『第四章~MUL-T-LOCK・SYSTEM』
「まあ予想はしてたけれど、やっぱり伏せてたわね」
「やり過ごすか?」
コルトが尋ねた。
「スナイピッドなら照準はパーフェクト、上から狙われるわ。向こうのレンジは二キロだから、先制はマリー、お願い。街の入り口に大きなビルが二つあるから、インドラ・ファイブのレンジ、三キロまで寄ったらブラックバードは一旦停止。ビル屋上の相手のレンジ外からの、ロストレンジで始末する」
「三キロ!」
マリーが叫んだ。
「インドラ・ファイブの最大有効射程よ。外しても向こうは撃ち返してこれないから安心して。イザナギをサポートに回すから、照準補正はインドラ・ファイブに任せて。二匹いるらしいからマルチロックモードで。イザナミ、距離は?」
「スナイピッドとの距離は四キロ。新たなカーネル反応確認。データ照合、白兵戦のハイブ・ナイフエッジが三。カサブランカ・シティ入り口より後方、ビルの中を移動中」
「AFCSスタートアップ! インドラとのリンク完了! インドラ、ベッセル、スタンバイ!」
イザナミにイザナギが続いた。
「ナイフエッジが三匹か。インドラ・ファイブだと難しいわね。そっちはあたしとコルトで対応しましょう。マリー、後少し走ったらブラックバードは停止、インドラ・ファイブの狙撃準備に入って。ゴーグルとグローブを忘れないようにね?」
了解! とマリーから返った。数分走ると再びイザナミが告げた。
「新たなカーネル反応確認。データ照合、ハイブ・ネイキッドが五。距離は五キロ。カサブランカ・シティのほぼ中心、ビルの外部をこちらに向けて移動中。スナイピッド二との距離は三キロ半。ナイフエッジ三との距離も変わらず。スナイピッドとの接敵まで一分。プラズマディフェンサー、ハイパーモードで待機、特殊射撃戦駆動へ切り替え完了。ヒートスリット可動準備完了。サテライトリンク、及び、臨界駆動は待機。オールグリーン」
ちっ、とコルトが舌打ちした。
「スナイピッドが二匹にナイフエッジが三匹で、ネイキッドが五匹か。合計十匹でクソ生意気に防衛線気取りか? マリー、リラックスだ。ケイジの外でやったのと同じ要領でいい。スナイピッドは狙撃専門だが、獲物はクソ重たいバレットライフルだから、移動速度は遅い。そろそろ減速だ」
言われたマリーはアクセルを緩めた。
「ブラックバード、スナイピッドとの距離五キロで減速、まもなくインドラの射程範囲です」
「ヘイ、ミス・マリー。大丈夫だ。オレがサポートするから安心してスコープを覗けばいい。相手は遠いから構わず撃ちまくれ」
イザナギのAFCSは既に起動しており、インドラ・ファイブのFCSともリンクして、照準準備に入っている。イザナミが特殊射撃戦駆動に切り替えているので、いつでもジャンプアップでベッセルを撃てる状態だった。緊張した声色でマリーがイザナギに返した。
「了解! やれると思う……やる! ダイゾウさんもドクター・エラルドも出来るって言ってたし、警告音? モバイルに反応が出た! 減速するから注意して!」
直後、ブラックバードが白煙を吐いて減速した。リッパーのバイクもブラックバードに合わせて減速、一旦停止する。
「ジャスト三キロ、さすがね。マリー? 目標は十二階ビルの屋上、撃ち上げる格好になるから、トライポッドの下にインドラのケースを置いて。それで角度が取れる筈。スタンバイが終了したら知らせて。インドラ・ファイブのFCSはもうONになってるから、後はコルトから教わった通りに。大丈夫、出来るわよ。ダイゾウとドクター・エラルドとあたしとコルトが保障する。まずはシングルで。一匹ずつゆっくりと、外しても焦らずにね?」
ブラックバードのV8とリッパーのチョッパー九百五十CCが停止すると、不気味なほど静かだった。辺りは既に真っ暗で、明かりはブラックバードの室内灯のみ。
マリーはインドラのケースをブラックバードから持ち出し、ケースを開いた。スリングを握って二十キロのインドラ・ファイブを必死に持ち上げて、閉じたケースの上にマズル先端を支える機械式自動支持脚・トライポッドを乗せた。リアシートからマガジンの入ったバッグを持ち出して、一つを取り出してインドラ・ファイブにセット、ボルトコックでチェンバーに初弾の、五十五口径ライフル弾を送る。
