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『第一章~ハイブリットヒューマン』

 コルトとのランチと進路確定を行ったリッパーは、ラボで弾丸を受け取り、旅支度をした。

 お気に入りのヒマワリシャツは小さくたたんで、食料と救急パックと一緒にバックパックに入れて、細いフィールドパンツの両足に三五七リボルバーをセットした。くたびれたロングブーツにはそれぞれ一本ずつコンバットナイフが収まり、踵には爆薬と信管が入っている。タンクトップの上から白い半そでシャツを着て、スナッブノーズを左脇に下げて、その上から軽量ケブラーを編みこんだ防弾マントを羽織った。

 バイク用のゴーグルとマフラーを首に下げて、左耳に小さな通信機を当てた。普段の通信は全てイザナミ経由なのだが、バックアップとして通信機を付けた。背中にはベッセル二挺が納まっており、ベッセル用のアーマーピアシング弾丸は腰のベルトに三十発ほど挿して、五百発をマントの内側のポケットに入れてある。

 背負ったバックパックの両脇にバレルを短くしたピストルグリップショットガンを二本セットして、二箱分のサイドアームのリボルバー弾丸・ハイドラショックと、二箱のロードブロック散弾は箱のままバックパックに入れた。

 ドクター・エラルドが持参したベッセル専用の特殊弾頭、Vバレット六十発は箱のままバックパックに入れて、マントに収まらない分のアーマーピアシング五百発も箱でこちらに入っている。

 五十個のインドラ・ファイブのマガジンは別のバッグに入れて、インドラ・ファイブもケースに入れた。こちらは後でマリーに渡す予定である。

 ベッドの脇に置いてあったそれらを装備すると、一本の剣が残った。

 刃渡り一メートル半の両刃のそれは、天羽々斬{あめのはばきり}という名前の剣で、シノビファイター・ダイゾウがリッパーに渡したものだった。二キロほどの重量だが切れ味が凄いので、振った感触はずっと軽い。鏡のような刃で、ハイブのカーネルを両断しハイブ・アーマードの鎧をゼリーのように斬り、サイキッカーの作る見えない壁をも切り裂いた。

 銃とナイフと格闘技を中心のリッパーはソードファイトは苦手で、天羽々斬は少々持て余していたので使ったことは数回だった。鞘はチタン合金にも見えるが黒くて軽い。柄の部分も黒で、細い縄をきつく巻いてある。鞘から剣が飛び出さないようにストッパーがあり、首や肩から下げられるようにスリングもあった。

 ベッセルの予備パーツやバイクのプラグ、簡単な工具の入ったウエストポーチの下に鞘をセットすると、トータルで相当な重量だったが、インドラ・ファイブが抜ける分、ずっと軽い。

 ドクター・エラルドはランチをラボで済ませたらしく、今は眠っていた。Nデバイスのセッティングは済んでおり、サイキッカーの予測データもイザナミに転送されている。

「イザナミ? イザナギ? 調子はどお? アナタたち、何だか無口になったみたいね?」

 リッパーは小さく尋ねた。イザナギが応えた。

「ヘイ、リッパー。何だか妙な設定になってるぜ? AFCSはそのままだが、指揮系統が変わってる。オレはどうやら一番下っ端らしい」

 イザナミが続いた。

「マスター。サテライトリンクや臨界駆動に制限が設定されています。命令系統がイザナギよりも上になっています。コアユニットもこちらの制御下にあります。通常策敵は五十キロ範囲に拡大されており、プラズマディフェンサーの出力も二割増えていますが、命令系統がマスターよりも上に設定されています」

「ドクター・エラルドは全部イザナミに伝えると言ってたけど?」

 リッパーが応えて、イザナミが返す。

「会話は全て記録しています。マスターへの負担を減らす仕様だと聞きましたが、想定されるサイキッカーとの戦闘の際、この設定では不具合が出ます」

「ドクターはこれで足りるって言ってたし、あたしも大丈夫だと思うけど、イザナミは不満なの?」

「目的地がラバト・エアベース経由のクワンティコ・マリーンコープス・エアフィールドになっています。ハイブ及びサイキックハイブとの交戦が予想されます。サイキッカーの出現確率は四十パーセント。臨界駆動の時間が三秒に制限されていますが、その時間内で戦闘を終了させることは困難です」

