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『第三章~ヘヴン・シティ』

 太陽が地平線に隠れる頃に、予定より二時間ほど早く、リッパーの九百五十CCバイクとマリーのV8ブラックバードはケイジから出発した。

 ブラックバードのナビシートにはコルトが座り、後ろにカバンを持ったドクター・アオイが座った。インドラ一式とマリーのライフルと弾薬、ドクター・アオイが購入したギターケースはリアシートで、グレネード数個と食料と水と救急パックはトランクに乗せた。

 インドラ・ファイブが一メートル半のロングサイズなので、ブラックバードのサンルーフからケースが飛び出ていた。ブラックバードにレーダーアンテナがあるように見える。

 横長の四角枠に丸いライトが四つと、センターグリルのあるブラックバードはハイビームで路面を照らし、フォグランプの位置にある近距離を照らす四角いライトも灯っていた。暗くなっていたので前方視界の良いブラックバードが先行し、リッパーのバイクは左後ろに位置して、時速三百キロ巡航を続けていた。V8の唸りとマフラーがやかましくハイウェイに響き、荒れた路面でバウンドを繰り返していた。

 耳の通信機が全員を繋いでいる。

「んが! マリーちゃん。この車、めっちゃ揺れるやん。それにめっちゃうるさい」

 ドクター・アオイの声が聞こえた。電磁干渉ノイズはなく、ブラックバードの音もノイズキャンセラーで処理されていたので音声はクリアだった。

「ジェットコースターみたいって言ったでしょう? 揺れるのは路面が悪いのと、足回りが硬いからなの。そのうち慣れるでしょう」

「もう二時間くらいやけど、全然慣れへん。兵隊さんのトラックも結構早う走ってたけど、こないに揺れんかったし、音も半分くらいやったで? 耳塞いでも体から音が響いてるわ」

「いい音でしょう? これがV8サウンドよ」

 マリーの声は弾んでいた。ハッポウシュリケンを真ん中に貼り付けたブラックバードのステアリングを握ると、マリーはいつもこうだった。

「ブイハチ言うんが何かは知らんけど、何や爆発しそうな音やん。前にでっかいエンジンあるけど、あれ、爆発とかせーへんのかいな」

「アオイさん、あれはエンジンじゃなくって、スーパーチャージャーユニットよ?」

「何て? いや、ウチ、車は全然やからええわ。んが! 死神兄ちゃんはうるさないんかいな?」

 ドクター・アオイの声はブラックバードが跳ねるたびにイントネーションが上下していた。

「俺は何度かこいつに乗ってるから、まあ慣れてるよ。ガンシップに比べりゃあ静かなモンさ」

 少し開いた窓から白い筋がかすかに見える。コルトが煙草を吸っているようだった。リッパーはバイクなので移動中は口にマフラーを巻いており、煙草は吸えない。リッパーはマリーに通信を向けた。

「マリー? かなり暗くなっているけど、こんな速度で大丈夫? ナイトビジョンはないんでしょう?」

「ナイト? 暗視ゴーグルのこと? あれを付けると視界が狭くなるの。それに、対向車のライトでも浴びたら視界が真っ白になって危ないのよ」

「なるほどね。フラッシュグレネードでも炊かれたら危険でしょうしね。それで、インドラ・ファイブはどうだった?」

 バイクのステアリングを握ったままリッパーは尋ねた。マントを前でボタン留めしているが、体感はかなり寒い。ブラックバードの真後ろに移動して風が減ったが、その分、排気ガスを浴びた。

「コルトから構え方を教えてもらって、マガジン一本、十発撃ってみたわ。物凄い反動で、一発で目の前に大きな火花が出て、真っ白な煙で囲まれちゃったわ。スコープの使い方もコルトから聞いた。サーマルとナイトビジョンと、マグネグラフだっけ? 三つ合わせたらスコープの中は綺麗で、二キロくらい先の廃ビルの窓なんかも見えたわ。撃ったらビルの壁を抜けて、部屋の中の壁が爆発しちゃったわ。マガジンの取り替え方とかも聞いたし、シングルとセミオートとフルオートの三つの切り替えも大丈夫。マルチロックっていうのは難しいけど、一応三つくらいの的に当てられた。前にある足がてくてく歩いて照準をサポートしてくれたわ。残った弾数とか撃った数なんかも全部スコープに表示されてたし、セミだのフルだのも全部表示されていたから、扱えると思う。ボルト式のコッキングは以前に使ったことがあるから、普段のライフルと同じくらいには撃てるわよ?」

