめんなさいね。アオイさん? コルトとかイットウサイさん、いないわよね? 構わないから全身拭いて貰えるかしら? 太股の内側とか、ははは! 駄目! どこもかしこもくすぐったい!

 ノー、駄目じゃないわ、続けてくれて……ぷっ! くくく! うるさいわよね? ソーリー。ふー、息が出来ないくらいに……くっ! ぷぷぷ! ふー、男どもは別よね? あたし一人でこんなに騒いでて妙なこと……ふはは! あれ? 何でだろう? どこ触られても笑いが止まらな……あはは! 笑い過ぎて背中痛い! 後、首のところ、そう、その辺も……あれ? ここは平気みたい、良かった。

 あたし、何だか凄いことになってる……ぷっ! くくく! アオイさん! 今のわざとでしょう? いきなりそんなところ……ははは! 駄目だってば! そこは、くくく! はー、アオイさん? 遊んでるでしょう? アナタはドクターで……ぷはは! 駄目ってば! そこはさすがに、くくく! た、確かにそこだって汗だらけで……ははは! わざとでしょ? 笑い過ぎて逆に汗かいちゃって……くくく! だから! アオイさんってば! 何だか体が変な感じになって……ぷはは! 笑いが! 笑いが止まらないってば!

 ふー、ストップ、タイム、深呼吸させて。ふーはー……はー。オーケー、気持ち悪い汗は消えたけど、別の汗が一杯だから、もう一枚タオルある? それで軽くお願いできるかしら? 冷たい? もう、何でもいいから……あはは! くくく! 息が止まりそうで……ぷっ! くはは! はー可笑しい。頭真っ白になって……ははは! お、オーケー! そのまま続けてくれて……ぷっ! くくく! 我慢するから……ぷぷぷ! ふー、はー。

 ……アオイさん? ほら! 笑ってるじゃない! わざとやってたでしょ? こっちは体動かないし目が見えないんだから、ちょっとは加減して……あはは! 駄目だってば! くすぐったいって!

 額見てよ? 汗出ちゃった。ひょっとしてアオイさんってソッチ系なの? あたしはノーマルよ? 普通に男性が好きで……ははは! だから! アオイさん! そういうところはさすがに……くくく! ふはは! タイムタイム! さすがに笑い過ぎてお腹痛いし、変な汗出てきちゃった。深呼吸させて。……ふー。まだ息が荒いわよ? 汗はもう……あはは! だから! もういいって……ぷっ! くはは! 頭真っ白になって……ははは! はー、笑い過ぎて喉がカラカラじゃないの。目がチカチカして前が見えないし、お水飲ませて?

 あーん……ふー。オーライ もうクタクタよ? 体力ないのに体がぴょんぴょん跳ねちゃったわ。目が……ああ、うっすらと見えてきた、かな? アオイさんよね? ……ほら! 笑ってる! 耳は聞こえるんだからね? 何? ……ええ、平気よ? 体は相変わらず全然動かないけど、目は見えるし耳も聞こえる。アナタの香水の匂いだって少しだけど解るわよ? 休憩させて?

 深呼吸しないと窒息しちゃいそう。……ふー。まだ心臓がバクバク言ってるけど、まあ、平気。変な汗かいちゃったけど、まあスッキリしたかしら? ……えーと、確認ね? 体は、ちっとも動かない。感触は、あるかな? うん、あるみたい。タオルケットとベッドよね? 汗で冷たいけど、まあいいわ。頭痛はないし、吐き気もない。膝の痛みは笑いで消えちゃった。耳は聞こえるし、目も見える。チカチカもしてないし火花みたいなのもない。ラバトだかの医務室で、アナタはドクター・アオイよね? 見えるわよ? 笑ってる顔がね?

 鼻は、元々麻痺してるけど、アナタの香水の素敵な匂いがする。食欲はないけど、お腹はお水でタプタプ。気色の悪い汗はなくなって、別の変な汗だけ、って、これはアオイさんの仕業よ? 息が荒いのは笑い過ぎただけだから平気。頭が鉛みたいに重いけど、痛みとかは全然みたい。笑い過ぎて顎が外れそうだったけど、まあ大丈夫でしょうよ。もう一度、深呼吸させてね。

 ……ふぅ。アオイさん? くすぐったくって笑い過ぎて死にそうだったのよ? 見てよ? 変な汗でびっしょり。汗を拭いてってお願いしてて何だけど、少しは手加減してよ。まあいいわ。目は見えるんだけど、何だか疲れちゃったから、目を閉じるわよ? 眠気はないわ。体が動かない以外は、大丈夫だと思う。マッサージしてもらったから筋ばった感じも殆ど消えたみたい。首だの腰だのもほぐれたみたいね。

 ……何? ああ、瞳孔ね? どお? しっかり反応してる? そお、良かった。脈が速いのはくすぐられたからで、じきに治まるでしょう。呼吸も楽になった。両腕はまだ待機駆動みたいだから動かないけど、両足は指の先まで元通り。足の指だって、くいくい曲げられるし、あら、また、ポキ、って鳴った。背骨の、お腹の後ろ辺りがちょっと、えい、あら。また、ボキ、って凄い音がした。折れたみたいな凄い音。首は、動くかな……こっちも、ボキだって。

 体中の関節がバキバキみたい。でも、マッサージしてもらったから随分と楽になったわ。さっきの、胸骨? あれをボキってやる奴、もう一回お願い出来るかしら? うん、あ、待って。どうやるの? あれ、凄く気持ちよかったから、覚えておきたいの。誰かにやってもらえるかもしれないし。……うん、うつ伏せで、膝を肩甲骨の中心のところに当てて? うん、両肩を一気に後ろに引く? まるでサブミッションね。オーケー、お願い。覚悟は出来てるからいつでも……ん! ふー。また、ボキ、って凄い音がしたわ。

 胸骨って胸のところの骨よね? ここ、関節でもないのに、凄い音がするのね? 少し痛かったけど、気持ちいいわ。……え? ……ああ、癖になるからあんまりするなって? 確か、指とかの関節が鳴るのって、関節部分の空気が細かく破壊される音だったわよね? 男の人とかが手をポキポキやって、関節が太くなるって聞いた事あるわ。胸の所も太くなるのかしら? そしたら、あたしの胸、少し大きくなるんじゃ、って、ジョークよ。うつ伏せついでで、もう少しマッサージしてもらえると嬉しいんだけど?

 ええ、背骨に沿って、首からお尻のところまで、そうそう、その辺。背骨の辺りにしこりがあるみたいで……うー。アオイさんって、凄い握力なのね? って、これはもう言ったかしら? 少し痛いけど、気持ちいいわ。海兵にもメディックって言う人がいてね、……え? ああ、メディックって言うのは衛生兵。戦場で怪我をした人とかを治療する兵士のこと。その人たちもマッサージなんかはやってるみたいだけど、アオイさんみたいに本格的なのじゃないわ。そういうのはここみたいな医務室にいるドクターなんじゃないかしら?

 お世話になったことはないけど、多分そうなんじゃないかしら。……ん? 凄くこってるって、あたし、オバサンってこと? 自分ではまだまだピチピチのつもりなんだけど、普段から弾丸だのを身に付けて歩いてるから、猫背になってるのかもね。イザナミの駆動制御って基本的に両腕とベッセルのガイドレールのところだけなのよ。

 ほら、ラボでアオイさんが、防弾でしょ? って言ってた、肩甲骨のところの複合チタン合金の部分。両腕と肩甲骨の部分はイザナミが電気刺激で制御してるから重さとかは殆ど感じないんだけど、そこから下の部分には負荷が掛かってるの。体感は少ないんだけど、両腕とベッセル二挺だけでも四キロあって、その上から弾丸を詰めた重たいマントを背負ってるから、猫背になっちゃってるみたいね。

 ……そんなに酷い? 指でぐいぐい押されてる所、固まったものが柔らかくなってるみたいな感じだし、気持ちいいわ。背骨って重たい頭をバネみたいに支えるためにS字になってるのよね? あたし、凄い猫背だったみたいね。背骨の周りが凄く気持ちいいわ。何だか生き返る感じで、あら? また、ポキ、だって。くくく! ほら、あの、関節とかをバキボキやる人、何だっけ? ……そう、整体師。アオイさんってそういうのもやれるのね。

 そこ、腰の下のほう、そこが何だかガチガチで、あ、また、ポキ、って。あたし、そんなに酷い? ……うん、気持ちいい。気持ちいいからそのまま真っ二つに折って貰ったら爽快かもね、って、ジョークよ? うん? 尾てい骨? お尻のところの骨だったわよね? そこも? どうぞ……いたた! 大丈夫だから続けて。

 凄いわね? 凄く気持ちいい。そこもこってるの? ふーん。何だかどこもかしこもボロボロね。あたし、そんなに無理してたのかしら? まあ、二十キロもあるバレットライフル持って走り回ってれば、仕方ないわ。アオイさん、さっきの、アシツボ、だったかしら? あれ、もう一度お願い出来る? 痛かったんだけど、その後は凄くスッキリだったから……いたた! また火花が見えた! 次は右? はい、どうぞ……痛い痛い! 火花散った! アシツボって言うのは慣れない……いたた! 凄く痛い。涙出ちゃったわ。

 でも、うん、スッキリした。足の指がくいくい曲がるし、あら? また、ポキポキ鳴っちゃった。足の指、太くなっちゃう? まあ、ヒールなんて履かないから別にいいんだけど……ふぅ。サンキュー、体中がスッキリしたみたい。まだ重たいけど、体が少し動かせるようになってきた。アオイさんって凄いのね?