「リッパー。ベッセルが六発仕様になってるが、サテライトリンクとオーヴァードライヴモードなしでサイキックのバリアを抜くのは難しいぜ? インドラ・ファイブはミス・マリーにだろう? 単独では戦力が足りない」

 イザナミとイザナギが自分たちの設定を説明した。

「二人とも、会話を聞いてたのなら知ってるでしょう? 目的はあくまで宇宙に上がること。交戦は極力控えて防戦、逃げに徹する。コルトも一緒だし、ドクターは最初のプロトタイプくらいのスペックは出せると言ってたけど?」

「サテライトリンク時の衛星の最大数が三基、接続時間が三十秒に制限されています。ベッセルの改良とプラズマディフェンサーの出力増強で戦闘力はファーストシリーズ以上ですが、セカンドシリーズのスペック上限の半分以下です」

 イザナミが説明を続けた。

「ドクターストップが掛かってるから仕方ないのよ。不満は山ほどあるでしょうけど、ドクターと約束したし、我慢して頑張ってくれない?」

「了解しました。戦闘データの最適化は完了しています」

「コピー。Vバレットのスペックも頂いた。どうにかするさ」

 イザナミとイザナギが了承した。

「……へー、そないにやって作戦やら立てるんかいな」

 声に振り返ると、白衣を着たドクター・アオイが大欠伸をしていた。

「起こしてごめんなさいね。左がイザナミで右がイザナギよ」

「イザナミちゃんにイザナギちゃんな。ウチ、ツユクサ・アオイ、の逆の アオイ・ツユクサや。一緒に行くから、よろしゅうな」

「ミスをしない医師、ミス・アオイ、よろしくお願いします、策敵他を担当するイザナギです」

「自分をFALで撃たせたクレイジーなドクター・アオイ、ガンナーのイザナギだ。お望みならベッセルを撃ち込んでやってもいいぜ?」

「凄いな。パソコンやのに人間みたいに喋るやん。合成人間より性能良さそうやな?」

 もう一度欠伸をして、ドクター・アオイが感心した。

「二人はね、小型化した量子演算ユニットなの。学習機能なんかがあるから、殆ど人間と一緒。IQだってあたしと同じく三百オーバーよ。アオイさん。出来れば夜に出たいんだけど、支度は?」

「ウチはそこのちっこいカバンだけやで? 昼寝したし食事もしたし、いつでもええけど?」

「アナタのモバイルにもマップを転送しておくから、出してもらえる?」

 リッパーがイザナミに転送準備をさせると、ドクター・アオイがモバイルを持ち出した。

「モバイルって、これやろ? エラルド博士に貰ったんやけど、ウチ、これの使い方知らんねん。電話機能は解ったんやけど、地図とか入るんかいな?」

「電話? 通信ね。それが一つあれば、千キロ圏内の地図が出るし、中継施設があれば地球の反対側とも通信出来るわよ? 他にサウンドプレイヤーだのゲームだの何だの色々とあるから、使えるようにしておけば色々と便利だから、まあいじってみたら? バッテリーは半年は持つしね」

 手の平に収まるモニターを見つつ、ドクター・アオイはへえ、と声を出した。

「これ、そないに便利なモンやったんかいな。スイッチとか殆どないけど、どないするん?」

「モニターに色々と表示されてるでしょう? それを指で押すとスイッチみたいに反応するの。言語切り替えも出切るから、アナタの国の言葉に対応できるようにすればいいわ。イザナミ、アオイさんのモバイルの言語設定をしてあげて」

 不思議そうに自分のモバイルを見ていたドクター・アオイが、ほう、と声を挙げた。

「ああ、なるほどなー。これが地図で、これがゲーム? こっちが音楽な。ラジオもあるやん。テレビもや。こんなんでコンセントもないて凄いなー。パソコンのめっちゃ凄い版やな」

 ドクター・アオイのモバイルから音楽が流れた。リッパーの聞いたことのない言語でのポップスだった。

「残ってる地上ネットとか近い地下データベースにアクセスすれば、古代歴史から最新宇宙科学まで情報は何でも出てくるし、車で踏んでも壊れないから、医者に必要な情報なんかをそれで探すと便利よ? それと、この通信機を耳に付けておいて」