「サイドアームは? 確か十ミリのバサラMFだったわよね?」

「オートのハンドガンね? そっちも十五発、マガジン一本分撃ってみた。オートは初めてだったけど、ライフルよりもずっと簡単だったわ。少し重いけど、大丈夫。ハイウェイの横にあった廃車を狙ってみたけど、百メートルくらいでもドアミラーに当てられたわよ。スリーバーストとか連続射撃だと着弾が散ったけど、普通に撃ってる分はまあ当てられると思う。反動が見た目よりもきつかったけど、逃がし方もコルトから聞いたし、グリップが滑り止めになってるから、自分にぶつけたり落としたりはしないと思うわ」

 インドラ・ファイブを十発とテンオートを十五発で、マリーはどうやら二つを扱えるようだった。よほどコルトの教え方が良いのだろう。マグ一本で強いリコイルを逃がして着弾させるというのは、元々のマリーの腕もあるだろうが、新兵でもそれだけでインドラ・ファイブやテンオートを扱うのはかなり難しい。コルトには新人育成の能力もありそうだ。

「ねえ、リッパー?」

 マリーが尋ねた。

「オートのハンドガン、これって精度もいいし扱いも便利なのに、どうしてリッパーやコルトはオートにしないの? 弾だって一杯だし連射だって出来るし、パワーもあるようだったけど?」

 ブラックバードの背後につけたリッパーが返す。

「インドラ・ファイブとかテンオートって、サイドポートから薬莢が飛び出すでしょう? テンオートがブローバックでスライドしてるときに、薬莢がスライドとポートで挟まれてジャム、動作不良を起こすことがたまにあるの。慣れてたらそれをすぐに取り出せば普通に撃てるんだけど、何人かに囲まれているときにジャムが起きると、その分、反応が遅れるのよ。それと、弾が不発だったときにも撃てなくなるの。スライドを引いて不発弾をチェンバーから抜けば撃てるんだけど、こっちもその分、反応が一発分遅れるの。バサラMFくらいの古いオートでもそういうことはまずないんだけど、一応それに対応できるように、リボルバーにしてるのよ。リボルバーならジャムはまずないし、不発弾はトリガーを引けば次が出るから対応が早いの。あたしのリボルバーは、ベッセルからサイドアームまで全部がダブルアクションで、テンオートみたいにスライドさせてチェンバーに弾を入れなくても、トリガーを引くだけで、ハンマーを操作しなくてもすぐに撃てるの。装弾数はオートの半分だけど、二挺下げてるから数は一緒。ファーストアタックでセフティをオフにしてスライドを引く分、オートは時間がかかるんだけど、リボルバーなら抜いてすぐに撃てるのよ。コルトはシングルアクションよね?」

 尋ねるとコルトが応えた。

「ああ、二挺ともシングルアクションだ。オートじゃあない理由はリッパーと一緒だよ。ダブルアクションだと基本的にトリガーだけでしか撃てないが、シングルアクションならハンマー叩けばトリガープルよりも早く撃てるからだよ。ファニングが早ければダブルアクションより早くで多く撃てるからシングルアクションにしてるんだ。二挺下げてるのは弾数増やすのと、同時に広い範囲をカヴァー出来るからさ」

