『第二章~マルグリット・ビュヒナー』
ケイジから西に、バイクとマリーのV8ブラックバードでハイウェイを利用して千五百キロの位置にある放棄された空軍の駐屯地、海のそばにあるラバト・エアベース。まずはそこまで陸路で移動。カサブランカ・シティを通過したそこには五時間もあれば到着出来る。ガンシップ・スーパーコブラもそこからトラックと共にやってきたと航行記録にあった。
ラバト・ベースに燃料と大型輸送ヘリ・グレイハウンドがあるという情報はトップガンから聞いたものだった。ツーローターのグレイハウンドの航続距離は二千キロと少しで、まっすぐ西を目指せば海兵隊の拠点でもあるクワンティコ・マリーンコープス・エアフィールドに届く。
クワンティコは陸軍と海軍と海兵隊の大規模拠点でもある大きな基地なので、宇宙に上がれる機体が残っている可能性が高い。仮になくても、更に西に進めば陸軍のビクトリア・ベースもあるし、南に進めば空軍のパナマ・ベースもある。その二つが駄目でも海路で更に西に海を渡ればクーロン・ベースも残っている。
ハイブが多いといっても、鉄壁のクワンティコ・ベースが落とされている可能性は低い。
クワンティコには陸軍だけでも兵士が三千以上、相当な戦力が結集しているし、元が特殊訓練施設なので兵士の錬度も高く、武器弾薬庫・アーモリーも山ほどあるし、対空・対地の自動防衛システムもある。
空母が二隻常駐しており大型滑走路やカタパルト、ヘリポートも山ほどあるので航空戦力も万全だろうし、海軍特殊部隊シールの一部も今はクワンティコを拠点にしている。クワンティコの地下には地上司令部の半分を統括する巨大な量子演算ユニットが三基あり、二十フロアもの地下研究施設と居住ブロックもあり、民間の技術者や研究者も一万ほど存在する。
砂漠大陸の北部に位置するこのケイジからならば、ラバト経由のクワンティコが一番近いし、シャトルがなくても空路・陸路・海路、どれでもあるだろう。ラバト・エアベースにシャトルでもあれば一番なのだが、さすがに駐屯地にそれはない。だが、一機、グレイハウンドがあるらしい。
ラバト・ベースにグレイハウンドがなければそのまま北上して、ガンシップ・陸軍第七十五連隊の拠点でもあるバーミンガム・ランドベースに向かえばいいし、その途中には陸軍基地のルマン・ランドキャンプもある。ケイジから東には幾つか駐屯地や基地があるが、距離がかなりあるので西、もしくは北に向かうほうが近くて早い。
最後にサテライトリンクを使ったのは三週間前だが、ルマン・ランドキャンプもバーミンガム・ランドベースも、クワンティコ・マリーンコープス・エアフィールドも健在だった。
ビクトリア、パナマ、クーロンは不明だが、バーミンガム・ランドベース程度の戦力がある筈なので残っていると想定しても間違いないだろう。東は不明だが、砂漠大陸の西や北には幾つもベースが残っている。西回りに移動するのがいいだろうし、イザナミもそう判断した。
ルマン、バーミンガム、ビクトリア、パナマ、クーロンのデータをコルトとマリー、ドクター・アオイのモバイルに転送したリッパーは、ハイブのことは一旦忘れて、ベッドに腰掛けた。
「リッパーちゃんはどんなん聴くん?」
ドクター・アオイがのんびりした調子で尋ねた。白衣で見えないが、左足と左手には銃創があり、包帯が巻かれている筈だ。血の匂いはラボの清掃係によって消えていたが、壁には二つの穴があった。ドクター・アオイを貫通したFN-FAL・G2アサルトライフルの弾痕だ。
ミスター・チェイスの青ざめた顔が浮かんだ。ドクター・アオイの申し出は彼に相当なプレッシャーを与えただろうし、コルトにリボルバー二挺を向けられたので、最悪を覚悟していたかもしれない。持ち前のジョークで幾らかリラックスさせたが、完全に戻るには二日は掛かるかもしれない。