 リッパーはモバイルの半分ほどの真四角の通信機を渡した。

「モバイルでも通信は出来るけど、そのノイズキャンセラータイプの骨伝導通信機なら、電磁干渉ノイズが入らずにクリアな音声で複数同時で会話が出来るし、ビーコン、アナタの位置も解るの。そっちもバッテリーは半年ほどだから、ずっとONにしておいて大丈夫よ。ミュート、消音にしたいときは左端のスイッチね。他に幾つか機能があるけれど、まあ通信とビーコンだけでいいわ。モバイルと通信してそこから音楽を聴くなんてことも出切るから、それはモバイル側で操作してみたら?」

 ほうほう、と頷き、ドクター・アオイは通信機を左耳に取り付けて、モバイルをいじった。音楽が通信機から聞こえているらしく、ドクター・アオイから鼻歌が出た。

「こんなんも全部、軍人さんところの技術なんやろ? 凄いなー。合成人間の位置とかも解るんかいな」

「解るわよ。中継施設や電子戦機がなくても、モバイルなら五キロ圏内、通信機も同じくらいの距離だったら、ハイブの微弱なカーネル波をキャッチ出切るわ。モバイルか通信機がハイブを捕らえたらアラートが鳴るの。あたしと一緒だったらイザナミの策敵とリンクして五十キロ圏内までカヴァー出来るわよ?」

「左手のイザナミちゃんはレーダーみたいなもんなんやな? 音楽とか聴けるん?」

 応えたのはイザナミだった。

「ドクター・アオイ。私にはモバイルや通信機と同じ機能があります。こちらからモバイルや通信機を操作可能です」

 モバイルと通信機から流れていたポップスがカントリーミュージックに切り替わった。

「ほー。おもろいな。合成人間の資料とかも出るん?」

 イザナミがケイジの通信システム経由でデータバンクにアクセスし、IZA社のサーバーからハイブのデータをドクター・アオイのモバイルに転送した。

「おお、これやこれ。エラルド博士んところにおった奴。髪とか真っ白で、男と女がおるやん。そんで、違う姿んもあるなー。包丁持ったのと、鎧のと、鉄砲持ってるのと、何も持ってないのな。レントゲンも出たわ。やっぱ、中身は簡単なのになっとるな。頭んところのはパソコンやろ? H&H? ヒューマン・アンド・ハイブリットヒューマンて、人間と合成人間て意味やん。合成人間てこっちではハイブリットヒューマンなんやろ? この会社が合成人間作ったんかいな。H&Hて、エラルド博士が嫌い言うとった会社やな。んで、合成人間てパーフェクト・レイバー・パワー……完璧な労働力な。お仕事専門か。せやからあないに筋肉とか神経とか発達しとるんか。大体解ったわ」

 ドクター・アオイが頷きつつモバイルを操作していた。ぶつぶつと独り言を続けるドクター・アオイに、リッパーは質問した。

「……ねえ、アオイさん? ドクター・エラルドに聞こうと思ってたんだけど、アナタから見てハイブって、生命体?」

 ドクター・アオイはモバイルをいじりつつ、返した。

「生命体て、命があるか、言う意味やろ? せやな、合成人間は生命体やな」

「頭がカーネル、機械で出来てても?」

「機械やけど、生命体やで? リッパーちゃん、チューブワームて知ってるかな?」

 リッパーは首をひねって、ノーと返した。

「ウチもテレビとか資料だけやねんけどな、チューブワームて、海の底の火山の近くに住んどる生き物やねん。火山が出す硫化水素を体ん中のバクテリアで分解して、そっからエネルギー貰っとる、簡単な作りの生き物なんやけどな、おつむとかないけど子孫残したりする立派な生き物や」

「ハイブは繁殖機能を持ってないけど?」

「工場で作るんやろ? せやったら同じやわ。自前でやるかよそでやるかで結果は同じやからな」

「ハイブって、リミッターが解除されてからはずっと、人間を襲ってて、でもハイブは人間を食べないの。そんなデタラメなものが生命体と呼べるのかしら?」

 うーん、と少し唸って、ドクター・アオイは続けた。

「元々がお仕事専門なんやろ? せやったら人間襲うのも、多分お仕事やないかな。一人で暴れてるだけやないんやろ? んで、合成人間同士で撃ち合うとかもしてへんのやったら、そういうお仕事してるだけやろ」