冷たいアスファルトに自分も伏せると、フライトスーツから冷気が少し伝わった。目視で二つのビルを見る。黒い十二階建てのシルエットが二つ、カサブランカ・シティの入り口に小さく見えた。マウントされている光学照準スコープを覗くと、「MUL-T-LOCK」と表示されていた。緑色のクロスゲージが中央にあり、十個の菱形のシーカーが上に並んでいた。「MUG・TEN、SINGLE、SAFE・ON」と緑色で表示されている。目標のビル屋上にインドラ・ファイブを向けると、そこに人型があった。サーマル・ナイトビジョン・マグネグラフを電子処理された視界は昼間のようで、ビルの屋上の壁の向こうにレントゲンのようにハイブと、バレットライフルが見えた。頭部、カーネルが赤く表示されており、体はブルーで表示されている。
マリーはセフティをOFFにして、スコープ倍率を少し落とし、二つのビル屋上の二体のハイブを捕らえた。すると、上に並んだ十個のシーカーから二つが動いて、二体のハイブのカーネルと重なった。多重照準、マルチロックシステムである。
右のハイブに最大望遠でインドラ・ファイブを向けると、緑色で二千九百八十と表示され、目盛りの付いた緑色のクロスゲージと、同じ色のシーカーを重ねると、シーカーが点滅して、「SHOT」と下に表示された。マリーは自分の鼓動が早くなるのを感じつつ、シューティンググラスをスコープに当て直した。ハーフグローブの手は両方とも汗まみれで、右指が少し震えている。一旦目を閉じ、大きく深呼吸すると、震えは止まり鼓動も収まった。
三キロもの遠方だが、スコープだと一メートルほどのところにハイブがいるように見えた。カーネルは煙草の箱ほどで、それをシーカーとクロスゲージが捕らえている。コルトに教わった通りに息を止めて、トリガーを一気に引いた。
ドン! と爆発するような音がして、ブラックバードが揺れた。大きなマズルフラッシュでそこだけ一瞬輝いた。肩を打つリコイルはコルトに言われた通りに後ろに逃がした。向かって右のビルの屋上にいたハイブの頭部が爆裂して、青く表示されている体が倒れた。シーカーの一つが消えて、残弾は九発とスコープに表示された。息を止めたままインドラ・ファイブを左に向けて倍率を合わせると、こちらにも赤い頭と青い体のハイブが見えた。シーカーは既にカーネルと重なっている。屋上の壁の向こうだが、右と同じくレントゲンのようにくっきりと見えた。クロスゲージをシーカーに合わせると、再び「SHOT」と表示された。ケイジの外での十発と先ほどの一発のトリガープルは軽かった。右と同じ要領でトリガーを引いた。
ドン! 再びマズルフラッシュが瞬き、爆発音が鼓膜を揺さぶった。赤い頭は爆発して消えて、青い体が倒れた。二発を撃つと、体中から気色の悪い汗が吹き出した。止めていた呼吸を再開し、大きく吸うと冷気が入ってきた。マリーは目を閉じ、再び開いてスコープを覗いた。残った八個のシーカーのうち、二つが移動していた。それに合わせてインドラ・ファイブを移動させると、赤い頭を乗せた青い体が二つ見えた。二千百八十と表示されている。シーカーが動いて赤い頭二つを捕らえた。クロスゲージをそれに重ねて、一方の倍率を最大にすると、再び煙草の箱サイズのカーネルが見えた。赤い頭は移動しており、シーカーがそれを捕らえたまま移動している。右から左に移動しているシーカーを先回りしてクロスゲージを止めると、シーカーと赤い頭が移動してきた。トリガーを半分引くと「LOCK」と表示され、シーカーとクロスゲージが重なった瞬間に残り半分を押し込んだ。
ドン! 三回目の爆発は耳を麻痺させ、ハイウェイの砂埃を全て払った。赤い頭は爆発して、菱形のシーカーと一緒に消えた。緑色の矢印が右を向いて点滅している。そちらにインドラ・ファイブを向けると隠れていたシーカーと、それが捕らえている赤い頭が見えた。こちらも移動していて、先ほどよりも少し早い。同じ要領でシーカーを先回りしてクロスゲージを固定して、ハーフトリガーでシーカーロック、固定してあるクロスゲージと重なった瞬間にトリガーを引いた。