コルトがドクター・アオイに詳細に語った戦場の景色も浮かんだ。
マリーが腰を落として泣くその光景は、半年間、ハイブと戦ったリッパーも少しシリアスにさせた。千人の兵士が一万のハイブによってなぎ払われるそれは、艦隊戦よりもシリアスでグロテスクだった。
ミスター・チェイスが不本意ながら発砲した際のコルトの反応は素早かった。リッパーは一瞬反応が遅れたが、コルトはNデバイスを持つリッパーよりも早く反応してクイックドロウでシルバーのシングルアクションアーミーを抜いた。もしもコルトがいなければ、ドクター・アオイは三発目をどこかに受けていたかもしれない。
砂漠でマリー・コンボイと出会ったとき、コルトは機密であるNデバイスを知っている風だった。使っている銃こそシングルアクションの旧式だが、腕前は熟練の特殊部隊と比べても遜色はない。軍歴があるかもとリッパーは想像していたのだが、今日の会話とあの反応でそれは殆ど確信になった。陸軍歩兵の持つアサルトライフルの長所と短所を理解しており、連隊規模の戦闘にも詳しい風だった。出会ってから何度か聴いたが、毎回話をはぐらかせていたし、昔話が嫌いなようでもあった。リッパーも自分の過去を人に語るのは苦手なのでその気持ちは良く解る。
マリーの昔話は少し聞いたが、それはマリーがブラックバードで一人旅を始めた頃からで、それ以前は聞いていない。旅の話は半分は面白かったが、半分は暗いものだった。マリーは全部を大切な思い出のように語るが、コンボイを編成してからの犠牲者の話はシラフでは無理だったのでケイジの酒場で聞いた。
リッパーは酒に強いが、マリーはその倍ほどだった。
テキーラをグラスであおり、頬を少し赤らめて饒舌になったマリーは、コンボイでの戦闘とその犠牲者のことを話した。みんないい人だった、そうマリーは繰り返していた。そして、コルトの活躍を嬉しそうに説明した。リッパーも幾らか褒められたが、付き合いが長い分、コルトのほうが評価は高かった。逃げ出したり死んだりした二人の傭兵のことを話し、コルトはその何倍も凄いと連呼していた。
そんななら付き合って結婚でもしてしまえばいいとリッパーは冗談で言ってみたが、それとこれとは話は別とマリーは言い切った。マリーはダイゾウの話も沢山した。ならば付き合えとこちらも冗談で言うと、マリーはダイゾウならば、と真顔で答え、リッパーは吹き出して笑った。
リッパーやマリーよりも年上に見えるダイゾウは、強いが妙な人物だった。
ドクター・アオイよりももっと遠くの小さな街に住んでいる風のダイゾウは、ケイジに現れてからずっと、ケイジの食べ物が凄いと繰り返していた。甘いホイップソーダやチョコバーを嬉しそうに口にして、シノビファイトのトレーニングと称して鉄棒に片足で立ったり、砂場に頭を埋めたりしていた。あんな変わり者のどこがいいのかとマリーに尋ねると、マリー自慢のV8ブラックバードを解ってくれるから、そう言った。真っ白の妙な服装をカッコイイとも言い、二本のブレードも同じく。ダイゾウのブレードは反った片刃で、鳴神{なるかみ}、雲絶{うんぜつ}という名前だった。他にジュウジシュリケン、ハッポウシュリケンと呼ぶソーイングナイフと、シノビファイトという体術を使っていた。コルトがドクター・エラルドに説明したように、ダイゾウは無敵だった。サイキッカー・ランスロウとの戦いで幾らか負傷したが、ハイブ相手には掠り傷一つなかった。
強くてカッコイイ、マリーはダイゾウをそう評した。
強いはともかくカッコイイはどうだろう、そうリッパーが尋ねると、シノビファイターだからカッコイイとマリーは言い切った。ダイゾウから貰ったハッポウシュリケンはマリーの宝物の一つだった。ケイジで購入したガーネット原石のネックレスよりもそちらを大事にしていて、ブラックバードのステアリングの真ん中に貼り付けている。