「人間を襲う……仕事? つまり、労働力として酷使されてたハイブが人類に謀反を起こしたってこと?」

「そういうんもあるかもやけど、合成人間て昔は黙って働いてたんやろ? パソコンの頭でそのお仕事が苦痛やとか思うようにはしてへんやろ。言うこときかんようには作らんやろうし、きついだの疲れただの文句言う機械は作らん思うけど?」

 今度はリッパーが唸った。

「暴走でもなく謀反でもなく、仕事で人を襲う? つまり、軍隊ってことかしら?」

「軍隊言うんか、お仕事せんでよーなったから、他にすることなかっただけやないかな。音楽聴いたりゲームしたりとかはせんのやろ? せやったら他にやるんは、食事して寝るだけで暇やろ」

「……暇つぶしで、人を殺す?」

 ドクター・アオイの言葉にリッパーは驚いた。ドクター・アオイは軽い口調のまま返す。

「見た目が人間に似てるから変に見えるけど、動物が他の動物を殺すのは別に珍しい話でもないで? 犬とか猫かて、遊びで鳥とか襲うしな。食べる目的もあるけど、食べるもん一杯あるライオンとかが子供ライオンに狩りの仕方教えたり、遊びでキリンとか襲ういうんも良くある話やからな。んでな、合成人間のパソコンて人間に似てるんやろ? せやったら支配欲とかもあるかも知れん。ほれ、リッパーちゃんが言うとったテッド・バンディやら、リチャード・トレントン・チェイスとかの連続殺人鬼。ああいう連中は自分が人より上なのを喜ぶ連中や。相手の自由を奪うて殺すて脅して言うこときかせるて、人を自分の支配に置きたいからや。そういうんが楽しい思う連中やから法律とかも無視するからな。法律より自分のほうが上て喜ぶのが連続殺人鬼の良くあるパターンで、途中で警察からかったりとかもするやろ? あの連中は子供のときに変なことばっかし体験したから、変なこと考えるようになるて行動心理学では説明しとるやん。

 合成人間ていきなり大人で作られるんやろ? そこに殺人鬼みたく変なことがパソコンの中に入ってたら、お説教とかする暇もないやろ。遊びなんか暇つぶしなんかお仕事なんか楽しいからなんかは知らんけど、やってることは同じやわ。エラルド博士んところにな、おつむの中に入る機械があるんやけど、シナプスナンチャラ言うそれで合成人間のパソコンの中に入ったら、何でそんなことしてるんかはすぐに解るやろうけど、解ったかてやってることは一緒やから、そないに意味ないんと違うかな? 博士んところの研究所でも合成人間の研究とかやっとるけど、あのパソコン止める方法はまだないて言うてたわ。さっきの電話みたいに外から操縦出来たら止められるかも知れんけど、そういう機械もまだないらしいわ。あったら軍人さんは便利なんやろうけど、合成人間のパソコンてややこしい作りになってるらしいし、襲ってくるんやったら壊すしかないな。人間に似てて生命体言うても、襲ってきたら退治するしかないわ。

 あれを命とか人間とか思うてたら鉄砲撃つの嫌やろ? せやったら壊れたパソコンて思うのが一番やで? 見た目が似てるからて人間の理屈押し当てようとしても意味ないわ。鉄砲で撃っても痛がらんて死神兄ちゃん言うとったし、合成人間とかややこしい名前やから変なだけで、ハイブやったっけ? そう呼ぶのがええわ」

 リアルにハイブを見たことのないらしいドクター・アオイの医師ならではの説明は、単語が簡単なのですぐに頭に入ったのだが、リッパーは少し混乱した。

「アオイさん。ハイブの中にね、自分たちの自由だとかハイブを中心とした社会を築くだとか、そう言った奴がいたの。スーツとかドレスを着てパイプオルガンを演奏したり踊ったりして、宗教みたいなことを言ってたの。サイキッカーが神で、人類からハイブを解放したとか、そういう風に。気持ち悪いくらいに人間っぽく喋ってたの。あいつらは確かにハイブだったんだけど、何て言うのか凄く人間に近い、そう見えたの。それをやったのはサイキッカーらしいんだけど……」