ドン! 四回目の爆音は激しいが、音にも反動にももう慣れた。リコイルも綺麗に流したし、ハーフグローブ越しのマズルブラストの熱も熱いというほどではない。止めていた息を吐き、冷気を吸い込むと体が冷えた。瞬きを数回してからスコープを覗くと、残った六個のシーカーの一つが動き出してスコープの外に消え、緑色の矢印が左を指した。そちらにインドラ・ファイブを向けると、シーカーが見えた。赤い頭を捕らえてかなり早く移動している。二秒ほどでシーカーと赤い頭はスコープから消えたが、追うようにインドラ・ファイブを動かすと先回りできた。クロスゲージを止めてシーカーが寄ってくるのを待ってハーフトリガー・シーカーロックで待機して、重なった瞬間に残り半分のトリガーを引いた。
ドン! これで五回目の大爆発だ。リコイルにもマズルブラストにもすっかり慣れていたので熱くも痛くもなかったが、止めた息を吐き出すと体力が抜けるように感じた。残弾は五発でシーカーも五個残っている。最待望縁でスコープを覗くと、小さな灯りが見えた。二千二百五十と表示されており、シーカー三つが動き出した。大きく息を吸い込んで止めた。五回は煙草ほどの大きさだったが、今は最大望遠でオイルライターくらいのサイズだった。それが三つ移動している。シーカーは三つの赤い部分を追って動き、それを捕らえた。動きの遅い二つを追ってクロスゲージを移動させ、重ねると「SHOT」と表示されたので、二つのシーカーを狙ってトリガーを二回引いた。
ドン! ドン! 二回連続の爆発音は倍以上で体を振るわせた。二連続のマズルフラッシュで前に伸びるハイウェイが見えた。二つのシーカーが捕らえていた赤は四方に散って、シーカーと一緒に消えた。七回、トリガーを引いたので残りは三発のはずだとスコープを見ると、MUG・3と表示されており、上に待機しているシーカーも三つだった。
冷気を吸い込んで目を閉じて開くと、三つのシーカーが動き出した。二千八百四十と表示されている。菱形のシーカーの内側に一回り小さい菱形が表示された。ゆっくりと動いた三つのシーカーが三つの赤い頭を捕らえているようだが、サイズはスコープの最大望遠でも煙草一本の先端ほどだった。トリガーから指を外してセレクターをSEMIに切り替えた。コルトに聞いたこれで、トリガーを引いた状態で一度に三発撃てるはずだった。二重の菱形が赤を捕らえて、スコープ内を移動している。毎秒一発、そうコルトは言っていた。息を吸い込んで止め、スコープを睨んでトリガーに指を掛ける。シーカーは三つとも右から左に移動している。
クロスゲージを先回りさせて、シーカーと重なった瞬間にトリガーを引き、爆発音。リコイルによるズレを両手で戻して二つ目にクロスゲージを合わせると、一秒後に二回目の爆発音がして体を揺さぶった。そのまま少し左にクロスゲージを向けると、もう一秒後に三回目のマズルフラッシュが目の前で大きく輝いた。三連続のリコイルは全て逃がし、少し強引にインドラ・ファイブを動かしたが、三つのシーカーは消えて、三つの赤い頭も八方に散り、青く表示されていた体が倒れた。目を閉じて開き、スコープを見ると緑色で「RELOAD」と点滅していて、クロスゲージも点滅していた。MUG・ZEROともあり、十個あった菱形のシーカーは全て消えた。
マガジンリリースボタンを押すと、ごん、と重い音がして、空になったマガジンがアスファルトに落ちた。スコープを覗いたが、あれこれと点滅しているが、赤いものは見えなかった。セミオート・スリーバーストで忘れていた呼吸を再開すると、額に汗が浮かんだ。インドラ・ファイブの横に置いてあったバッグからマガジンを取り出し、それをセットしてレバーコック、チェンバーにライフル弾を送ったが、スコープを覗いても、そこはヒビだらけのコンクリートビルとハイウェイだけで、何もなかった。十秒ほどスコープを覗いたが、動くものはなく、十個に戻ったシーカーも動く気配はない。
じっとスコープを覗いていると左肩を叩く振動が数回あり、一拍置いてから、マリーは叫んでインドラ・ファイブから飛び上がり、左脇に吊ってあるホルスターからテンオート、バサラMFを素早く抜いて、セフティをOFFにして左手でスライドさせて構えた。
が、すぐにテンオートを握った両手は上に向けられた。何が起こっているのか解らずに真っ白な頭で必死にテンオートを戻そうとするが、両手はがっちり固定されたままで動かない。目を点にして真っ白な頭なマリーは硬直してしまい、直後、膝から力が抜けて冷たいハイウェイにへたり込んだ。