マリーは、ダイゾウはお兄さんのようだと言っていた。ダイゾウと一緒に旅をして、自分もシノビファイターになれれば、なんてことも言っていた。それを聴いたリッパーはテキーラを吹き出して笑い、マリーも砂場に頭を突き刺していればいいと大爆笑した。
リッパーは、マリーとコルトはお似合いだからと言ったのだが、マリーは、コルトは自分を妹のように見るからと説明した。コルト、マリー、リッパーはほぼ同じ歳なのだが、コルトは確かに年上に見えた。
どうしてコルトでは駄目なのかと聴くと、無精ヒゲだから、と説明した。ヒゲをそればいいのかとリッパーが尋ねると、テンガロンハットだから、そう言った。ならばベースボールキャップならば良いのかと聴くと、ポンチョが駄目と言い、ウエンスタンブーツも駄目だと言った。コルトに仕立ての良いスーツでも着せて顔をサッパリすればいいのかと聴くと、コルトにスーツなんて似合わないと言う。ダイゾウの白装束だったらと聴くと、こちらも似合わないと言い、ならば何が似合うのかと聴くと、テンガロンハットにポンチョにウエスタンブーツだと説明した。
話がくるくる回って戻り、コルトのどこが駄目なのかともう一度尋ねると、マリーは、コルトにはどこかに大切な人がいるようだと言った。そして、その人物はきっともうこの世にはいないだろうと続けた。それを聴いたリッパーは、半分だけ解ると返した。コルトの大切な人は、女性か男性かはともかく、昔に死んでしまったのだろうとマリーは言って、テキーラをがぶ飲みした。コルトの口からはそういった話は一度もなく、マリーも聞いていないらしいが、マリーはきっとそうだろうと言って、グラスを空けた。マリーは、リッパーにオズのことを尋ねたが、リッパーは、素敵なボーイフレンドで戦友とだけ説明した。オズとマリーは三週間前に少しだけ会話をしていたので、オズがどういった人物なのかを知っていた。リッパーと同じ階級なのに腰が低く、リッパーよりもずっと丁寧に喋るオズは、リッパーやマリーより少し年上だった。
マリーは? そう尋ねると、昔に年上のボーイフレンドがいたが、今は墓地の下だと言って笑った。詳しい話はしなかった。ただ、良い人だったとだけマリーは言った。写真だの形見だのは一切なく、それらは全て、墓地に置いてきた、そうマリーは言って何杯目かのテキーラで潰れて眠ってしまった。
「リッパーちゃん?」
ドクター・アオイの声でリッパーは空想から戻った。ケイジで長く過ごして、どうにも考え込む機会が多くなっていた。
「ソーリー、何?」
「リッパーちゃんはどんなん聴くんて、そんだけやけど?」
「ミュージックの話ね。あたしはイザナギと一緒。古いロックンロールを良く聴くの。ハイスピードのギターサウンドが好きなの」
それに応えるように、ドクター・アオイのモバイルからロックが流れた。イザナギの仕業らしい。
「リッパーちゃんはノリノリ系なんやな。ウチもこういうの、まあ好きやで。んでな、ギターやったら少し弾けるで?」
「あら、アオイさんて医者でミュージシャンなの?」
リッパーは少し驚いて尋ねた。
「ミュージシャンとかやない、ほんの少しだけな。せや、なあリッパーちゃん。この街にギターとか売ってる店、あるかな? それ持っていってもええか?」
「サウンドショップに行けばギターくらいあるし、別に持っていってもいいけど、ブラックバードだと狭いわよ?」
「マリーちゃんの車て、ステレオとかあるんかな?」
「オーディオの類はないはずよ。モバイルをマウントする所があるから、それで音楽を流せるでしょうけど、ブラックバードってかなりうるさいから、通信機からしか聞こえないでしょうね」
そか、とドクター・アオイは返して、煙草を消して立ち上がった。
「楽器屋さんてどの辺にあるん?」