 コルトの説明にリッパーが尋ねる。

「でも、コルトって、二挺同時に撃ってるわよね? 普通、二挺だったら片方ずつじゃないの? グリップを握ったままでファニングは難しいでしょうに」

「リボルバーを二つ下げてる奴は、まあ、そうしてるな。俺のファニングは我流でな、両手を交差させてグリップとそれ握ってる指でハンマー叩くんだよ。腰のベルトにハンマーぶつけて撃ったりもするし、片方のグリップに当てて撃ったりもするから、二挺同時で撃てるんだよ。両方で十発を三秒以内くらいで撃てれば、まあ足りるさ。こいつはシリンダーが固定だからリロードは手間だが、慣れれば二挺でも十五秒かそこらでクイックリロード出来るし、ガタ付きも少ないし精度もいい。口径をもう一回り上げるとリコイル逃がすので二発目が遅れるし、小さくするとパワーが足りないから、四十五口径くらいが丁度いいんだよ。サイドアームでオートを持ってたこともあったんだがな、マガジンがかさんで邪魔だから止めたんだよ。中折れだのスイングアウト式だののリボルバーでスピードローダーってのもいいんだが、ローダーを持ち歩くと重量も増えるからな。ローダー使わないんだったらシリンダーは固定でいいし、ガンベルトだけで余計なモンもいらねーからその分、身軽に動ける。そんなで全部ひっくるめたら、こいつ、四十五口径シングルアクションアーミーが相性が良かったんだよ。見栄えもいいしな」

 へえ、とマリーが通信機の先で溜息を吐いた。

「ケイジの銃砲店のおじいさん、コルトの銃が古いとかって言ってたけど、コルトもリッパーもきちんと理由があるのね」

「そりゃあそうだ。趣味やら護身用なら何でもいいが、メインアームで護衛なんかをやるのに、獲物を適当には選ばんさ。そういやリッパーは、ローダー使ってなかったよな?」

 ええ、とリッパーは応えた。

「ベッセルは元々三発だったからスピードローダーは意味ないのよ。サイドアームのリボルバーは二つ下げてて撃ち終わったら投げつけたりしてショットガンを使うし、基本的に撃ちっぱなしなの。ローダーで重量が増えるからってのもあるけど、そもそもサイドアームでベッセルのリロード中をカヴァーできればいいのよ。コルトと一緒でリロードは二の次で、撃てる分だけで全部片付けるっていうスタンスだからね。撃てるだけ撃ってから遮蔽物に隠れてのんびりリロードする、みたいな感じ。ベッセル二挺に三五七を二挺と、ショットガン二本とスナッブノーズ、これだけあればまあ足りるし、ナイフでの白兵に持ち込むことも想定してるからね」

 ははは、とコルトが笑った。

「リッパーは歩くアーモリー(火薬庫)だな。バッグだのマントだのに山ほど弾を詰めてるんだろ? 撃たれたら花火になっちまいそうだ」

「マントは防弾だし、暴発してもポケットから飛び出さないように内側も全部ケブラーを編みこんであるわよ。バックパックだって拳銃弾程度の防弾にしてあるし、背中のベッセルが防弾代わりだからね。まあ、剥き身のショットガンを撃たれたらロードブロックが暴発するかもしれないけど、散弾程度ならマントとベッセルがあるから大丈夫よ」

「ハリネズミみたいだが、バリアなんぞもあるから、リッパーはそもそも撃たれないだろうしな」

 マリーが間に入った。

「コルトって防弾ベストとか着てないわよね、どうして?」

「ブラックバードが防弾じゃあないのと一緒だよ。防弾ベストなんかは足が重くなって動きが遅くなるからな。撃たれる前に撃つ、クイックドロウの基本さ。最初から撃たれるような位置には立たないよ。最悪一発貰っても、分厚いポンチョの下には弾丸ベルトもあるから、そこで弾は止まるさ」