何かが聴こえたが、インドラ・ファイブの射撃音で麻痺している耳はまだ音を捉えず、両手をがっちりと握られたままだった。十秒ほどすると、耳の感覚が戻ってきた。音だと思っていたそれは、声だった。聞き覚えのある声だ。真っ白になった頭の近くに顔が近付いた。それが不精ヒゲのコルトだと気付くのに、もう十秒かかった。真正面にコルトの顔があり、何かを言っている。無意識にテンオートにセフティを掛けると、握られていた両手が自由になったので、テンオートを左のホルスターに戻した。
思い出したようにインドラ・ファイブのセフティもONにしてマガジンを取り外してレバーコック。チェンバー内にあった大きなライフル弾を左手でキャッチして、外したマガジンに押し入れた。ついでに光学スコープのスイッチもOFFにして、それから再びコルトを見た。
十秒ほど見つめ合い、マリーは「何?」と尋ねた。
直後、真正面のコルトが大爆笑して、その後ろからリッパーの笑い声も聞こえた。頭にクエスチョンマークを浮かべたマリーは首を左右に傾けてから、重いインドラ・ファイブを丁寧にケースに仕舞った。耳の感覚が完全に戻り、真っ白だった頭も幾らかマシになった。
「マリー? 聴こえるか? 俺だよ、コルトだよ。聴こえたら返事しろ」
言われたマリーは、はい、と返した。ブラックバードのルームランプを背後からのコルトの表情が見えた。笑いながらコルトは繰り返した。
「耳は大丈夫か?」
「耳? うん。ずっとキーンってなってたけど、もう大丈夫。それで?」
応えたマリーに対して、コルトは吹き出した。コルトの横からリッパーの顔が出てきた。
「マリー? 平気? 目は?」
優しくリッパーが言った。
「目? ずっとスコープで片目だったし、ゴーグルもあるから大丈夫だけど?」
「名前は?」
リッパーが不思議なことを言った。当然マリーはこう返す。
「名前って、私の? 私はマリーだけど? マルグリット・ビュヒナーよ? 知ってるでしょう?」
「あのケースの中身は?」
リッパーは白銀の指で黒いケースを指した。
「中身って、インドラ・ファイブのこと? 正式名称は確か、IZA-N-DRA5、だったわよね? えーっと、五十五口径でセミナントカライフル。ライフルよりもずーっと遠いロストレンジ用のバレットライフルで、最大射程は三キロだったかしら? マガジンは十発で、シングル、セミオート、フルオートの三つがあって、スコープにはFCSっていう機械が入ってて、視界は熱と暗視と磁気を合わせてコンピュータで処理してて、壁の向こうがレントゲンみたいに透けて見えたわよ? 夜だけど昼間みたいにくっきり。一杯の目標を同時に捕らえるマルチロックシステムがあって、三つくらいの四角が勝手に動いてて、それに十字マークを合わせて撃ったら命中したわよ? マガジンの弾と同じで合計十個の四角が自動で目標を追いかけて、それに十字マークを合わせて撃ったら、四角いの、消えたわよ? 十発全部撃ったけど、全部命中したと思う。スコープで見たから間違いないんじゃないかしら。一発も外していないわよ? もしかして、外れた?」
ぷっ、とリッパーは吹き出してから応えた。
「イザナギ経由で見てたけど、全部命中したわよ? 一番遠い目標は二千八百四十メートルで、カーネルのど真ん中で、頭が吹き飛んだわ。最大射程三千メートルのインドラ・ファイブで二千八百四十メートルって、殆どフルスペックじゃあないの」
「うん? 最初のは煙草ケースくらいだったけど、最後の三つは煙草の先っぽくらいに小さかったわ。でも、四角が二重になっててずーっと追いかけてたから、先回りして撃ったら当たったけど? 三つが同時で動いていたからスリーバーストに切り替えて、トリガーを引いたままインドラ・ファイブを動かしたらきちんと当たったわよ? ……あれ?」
リッパーに説明しつつ、マリーは首をかしげた。