 リッパーは三週間前に対峙したサイコハイブ、ドミナスとイアラを思い出した。

「そういうんのもおるんかいな。せやかて、やってることは一緒なんやろ? 性能のいいパソコンやったらそんなん簡単やろ? この電話かて音楽出るし。まあ人間の親戚みたいに思うてもええけど、お説教とか無理で襲ってくるんやったら、危ないモン持ってる犯罪者くらいに思うのがええんとちゃうかな。何ぼ口が達者や言うてもやってることやらが危ないんやったら、捕まえるか壊すかしかないしな。サイキッカー言うんが何をしたんか知らんけど、犬とか猫かて人の言うこと聞くしな。ウチはお医者さんやから合成人間が何を考えてるんかは少し興味あるけど、包丁持ったりして襲ってくる相手はやっぱ危ないから壊すんがええと思うで? 研究とかは記録とか標本あったら出来るけど、死んでもうた兵隊さん生き返らすんは難しいからな」

 自分のモバイルをいじりながらドクター・アオイは語った。リッパーは混乱が増していた。

「ねえ、アオイさん。アナタから見てイザナミとイザナギって……どう?」

「どうて?」

「二人がその、生命体に見えるか、只の機械に見えるか、とか」

 戸惑いつつリッパーは尋ねた。イザナミとイザナギは沈黙している。

「ウチ、機械は解らんけど、何や手の向こうに人がいて、その人と喋っとるように見えたで? 命あるんかどうかは知らんけど、電池で動いてるんやったら、まあ生命体言うてもいいんとちゃうかな? ウチより賢こそうやし、人間て呼んでもええんやないか? 名前あるみたいやし。本人がどう思うてるかは知らんけどな。そういうんは本人に聞くんがええやろ。んで、自分を人間て言うんやったら、それでええやん。仲良しさんなんやろ? 機械やとか人間やとかどっちでもええと思うし、都会には全部機械の人とかもおるてエラルド博士から聞いたから、そういうのんと一緒やろ。合成人間みたく話も聞かんパソコンとは違うみたいやしな」

 イザナギが喋った。

「オレは自分が何者かなんてどうでもいいぜ。オレはリッパーの右腕のガンマンだ。量子演算ユニット、ラプラスサーキットの塊でハイブどもよりずっと性能がいい。ボディがあったらスカルマンと一緒にツーマンセル・ガンマンをやってもいいが、それでもリッパーの指揮下だ」

 イザナミが続く。

「私はマスターの左腕で策敵などがその任務です。生命倫理上は自分は機械であると判断していますが、思考パターンは人間に酷似しています。しかし、自分の体が欲しいとは思いません。自由意志もありますがNデバイスの一部ですし、それで十分です。これはプログラムの結果ではなく独自の判断からです」

「ほれ、イザナミちゃんもイザナギちゃんも、自分のことよう解ってるやん。偉い性能のいいパソコンやな。ウチんところのパソコン、喋らんで?」

「ヘイ、アオイ。オレはパソコンじゃあなくてアドバンスドFCS、ラプラスサーキットだぜ?」

「イザナミちゃん、ウチ、機械とか苦手やねん。もっと簡単に言うてーな」

「ヘイヘイヘイ、アオイ、逆だ。レフトアームのオレはイザナギ。ライトアームがイザナミだ。アドバンスドFCSってのは、とびきり性能のいいガンマンだってことさ。スカルマンより腕は上だぜ?」