 コルトが笑いつつ返して、マリーが続けた。

「私はライフルとかオートを撃つときに照準を見てたけど、コルトって殆ど顔の前で銃を構えないわよね? あんなでどうして当たるの?」

「フロントサイトもリアサイトも残してあるが、早撃ちは腰の辺り、ホルスターの近くで撃つのが基本なんだよ。精度がよければ後は慣れさ。クイックドロウは、相手にこっちがどのタイミングでどこ狙ってんのか解らないようにするもんだ。ハイブも目で銃を追うから、ホルスターから抜いていきなり撃てば、かわせずに吹っ飛ぶのさ。ハイブ相手にリボルバー構えてサイトなんぞ覗いてたら、全部避けちまうからな。手に銃があれば奴らも多少警戒するが、ホルスターに収まってりゃあ油断もする。クイックドロウで全部叩き込めば、ハイブは吹っ飛ぶって寸法さ」

 なるほど、とマリーが感心していた。リッパーが続けた。

「あたしやコルトなんかはリボルバーで慣れてるけど、マリーはオートにしたほうがいいわよ? 軽量だし弾数も多いからトータルバランスとファイアパワーはリボルバーよりも上だからね。マグチェンジを素早く出来るようにすれば、二挺持つより一挺のほうが射撃数は上だし精度も高いからね。オートで両手だとね、左手が自由にならないの。元々右手持ちで作られてるからマグリリースボタンとかセフティも右手用で操作し辛いし、左でオートを撃つと薬莢が目の前を横切るから危ないの。左手用にカスタムして二挺でもいいんだけど、両手が塞がるとマグチェンジはやっぱり遅くなるから、一挺でマグを沢山のほうが有利なの。リボルバーよりもリロードは早いし、MFくらいのロングバレルなら精度も高いし重量がある分、リコイルの跳ね上がりも少ないの。ショートスライドでショートリコイルで軽量のオートだと、慣れないと命中率が落ちるのよ。オートの入門だったらMF辺りが丁度いいし、それに慣れてから別に変えればいいかもね。コルトがMFを選んだのも、そんな理由でしょう?」

 ああ、とコルトが応えた。

「爺んところにハンマーレスでグリップセフティのフルオートが幾つかあったが、マリーはレバーアクションのライフルを使ってるからな。多少手間でも感触を掴み易いようにMFにしたんだよ。ハンマーレスだと妙な癖が付くし、リボルバーなんかを扱えなくなるかもしれん。軽量だと手から離れることもあるし、グリップセフティなんて慣れないと扱いづらいしな。グリップはソフトラバーに変えてるしセフティも大型にしてある。幾らか慣れればスリーバーストで当てることも出来るだろうから、フルオートは不要だろう。残弾をきっちり数えてマグチェンジに備えてれば対応は早いし、無駄弾も少なくて済む。インドラ・ファイブとライフルだからもう少し大型でも良かったんだが、それだと弾数が減るからな。マグ一本で十五発もあれば、十ミリで十分だろう。サイドアームで護身用なら少し大きいがMFくらいがいいと思ってな。撃たせてみたら百メートルでも二発目からはきっちり当ててたし、どうやら相性も良さそうだ。素っ裸で寝てても手元にそいつが一挺あれば、強盗なんぞにも対応できるだろうよ」

「素っ裸?」

 リッパーが驚いて尋ねると、マリーが怖い口調で答えた。

「聞いてよリッパー。コルトったらね、寝てた私の部屋に勝手に入って、いやらしい目で私見てたのよ」

「だからよう、サングラスしてるって」

 溜息を一つ、リッパーが言った。

「コルト? アナタねぇ、あたしの次はマリー? 素っ裸のマリーの部屋に?」

「いや、下着付けてたぜ? リッパーと違って胸も隠してたよ」

「このエロ傭兵。マリーにきちんと謝りなさいって言ったすぐにそんなことして、アナタの評価って最悪になってるかもよ?」

 呆れた、とリッパーはもう一つ溜息を吐いた。

「評価も何も、俺じゃあなくても男なら一緒だよ。マリー、胸ばっか大きくしてねーで、もっと手足に筋肉付けろよ。そんなひょろながだと、ビリー・ボーイに襲われても抵抗できねーぜ?」