 ん? ……え、そんなにあたしの体って酷かった? まあ、こんなでも一応軍属だからね。体を酷使するのは、まあ仕方ないわ。凄く楽になったわ、ありがとう。目を閉じたままだけど、開けばきちんと見えるから大丈夫。耳も聞こえるし、体の違和感も消えたみたい。目覚めたときとは別のボディみたいな感じだったのに、オーバーホールってところね。首も動くように、あら、また、ボキ、だって。首が太くなるのはイヤね。

 何だか体が熱いから、タオルケットは取って。ふぅ、呼吸が随分楽になったみたい。……ん? 汗? いいけど、さっきみたいに意地悪しないでよ? あたし、触られるの苦手みたいで……ははは! お尻、くすぐったい! 背中はそっとでお願い……ぷっ! くくく! オーケー。首筋のところもお願い……あはは! 駄目! どこもくすぐったい! ……ふぅ。ありがとう、スッキリした。

 今、あたしってアオイさんにうつ伏せでマウントポジション取られてるわよね? 首をひねられたら一発で……あいた! アオイさん! 今、また、ポキ、って鳴ったわよ? 丸裸で武器もなくて体が動かないなんて、こんな危険な状況、初めてよ? 海兵の背中を取るなんて、CQBの達人でも無理なのに、今アオイさんを敵に回したら、一秒で殺されちゃうわよ。

 ……うん? ……疲れた? ああ、ごめんなさい。あたし、色々と注文し過ぎたみたい。お疲れ様。アナタが一緒で良かったわ。でなかったら、今頃どこかで気絶したまま倒れてたかもしれない)


(……ねえ、アオイさん、聞こえる? 確か、ドクターには守秘義務があったわよね? ……そう、患者のプライバシーを他に漏らさないっていうあれ。アオイさんもでしょ? それを踏まえた上で、もう一つお願いがあるの。

 ……あのね、少し眠いんだけど、何だか、その……怖いの。どうしてだか解らないんだけど怖いのよ。それで、少し眠りたいんだけど、寝付くまででいいから……ぎゅーってハグしてくれない? タオルケット被せて、その中で、ぎゅーって。背中に手を回して折っちゃうくらいに強く。

 理由は解らないんだけど、怖くて涙が出そうなの。そのまま寝たら、もう二度と目覚めないんじゃないかってくらい、怖いの。……ありがとう。素敵な香水ね。目を閉じて真っ暗だけど、怖くないみたい。また涙が出てきたけど、平気。

 アオイさんの胸、柔らかくて気持ちいい。涙でブラウス濡らしちゃうけど、ごめんなさいね。なんであたし泣いてるんだろう? ここ、ラバトよね? イザナミが黙ってるから危険はないはずなのに、少し怖いの。何度も死にそうになったことはあるのに、その時は確かに怖かったんだけど、今ほどじゃなかったのよ?

 胸にコンバットナイフを突き刺されて死にそうになった時だって、平気だったのに。泣くなんてのもオズを助けたときだけで、あれは嬉し涙だったのよ? 泣くほど怖いなんて初めてだと思う。

 あたしは海兵隊で軍人だから、死ぬことが怖いなんて思ってなかったし、あたしの艦、バランタインがやられたときだってパニックにならず冷静にクルーを脱出ポッドに誘導したのよ?

 ……ん? ああ、バランタインはね、大きな宇宙戦艦なの。

 巡洋艦バランタインはね、全長二千五百メートルで、総重量六十万トンで、大型の量子演算ユニットと、超光速推進駆動システム・チェレンコフドライヴを四基搭載してて、恒星間超光速航行・スタードライヴを行える巨大宇宙戦艦なの。

 推進動力炉と直結した高出力・可変速ビーム砲塔、ヴァリアヴルビームランチャーを八門と、多用途ミサイルハッチと、CIWSと、後、超光速推進駆動航行、スタードライヴを応用した強力な広域破壊兵器の、試作型チェレンコフ・インパクトカノンを搭載してる、海兵隊艦隊の最新鋭戦艦なのよ? どお? 凄いでしょ?

 ……ん? 何言ってるのか解らない? ああ、アオイさんて、軍とかメカとか苦手って言ってたわね。バランタインって、凄く大きくて速くて、凄く強いって、そういう艦なの。

 でね? 高機動攻撃型巡洋艦のバランタインを旗艦にしてるのが、あたしの指揮する海兵隊第七艦隊で、無敵の浮沈艦隊、って呼ばれてたのよ? 無敵だって、凄いでしょ?

 第七艦隊は凄く強くてね、その中でも旗艦で、あたしが艦長をやってたバランタインは別格なのよ? あたしは、海兵隊第七艦隊のキャプテン・リッパーで通ってて、宇宙艦隊とかルナ・リングとか戦艦ドックとかでは、ちょっとした有名人なのよ? 地上では知ってる人は少ないんだけど、少し宇宙艦隊を知ってる人だったら、キャプテン・リッパーって名乗るだけでびっくりするくらいなの。

 でもね、あたしがミスしちゃって、バランタイン、撃たれちゃったの。不意打ちで戦艦のビームを撃ち込まれて、Cドライヴの一基が爆発して、バランタインの後ろのほうが吹っ飛んだの。轟沈はしなかったんだけど、そのまま誘爆しそうなくらいだったから、クルーは全員、脱出ポッドで逃がしたの。半分は多分、ルナ・リングか戦艦ドックに拾われたと思うんだけど、残りの半分は地球の引力に捕まって、そのまま落ちたみたい。脱出ポッドは大気圏突破能力があるからクルーは生きてると思うんだけど、世界中に脱出ポッドが分散しちゃったから連絡は取れてないの。クルーは合計で二百人だったんだけど、多分、みんな生きてると思う。

 みんなを脱出ポッドで打ち出してから、あたしも脱出ポッドに乗って、それで、自分がポッドに乗って地球に激突したときだって、パニックとか怖いとかなくて、クールだったのよ?

 他にも危険な状況は何度もあったけど、ずーっと冷静に状況を把握して対処してきたし。地上で仲間の死体だって幾らも見てて、でも、取り乱さずにいられたの。

 ファーストシリーズ、最初のNデバイス、イザナミとイザナギがもぎ取られたときだって、凄く痛かったけど、頭がぐるぐるだったけど、でも、泣いたり叫んだりしなかったわ。

 ……ああ、一度だけ泣いたことがあったわ。イザナミとイザナギが敵に取られちゃって、その後気絶して、目覚めて二人がいなかったとき、あの時は悲しくて泣いたんだった。ずっと、半年もあたしの両腕をやってくれてた二人がいなくなって、大切な友達を二人いっぺんに無くしたみたいで一杯泣いた。

 半年間、ずーっと三人で仲良くやってたのに、いきなりいなくなって、地上ではたった二人だけの仲間で友達だった二人がいきなりいなくなって、悲しくて泣いたわ。オズを助けたときと二人がいなくなったとき、二回だけ泣いたけど、三人とも戻ってきて嬉しかったの。イザナミとイザナギが戻ってきてくれたときにも泣いたかな?

 嬉しくてびっくりしてたからあんまり覚えてないけど、泣いたかもしれないけど、それは嬉し涙。イザナミとイザナギに、コルトとマリー、ダイゾウが一緒に戦ってくれて、ドミナスもイアラもランスロウも倒したの。

 三人とも化物みたいだったけど、みんなが一緒だったから怖くなんてなくて、やっつけたの。危険だとは思ったけど怖いだなんて全然思わなかったし、忙しくて泣いてる暇なんてなかったもの。イザナミはあたしなんかよりずーっと冷静だし、イザナギはいつも馬鹿みたいに明るいし、二人がいればハイブだろうがサイキッカーだろうが全然平気なの。

 二人は凄く強いから、任せておけば絶対に負けないもの。チームワークだって最高だし、イザナミはちょっと冷たいけどずっとクールだし、イザナギは馬鹿騒ぎしながらガンで敵をやっつけるの。そんな二人がいれば誰にだって負けないし怖いなんてちっとも思わない。三人だけど、ハイブが百匹こようが全然平気。

 あんな奴ら、イザナミとイザナギがいれば全部倒せるのよ。こっちは掠り傷一つなく。最初の、ファーストシリーズではサイキックハイブに負けたけど、セカンドシリーズになった二人はそんな奴らを三十秒くらいで始末しちゃうくらいとっても強かったの。ダイゾウが苦戦するようなランスロウとかって偉そうな金髪のサイキッカーも、三人で倒したのよ? 強かったけど、一分くらいであっという間に。それくらい二人は強いのよ。そんな二人が一緒なんだから誰にも負けないくらい強い筈で、二人は今だってきちんとここにいるのに、肝心のあたしが泣いてるって……どうして? こんなじゃあ二人の足手まといじゃない。

 凄く強い、最強のチームなのに、リーダーのあたしがこんなじゃ、イザナミとイザナギが困るわ。無敵だなんて思ってないけど、凄く強い特殊部隊みたいな仲良しトリオなのよ。スリービートのロックバンドみたいで、イザナミがドラムでイザナギがベースで、あたしがダブルネックギター&ヴォーカルの、海兵隊ロックンロールバンドで、ハイスピードロックンロールでハイブなんて吹っ飛ばすの。とびきりクールでとびきり強烈なダブルベッセルの十二ビート。誰にだって負けないのよ?

 なのに、肝心のあたしが泣いてて、怖がってて、リズムがぐちゃぐちゃ。足が震えて、トリガー指が震えて、前が涙で見えない。体が動かない。イザナミとイザナギの声が聞こえないの。また二人がいなくなって、一人ぼっちなんてイヤよ?

 ねえ、アオイさん? あたし、もう戦えないのかしら? ドクター・エラルドが言ってたみたいに、海兵隊なんて辞めてどこかで一人で膝抱えて泣いてたほうがいいのかしら? アオイさんのお陰で体はどうにか動きそうなんだけど、イザナミとイザナギがいなくて一人で戦うなんて無理なんじゃないかな?

 あたし、一人だとこんなに弱いだなんて思ってなかった。こんなに怖いだなんて信じられないの。自分がどうして泣いてるのかだって解らないのよ。目の前が真っ暗で、頭がぐちゃぐちゃで、もう疲れちゃったみたい。あたし、もう死んでるんじゃないの?

 体だって冷たいし、ここ、モルグなんじゃないのかな? 両腕がなくって頭も無くって、白い死体袋に入って冷たい冷蔵庫に入ってるんじゃないかな? 天国にも行けずに地獄にも行けずに、宇宙のどこかをずーっと漂ってる、たった一人の海兵隊艦隊は、宛てもなく放浪してるんじゃないのかな?

 銀河系のずっと遠くの知らない宇宙を、腕も頭もないあたしが艦長で、誰もいないバランタインで放浪してる一隻だけの寂しい艦隊なのよ。ロックンロールじゃなくって、レクイエム、鎮魂歌を響かせてる放浪艦隊。敵も味方も友達もいない、どこに向かってるのかも解らない一隻の艦隊で泣いてるのは、あたし?

 もう……疲れちゃった。一杯戦ったし一杯頑張ったし、もう、寝ててもいいんじゃないかしら? 何にも思いつかないし話し相手もいないし、周りは真っ暗だし艦はふわふわ漂ってるだけだし、バランタインも疲れちゃったみたい。

 地球なんてとっくに見えないし、だーれもいない。あたしとバランタインはどこにいるのかな?