「ああ、十発全部撃っちゃったのね、私。でも、ハイブ? 目標が十個だったから……十個? あれ? リッパー? 私、長距離ハイブ二体を撃てって言われたんだったわよね? 屋上にいた二体に当てて、スコープを見てたら他にも出てきたから、そのまま撃っちゃったんだけど、八体、そう、最初の二体の後に八体も出てきて、四角い、シーカーだっけ? あれが動いたからそれを追いかけて、五回普通に撃って、でも、最後の三体はまとまって移動してたから、一回で三発撃てるってコルトから聞いたセミオートのスリーバーストに切り替えたの。毎秒一発、一秒ずつだったらブラックバードのシフトチェンジよりゆっくりで大丈夫そうだったから、それにして、反動はきちんと逃がして、ずれた分を一秒以内で戻して、次が出る前にシーカーと十字マークを重ねて、二回目も三回目も当たったわよ? 煙草の先くらいだったけど、あれくらい、時速四百キロでフルスロットルのブラックバードで路面の石ころを見分けるより簡単だし、インドラ・ファイブは重いけど、あれくらいの移動だったら、ステアリングをひねるより楽だし、いちいちトリガー引くよりも早いかなって、スリーバーストでインドラ・ファイブを動かして狙ったの。二千八百四十メートル? 三キロ弱って言っても、ブラックバードならそれくらいの距離はすぐだし、反動は凄かったけどロケットスタートとか高速コーナーなら、あれくらいの反動は、まあ慣れてるし、ケイジの前で十発も撃ったから、平気よ? 見えた十体は全部頭に当てて、まだいるかもってマガジンを交換してスコープを見てたんだけど、十秒くらい見ててもいなかったから大丈夫かなって。マガジンは外したしセフティも掛けたし、チェンバーの弾も抜いてマガジンに戻して、FCSのスイッチもOFFにしてるから、安全よね? ケースにもきちんと入れたし、ああ、もしかして、銃身が冷えるまで待ったほうが良かったのかしら? でも、二十秒以上冷えた風に当ててたから大丈夫かなって、一応先っぽのほうを触ったけど、少し暖かいくらいだったから平気よね? ケースの中のスポンジが溶けるほどの温度じゃあなかったし。空になったマガジンもコルトに言われた通りにカバンに入れたし、ケースは足を乗せて移動させてたから、ひょっとして傷でも付いた?」
マリーが呆けたまま説明して、リッパーが応えた。
「ケースの傷はどうでもいいし、あれくらい外気に当てればバレルも冷えるから、そういうのはいいの。三キロ先のハイブが見えたから、頭を狙ったって? それもセミオートのまま? 確かに目標が密集してたらそういうのもアリなんだけど……三キロ先の移動目標にセミオートで精密射撃だなんて話、聞いたこともないけど?」
優しい口調のままリッパーは言った。マリーは首を傾げた。
「……うん? 私も聞いたことないわよ? だって、三キロって凄い遠くだし、ライフルでそんな距離届かないし、誰も撃ってこないわよ? スナイパーライフルって、そんな遠くまで届くの?」
依然呆けたまま、マリーが尋ねた。笑顔のまま、リッパーは説明した。
「通常のライフル弾のセミオート・スナイパーライフルだったら、SVD-HS6辺りで有効射程は六百メートルくらいで、五十口径くらいのものだとバレットライフル扱いで、千メートルってところ。ハイブの使ってるスナイピング仕様のバレットライフルは有効射程二千メートルで、普通のバレットライフルの倍なの。一般的なバレットライフルよりもバレルを伸ばして、口径を大きくしてるインドラ・ファイブは、あたしが使ってた間だと二千メートル先にいたスナイピッドを狙撃出来て、スペック上では有効射程三千メートル。最初にマリーにお願いしたスナイピッドとの距離は、その有効射程ピッタリの三千メートルで、それを遮蔽物越しの精密射撃で撃ち抜いた、二匹ともね。その後、二千百八十メートルのところまで前進してたナイフエッジ二匹、移動目標にピンポイント。移動速度が速いナイフエッジ一匹にも同じ距離で精密射撃、移動目標相手にバレットライフルでね? その後、二千二百五十メートル先のネイキッド二匹の頭を、同じく精密射撃でカーネルのど真ん中に命中させて、そのずっと後方、スペックぎりぎりの二千八百四十メートル先で移動していたネイキッド三匹を……スリーバーストで精密射撃って。そこまで届いて破壊力があるインドラ・ファイブはまあ凄いんだけど、三キロ先の移動目標にスリーバーストで当てるスナイパーなんて、地球と月を含めて、一人だっていないわよ? いきなりセミオートにしたからパニックトリガーかと思ったんだけど、イザナギが見てたからそれがきちんとマルチロックシステムで狙ったものだって解って、イサナギのAFCSサポートもナシでそんな真似する人なんて、驚くよりも呆れちゃったわよ。インドラ・ファイブにはGPSサポートの照準補正機能があって、それは直接、衛星とリンクしないと使えないから、イザナギが補正した水平方向のデータで擬似的にGPS風にするんだけど、マリー? アナタ、それすら使ってないのよ? 三キロだったら地球の曲面補正が必要だし、弾道も幾らか下がる距離なのに、インドラ・ファイブに搭載されてるFCSの補正を掛けただけ。最後のスリーバースト、シーカーがダブルになったでしょう? あれが弾道補正よ?」