 ごん、と異音がした。

「バカコルト! いやらしい目で見ないでよ! 胸ばっかで悪かったわね! どうせ私はリッパーみたいにスタイル良くないわよ!」

「いきなり殴るなよ。今ので奥歯ぐらぐらだ。んで、いやらしい目も何も、サングラスしてるって、見れば解るだろうに。なあ、リッパー。マリーの奴、裸は見られたら減るんだとさ」

 コルトの科白に、リッパーは溜息で返した。

「減るかどうかは知らないけど、コルト、もっとしゃんとしたら? 折角の二枚目が台無しじゃないの」

 コルトが笑った。

「ははは! 二枚目とは嬉しいね。リッパーみたいな美人に言われりゃあ自信が付くよ」

「バカコルトなんて三枚目で四枚目で只のガンフリークよ! 結婚なんてしてあげないんだから!」

「ヘイヘイ、四枚目って何だよ? 傭兵がガンフリークなのは当然さ。俺はそこいらのゴロツキとは違うよ。結婚とかって言い出したのはマリーだろうに。リッパー。マリーな、裸見たから責任取って結婚しろだなんて言い出すんだぜ? どこの国だって話だよ」

「四枚目で不精ヒゲでテンガロンハットでスケベなガンマンなんて、結婚どころかお付き合いもイヤよ!」

 マリーがきーきーと叫ぶ。

「何だか散々だな。ガキじゃあるまいし、裸の一つ二つで騒ぎ過ぎだせ? なあ、リッパー?」

「コルトねぇ、アナタ、見栄えもいいし腕もいいし、頭も切れるのに、デリカシーとかがごっそり抜け落ちてるわよ?」

 やれやれ、とコルトが溜息を吐いた。

「俺はジェントルだぜ? デリカシーなんて上等なモンはないが、只のスケベなら素っ裸の美人見たら襲っても不思議じゃあない。俺は襲うどころか、指の一本も出しちゃいないさ」

「寝てる間に胸とか触ったのよ!」

「だから、んなことしてねーよ。俺はガキじゃあねーんだ。鍵も掛けずに素っ裸で寝てて無用心だったから、起きるまでガードしてたんだよ。知らずでベルボーイにでも襲われそうな無防備だったからな。感謝されるならまだしも、ボロクソに言われ放題だぜ」

 リッパーはもう溜息しか出ない。

「マリーはあたしとは違うんだって、アナタのほうが知ってるでしょうに」

「二人とも美人でいい女だよ。喋らなけりゃあな」

「コルトも、妙なことをしなければ二枚目ガンマンなのにね」

 ゴーグルに排気ガスを浴びつつ、リッパーは溜息交じりで応えた。周囲がかなり暗くなっている。ブラックバードとバイクのライト以外は真っ暗で、明かりはない。

「俺はずーっとこんなだよ。リッパーとマリーが勝手にヌードショウやってただけさ。ガンだのブレットだのの支払いをしたんだから、それで勘弁してくれ。他に出せるモンなんざねーよ」

 マリーはずっときーきーと叫んでいる。

「お金で女性だなんて、最低!」

「ヘイヘイ、誰か俺を援護してくれる奴はいないのかい? 右腕さんよう?」

「スカルマンは神父にでもなりゃあいいのさ。そしたらミス・マリーも許してくれるかもな」

 ははは、とコルトは大笑いした。

「リボルバーぶら下げた神父か、そりゃあいい。祈りながらトリガー引くってか? 大した神父さまじゃねーか。説教代わりに鉛玉ぶち込んでエイメンってな、傑作だ。バイブル片手で死神名乗ってりゃあ、ハイブもブルって逃げ出すぜ、ははは!」

 イザナギとコルトの相性は今日も抜群だった。リッパーはふう、と吐き出しゴーグル越しで辺りを見たが、景色はずっと黒だった。ライトで浮かぶヒビだらけのハイウェイだけで、夜になった砂漠には生き物の気配もない。夜間移動は何度もあるが、何度見ても気持ちのいいものではなかった。

「神父でも大工でも、好きにしたらいいわよ。マリー、随分と走ったけど、燃料は大丈夫?」

「ラバトって所まで千五百キロくらいでしょう? ガスは足りるわよ? 貰った地図だと、もう二時間くらいでカサブランカ・シティが見えると思うんだけど、そこって誰か住んでるのかしら?」