 アオイさん、ありがとうね? 一杯涙が出てて怖いけど、アオイさん、暖かい。もう……寝る。多分、ずーっと寝てる。どこかでまた会ったら、ぎゅってハグしてね? 眠くなってきたから……おやすみなさい……)


「……ん? 静かになったな。リッパーの奴、ずっと笑ってたみたいだが、大丈夫かよ」

 砂漠大陸の北西、海に面したラバト・エアベース、明け方前。

 コルトは、リッパーとドクター・アオイのいる医務室のある建物の外に、壁に背を預けて座っていた。テンガロンハットを深くかぶり煙草を咥えて、サングラスの顔で欠伸を一つ、空を見た。紫煙が昇る明け方前の空は晴天で、小さな雲が二つほどあった。上空は無風らしく、雲は動いていない。

 医務室のある建物のそばに停車してあるV8ブラックバードのシートで、マリーはまだ眠っていた。コルトが乗っていたチョッパーハンドル、九百五十CCのネイキッドバイクはブラックバードの隣で静かだった。

「む! ふぐ! ……おぇっ!」

 マリーの眠るブラックバードの隣に立っていた男、カサブランカ・シティのシェルターからリッパーらに救出された、須賀一刀斎敬介{すが・いっとうさい・きょうすけ}が、紫色のキモノウェアの腹を押さえて、冷えた地面を向いた。腰には長いブレード、キモノウェアと同じ色の鞘の太刀、骨喰{ほねばみ}が刺してある。

「ヘイヘイ、ミスター・サムライ。アンタ、ずっとそんなだが、大丈夫かい?」

 左で煙草を持ち、右でシルバーのシングルアクションをガンスピンさせつつ、コルトが尋ねた。

「せ、拙者、乗り物はちと苦手でありまして。そこの黒鳥号{こくちょうごう}が余りに揺れるが故、どうにもこうにも……う!」

 腹と口元を押さえた一刀斎{いっとうさい}は、ブラックバードの横でふらふらと揺れている。

「アンタ、二週間も飲まず食わずだったんだろ? 折角のメシと水だ。勿体無いから吐くなよ? 酔い止めだか吐き気を抑える薬だかを、ドクター・アオイに貰ってくるから、ちょいと待ってな」

 そう言ってコルトは立ち上がり、リッパーとドクター・アオイのいる医務室に向かった。

「ヘイ、アオイ。俺だ、コルトだよ。ミスター・サムライがブラックバードで酔ったみたいなんだが、吐き気を抑える薬、まだあるかい?」

 医務室の前でドアを少し開けて、中にいるドクター・アオイに告げた。ドクター・アオイが誰も中に入れるなと言っていたので、コルトはドアの前だった。

「ふあ……なんやウチも眠たいわ。ほれ、これ飲ませたり?」

 ドアの隙間からドクター・アオイが細長い小さな袋を差し出した。

「オーライ。で? リッパーは?」

「んー。今は眠っとる。何や体がボロボロやったけど、指圧やらでどうにかなったわ。EHSの発作も治まったみたいやし。もうちょい寝て、起きてご飯食べたら大丈夫やろ……ふあ、眠たいわ」

「すまないな、アオイ。カサブランカからずっと、寝てないんだろう? アンタも少し休むといい」

「せやな。お医者さんが倒れてもうたら意味ないもんな。ウチもリッパーちゃんと一緒に寝るから、何かあったら起こしてな? 死神兄ちゃんも眠っといたほうがええで? 寝てへんのやろ?」

「そうだな、俺も少し眠らせてもらうよ。外が涼しくてな、いい感じだ。薬、ありがとうよ」

 コルトは受け取った薬を持って医務室の前から、ふらふらしている一刀斎へ歩いた。

「ミスター・サムライ、これ飲めってさ。飲み物はブラックバードのリアトランクにあるから、好きに使ってくれ」

「リアトランク? 後部収納でござるな? かたじけない。遠慮なく……おぇ!」

 吐き気を堪えつつ、一刀斎はブラックバードのトランクから水筒を取り出し、コルトから受け取った粉末を水に混ぜて飲み込んだ。そのままブラックバードのテール辺りで腹を抱えていた一刀斎だったが、一分ほどして吐き気が治まったらしく、大きな溜息を吐いた。

「……ふむ、むかつきがすっかり消えました。都会の医師は凄いでござるな?」

「そりゃ良かったな。で、具合は? 他には? 痛むところとか、あるかい?」

 建物を背に座り込んだコルトは、サングラスの下で目を閉じて、煙草を吹かしてた。

「お気遣い感謝でござる。万全、とまで言いませぬが、食事も頂き、治療もして頂き、問題ないようにごさります。然るに、リッパー殿は? 何やら、具合が悪く見えましたが?」

 かなり体調が戻ったらしい一刀斎は、再び大きく息を吸い込み、ストレッチをしている。

「ドクター・アオイが平気だって言ってたから、ま、大丈夫だろうよ。アンタも眠ったらいいさ。俺も少し寝るよ」

「ありがたきお言葉。死神殿もマルグリット嬢も、随分と疲労しておるようですな?」

「まあな。ブラックバードで揺られてたし、クソハイブどもとも一戦あったから、マリーもリッパーもヘトヘトだろう。ドクター・アオイも寝ずでリッパーの看病だったし、俺もちょいとくたびれてるらしい。愉快な観光旅行なつもりだったんだが、みんなヘロヘロだよ。アンタもだろう?」

 煙を吹き、地面に煙草を押し付けてから、コルトは胸の前で腕を組んで頭を下げた。

「黒鳥号で揺られましたが、食事も頂き治療もして頂いたが故、拙者はどうにか」

「大したタフガイだ。ふあー……デカい欠伸が出やがった。バイクなんて久しぶりだったから、ちょいと疲れたみてーだな。ヘイ、ミスター・サムライ。ちょいと聞いてもいいかい?」

 再びの欠伸をかみ殺して、コルトは座ったまま一刀斎に尋ねた。

「何なりとどうぞ、死神殿」

「アンタ、カサブランカのシェルターで倒れてただろう? 俺とリッパーがあそこに行ったとき、ハイブどもがかなり出てきやがったんだが、良く生きてたな?」

「ハイブとは、あの白き物の怪でござるな? 拙者、旅の途中、商隊に便乗してあの街に入ったのでござるが、白き物の怪が幾人か現れたが故、商隊を逃がすべく刃を交えたでござる。幾人かは斬ったのでござるが、商隊を逃がすが精一杯で地下に追い込まれ、その後の七日間、いや、もう七日間だったか、骨喰{ほねばみ}を振るうておりましたが、不覚にも意識を失い命散らす覚悟でござりましたが、拙者の分身たる骨喰が、未熟なる拙者を守っておったらしく、死神殿に救われたと、そのような経緯でござりまする」

「商隊ってのはキャラバンだよな? で、アンタもハイブとやり合って、その、ホネバミ・ブレードが守って、ってのは?」

「拙者が分身たる骨喰は、リッパー殿の天羽々斬{あめのはばきり}と同様の魔剣が一本、妖刀{ようとう}にござりまする。骨喰の放つ殺気は、白き物の怪をも震わすもの。未だ持て余す一刀にござりますが、拙者を白き物の怪より守ってくれたようでござりまする」

「……つまり、ハイブどもはアンタのその、ホネバミってブレードにビビってたって、そういうことかい?」

「然様でござる。拙者の腕は未だ骨喰に至らぬのでござりますが、骨喰は未熟者たる拙者に、己を振るえと、そう考えているようにござる」

「ほー。ま、シノビのダイゾウなんてとんでもない野郎を見てるから、何となく解るよ。ブレード一本でハイブとやり合うとは、頼もしいな。ハイブがビビるくらいの獲物なんて、よっぽどなんだろうな。あの出来損ないのポンコツ頭がビビるだなんて、大したモンだ。ちなみに、アンタ、妙なシューズを履いてるよな? 見たところ随分と重いみてーだが、クソハイブに蹴りでも入れるのかい?」

 一刀斎は、コルトが言った黒いシューズを地面に軽くぶつけた。ごん、と金属音がした。

「この鉄下駄{てつげた}は足腰の修練でござります。サムライは足さばきが肝心が故、おみぐるしいかと思いまするが、このような格好でござる」

「トレーニングね、全く、大したタフガイだよ、アンタは。腕もたつようだし、頼もしい限りだ。ダイゾウみたくブレットを跳ね返しそうだ」

「死神殿、ブレットとは?」

「ピストルの弾だよ。スナイピッドの狙撃なんぞもダイゾウみたいにかわすのかい?」

「拳銃の弾丸でござるな? 拙者、未熟者ではござりますが、これでも見切りと霞{かすみ}を会得した身。拳銃などはどうとでもなりまする」

 ヒュー、とコルトが口を鳴らした。

「クソハイブどもと互角でブレットも弾くたー、サムライってのはすげーな。アンタ、もう勝てない相手なんていねーんじゃねーのかい?」

「いやいや。拙者など、我が最後の師匠たる伊藤一刀斎{いとう・いっとうさい}殿に比べれば赤子も同然。話に聞いたダイゾウなる二刀の達人、心眼の域に達した雷の化身に比べれば、拙者など雑兵でござりまする」

「いいねー、気に入ったよ、アンタ。とんでもなく強そうなのに、油断は微塵もないようだし、ひたすらに自分より強い奴と殺りあいたいって、クールだぜ?」

「そのようなお言葉、勿体無きにござりまする。死神殿も、拳銃を扱う者独特の、良い気配がしまするな。二挺拳銃でありましたかな? さぞや腕の立つ達人なのでございましょう」

「野郎にホメられるってのは久々だが、まあ、悪くないな。自分で言うのも何だが、俺は速いぜ?」

「速い? おお! 拳銃使いに早撃ちなる技を持つ者がいると聞いたことがありましたが、死神殿は早撃ちの達人でござったか。しかも二挺。少々寝ているようでござるが、隙が全くござらぬ。拙者が骨喰に手を掛けるより速くに撃たれてしまうほどの気配でござる」

「そんなにホメても、何も出ねーぜ? まあ、俺は速いさ。それしか能がないからな。アンタみたいに技だのネーミングだのはないが、俺のダブルハイパークイックドロウは、ブレットよりも速いぜ? 狙いを外したことは、ないな。どこぞのショットバーでテキーラ山ほど飲んでて、テーブルでカードやってた連中の手札五枚、全部ド真ん中に入れてやったこともあるぜ? ありゃ面白かったよ。連中、テメーの手札見て目玉飛び出して驚いてたよ、ははは!」