うん、とマリーは返した。
「シーカー? あれが二重になって、一回り小さくなって大きいほうの中で揺れてたわ。でも、その中心と十字マークを重ねて撃っただけよ? あんなの、BBにだって出来るでしょう? 煙草の先くらいで小さいけど、二重のシーカーがずーっと追いかけてくれてたから、それに合わせただけだけど? ……あれ? えっと、何だろう。変ね、何か変な感じ。ケイジの前で十発撃つ前に、コルトから一通りの説明は聞いたのよ? 射程距離も、マルチロックシステムの仕組みも、弾道補正? それも聞いた、かな? 壁の向こうも見えるって聞いて、ケイジの前でもビルの壁の向こうが透けて見えたし、さっきのあっちのビルの屋上にいた二体も、壁の向こうだったけど、きちんと見えてたわよ? じっとして動いてなかったから、普通に狙っただけ。その後のは動いてて、スコープの外に出ちゃったけど、矢印があってそっちに向けたら見えたから、先回りして撃ったの。それは三回三発で距離も最初のと同じくらいだったから、少しインドラ・ファイブを動かして狙って撃っただけよ? その後に二つ出てきて、そっちも動いていたけど、矢印通りに向けたらそこにいたから、先回りさせて撃ったの。その後の三体は小さくて、動いてたけど、三体が近かったからスリーバーストで狙って、コルトからトリガーを引いたままで三発出て、それが一秒置きだって聞いてたから、発射するタイミングと合わせてずっと十字マークを二重のシーカーに合わせて動かしてただけで、全部緑色で表示されてるから、その通りにやっただけよ? インドラ・ファイブを性能通りに使ったって、それだけ……あれ? インドラ・ファイブって射程三キロよね? でも、マルチロックが働いててシーカーが動いてたから、それって届いて当たるって、そういう意味よね? ブラックバードのスピードメーターは時速六百キロまでだけど、別で積んであるメーターは時速千キロまで表示されるから、メーター読みでの最高速度は六百だけど、ターボとチャージャーとナイトロを同時に使えば、もっと出ると思うんだけど、それだと空力計算をきちんとやっておかないと、車重が一トン以下だから、フロントが浮いちゃうかもしれないから、前後の重量バランスを前にしてエアロも付けて……インドラ・ファイブもそういうことをきちんと計算してないと駄目よね? 銃身の先にある、コンペンセイターだったかしら? 撃ったときの火花を散らすあれって、銃口が浮いちゃわないようにする重りよね? 大きなライフルだから反動なんかは凄いけど、照準がブレないようにきちんとバランスを取ってるようだったし、撃ってみたら大きな音でビックリしちゃったけど、前後に揺れたけど銃口は殆ど固定されてるみたいだったから、スリーバーストでも大丈夫かなって撃ってみて、普通に撃つよりは前の足が幾らかずれちゃったけど、一秒以内で照準できる範囲内だったし、矢印とかシーカーとかがあったから、ずーっとスコープを覗いたままでそのまま……あれ? 可笑しい? いえ、きちんと性能の範囲内よね? あれをフルオートで十発撃ったら、照準は少しずれるだろうし、銃身が熱を持って危なそうだけど、フルオートモードがあるんだから、そういうことはきちんと設計してるわよね? だったら、スリーバーストっていらないんじゃないかしら? フルオートにしたままトリガーで調整すれば、シングルモードとスリーバーストっていらないんじゃないかしら? 重量は二十キロだったわよね? 実際重いけど、トリガーは私のライフルと同じか、少し軽いくらいだったから、フルオートモードでも一発ずつで撃てるわよね? 私、オートの銃ってインドラ・ファイブとバサラMFってのが始めてなんだけど、スリーバーストっていらないんじゃないの? ……コルト? どうして笑ってるの?」