「カサブランカはゴーストタウンよ。割と大きな街だったけど、今あるのは廃墟だけでしょうね。そう言えば、アオイさんが静かね?」

「えーと、アオイさん、寝てるみたい」

 通信に小さな寝息が聞こえた。

「ブラックバードで寝れるだなんて、凄い人ね。こっちだってかなりうるさいのに、中は相当でしょう? 何度もバウンドしてるのが見えるし」

「大きな黒いカバンを抱いて寝てるわよ。ライフルでも入ってるのかしら?」

「ああ、あれね。中身はギターよ。アオイさん、ギターが弾けるって、そう言ってたから。出発前にケイジで買ったみたい」

 ヒュー、と口を鳴らしたのはコルトだった。

「ギターか、そいつはいいな。俺も多少なら弾けるぜ?」

「あら、そうなの? コルトって器用なのね。ダブルネックでも弾いてたの?」

「何でもかんでも二つってことはないだろうに。普通のアコースティックだよ。どれ、ちょいと拝借するか」

 しばらくして、通信機から弦を弾く音が聞こえた。

「ストラトか、何だか懐かしいな。ヘイ、何かリクエストはあるかい?」

「じゃあ、スローで上品なのを。マリーへの謝罪も兼ねてね」

「オーケイ、マリー風の上品な奴な。随分と狭いから音を外すかもしれんが、ご拝聴あれだ」

 通信機から、バラード風なギターサウンドが流れ始めた。ゆったりとした、哀愁溢れるそれはなかなかに上手で、リッパーとマリーは聞き惚れていた。歌詞もあるようだが、コルトは鼻歌だった。スローなギターサウンドはモバイルを経由して通信機から流れていた。V8ブラックバードは相変わらず雄叫びを上げながらハイウェイを疾走して、それにリッパーのバイクが続いている。五分ほどして、ギターが静かになった。

「素敵じゃない、ねえ、マリー?」

「うん、良かった。何てタイトルの曲なの?」

 マリーが尋ねた。

「タイトルは忘れたが、歌詞はラブソングだったかな? ロメオ&ジュリエット風のちょいと寂しい話だったよ」

「二人はどうなったの? お話、聞かせて?」

 マリーが続けた。

「まあ、良くある昔話だよ。好きあってる二人がいて、お姫様は貴族でロメオは平民。若い二人が城の外でデートしてて、それが貴族どもに見付かって引き裂かれる。お姫様は城の個室に閉じ込められて、ロメオは城の兵士どもに槍で追い回される。どうにかお姫様が城を出てロメオんところに行ったら、そいつは槍に刺されて死んでて、お姫様も後を追ってナイフを自分の胸に突き刺して、そこで一旦カーテンコール。エピローグで二人は天国で仲良くやってて、頭の上にわっか乗せてる。そんな話さ」

「……それって、ハッピーエンドなのかしら?」

 マリーが尋ねると、コルトがしばらくして返した。

「まあ、ハッピーなんじゃねーか? 天国なんてモンがあって、そこで仲良くしてんなら、うるさい連中のいるところで追い回されるよりはマシだろうしな」

「でも、二人って死んじゃったんでしょう? ずっと遠くに二人で逃げて、平和なところで静かに暮らせばいいのに」

「まあ、それもアリだろうが、逃げ回るのに疲れたのか、貴族だの階級だのっていう世間に愛想付かしたのかで、空の上に二人で逃げて、そこがいい所だったとか、そういうノリじゃねーかな。カーテンコールの後にそんな上等なエピローグ付けてるくらいだから、社会風刺みたいなことをしたかったんだろうよ、歌詞書いた奴はよ」