「ほほう! いやはや痛快でござるな。拙者、長らく一人旅故、拳銃使いは何人か見ておりまするが、死神殿ほどの目をした者はおりませんでした。こうして己を語るのも久しいでござります。武器こそ違いまするが、失礼ながら拙者、死神殿と肩を並べ、背中を預けても良いように感じまする。拙者が分身の骨喰も何やら喜びの様子。死神殿の二挺と、何やら似たようなものを感じておるようでござりまする。先ほど、その拳銃を手元で自在に操っていたようでござったが、よろしければ拝見させて頂きたいのでござるが?」

 一刀斎に言われたコルトは、座って片足を曲げたまま、両手にシルバーのシングルアクションアーミーを握り、左右をガンスピンさせた。冷たい空気を切るように、きりきりと四十五口径が回る。

「これは単なるお遊びで、撃つのとはちょいと違う見世物みたいなモンだが、スピンさせたまま撃つなんてことも、やったかな? どうだい? ま、上手だろ?」

「なんと! 拳銃がそのような動きをするのを見るのは、拙者、初めてでござる。しかも二挺とは、死神殿は達人のご様子」

「ははは! 達人ってのは言いすぎだぜ? ミスター。そういや、アンタ。面白い響きの名前だったな? イットウサイってのは通り名だったかな?」

「記憶に留めて頂き恐縮でござる。拙者、性は須賀、名は敬介、一刀斎は我が師匠たる伊藤殿より授かりしもの。拙者の故郷の言葉で、須賀一刀斎敬介と申しまする」

「スガ・イットウサイ・キョウスケ、か。長いし変わった響きだが、気に入ったよ。何だか強そうだしな。俺はコルト、コルト・ギャレットだ。自己紹介がまだだったかな? 傭兵ギルドに登録はしてあるが、ま、フリーランスみたいな傭兵だよ。金で動くセコい男さ。風のコルト、なんて通り名もあったんだが、今は死神コルトだ。ブラックバードで言ったかな? 二挺拳銃だのガンマンだの、何だか色んな名前があるが、好きに呼んでくれよ。煙草、いるかい?」

 左のガンスピンを止めてリボルバーをホルスターに戻したコルトは、煙草を一本抜いて差し出した。

「二挺拳銃、では敵に己を晒しまするな? ガンマンも同じく。風の、とは拙者の国のようでござりますが、やはり死神が相応しいように思いまする。煙草、ありがたく頂魔しまする。おっと、火も、ありがたく。拙者、そもそもは煙草を吸わぬのですが、旅の途中で拝借した一本が大変面白い味だったが故、以降、多少たしなむようになりました。拙者の故郷の道場では煙草は厳禁と師匠、伊藤一刀斎殿から強く言われていたのでござるが……ふむ、やはり良い味」

「ははは! 道場は禁煙か。まあ、そうだろうな。サムライってのはブレード使いなんだろ? 煙草咥えたブレード使いなんて、リッパー以外に見たことないしな。その、アンタのマスター、ミスター・イトウ・イットウサイってのは、アンタより強いのかい?」

 一刀斎はコルトからの煙草を口に、鉄下駄を鳴らしてコルトに並んで片手をキモノウェアに入れて、空を見ている。

「拙者が最後の師匠たる伊藤一刀斎殿は、拙者の百倍、いや、千倍のもののふでござりまする。骨喰は伊藤殿に授かった一刀。こやつは妖刀。すなわち、呪われし魔剣が一刀。伊藤殿の手にすら余る禍々しき刃なれど、一度振るわば敵の骨を喰らう魔物。こやつに捕らわれ命散らしたサムライは百を超えまする。生き血を求め唸る刃でござるが、今は未熟者たる拙者の手にございまする」

「ヨウトウ? 呪われたブレードで、魔剣、デモンズブレードか。ついでにボーンクラッシャーでバンパイヤブレードとは、怖い話だね。俺はブレードなんかには詳しくないんだが、そいつを抜かれたら、俺なんぞ一秒で地獄行きだろうな。俺のドロウより速そうだよ」

「デモンズブレード? バンパイヤブレード? はは! いや、失敬。死神殿は、何やら既知の知人のようでござりまする。二挺を操るサムライのようでござる。拙者、国を出てから幾人かの者と手合わせをしたのでござるが、死神殿のようなお方は始めて。いや、皆、なかなかの腕ではありましたが、骨喰が全て喰ろうてしまいました。いやいや、拙者の腕ではござらぬ。全ては骨喰の仕業。こやつは妖刀、一度抜けば骨を喰らうまで唸る魔剣。気を許せば拙者の首をも取るでござろうな」

 コルトからの煙草をゆっくり吹いて、一刀斎はじっと空を見詰めていた。

 黒い鉄下駄にゆったりとした紫色のキモノウェア。バサバサな黒髪で、後ろで縛ったポニーテールもバサバサ。笑う笑顔はにこやかだが、細い目つきは鋭く尖っており、髪と同じ色の無精ヒゲが笑いに合わせて揺れている。

「野郎の知り合いなんざ少ないが、アンタは面白いな? シノビのダイゾウと似てはいるが、あいつよりもフランクだ。言葉は慣れないからちょいと難しいが、言ってることは、まあ、解るぜ? 獲物は何やら恐ろしいらしい。テメーの首を狙う獲物なんぞ、俺は怖くて持てねーさ、ははは!」

「死神殿は二挺の達人でありながら、その気配を消しているご様子。口調こそ軽いようでござるが、拙者には文字通り死神に感じまする。長く旅をしておりますが、拙者、死神と語るは初めて。恐ろしくも愉快、何とも不思議でござる」

「なんだか、全部お見通しって感じだな? 獲物も違うし、どうやら生まれも育ちも違うようだが、何故だかアンタとは気が合いそうだよ。面白いヤツだな? そういや、アンタ。マリーのチョコバーに驚いてたみてーだが、アンタの国には、スイーツはないのかい?」

 コルトが二本目の煙草を抜いて一刀斎に渡した。火を貰った一刀斎はそれをゆっくり吸い込み、ゆっくりと空に吹いた。

「チョコバー? おお! あの甘味でございますな? 拙者の国にも甘味はございますが、マルグリット嬢より頂いたチョコバーなるこれは別格。一口で体に力が戻るようで、それでいて美味。何とも不思議なものでございます」

「俺は甘いのはあんまりなんだか、ま、気に入ったんだったら好きなだけ食べな。マリーの奴、何でかチョコバーを山ほど買い込んでやがる。マリーの奴もスイーツファンだから、ミスター・イットウサイと話が合うんじゃねーのか?」

 ごりごりとチョコバーをかじりながら、一刀斎が返した。

「マリー? おお、マルグリット嬢でござるな? あの黒鳥号を手足のように操る、何とも不思議なお方。それに……」

「それに? 何だい? マリーに一目惚れでもしたってか? そういや、アンタ。最初に口開いたときに、何か言ってたな、何だったかな?」

「最初に……おお、鶴姫でござるな? マルグリット嬢、あのお方が鶴姫の面影を思わせ、口に出てしまったようで、失敬」

「確か、鳥のツルに、プリンセス、だったかい? その、ツルヒメってお方は? アンタのいい人かい?」

「鶴姫は……そう、マルグリット嬢に似た、幼い方でした」

「でした、ってことは……ソーリー。人の思い出に土足で入るような真似しちまったみたいだ。忘れてくれ、ミスター・イットウサイ」

「……お気遣い感謝でござる。機会があれば、酒などを交えて語るもよし。死神殿は酒は?」

「酒はいいよな。下らねーことが全部吹っ飛ぶ。イヤな昔話なんかもハッピーに語れる魔法の水さ。ラムなんかもいいが、俺はテキーラ辺りをがぶ飲みすんのが好きだよ。マリーな? あいつ、ああ見えて酒には強いんだよ。一度、飲み比べってのをやってみたんだが、負けちまった。マリーの奴、テキーラをグラスでガンガンに飲むんだぜ? そんな奴に勝てるかって、なあ?」

 サングラスの奥で両目を閉じたまま、頭を片膝に付けたコルトが言った。テンガロンハットとポンチョが、冷たい風で少し揺れている。

「魔法の水……確かに。拙者、酒はあまりでござるが、師匠に、娯楽をたしなめ、と何度も言われておりました。稽古ばかりで太刀を振るうだけがサムライではないと。死神殿、この言葉、どのように思われまするか?」

「さあな、どうだろう。アンタのマスターは多分、リラックスしろとか、そう言いたかったんじゃねーのかな? ブレードだろうがガンだろうが、振り回してるだけじゃあ只のチンピラさ。煙草吹かして酒でも飲んでチョコバーかじってて、余裕かましてるくらいのほうが、リキんだりしねーとか、そういうんじゃねーのかな? ま、難しいことはわかんねーけどよ」

「成る程。拙者、どうにも堅物と呼ばれ、只ひたすらに太刀を振るうばかりであったのでござるが、確かに、師匠は書をたしなみ歌も詠む。酒も、飲んでおったかな。煙草は吸うてなかったが、ふむ、リラックス。肩に力を入れず、心にゆとりを持てと、そういう意味でござろうな。死神殿は二挺を腰にしつつ、このような場所でも愉快。道はまだ遠いでござる」

「まあな。指に力入ってたら、トリガーが遅れる。かといって呆けてても撃たれる。その辺のバランスみたいなモンが大事なんじゃねーかな。風が少し冷たいが、平気かい?」

「心配ご無用。この程度が心地良いでござる。……しかし、死神殿は不思議なお方。拙者、あまり人とは話さぬ堅物でござるが、気付けば何やらすらすらと言葉が出てくる」

「ま、ノリが合うとか、そんなだろうよ。俺も野郎と話すのは久しぶりさ。このまま一緒に酒でもと行きたいところだが、俺は一応、護衛として雇われてるからな。言ったかな? 俺は傭兵で今は、ドクター・アオイの護衛と、リッパーの監視って仕事中なんだよ」

「お仕事、ご苦労でござる。無粋かと思いまするが、リッパー殿であったかな? 魔剣ハバキリを持つ銀髪のあのお方、なにやら具合が悪く見えましたが? 医師の、アオイ殿であったか、あのお方が診ておれば心配はないようでござるが、リッパー殿はかなり衰弱しておったご様子」