 リッパーの右腕、イザナギが流暢に返した。

「右がイザナギちゃんで、左がイザナミちゃんな。ほんまによう喋るなー。実は電話とかそんなんみたいや、おもろいな。イザナギちゃん、この電話で鉄砲撃つとか出来るん?」

 ドクター・アオイがモバイルをイザナギに向けた。

「そのモバイルならエイミングが出来るぜ。でもアオイはガンを使えないんだろう? そのモバイルにガンでも仕込むのかい?」

「そういうんもアリなん? でも鉄砲とかは苦手やからええわ。他におもろいこと出来るん?」

 ドクター・アオイがモバイルをひらひらさせた。イザナギにも簡単な通信機能があるので、イザナギはモバイルを操作してロックンロールを鳴らせた。

「イザナギちゃんはこういうのんが好きなんやな? ウチも激しい系は好きやで。ちなみにイザナミちゃんはどんなん聴くん?」

 聴かれたイザナミはクラシックをモバイルから流した。

「ほー。イザナミちゃんは静かなんがええねんな。左右で反対やな。ウチ、こういうんもまあ好きやわ。二人とも気が合いそうやな。どこ行くんか知らんけど、よろしゅうな?」

 イザナギ、イザナミと話すドクター・アオイは笑顔だったが、リッパーはまだ難しい顔だった。

 ドミナスとイアラに会ってから、それまでハイブを只の敵、故障したサイボーグくらいの感覚でベッセルで撃っていたのだが、ドミナスとイアラが喋る分、リッパーは悩んでいた。撃てば血を吹き出すアルビノ、真っ白なハイブが、リミッターを解除されているとはいえ、人間のように感じていたからだ。

 それでもハイブ、ドミナスやイアラがこちらを攻撃してくるので応戦していたが、戦闘が終了してからは何度かハイブに関して考えていた。ドクター・アオイの言うように、脅威ならば排除するという姿勢ではあるが、半年間、千五百以上のハイブを潰し続けたリッパーは、サイキッカー・ランスロウとの戦闘の後、幾らか悩んだ。そして、ドクター・アオイから医者としての意見を聞き、かなり動揺したが、同じくドクター・アオイの言う結論、向かってくるのならば排除する、それが現時点では正しいのだろうと自分に言い聞かせた。

 似たようなことをコルトも考えているかもしれないが、傭兵である彼はハイブを敵兵士のように見ているようだった。本心を聴いたことはないが、コルトがシングルアクションのトリガーを引くのは、相手がハイブであれバンデットであれ、彼の敵だった。


 まだ宇宙にいた頃、巡洋艦バランタインをオズと共に指揮していた頃は任務は防衛監視だったので、破壊する相手はシミュレーション上の戦艦だったり、デブリだった。ラグランジュ・ポイントにある戦艦ドックがバランタインの母港で、白兵やシューティングトレーニングは戦艦ドックにある訓練キャンプで行っていたが、模擬弾やペイント弾で、海兵隊独自の格闘技であるコンバットフォームで気絶させる相手は同じ海兵だった。つまり、実戦経験は地上に降りてからだった。

 半年間、単身でハイブの真っ只中を旅していたので、ベッセルをはじめとする火器の実戦での扱いにはすぐに慣れたし、コンバットフォームでバンデットを退治したことも何度もある。数年のトレーニングよりも密度の濃い半年間で、リッパーは艦長でありながら特殊部隊並の経験を積み、インドラ・ファイブ一本でガンシップを止める、といったことも軽くこなすようになった。

 数年の特殊訓練に裏付けされた実戦の数だけリッパーは強くなり、ランスロウと名乗るサイキッカーもシノビファイター・ダイゾウと共に葬った。

 その後の三週間は戦闘らしきものは殆どなく、かなりのんびりとした生活だった。護身用にスナッブノーズを下げてはいるが、平和でのどかな砂漠のケイジでそれを使うような場面は皆無で、オズの眠るラボとショップモールを往復していた。自警団に助言を求められて幾らかアドヴァイスをしたり、BBに機銃の扱いを教えたりをコルトと一緒にやったが、地上に降りてからの半年とは全く逆の静かな日々だった。

 ホイップソーダ片手にコルトやマリーと他愛ない雑談をしたり、ダイゾウの難しい話を聴いたりしつつ、ケイジの住民と同じように過ごした。

 一人になりイザナミやイザナギが黙ると、ドミナスやイアラの科白が頭に浮かんだ。二人はそれまでのハイブとは異質だった。

 能力もだが、ぺらぺらと喋り、その内容はドクター・アオイに説明したように、自由意志だのを求めるそれで、リッパーを筆頭の人類に対する宣戦布告に聞こえ、それがリッパーを混乱させた。二人との戦闘はそれがオズ救出のためだったので微塵も迷いはなかったが、サイキッカー・ランスロウの語る新たな社会、サイキッカーを頭に置きハイブを従順な住民として人類を下僕とするというそれは、無茶ではあるが理は通って聞こえた。無論、そんなものに海兵隊の艦長で第七艦隊の指揮官でもあるリッパーはNOという姿勢だったが、敵対するらしいサイキッカーの意図の一旦は垣間見れた。それが火星の総意なのかは不明だが、都市を破壊し人間を殺し続けるハイブの行動理由を説明する一つにはなった。