マリーの真顔の説明をリッパーの横で聞いていたコルトが腹を抱えて笑っていた。リッパーが続ける。
「うーん、そうね、確かにマリーの言う通りよ。スリーバーストってね、慣れない人がトリガーを引きっぱなしでも三発しか撃てないようにするモードなの。シングルとフルオートだけでフルオートにして慌ててトリガーを引いたらね、十五発くらいの弾は五秒くらいで当たらずになくなっちゃうのよ。パニックトリガーっていうそういう状態を回避するために、MFなんかはスリーバーストなのよ。訓練された兵士や警察官なんかでも、危ない状況だとトリガーを引きっぱなしにしちゃうことがあるの。だから、フルオートのハンドガンにはバーストモードが大抵は付いているの。……これはいいかしら?」
うん、とマリーは返した。
「ああ、そういうことなのね。でもね、リッパー。スナイパーライフル? バレットライフル? そういうのって、さっきみたいに危なくない所から狙うための銃でしょう? パニックトリガーって、そういう状況にならないんじゃないかしら?」
「マリーの言う通りよ。全くそういう状況がないってことはないけど、スナイパーがパニックトリガーだなんていう話は、まあ聞かないわね。インドラ・ファイブのバーストモードは……えーと、何と言うのか、弾幕を張るためね。だったらフルオートでもいいって思うでしょうけど、走りながら弾幕を張るなんていう状況を想定すると、トリガーから指を離すタイミングがずれて、無駄弾を撃つ可能性もあるから、アサルトライフルとかセミオートライフルなんかにはバーストモードがあるのよ」
こくこくとマリーは頷いた。どうにかマリーに、バーストモードの意味が伝わったらしい。コルトは横でずっと笑っている。
「マリー、それでね? スナイパーライフルとかバレットライフルっていうのは、基本的に目標が単体なのよ。狙撃位置に着いて、そこでじっと構えて狙って、ピンポイントの精密射撃の一発で相手を行動不能にさせるの。マリーが普段使ってるレバーアクションのライフルも、きちんとエイミングしてから撃つでしょう? それと同じなの。バレットライフルってそもそも戦車の装甲を一撃で抜ける携行火器として設計されてるの。もっと大きな機関銃なんかだと、台車が必要だったり二人以上で運んだりしないといけないのだけど、バレットライフルは人一人が持って移動出来る限界で最大威力を想定してるものなのよ。インドラ・ファイブはそれをもう二周りくらい大きくしたものなんだけど、まあ、一人で扱える範囲内でしょう? マルチロックシステムなんかを搭載してあるのは、複数同時を一箇所から連続で狙撃するための照準システムで、FCSも照準を補正するものなの」
「うん、それはコルトからも聞いたわよ? だから、十発で十体のハイブを撃てたもの」
ははは! とコルトが大笑いした。マリーは首を傾げてシューティングゴーグルの下の目をぱちくりさせた。
「ねえ、リッパー? 私、間違った使い方をしたのかしら? コルト、ずーっと笑ってる」
「まあ、あんなものを見せられたら、腰を抜かすか笑うか、どっちかでしょうね。三キロ先の、遮蔽物の向こうのハイブのカーネルを、ミリ以下の精度で撃ち抜いたんだから。その後に移動目標にも同じ精度で命中させて、トドメは移動目標に……スリーバーストでピンポイントって、マリー? 軍のスナイパーでもそんな真似が出来る人間はいないわよ?」
「あれは私の腕じゃなくって、インドラ・ファイブの性能でしょう? FCSとかが付いてるから、その通りに撃てば、誰でも当たると思うんだけど?」
リッパーは、うーんと唸った。
「ドクター・エラルドが言ってたことをそのまま再現したって、そういうことよね? インドラ・ファイブの性能を理解して、その性能を最大限に発揮したって、マリーはそういうつもりなんでしょう?」
「うん、そうね。最初に見たときは大きくて怖いライフルってだけだったけど、コルトから性能と使い方を聞いて、その通りに使っただけよ? 使い方、間違ってたかしら?」