 うーん、とコルトが唸った。

「ドクター・アオイは腕が確かだが、まあ、気になるといえば気になるな。最後に声が聞こえて少し時間もたったし、様子でも見に行くかな。おっと、またヌードショウのど真ん中に入ったら怒鳴られちまうな。左腕さん? 調子はどうだい?」

 モバイルを懐から持ち出して、コルトはイザナミに通信を向けた。

「おはようございます、傭兵コルト。ちなみに、略称はイザナミです。マスターは現在、睡眠中。ドクター・アオイの治療により、体に負担はありません。ドクター・アオイも睡眠中。策敵範囲内はクリア」

「ごくろうさん。リッパーの様子は? 体に負担がないって、おつむのほうは? 一時的なEHSだって、ドクター・アオイが言っていたが、平気なのかい?」

「脳波は最小限で安定、レム睡眠中。レム波形がこれまでのものと違います」

「レム睡眠ってのは、夢見てるってことだよな? 確か、ディープスリープとかって薬は、それも抑えるんだろ? ドクター・エラルドがそんなことを言ってたはずだが?」

「ディープスリープ睡眠は終了しています。覚醒後、ドクター・アオイの治療を受けて、現在はレム睡眠中。レム波形パターンは安定、キーワード抽出……VALLANTINES」

 イザナミが、眠っているリッパーの夢の様子の一部を説明し、コルトが首を捻った。

「……バランタインって? スコッチ・ウイスキーの話か? 何だい? リッパー、夢の中で酒でも飲んでるってか? 呑気な奴だな」

「VALLANTINES・MarineCorps・7th-FLEET-FlagShip……海兵隊第七艦隊旗艦・巡洋艦バランタイン。マスターの指揮する艦です」

「ああ、何だ、リッパーの艦かよ。俺が前にガンプ弾で呼んだ、あれだろ? 一度撃沈しかけて、今は確か、宇宙にあるラグランジュの戦艦ドックで修理中、だったよな? デカくて強いとか、そんなことを聞いた覚えがあるが、リッパーは艦でのんびり旅でもしてんのかな?」

「宇宙戦艦とは、空を飛ぶ船でありまするな? リッパー殿は魔剣ハバキリを持つ艦長殿でありましたか」

「傭兵コルトに提案。マスターを覚醒させて下さい」

 モバイルからイザナミが不思議なことを言ったので、コルトは再び首を捻った。

「左腕さんよう。リッパー、寝てるんだろう? のんびり艦に乗ってる夢見てて、寝かしといたらいいだろうに」

「マスターのレム睡眠パターンはネガティブ。レム波形パターンからの推測ですが、人間で言う悪夢に近い状態です。体への負担はありませんが、精神的に良くないと判断します」

 イザナミが説明した。

「ナイトメア……か。左腕さんは凄いな。夢の内容まで解るのかい?」

「幾つかのキーワードからの推論です。抽出キーワードは、バランタイン、イザナミ、イザナギ、リッパー、トリオ、スリービート、ロックンロール、レクイエム。レクイエムに近いワードが複数」

「何だそりゃ? トリオのロックンロールで……レクイエム? レクイエムってのは言葉通りで、鎮魂歌のことかい?」

「肯定です。キーワード、バランタインとレクイエムが重複。ワードからの推論。旗艦バランタインはマスターを載せて漂流中。Cドライヴ四基、全停止。内部動力、全停止。全武装、使用不能。搭乗員、ゼロ。絶対座標、不明」

「まてまて、話が解らんぜ? つまり、リッパーは夢の中で、自分の艦は、どっかでふらふらしてるって、そういう意味かい? ナイトメアってのは大袈裟じゃねーか? ハイブともやりあったし、ヤバいモンも見たらしいから、のんびり寝かせとけばいいと思うんだが? どんなかは知らんが、夢なんだろう? 確か、カサブランカでアオイがディープスリープって薬、飲ませたよな? リッパー専用の奴だろ? アレで夢とか見なくてぐっすり寝れるんだろう? 今、夢見てるってのは、そいつが切れたからだろう? んで? そのまま普通に寝てて夢見てて……またEHSみてーな、ってことか?」

「一時的な頭部爆発症候群はディープスリープ使用により治まっています。脳機能および身体機能はドクター・アオイにより既に回復。傭兵コルトに要請。私はマスターの脳波を直接コントロール出来ません。レム波形と抽出ワードからの推論による内容が、マスターの精神に負担を掛けていると推測。一部、記憶の錯乱と欠如もあります。一旦覚醒させてからの休養が必要と判断。今の状態が続くとマスターに深刻なダメージが残る可能性があります。脳波形、微弱なままネガティブを続行中。傭兵コルト、お願いします」

「お願いって言われても、俺は只の傭兵で、夢だの心理学だのはサッパリだが? 寝てるリッパーを起こすのは、まあいいが、その後は何も出来んぜ? アオイに任せたほうが良くねーか?」

「ドクター・アオイは現在、疲労により睡眠中。マルグリット嬢も同じく。傭兵コルト、及び、スガ・イットウサイ・キョウスケさまの助力を求めます」

「ぬ? 拙者もでござるか? いや、拙者、リッパー殿のことはまだ詳しく知らぬし、心理学とやらも解らぬ只のサムライでござるが? この……小型電話機の向こうのお方は? 聞かぬ女性の声でござるが?」

 通信機を左耳に付けている一刀斎が、イザナミに尋ねた。

「はじめまして、イットウサイさま。私はマスターの左腕のイザナミです。詳細は後ほど。傭兵コルトとご一緒に、マスターへの助力を要請」

「小型電話機で話は聞いておりましたが、拙者、夢や宇宙戦艦の知識などなき、只のサムライが一人でござるが?」

 左耳に手を当てて、一刀斎は少し狼狽していた。

「マスターの脳波パターン、ネガティブのまま続行中。傭兵コルト、イットウサイさま、助力をお願いします」

「左腕さんからこんなにお願いされるのは初めてだよな? 何だか解らんが、俺とミスター・イットウサイでリッパーを起こせばいいのか? それはいいが、その後は?」

 コルトは、困惑しつつ一刀斎と目を合わせた。

「マスター覚醒後、会話をしていただければ結構です」

「リッパー起こしてダベりゃいいってか? 構わんが、多分、役に立たんぜ? まあいい。ヘイ、ミスター・イットウサイ。リッパーんところに行ってみよう。何だか解らんが、リッパー起こして俺らと喋らせろだとさ」

「事態が解りませぬが、承知致しました。しかし、拙者は只の旅のサムライで、いや、イザナミ殿であったかな? 拙者で良ければ何なりと。命を救われた礼の一つにでもなれば幸いでござりまする。死神殿? ともかくリッパー殿の所へ向かうのが良いかと思うのでござるが?」

「みたいだな。ちなみに辺りに怪しい気配は?」

「策敵範囲内に脅威なし。状況はクリア。お願いします」

 イザナミに言われ、コルトと一刀斎は医務室のある建物へ向かった。


「俺だ、コルトだよ。ミスター・イットウサイも一緒だ。入るぜ?」

 医務室は狭く、ベッドが一つと事務机が一つで、薬などが並ぶ棚が壁を埋めている。窓からの明かりは早朝で、室内は少し冷えていた。一つだけのベッドに、リッパーとドクター・アオイが寝ている。タオルケットで体を覆った二人は、がっちりと組み合っているようだった。ドクター・アオイの白衣は事務椅子にあった。

「……二人とも、ぐっすりで……ん? リッパーは泣いてるみたいだな。悪夢ってのは本当らしい。リッパー? 聞こえるかい? コルトだよ。寝てるところをすまんが、左腕さんが起こせってな」

 コルトがリッパーの肩を何度か揺らして声を掛けると、リッパーが唸った。

「……うん? 何? ……コルト? 眠いんだけど?」

「そりゃあ見れば解るんだが、左腕さんがリッパー起こせって言うから、すまんな」

「……イザナミが? 眠い……ふあっ……ソーリー。あれ? 目が開かない? コルトよね? 声は聞こえるんだけど、瞼が凄く重くって、それに眠いんだけど? 何かあったの?」

 リッパーの声は低かった。何度も欠伸をして、頭を左右に振った。

「いや、何も無いんだが、左腕さんがお前起こせって何度も言うから……具合はどおだ? 左腕さんは平気みたいなことを言ってたが?」

「……うん、凄く眠いけど、具合は、まあいいみたい。吐き気とか痛みもないみたいだし……ねえ、コルト。眠いんだけど、寝てちゃ駄目? アオイさん、凄く暖かいの。とってもフカフカな抱き枕みたいでいい香りもするし……ふあー……ほら、欠伸が……眠いのよ。アオイさんの胸、柔らかくて気持ちいいし……うーん、頭回らないし、お腹減ったかな?」

「左腕さんよう、リッパー、ぐっすりでいい感じだぜ? ちょいと心配し過ぎじゃねーのかい?」

 ふう、と小さく溜息を付いて、コルトが言った。

「覚醒と同時に脳波は正常値に戻りました。傭兵コルト、感謝します」

 イザナミが告げた。コルトは医務室にあったソファを引きずってリッパーの寝るベッドのそばに寄せて、そこに座った。一刀斎も隣に掛ける。

「まあ、具合がいいんならそれでいいさ。左腕さんがな、リッパーが悪い夢見てるから起こせって何度も言ったからだよ、悪いな。そのまま寝てもいいし、喋りたかったら聴くよ。一服するかい?」

「うん? いや、いい……ねえコルト。アオイさんって凄い柔らかくて暖かいのよ? それに素敵な香水。名前書いてあたし専用の抱き枕にしちゃいたいくらいよ? うらやましいでしょう?」

「分けてもらいたいくらいだよ。なあ、リッパー? お前、夢、見てたろ? 左腕さんがナイトメアで良くないって連発してたが?」

「夢? えっと……うん。ディープスリープだと夢は見ないってドクター・エラルドは言ってたんだけど、一度目覚めたの。多分、そこで薬が切れてたのね。夢……何だっけ、えっと、バランタインのブリッジだったかしら? 半年振りだったけど、電源が死んでるみたいで寒かったわ。ああ、頭が回ってきた、かな? 瞼が重くて、体も重いから動けないんだけど、具合はいいみたいで……ふあー……ソーリー。半分寝てるみたいだけど、声は聞こえるから」