「作り話なのかしら? それとも実話?」

「どこぞの国に大昔に貴族だのがいたんだから、半分は実話かもな。エピローグはそいつらへのレクイエムだろうよ」

「……幸せに暮らしてるっていっても、死んじゃったんでしょう?」

 マリーの声が少し曇っている。

「だったらこういうのはどおだ? カーテンコールのところで実は二人は生きてて、エピローグの天国はヘヴン・シティとかって平和な町で、二人はそこに行って静かに暮らしてた、とかよ。頭の上のわっかはハットか何か。これならまあ、ハッピーなんじゃねーか?」

 コルトはそう言って、同じ曲をもう一度最初から弾いた。セレクターを変えたのか、音色が軽いものになっていて、リズムもアップテンポに変わっていた。バラードだったそれはポップスのように聴こえた。歌詞は覚えていないらしく、最初と同じく鼻歌だったが、こちらも軽い。五分だった曲は三分で終わり、通信機が静かになった。

「どうだい? これならハッピーだろう?」

 コルトが軽い調子で言った。

「うん、さっきより明るいし、そっちのほうが私は好き」

 マリーの声色は元に戻っていた。

「リッパー?」

 コルトは尋ねた。

「あたしは、どうだろう。最初のほうが好きかもね。普段から頭の中がハッピーだから、バラードなんかだとクールになれるし、昔のことを思い出したりも出来るからね。コルトは?」

「俺はずっとクールなつもりだから、マリーと一緒だな。昔のことなんぞ忘れちまったよ」

「ウチはどっちも好きやで?」

 欠伸をかみ殺したドクター・アオイが入ってきた。

「おっと、起こしちまったかい? ソーリー」

「灰皿は、ここやな。マリーちゃん、煙草ええか?」

「どうぞ。横に小さな窓があるでしょう? 下のレバーをくるくる回せば開くから、少し空けておいてね」

 目覚めたドクター・アオイはコルトと一服しているようだった。ケイジを出てからそろそろ三時間が経過していた。リッパーも煙草が欲しかったが我慢した。

「死神兄ちゃん、上手やん。鉄砲くるくる回したりで、器用やなー」

「メスだのドリルだののアンタほどじゃあないさ。ギター、借りてるよ。こいつ、見た目よりいい音が出るな?」

「せやろ? 中くらいの値段やったんやけど、お店で試しに弾いたらええ感じやったからそれにしたんや。それな、コンセントなくても音が出るんやで?」

「知ってるよ……リッパー? ビルが見えた。あれがカサブランカ・シティだろう?」

 コルトが言ったのでリッパーはバイクをブラックバードの横につけて前を見た。十二階建てくらいのビルが遠くに幾つも見えた。

「思ったより早いわね。イザナミ?」

「確認しました。カサブランカ・シティです。距離は六キロ、策敵続行」

 イザナミの策敵にはまだ反応はない。

「コルト、夜なのに目がいいのね? こっちでも捕らえたわ」

「テンオート用の光学スコープを覗いてただけだで、まだ小さくしか見えないよ。モバイルのデータ通りだな。ハイブは? こっちのモバイルはまだ圏外だ」

「まだいないみたい。今の速度ならあと五分ほど走れば、街がイザナミの策敵網に入るわ。準備は?」

「ギターはアオイに返した、いつでもOKだ。マリー、そのまま進めるかい? ハイウェイにビルでも倒れてたら迂回せにゃあならん」

「遠くにうっすらとビルっぽいのが見えた。見える範囲の路面はクリアみたい。あれがカサブランカ・シティ? 真っ暗よ?」

 並走するリッパーも見るが、並ぶビルには灯りらしいものは見えない。

「十年くらい前にハイブが押し寄せて、今はゴーストタウンよ。生き残りは北にでも向かったんでしょうね。再建の対象でもないみたいだから、人間はいないでしょう。割と大きな街だから、抜けるのに十五分くらいかかるかもね。抜けて、もう二時間も走ればラバト・エアベースよ」

 と、イザナミが割り込んだ。

「警報。カーネル反応確認。データ照合、長距離狙撃のハイブ・スナイピッドが二。街の入り口付近のビル屋上に配置されています。距離五キロ、まだ相手の射程外です」

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