「このラボから出てショップモールを幾らか歩いたら、左手にあるわよ」
それを聞いたドクター・アオイは歩き出そうとして、止まった。
「あかん、ウチ、お金持ってへんかった。全部銀行やった。銀行てどこら辺にあるん?」
「そのモバイルで買い物が出来るけど? バンクマークがあるでしょう? そこを押してパスコードを入れれば使えるはずよ。IZAのバンクとも繋がるし」
「これ、電話やのにお財布にもなるんかいな、便利やな。……おお、ウチんところの銀行と繋がったわ。これ見せたら買い物できるんやろ?」
ええ、と返すと、ドクター・アオイは挨拶を残して病室から消えた。それを見送ったリッパーは、インドラ・ファイブの入ったケースとマガジンの詰まったバッグを持ち上げて、ドクター・アオイに続いた。
歩兵二人に挨拶してラボを出ると、太陽が随分と下だった。そろそろ夕方だ。
リッパーはインドラ一式をブラックバードに乗せるために、重い足取りでケイジの出入り口そばにある駐車場へ向かった。ゲートは半分開いたままで、ゲート管理者が手を振ったのでそれに応え、ブラックバードの横にインドラ一式を置き、自分のバイクに歩いた。
九百五十CCでチョッパーハンドルのネイキッドバイクは、マリー・コンボイから譲ってもらったものだった。ガソリンは満タンで手入れもしてある。一通りチェックしてキックペダルを蹴ってみたが、問題はなさそうだった。タイヤは少し減っているが交換するほどでもない。
装備も揃っているし、支度も済んでいる。ドクター・アオイに連絡し、そちらの支度が終わったら知らせるようにと伝え、コルトのモバイルに通信を繋いだ。
「コルト? こっちの準備は終わったわよ。弾丸も受け取ったし、バイクのチェックもした。そっちは?」
「マリーも俺も支度は済んでる。荷物をブラックバードに載せたら、こっちもいつでも出られるよ。他に必要なものがあれば用意するが?」
コルトが返した。
「クワンティコまでの食料と水、弾薬があれば足りるでしょう。マリーにインドラ・ファイブを試射させる時間もあるけど、その辺はコルトに任せるわ。サイドアームの使い方は?」
「食料なんかはブラックバードに積んである分で足りるだろう。水も新しいのにしてるし、ガスも入ってるらしい。十ミリのバサラMFが爺んところにあったから、マグ五本と一緒に用意して、マリーにそれを持たせた。使い方は一通り説明したよ。シューティンググラスもだ。インドラと一緒に少し外で撃たせておきたいから、こっちは三十分ほどだな。日が落ちる前に手早く済ますよ」
空を眺めつつリッパーは続けた。頭上は晴天で、小さな雲が一つだけあった。
「インドラ・ファイブとマグはブラックバードの横に置いてあるから好きに使って。あたしは煙草を買って、もう少し食事を取るわ。アオイさんの支度もその間に済むと思うから、コルトとマリーは外で撃ってからブラックバードで待機しておいて。アオイさんと合流してからそっちに向かうつもり。予定より早く出られそうね。何かあったら連絡してね、ヨロシク」
了解、とコルトが返して通信が切れた。
リッパーは雑貨屋に向かって歩き、煙草を十箱ほど購入してから、コルトとランチを取ったダイナーに再び入った。ランチと同じスパゲティを注文して、レッドペッパーを山ほど振り掛け、それを手早く口にした。
食事を終えてダイナーから出た頃にドクター・アオイから連絡が入った。ドクター・アオイにゲート前の駐車場のブラックバードに向かうように伝えると、暇になった。ラボに戻ろうかとも思ったが、面倒なのでそのままショップモールを冷やかしていると、ドクター・アオイと顔を合わせた。
「ハロー、いいの見つかったかしら?」
「おう、リッパーちゃん。これ、どないや?」