 ドクター・アオイの胸元におでこを押し当てたまま、リッパーは何度も欠伸をしていた。

「リッパー殿? 就寝中、失礼。拙者、リッパー殿に命を救われた、須賀一刀斎敬介でござる」

「んー……うん、覚えてるわ、ミスター・イットウサイ。具合どお?」

「拙者でござるか? 食事を沢山頂き、水も頂き、途中、黒鳥号でしばし揺られましたが、今は健在でござる。イザナ……どなたかがリッパー殿を起こせと申した故、失礼と知りながら馳せ参じましてござる。体はいかがでござるか?」

「ふふふ! イットウサイさんって、面白い喋り方するのね? ゴザル? って……ぷっ! ソーリー。体は平気よ? でも、タオルケット取っちゃ駄目よ? あたし、素っ裸みたいだし、具合はいいんだけど、体が動かないの。多分、疲労だと思う。怪我なんかはないと思うわ」

「いやはや失敬。イザナナ殿から、リッパー殿が悪夢でうなされておると聞きましたが?」

「ぷっ! イザナナって? イザナミのこと? そこから見えるかしら? あたしの左腕がイザナミよ。肩の付け根から指先まで全部マシンアームなの。勝手に喋ったりする愉快な仲間の一人よ? よろしくねん」

「成る程、マシンアームとは、都会で見る機械の腕でござりまするな? 先ほど小型電話機から覚えの無い女性の声がして、イザナミ殿? でありましたなかな? 拙者、名は須賀――」

「名称は登録済みです、スガ・イットウサイ・キョウスケさま、よろしくおねがいします。マスターの左腕を担当する、イザナミです。協力に感謝します」

「協力って? ……イザナミ? コルトだけじゃなくって、イットウサイさんまで? 彼、まだ万全じゃないでしょうに。イットウサイさん、よろしく。あたしはリッパー……ってもう名乗ったかしら? 海兵隊で艦長やってるの」

「イザナミ殿が申しておりましたな。宇宙戦艦の艦長殿と聞きました。お勤め、ご苦労様でござりまする」

「ゴザリって……ぷっ! ごめんなさいね、馬鹿にしてるんじゃないのよ? イットウサイさんって、確かサムライさんだったかしら? あの長いブレード、えっと……ホネバミだったかしら? 何だか怖そうなネームだけど、あれ、傷とか付いてない? 大切なものなんでしょ?」

「拙者の分身たる骨喰は、リッパー殿らのお陰で拙者の腰にありまする。然るに、悪い夢を見ていたと、左のイザナナ……イザナア……イザナミ殿が申しておりましたが、いかがでござるか?」

「イットウサイさんって、ダイゾウを丁寧にしたみたいね? 悪い夢って……ああ、そうね。あんまり気持ちのいいものじゃなかったかも。バランタインが……あたしの艦の名前ね? それが、どこか知らないとこでふらふらしてるとか、そんな感じ。電源が全部死んでて、寒くて、クルーが一人もいなくて……あたし、一人ぼっちだった……あれ? あたし、泣いてるみたい。うん、何だか悲しいわね。ブリッジから見える外は知らない宇宙でね? 真っ暗なの。そこにあたしが一人だけいて、イザナミとイザナギもいなくて……イザナギってのはあたしの右腕ね? 後で挨拶させるから。それで、あたし、頭無かったの。頭ないのにブリッジが見えるって、変な話よね? 寒くって、怖くって、寂しくって……あれ? 涙出てきた。みっともないから見ないでね? 怖くて寒くて寂しくて、バランタインは静かで、どこか遠い宇宙の果てみたいな真っ暗な所をふわふわ漂ってたの。バランタインってクルー二百の大所帯で、普段は割と賑やかなのに、八人いるはずのブリッジクルーもいなくって、エンジンも死んでるみたいでね……真っ暗だった。怖いっていうより、寂しいって、そんなで……ほら、思い出したら涙出てきた。イットウサイさんって、旅をしているのよね? 一人?」

「いかにも。拙者は一人、サムライの最強を目指して故郷を出て、長らく放浪しておりまする。リッパー殿? 一人はお嫌いでござるか?」

「うーん、そうね。賑やかなほうが好きかも。バランタインが戦艦ドックに……艦の港ね? そこに入って補給だの修理をやってるときは、一人でブリッジでぼーっとしてる、なんてこともあったけど、居住区には常に誰かいるし、ブリッジを出れば誰かと顔合わせるし、まあ、退屈はしないわね。ドックに入ってるときのバランタインのブリッジって割と静かで、そこでのんびり煙草吹かしたりしてたけど、ブリッジの電源を落としたときの暗い感じは、あんまり好きじゃないかも。

 下らないことがずーっと頭の中でぐるぐるしてるみたいで、テンション下がるの。外では補給とかエネルギーチャージとかで整備の人間がドタバタしてるのに、そんな音も聞こえないから……うん、真っ暗っての、苦手かもね。今も目が空かなくて真っ暗なんだけど、アオイさん暖かいし、お喋りしてるから平気で……あれ? あたし、何で泣いてるんだろ? あたし、割とハッピーなタイプなんだけど、何だかテンション下がりっぱなしで……暗いのってイヤね? イットウサイさん、カサブランカの地下シェルターにいたみたいだけど、あそこも電源死んでて暗かったでしょ? 七日間、だったかしら? 平気なの?」

「死神殿には少し語ったのでござるが、拙者、これでもサムライの端くれ。暗闇で戦うことにはなれておりますが故、恐怖などはございませぬが、リッパー殿? 拙者が命を拾った際、時刻は既に夜で、街も建物も暗闇でありましたでしょうが?」

「ああ、そうね。そうだった。カサブランカの街は電源が死んでて、夜だったから真っ暗だったけど、夢中だったから別に。コルトもいたし、イザナミもイザナギも一緒だったから、ハイブが大勢で……ハイブ? あれ? えっと、かなりの数のハイブがいたわよね? イザナミの策敵に掛からなかったのは、空爆対応仕様のシェルターだったからで、そこから一杯出てきて……出てきて……あれ? えっと、あたし……生きてる?」

「……何と? リッパー殿? 見たところ、怪我などもござらぬようですが? アオイ殿、でありましたか? そちらにいらっしゃる女性、医師でありましたか? その方がリッパー殿の介抱をしているようでござりましたが? 拙者は医学に疎い故、リッパー殿を運ぶ手伝いしか出来ませんでしたが、随分と衰弱しているご様子ではありましたが、命に別状はないとアオイ殿は申しておりましたが? ご気分がすぐれませぬか?」

「あら、イットウサイさんが運んでくれたの? ありがとうね? 助けておいて手伝わせるって、申し訳ないわ。重かったでしょ? って、あたし、どちらかと言えば痩せてるほうよ? 重いのは弾丸を沢山、マントにいれてるからで、プロポーションはアオイさんに負けないくらいよ? 気分は……うん、少し眠いし目が開かないけど、吐き気なんかも無いし、痛むところも……ああ、目の奥がズキズキしてるかも。何だか知らないんだけど、アオイさんに診てもらってるときとかも目の奥がずーっと痛くて、涙が出てね。体は動かないし、頭も重くて、動かせないみたい……って、あたし、喋ってるかしら?」

「ぬ? リッパー殿? 声は聞こえておりまするが、頭痛でござるか? 薬などがあればそれを服用されたほうが良いかと思いまするが?」

「うん、でも、平気。ぐって目を閉じてれば、まあ我慢出来るみたい。それで……なんだっけ? ああ、一人旅。イットウサイさんって一人なのよね? 寂しいとか退屈とか、そういうの、ない?」

「どうでありましょうか……師匠たる伊藤殿に、鋼{はがね}の心を持て、そう言い付けられておりまして、精神鍛練は、自分で言うのも恐縮でござるが、鋼、とまでは言わずとも、強き心は持っておるつもり故、一人で長らくではありまするが、平常を保っておりまするが?」

「鋼の心? アイアンハート? 凄いのね? あたしもね、海兵だし艦長だから、まあハートは強いつもりだったんだけどね? ここで目覚めてから、何だかハートがボロボロなの。ずーっと泣いてるし、これは頭痛かしら? えっとね、怖い、かな? 一人で暗いのが怖いなーって、あたし、弱くなったのかしら?」

「リッパー殿は海兵でありましたな? 軍の人間であっても人は人。心弱きことは恥ずべきことではござらぬと、我が師も申しておりました。鋼の心を目指し、しかし、弱き自分をも認め、その心を持って敵と向かうがサムライの一歩と、我が師匠たる伊藤一刀斎殿は常々申しておりました」

「ハートが弱かったら、敵? そんなの、怖くて戦えないんじゃないかしら? ほら、って、見えないでしょうけど、あたし、ずーっと涙がぼろぼろ出てて止まらないの。あたしのハートって、もうばらばらみたい」

「心砕けようとも、魂は不滅。焔{ほのお}の如き魂があれば、砕けた心に火が灯り、サムライは太刀を振えると、師からの受け売りでござるが、拙者もそうであろうと思いまする」

「タマシイ? ソウルね? ハートとソウルは別なの?」

「心は魂の影。鋼の心とは、熱き魂の焔が照らす強き心。強靭な敵を前にして、心砕けようともサムライの魂は不滅。命が砕けようとも魂の一撃を振れば、あらゆる敵を斬れる、そう師が申しておりました。鋼の、冷たく堅牢な心と、それを照らす紅蓮の魂が重なったとき、悟りの道が照らされると。拙者はそれを目指すべく、一人、骨喰と共に旅をしてまいりました」

「サトリって、たしか、ダイゾウもそんなことを言ってたかしら? なんだっけ? えーと、サトリとカイガン、だったかしら? あたしはシノビの言葉は解らないんだけど、サムライさんも同じようなものを持ってるのね? どういう意味?」

「悟りとは文字通り、万物のあらゆるを己の意思で感じる境地。開眼、すなわち心眼とは、心の目を開き、悟りで得た万物の全てを見通し、立ちはだかるあらゆるを斬るが目。リッパー殿は魔剣ハバキリに選ばれし者であると同時に、死神殿と同じく拳銃使いのようでござるが、太刀と拳銃、武器こそ違えど同じ道。悟りにより全てを感じ、心眼によりそれを捕らえ、立ちはだかる全てを斬り、撃ち、砕く。拙者はまだその域にまで達しておりませぬが、悟りと心眼を得た者は、サムライであれ拳銃使いであれ、最強を名乗るが一人でござりまする」