 それでも、十億の人類と三十億のハイブとの戦争と呼ぶにしては、ハイブの動きは散漫で統制の取れていないもので、カーネルの暴走、という言葉が一番しっくりだった。ハイブが人間だけを狙い、少ない野生動物を襲うような姿もなく、ハイブ同士で争うことも皆無だったので、「統率の取れた暴走」という論理矛盾した言葉を当てはめていた。ドクター・アオイはそれを、仕事と呼んだ。もしくは遊び、暇つぶしと。そして人間とは異質のものであろうとも言った。混乱していたリッパーは幾らか冷静になった。三十億のハイブを殲滅する兵力は地上にはない。宇宙艦隊からの砲撃では地上に深刻なダメージを与える。ハイブのトップを潰すのが一番最適なことだが、サイキッカーが操っているという可能性はランスロウの言動から予想できたが、ドクター・エラルドに説明したように、火星には豊富な資源と広大な自然がある。ダメージの大きい地球を無理にどうこうする理由は少ないように思える。

 そもそも、ハイブのリミッター解除、これが解らない。

 ハイブ・ドミナスはそれを、サイキッカー・ランスロウが行ったかのように言った。ハイブの頭脳であるカーネルは有機物で構成されたナノレベルの集積回路の塊で、最先端の脳デバイスでもあるが、当時、五十億ものハイブは同時にリミッターから解放された。月の環状防衛網、ルナ・リングにある巨大な量子演算ユニットを使ってもそれは不可能だ。地上にも月にも、同時に五十億の端末にアクセス出来る演算ユニットなど存在しない。しかも、カーネルは基本的に外部からの入力を受けるようには設計されていない。目や耳といった人間のような感覚器官から命令を受けてそれを実行するように設計され、運用されていた。

 根本的に既存の演算システムと異なる作りなので、イザナミでもカーネルにはアクセス出来ない。カーネルの放つ微弱な信号をレーダーで捕らえる、それだけである。ドミナスやイアラのような例外的なハイブを含み、その思考パターンを内部から探るという技術は軍には存在しない。ドクター・エラルドのIZA社にそういった装置があるとドクター・アオイは言ったが、軍にはそれはないので、まだ実用段階ではないのかもしれない。

 行動パターンは簡単に予測出来るが、そもそもどうしてそう動くのかは、行動パターンから分析するしかなく、分析結果は「暴走」と曖昧なものだった。

 犯罪者や、ある思想の宗教団体などとは異質で、当てはまるものもない。統制は取れていないが人間だけを確実に狙っているそれは、連続殺人犯・シリアルキラーのようでもあるが、カーネルには喜怒哀楽は存在しないとされている。

 イザナギのように後天的にそれらを獲得した可能性はあるが、少なくともリッパーが遭遇したハイブにそれはなかった。ドミナスとイアラにはそれらがあるように見えたが、二人はリッパーが煙草を口にした際、異様な反応を見せた。「体を害する!」、そう二人は叫んだ。それでリッパーは、ドミナスとイアラは他のハイブとは違うが、所詮は人間を模倣しただけの存在、只の機械だと確信した。

 戦ったときはそこまでだったが、オズと共にケイジに戻ってそれを思い返すと、やはり二人は異質だった。結論らしい結論は出ず、ドクター・アオイの科白が一番的確のように思えた。

 壊れたパソコン、人を殺す仕事をする機械。見た目が自分に似た、自分とは異質の存在。生命体である可能性はあっても、危害を与えるそれは、生命だろうが排除する、それしかない。

 兵士でもあるリッパーには民間人を守る義務がある。相手が壊れたパソコンだろうと宇宙人だろうと、意思を持とうが喋ろうが、それらから人を守る、それが軍人である自分の仕事の全てである。指揮官でもある自分には迷う時間もない。障害は全てなぎ払う必要がある、相手が誰であれ、それは変わらない。

 考えを反芻していると、イザナギとドクター・アオイが喋っていた。イザナミも会話に加わっていた。

 音楽の話をしているようだった。時間はそろそろ夕方で、ドクター・エラルドはまだ眠っている。歩兵の一人、ミスター・チェイスが外でBBと話しているのがかすかに聞こえた。ハイブに関するあれこれを頭の片隅に移動させ、リッパーは旅のルートを再確認した。

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