ドクター・アオイは黒いギターケースからブルーのエレキギターを持ち出して、見せた。伝統的なストラトキャスタータイプのエレキギターで、アンプとスピーカを内蔵したものだった。
「これな、アンプとか中に入っててスピーカもあって、コンセントなくてもええんやって、便利やな。思うたより安かったわ。メタルピックとフィンガーピックとな、音叉も買うたで。ストラップはオマケしてくれたわ」
ギターを白衣の上から下げて、ドクター・アオイが「どや?」と構えた。
「似合ってるわよ。ゲート近くの駐車場にマリーの黒いクーペ、ブラックバードがあるから、先にそっちに行きましょう。ドクター・エラルドには通信を送っておくから。他に何か必要なもの、ある? モバイルに送ったけど、陸路で五時間走ってから、ヘリで十時間ほど飛ぶわよ」
ギターをケースに戻し、ドクター・アオイは自分のモバイルを見た。
「煙草とコーヒーくらいやな。カバンは病院にあるから持ってくるわ」
「煙草ならそこの店にあるわよ。コーヒーは、あっちのダイナーで。水筒は煙草の店にあるから、適当に用意して。三十分ほど時間があるから、少しショップをふら付いてみれば? あたしもぶらぶらするけど、ギターとかは先にブラックバードに持って行ったほうがいいでしょうよ。支度が済んだら一応連絡を入れてね。じゃあ、また後で」
ギターケースを背負ったドクター・アオイとそこで分かれて、リッパーはふらふらと適当に歩いた。
ドクター・アオイがギターと言い出して、それもいいかもとリッパーは思った。
移動する間はずっとバイクの音を聞いたり通信で喋ったりだったが、音楽でも掛ければ自分もみんなもリラックス出来るだろうと。オズのモバイルにも挨拶と、ルートを入れた。
満腹だし休憩も十分で煙草も武器も揃い、フィールドパンツのポケットからハーフグローブを出して手に付けて、煙草に火を付けた。ショップを眺めたが特に必要なものはなく、リッパーはゲートに向かった。駐車場に着いてブラックバードを見たが、まだコルトとマリーは来ていないようで、インドラ一式はそのままだった。
もう一度進路をイザナミと確認してから、リッパーは自分のバイクの横に座って背を預け、一休みした。イザナギが進路を繰り返してからリッパーに尋ねた。
「リッパー。クワンティコ・ベースまでの十六時間中、予測戦闘回数が十回で、サイキックの出現率は四十パーセントだ。サテライトリンクの使用回数は三回。リミットはリンク一回のうち衛星三基で三十秒。オーヴァードライヴは一回の戦闘で三秒以内で連続使用は出来ない。プラズマディフェンサーは出力強化されていて展開時間も展開速度も二十パーセント増えてる。内蔵電源が追加されているからプラズマディフェンサーは長時間展開出来るし、ベッセルも弾が倍になった。トータルスペックはプロトタイプ以上だが、テストタイプの半分。スペックアップしている部分とスペックダウンしている部分が混じった、妙なセッティングだ。サテライトリンクの使用回数を予測戦闘回数と同じにしたほうがバランスが出るぜ?」
少しうとうととしつつ、リッパーは応えた。
「確かにね。イザナミはどお?」
「マスターへの負担軽減が最優先に設定されています。サテライトリンクの時間を短縮すれば、今のままで予測戦闘回数はカヴァーできますが、変更しますか?」
「変更? だって、ドクター・エラルドがプロテクトを掛けてるんでしょう?」
驚いてリッパーは尋ねた。イザナミが返す。
「通常とは別でこちらが開設した回路があります。ドクター・エラルドによる設定は全てこちらで再設定可能です」
「あらま。ドクターが聞いたら驚くわね。でも、約束してるから設定はそのままにしておいて、イザナミはイザナミで、イザナギと相談して別の設定も幾つか用意しておいて。安全なのと、一番やばそうなのをぞれぞれ三つくらい。Vブレットだとかってのもそれに入れておいてくれたら助かるわ。策敵範囲は単独で五十キロだったわよね? それはずっとキープしておいて、中継施設があったら衛星を使わずに広げて。コルトたちとの回線も開いたままで。他に変更点は?」