「うーん、難しいわね。万物を感じる? それを見る? 片方だと駄目なのかしら?」

「いえ。悟りに到達すれば、後は己の腕と武器。拙者は分身たる骨喰を持つのでござるが、こやつは妖刀、すなわち、呪われし魔剣が一本。拙者の未熟をも上回る、血を求める一刀が故、ひとたび振れば、立ちはだかる全てを斬るが力はありまする」

「話がどんどん難しくなってるみたいなんだけど、ホネバミっていうアナタのブレードは、とっても良く斬れて、アナタはそれを自在に扱えるとか、そういう感じかしら?」

「自在とまでは申しませぬが、骨喰に喰われず振るう日々において、分身たる骨喰は幾度となく拙者の命を支えてくれた、魔剣でありながら頼もしい同胞が一人でござりまする」

「えっと、ホネバミ・ブレード、だったわよね? それって、普通のブレードとは違うって、そういうことかしら?」

「然様。骨喰は只の一刀でありましたが、血を啜り骨を喰らい、己の意思を持った一刀でござりまする」

「意思を持った……ブレード? お喋りするの?」

「人の言葉は語りませぬが、我が分身たる骨喰は、拙者の心に己の意思を伝える一刀でござりまする」

「よく解らないんだけど、イザナミみたいな感じなのかしら? あたしの左の腕、見えるかしら? これってマシンアーム、機械なんだけど、自分で考えたり喋ったりするんだけど、そんな感じ?」

「そうでござるな。リッパー殿の左にいらっしゃる、イザナミ殿は拙者が見た機械の腕とは違うご様子。リッパー殿? 一人が苦手、そう申しておりましたな?」

「……うん。以前は一人でも平気だったんだけど、今は一人だと、寂しくて怖いの。あたし、バランタインっていう大きな宇宙戦艦で艦長やってたんだけどね? そこから地上に落ちちゃったの。それで、両手が火傷してて、IZAっていう会社がイザナミとイザナギを付けてくれたの。だから三人なの。ずーっと、半年くらい一人だったんだけど、二人がずっといたから三人組だったの」

「成る程。つまり、リッパー殿は一人ではない、そう拙者は思うのでござるが? 拙者が骨喰と歩むが如く、リッパー殿もその、銀色のお二人とご一緒だったのでござろう? 右の方とは未だ面識はござらぬが、リッパー殿はお一人ではないと見えるのでござるが?」

「……うん、そうね。そうなんだけど、あたし、イザナミみたいにクールじゃないし、イザナギみたいにパワフルでもないみたいなの。何だっけ? えーと、鋼の心? アイアンハート? あたしの心ってそんなに強くないみたいでね、ほら、見える? ずーっと泣いてばっかしよ? どうして泣いてるのか自分でも解らないんだけど、多分、一人になるのが怖いとか、ハイブが怖いとか……そう、あの化物って、怖いわよね? だって、パンチ一発で人の頭を粉々にするのよ? ライフルでバンバン撃っても平気な顔してこっちに……こっちにね、凄く尖ったブレードを向けてくるの。前は平気だったのよ? でも、今は怖くて、ほら、こんなに涙が出てて、怖すぎて頭がぐるぐるで悲鳴も出せずに体が固まって、頭が、ばん、って吹っ飛ぶの。あたしの頭、ある? もう、どこかでばらばらになってるとか?」

「ハイブとは、あの白き物の怪のことでありまするな? 確か……合成人間と都会では呼ばれておる奇怪な連中でござるな? 拙者も幾度となくあやつらと刃を交えましたが、全て、我が分身たる骨喰が喰らうてしまいました。白き物の怪、合成人間なる輩は確かに恐ろしき、禍々しき連中ではござるが、サムライたる拙者と、妖刀たる骨喰の敵ではござらぬ。リッパー殿? そなたも魔剣ハバキリに選ばれし者。あのような輩、その一刀で成敗すれば、リッパー殿の敵ではござらぬが故、涙を収めて頂きたい。リッパー殿のように可憐なお方に涙は似合いませぬ。白き合成人間は確かに恐ろしき輩でござりまするが、リッパー殿は拙者よりも遥かに強靭な、鋼の心の持ち主の目をしていらっしゃる。その白銀のお二方、イザナミ殿ともうお一方がおられれば、あのような連中なぞ、リッパー殿が恐れるほどの者でもござらぬ」

「イザナミとイザナギは、うん、強いわ。あなたのホネバミ・ブレードと同じくらい、強いと思うし、あたしにはベッセルっていう強力なカスタムリボルバーが二挺もあって、それで撃てばハイブなんて一撃……なんだけど、ほら? 見て? こんなに涙出てたら照準なんて無理よ? トリガー指だって動かないし……ハイブって速いし強いし怖い連中だから、あんな恐ろしい奴ら、見てるだけで怖いの。前は平気だったのに、今は凄く怖いの。ほら、思い出すだけで頭ぐるぐるで、涙ばっかしぼろぼろ出て、トリガーを引けないの。あたし、死んじゃうんじゃないかしら? それも、目一杯怖い思いをして、凄く痛い思いをして……ねえ? 想像するだけで涙が出て、それ、止まらないの。あたしって弱くて臆病な、只の間抜けな女なのよね?」

「リッパー殿? そなたには白銀の共が二人、そして、ベッセルなる拳銃が二挺。リッパー殿と合わせて五人のもののふ。白き物の怪如きに恐れることはござりませぬ。あのような輩が百や千こようとも、全てなぎ払ってしまえば良いでござろう?」

「五人? ベッセルもカウントするの? ……イザナミとイザナギと、ベッセル二挺と……あたし? あたしは泣いてる只の女……いえ、海兵。海兵隊の艦長……そう、巡洋艦バランタインの艦長で、第七艦隊の指揮官。無敵の浮沈艦隊の……キャプテン・リッパー? そうよ、あたしはキャプテン・リッパー! 最新鋭の高機動攻撃型巡洋艦、バランタインのキャプテン! 八門のヴァリアヴルビームランチャーはCドライブ炉と直結してて、一撃で敵戦艦を吹っ飛ばせる! 今は地上にいて、バランタインは戦艦ドックだけど、左にはイザナミがいて、右にはイザナギがいて、両手にはベッセル? そう、一撃でハイブの頭を吹き飛ばす、カスタムリボルバー! あたしの髪と同じ銀色で、五十五口径のアーマーピアシングを撃ち出す、強力なリボルバー! 弾は改良されて六発ずつ! 二挺で十二発! ダブルアクションで連射してイザナギのピンポイント射撃でハイブのカーネルを吹っ飛ばすの! イットウサイさん? あたしのベッセルはね、アナタのブレードくらいに強いの! 二キロ先のハイブのカーネルを一発で粉々にするくらい強力なの! あれ? 涙が止まった? 目が開いた! 首が動く? あいた! ぽき、だって、ふふふ! どお? あたし、強いでしょ? 目だってシルバーで、イットウサイさん? あなたの目、凄く鋭くて強そうよ? まるでダイゾウみたいよ?」

「リッパー殿? そう……その目でござる! 拙者、リッパー殿と会ってからまだ幾らもござらぬが、その銀色に輝く瞳には、白銀の心、銀色に輝く魂が見えまするぞ! 白き物の怪、合成人間など恐れるほどの者でもないでござろう? リッパー殿の銀色の魂は、同じく銀色の熱き焔を吹き出す、強き者のみが持つ魂! 拙者の鋼の心と同様、リッパー殿には白銀の心がごさいまする! 合成人間、恐るるに足らず! あのような輩、ベッセルなる拳銃の一撃で、全て粉砕してやらば良い! その涙は恐怖ではござらぬ! ましてや悲しみでもござらぬ! その涙は白銀の心が放つ業火! 強き心の熱き叫びでござる! リッパー殿? 拙者が見えるでござるか? この瞳は漆黒なれど、我が心、鋼の心が放つ疾風! 我が分身たる骨喰の放つ、鉄をも切り裂く一撃が一つ! リッパー殿とバランタインなる宇宙戦艦は無敵! キャプテン・リッパー殿! 手は動きまするか?」

「……動いた! あれ? うん、動いた。イザナミが動いたわ! さっきまでずーっと重たくて全然動かなかったのに……ほら! 動いてるわよね? イザナギも……ほら! 動く? 指だって、うん、思い通りに動く! さっきまでぴくりともしなかったのに! イットウサイさん? あたしの手、動いてるわよね?」

「はうっ! そ、その、リッパー殿? 出来れば着衣を……その、拙者、女子はちと苦手でしてその……」

「え? ああ、あたしってば、素っ裸なのね? ちょっと待ってね? えっと、あたしの……あった、あれ? あたし、ベッドに座ってるわよね? ずーっと体が動かなかったのに、腰のところが固まったみたいに、えい! ははは! ボキ、だって! 首も、やー! ぐき、って、あはは! あら? あたしってば、本当に素っ裸じゃないの……って別にいいんだけど、良くない? そうよね? 待ってて……ショーツとタンクトップ、これでいい? イットウサイさん? もう平気よ? ほら、下着付けたし、足は、指のところが、ふふふ! ぽきぽき鳴ってる! ずーっとベッドだったから、体がなまってる感じで……さっきね? アオイさんに関節とかぼきぼきしてもらったんだけど、よいしょっと、あらやだ。腰のところが、ぼき、って。髪の毛が汗でぐちゃぐちゃなんだけど、ほら、オールバック? どお? 似合う? って、イットウサイさん? もう服着たから平気よ?」

「然様でござる……いや! その! リッパー殿? お足が見えており、その、失礼ながら腹の辺りも……いや拙者! このようなことで心を乱すとは情けない未熟者。平常! はぁ! ……うむ。突然だったが故、取り乱して大変失礼致しました。リッパー殿は大変に魅力的で……いや! 決してふしだらな意味ではござらぬが故! ぬ? 平常! ほあっ! ……リッパー殿? 気分はいかがでござるか?」

「気分? うん、もう頭はすっきりだし、ちょっと頭痛はあるけど、大丈夫よ? えっと、あった。これ。これがあたしのリボルバー。髪の毛と同じシルバーのダブルアクションよ? これがベッセル、あたしのガン。どお? 強そうでしょ?」