マリーはずっと真顔のまま、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「間違っていないし、それどころか、インドラ・ファイブの性能を最大限に発揮したわよ? スペック表なんかはないんだけど、見れば性能は解るから、あたしはそれをコルトに伝えて、コルトも実物を見て、マリーに解り易いように説明して、マリーはその性能通りに扱った。どこも間違ってないんだけど、そういうことが出来る人ってとっても少ないの。つまり……マリーって、とっても凄いって、そういう意味」
「凄いかどうかは解らないんだけど、話は解ったと思う。私ってインドラ・ファイブを預かってもいいって、そういう意味よね?」
「預かるというか、あれを使いこなせるのはマリーだけなんじゃあないかしら? マリー、コルトが声を掛けたときに、MFを抜いたわよね?」
「ええ。コルトが、危ないと思ったらこれを構えろって、そう言ってたから。使い方も聞いてたし、十五発も撃ってたから、初めてのオートだけど、セフティも外したし、スライドも引いたわよ? びっくりしてたからトリガーに指は掛けてなかったけど、きちんと狙ったわよ? コルトだ、って最初は気付かなかったんだけど、間違えて撃たないようにトリガーに指は当ててなかったし、コルトに止められちゃったけど、止められないように一歩下がったほうが良かったのよね? 次からはそうするわ。ひょっとして、ああいう場合って、インドラ・ファイブを構えたほうがいいの?」
マリーが真顔のまま尋ねた。リッパーは半笑いで唸ってから応えた。
「うーん……出来れば、インドラ・ファイブで至近距離を狙うのは止めておいたほうがいいわね。あれって長距離狙撃用だから、近距離だと威力が出せずに貫通しちゃうのよ。死角射程は五百メートルってところ。大口径だから近距離でもダメージは与えられるんだけど、弾丸がそのまま抜けるから、至近距離だとストッピングパワーは殆ど出ないから見た目より破壊力は小さいし、取り回しも不自由だから、ゼロレンジから五百くらいの距離はMFでカヴァーするといいわね。……それにしても、マリーのメカセンスってとんでもないわね。アナタ、スーパーコブラを一人で操縦できるわよ?」
コルトがげらげらと笑っている。
「スーパーコブラ? あのヘリコプター? 操縦は難しいでしょうけど、トップガンさんが操縦できるんだったら、練習すれば私も扱えるわよね? トップガンさんも、私のブラックバードを運転できるでしょうし」
ぷっ、とコルトが吹き出した。
「ついでに、バランタインの操舵も出来るでしょうね。人類の財産だとかドクター・エラは大袈裟だったけど、実際、そうみたい。とりあえず一つだけ解ってて欲しいのは、マリーって、とんでもないスナイパーってこと。絶対に敵に回したくないタイプよ? マリーだったら、きっと、Nデバイスをフルスペックで扱えるわよ。ねえ、イザナミ?」
リッパーが呆れ半分で尋ねると、左肩のイザナミが返した。
「マルグリットさまのデバイス適正はマスターと同等です。IQ値も二百五十以上、二週間程度の訓練でセカンドシリーズの臨界駆動を扱えます」
右肩のイザナギが続いた。
「ヤー! ミス・マリーのスナイピングセンスは桁違いだ! ベッセルをスカルマンと同じに撃てるさ! 十匹のハイブをマグ一本十発で仕留めやがった! スリーバーストでトリプルビンゴ! まるで、シールだ! 飛び切りの、正真正銘のウルトラガンスリンガーの誕生だぜ! ハーハーハー!」
イサナミとイザナギの言葉に首を傾げたマリーは、二人にありがとうと言ったが、実感はないようだった。
「マリー、ごくろうさま。策敵範囲内のハイブはアナタが全部始末してくれたわ。疲れたでしょう? 冷えるし、ブラックバードに戻りましょう? ドクター・アオイをほったらかしだし、中でコーヒーでも飲んで、一息入れましょう?」
マリーはこくりと頷いて返して、インドラ・ファイブのケースをブラックバードに戻した。ドクター・アオイは眠っているようだった。コルトもブラックバードのナビに戻った。リッパーは煙草を咥えて火を付けた。
ゴーストタウン、カサブランカ・シティの三キロ手前に止まったブラックバードとバイクは十分ほどの休憩を取ってから、再び移動を開始した。コルトの笑い声がずっと通信機から聞こえている。
時間は、ケイジを出発してから三時間半ほど経過していた。辺りはすっかり夜で、砂漠から冷たい風が唸っている。