「全ての駆動制御モードが最適化されています。カーネル反応及びESP反応探知能力が強化されています。特殊射撃戦駆動は強化されたベッセルに対応、セブンスリット仕様のヒートスリットシステムも同じく。ジャンプアップシステムも以前と同じです。近接白兵戦駆動は素手及びナイフでのハイブとの格闘に対応。剣術駆動はアメノハバキリの使用を想定してアップロードされています。臨界駆動は最大二十倍加速で固定のまま、変更はありません。使用制限時間は三秒ですが、臨界駆動での戦闘能力はセカンドシリーズのスペック上限を出せます。駆動制御に新たに、ファントムモードが追加されています」
「ファントムモードって?」
「電波かく乱により、レーダー波、熱追尾、照準パルス、可視光スペクトルを変化させて、こちらの位置を分散させます。私の演算ユニットと電源を利用するので使用時間制限はありません」
へえ、とリッパーは小さく溜息を付いた。
「ジャミングを利用した一種のステルスってところね。熱追尾までかわせるって、便利そうね。ファントムね? 覚えておくわ。使用はイザナミに任せる。何だかイザナミばかりに頼ってるみたいで申し訳ないわ」
「構いません。ファントムモードを全駆動系に組み込みます。プラズマディフェンサーを使用すると能力が無効になるので、随時切り替えます」
イザナミにイザナギが続いた。
「リッパー。オレのAFCSはイザナミとリンクして、精度と距離がアップしてる。オーヴァードライヴなしのベッセルで二千メートルの精密射撃が出来るようになってるぜ」
「二千メートル? もうスナイパーライフルみたいね。インドラ・ファイブはマリーにだけど、スナイピッド相手でもどうにかなりそうね、頼もしいわ。イザナギはマリーのカヴァーをお願いね。インドラ・ファイブのFCSとのリンクは常時で、こちらから制御出来るようにもしておいて」
「コピー。ミス・マリーはオレがサポートするぜ。スカルマンともリンクしておく。ついでに、ドクター・アオイのギターもコントロールするかい?」
ぷっ、とリッパーは吹き出した。
「アオイさんのギターをAFCSで? まあ、出来るんだったらそういうのも用意しておいて。暇つぶしくらいにはなるでしょうよ。ついでに、アオイさんのモバイルと通信機のサポートもお願い、ってこれはイザナミかしら?」
イザナギが応えた。
「いいや、オレで出来るさ。ドクター・アオイのモバイルにはサウンドデータとゲームを山ほど入れておいたし、通信もこっちで制御してるよ」
「親切なんだかお節介なんだか、まあいいけど。全員をフォローしつつ、話し相手でもしてくれればそれでいいわよ。プライベートな会話なんかはシャットしてね。寝言だの独り言だのは内容が無意味なら全てキャンセル。レコーダには入れておいてもいいけど、いつでも消せるようにしておいて。他には?」
イザナギが続ける。
「シノビファイターがいない分、サイキックやそのハイブは面倒だ。スカルマンのリボルバーじゃああれは抜けない。ミス・マリーのインドラ・ファイブとこっちのベッセルが唯一だぜ?」
「そういう面倒なのはこっちで相手にして、コルトには他をお願いするわ。マリーにも余り無理をさせないで。イザナミもね?」
「了解」
「コピー」
「ブリーフィングはこんなものね。ラバト・ベースに到着したら、すぐにグレイハウンドのコントロールを取るわよ。通信施設もあるだろうから、そこで進路なんかをアップデートしてね。少し眠るから、コルトとマリーの準備が終わったら知らせて。他は二人に任せる、おやすみ」
イザナギとイザナミとのブリーフィングを終えて、リッパーは目を閉じた。