「はーふー……平常! ぬあっ! ……拙者の心、静まれい! ……ベッセル? それがリッパー殿の拳銃? なんとも巨大で、それでいて白銀に輝き、さぞかし強力な拳銃なのでありましょう。拙者、拳銃などには疎いのでござるが、そのベッセルなる拳銃が、我が分身たる骨喰にも劣らぬほどの強力であろうことは解りまするぞ? そのような細いお体で、いや! その! 決して不埒な意味ではござりませぬ! ええい! 静まれ、我が心! 平常! やー! 何と! 再びの平常! たー! ええぃ! 揺れるな我が心よ! リッパー殿は艦長、キャプテンでありましたな? キャプテン・リッパー……素晴らしき名! いかがでござるか? 白き物の怪たる合成人間、あやつらは恐ろしき敵でござるか?」

「白き……ハイブ? あんなの、こいつで一撃よ? 一発で十分! 目の前だろうが二キロ先だろうが、木っ端微塵なんだから! イットウサイさん、見てて! イザナミ! イザナギ! 動いてるわよね? カモンベイビーズ! ガンファイト、レディ!」

「おはようございます、マスター。マスターからの指令を確認。各部正常、身体に問題なし。Nデバイス、オールグリーン。特殊射撃戦駆動に切り替え完了。ヒートスリットシステム起動。策敵、状況はクリア。カーネル反応なし、ESP反応なし。トラップ他なし」

「ヤー! リッパー! 待たせすぎだぜ? ヘイ、ミスター・イットウサイ! オレはイザナギ! リッパーの右腕で、ハイパーガンスリンガーだぜ? ダブルベッセル、オン! AFCS、オン! マルチロックシステム、オン! レンジファインダー、オン! ターゲット、ゼロ! レンジ、ゼロ! リッパー! 敵はいないが、挨拶代わりだ! 一発デカいのぶちかませ! 外にトラックがあるぜ? シーカームーヴ! ダブルロック、オン! ミスター・イットウサイ! 窓の外にトラックがあるだろ? あれを見てな! ヘイヘイヘイ……ヤー! トリガー!」


 医務室に爆音が響いた。

 巨大なマズルフラッシュが二つ、長椅子に座っていた一刀斎の目の前で輝き、爆風で一刀斎の黒髪が後ろに跳ねた。汗で濡れていたタオルケットが吹き飛び、半分寝ていたコルトが長椅子から転げた。

 リッパーから見て右にある小さな窓の向こうに防弾装甲のトラックが一台あったが、エンジンに二発の弾丸を受けて爆発した。医務室のある建物の壁はコンクリートだったのだが、ベッセルから放たれた二発はそれを貫通して、トラックのフロントに突き刺さった。

 リッパーの両腕のヒートスリットが真っ赤になって熱風を吹き出し、冷たかった医務室が暖かくなった。

「ビンゴ! ダブルヒット! ターゲット、クラッシュ! ヤーホー!」

「特殊射撃戦駆動から通常に強制シフト。ヒートスリット排熱続行。策敵範囲内はクリア。マスターの心拍、呼吸、脳波、全て正常。身体に疲労が蓄積しています。通常駆動から待機駆動へ強制シフト。戦闘モード強制解除」

「ダブルベッセル、オフ! AFCS、オフ! マルチロック、オフ! レンジファインダー、オフ! リッパー! 目覚めの一発はどうだい? スッキリしたかい? ハーハーハー!」

「……あれ? ああ、えっと、ガンファイトはオフ。通常駆動に、ああ、待機駆動になってるのね? そっか。あたし、お腹減ってるんだった。シャワーも浴びたいし、あら? 体が重い、って、待機駆動だから当たり前よね? 何だかノリで撃っちゃった? ……ふあ。欠伸が出た。お腹減ってるけど眠いみたい。えっと、イットウサイさん? ありがとう……って聞こえてる? ああ、射撃音ね? いきなり撃ってごめんなさい。アナタとお話してたら、元に戻ったみたい。サムライ、だったわよね? 難しい話は解らないんだけど、アイアンハートってのは理解出来たと思う。ああ、あたしのはシルバーハート? 髪も銀色で瞳も銀色。腕も銀色でリボルバーも銀色。キャプテン・リッパーって呼ばれたのは久しぶり。そう、あたしの指揮する巡洋艦バランタインは無敵なの。でもって、バランタインが旗艦の海兵隊第七艦隊は、無敵の浮沈艦隊。コルトじゃないけど、キャプテン・リッパーって名乗っただけでハイブが逃げ出すくらい強いわよ? 左がイザナミで、右がイザナミ、で、真ん中は、あたし、リッパー。シルバーハートのキャプテン・リッパー。まあ、好きに呼んでいいわ。あたし、殆ど初対面のイットウサイさんに、一杯泣き言言ってたわね? 一杯泣いたし、素っ裸で汗まみれでみっともない格好見せちゃったけど、まあ……よろしくね?」

「……こちらこそ。拙者、一人旅するサムライの端くれ。名は、須賀一刀斎敬介{すが・いっとうさい・きょうすけ}と申す未熟者。我が分身たる一刀、骨喰{ほねばみ}共々、よろしくお願いいたしまする。リッパー殿。その瞳の奥に、堅牢なる白銀の心、青く燃える魂が見えまする。未熟者たる拙者如きが暴言の数々を失礼致しました。……しかし! リッパー殿の白銀の心、しかと見届けました! 白き物の怪、合成人間、恐るるに足りず! リッパー殿は一人ではござらぬ! その銀の腕と銀の拳銃。二人と二挺! そして! バランタインなる宇宙戦艦! 五人と一隻の無敵艦隊! もはや地上に敵などおりませぬ! 拙者も、リッパー殿と肩を並べるべく、精進致しまするが故、もうしばし、旅のお供をさせて頂きたく願いまする。その、可憐なる銀色の瞳の奥に眠る、堅牢なる白銀の心と、青く燃える魂あれば! 恐れるものなど微塵もござらぬ! 向かう敵あれば、全て一撃粉砕! 拙者も、心踊り、魂が震えるようにござりまする! 来たれ! 禍々しき者ども! 我が命! 散らすは容易ではござらぬぞ! 骨喰の斬撃は疾風! 一刀斎の名を預かりし拙者を斬りたくば! 百の太刀でかかってくるがよい! 骨を喰らい血を啜る骨喰は、一刀斎が散ろうとも全てを斬る! 骨喰と一刀斎の名を預かりし拙者と! 唸り吼える黒き翼の如き黒鳥号を操る麗しきマルグリット嬢! 疾風の如く拳銃を操る二挺拳銃の達人たる死神殿! そして! 銀色のサムライ、キャプテン・リッパー殿を倒したくば! 千の命を用意せよ! 平常! たぁ! 唸れ我が心! 燃えよ我が魂! 再び平常! せやっ! 骨喰よ! 覚悟せい! 駆け抜けよ皆の集! 白き物の怪どもよ! 命散らしたければかかってこい! 平常! せやー! いざ! いざいざいざ! はぁぁぁー!」

「……ヘイヘイヘイ、何だ何だ? うっかり眠っちまったみたいだが、派手な目覚ましで吹っ飛んだぜ? よう、リッパー、気分はどうだい? 左腕さんから悪い夢見てるって聞いてたんだが、何だ何だ? 素っ裸でぶっ倒れてるのにご機嫌じゃねーか。そっちの、ミスター・サムライも何だかご機嫌みてーだな? 何があったか知らんが、アオイが吹っ飛んで目を回してるぜ? リッパーが暴れて撃っちまったのか? マリーをブラックバードごと、木っ端微塵にでもしたってか? 俺はアオイの護衛とリッパーの監視が仕事なんだぜ? まあ、二人とも生きてるみてーだから、何でもいいさ。メシ喰ってシャワーでも浴びて、ゆっくり寝てりゃいいさ。俺ももう一眠りするよ。次の目覚ましはもうちょい静かに頼むぜ? 熱いキスの一つでもくれりゃ、死神様は喜んで目を覚ますぜ? ふあー、まだ眠いな。俺はもうちょいと寝るが、目覚まし代わりに頭にブレット一発なんてのはゴメンだぜ? そこんとこ、ヨロシクな……あばよ」


 ……若いうちは旅をしろ、そう言ったのは酒場の白髭オヤジだっただろうか。


「くくく! 海兵、お前は愉快だよ。陰気なランスロウを半殺しにしておいて、そこまで言えるのは、ひょっとして私がランスロウ程度だとか勘違いしているからかい? あれこれ探るのも面倒だろう? そこの死神には言ったが、愉快な海兵にも教えておいてやるよ。私は悲しみのトリスタン。円卓の聖杯騎士で、最強さね。まともにやりあいたいのならそんな拳銃なんかじゃあなく、シノビでも連れて来いよ。どっさりとな? シノビをダースで連れて来れば、一分で血祭りにしてやるから見物してればいいさ。お前じゃあ勝負にならないのはとっくに気付いてるだろう? 自慢の銀の腕の片方が黙ってるじゃないか。つまり、そういうことさね」

 ははは、と高笑いのトリスタンに対して、リッパーも笑みで返す。

「どうやったのかは知らないけど、イザナミをフリーズさせたのは、まあ大したものね。戻ったら仲間に自慢すればいいわ。でも、片方だけだってこと、気付いてる? ご自慢のサイキックだかはNデバイスの半分にしか通用しなくって、こちらはイザナギが健在ならフルスペックで戦えるから、実は影響は少ないって、そういう意味だけど、その真っ赤なオツムじゃあ理解できないかしら?」

「いいね。ひたすらに挑発するっていうその態度、嫌いじゃあないよ。この私が本気を出したくなる、そんなさ。お前が私やランスロウ、パーシヴァルなんかを潰したいってのは解らなくはないが、どうやっても無理なことってのはあるのさ。それも全部、マギノギオンに記されてるんだが、リッパー、だったかい? お前、どんな死に方が好みだ? 注文通りにしてやってもいいが?」

「ミス・サンタクロース? 何度も同じことを言わせないで。あたしはしばらく死ぬつもりはないの。別にアタナを潰したいなんて思ってもないんだけど、潰されたいのだったら、そのリクエストには応えてもいいけど? ランスロウは上半身を木っ端微塵にして差し上げたけど、同じでいいのかしら?」

「あはは! なるほどね。だからあの野郎はあんなナリだったのかい。まあ、出来るのなら勝手にすればいいさ。そうさね、試しにその大砲を一発喰らってやるから、撃てよ。反撃はしないでやるから、遠慮するな。ひょっとしたらその一発で寿命が延びるかもしれんぞ?」


 キャプテン・リッパー率いる放浪艦隊の旅はまだまだ続くのだが、そのお話はまた別の機会に……。



『放浪艦隊へ捧げる鎮魂歌 3』……おわり

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