4.参謀様は悪戯がお好き
次の日の朝、私が目覚めて食事をし、服を着替えていると、唐突に玄関のチャイムが鳴った。
……なんだろう?こんな時間に……友達では無いだろうし、
現在時刻9時17分、学校はもう始まっている時間だし、宅配便を頼んだ覚えもない。
不審に思いながら玄関に向かい、ドアを開けると………
「……誰も……いない?……なんだ、誰かの悪戯かぁ…」
そこには見慣れた外の景色が広がるのみで、特に人影は無かった。
はぁ、と息を履いてドアの鍵を閉めていると、手元に影が指し。
「どうも、お邪魔してまーす」
「……ぎゃああああああ!!!???」
いきなり後ろから声がかかって、私は飛び上がる。
ドアに背を付けつつ振り返ると、腕を組んだ背の高い男性が、無表情でこちらを見てきていた。
外国風の衣装に一つに括った黒髪。薄い青の混じった緑眼が、私に向けられる。
その男性は、端正な顔をにやりと歪めて、面白がるように言う。
「毎度いい反応ありがとうございます。いやぁ、近所に響き渡る大絶叫でしたねぇ、最年少ヒーローさん?」
「……勝手に人の家に入って驚かせてくるの、いい加減止めてくれません……?イアンさん、」
彼は、私と同じヒーローで、〈参謀〉と呼ばれている人だ。本名はイアンという。
私の新人ヒーロー研修の時の担当官で、ヒーローたちの頭脳役、作戦立案を担当しているらしい。
だが如何せん性格が悪い。人を驚かせたり慌てさせるのが大好きな悪戯好きで、ついでに魔物に対してはかなり怖い一面が有るのだ。出来れば関わりたくないランキング1位のお方である。そんな人が何故、いきなり私の後ろに?
そんな私の感情を読み取ったのか、イアンは肩を竦めて説明してくれた。
「ワープを使った移動で来ました。自由に侵入させる方が悪いんですよ、嫌なら使い魔に防御結界でも張って貰って下さい」
「防御結界なんて有るんですか!?うそ、知らなかったです」
「教えてませんからね。サヤさんの性格からして自分で調べるような事はしないでしょうし」
「ぐぬぬ……」
悔しい。彼はこちらの一手二手先を読んで来るのだ……流石は参謀と言った所だろうが、それを無駄に活用しないで欲しい。
「まぁそんな事は今どうでも良いんですよ……、今日から任務でしょう?」
「……なんで知ってるんですか……」
「そりゃ勿論、私が押し付けたからですけど」
「……は????」
「やだなぁ、そんな顔しないで下さいよ〜!」
イアンは何故だか満面の笑みである。私の不可解さを全面に出した顔がそんなに面白かったのだろうか。
そして直ぐに無表情に戻った。すん、とでも効果音がしそうな変化具合にいっそ恐怖すら感じる。
「え〜、オホン。この任務はですね、都合がつくヒーローが殆ど居らずに私の所に流れて来たのですが……私はそもそも要人警護なんて向いてませんので。皆さんもそれはお分かりだったようですから、サヤさんが受け持てば良いのでは?という案を出したら、満場一致で決まりましたよ。可哀想に」
「……………」
私は沈黙するしか無かった。
確かに、人と接する事が多いであろう任務、しかも正体を隠しながら……など、イアンには全く向いて居ないだろうが……
「確かに貴方が思うように、責任問題も多少はありましたよ」
イアンが私の考えを先読みして言う。
「ですが、やはり年齢的にも最適ですし………何より、経験を一気に積めるでしょうから。……人と、対峙するという経験を」
「っ……!…………そういう事、ですか」
「ええ、そういう事だと思っていて下さい。あながち間違いでもありませんので」
そう、ヒーローの責務は魔物を倒すだけでは無い。
犯罪者と対峙する事だってある、そして、その人間が殺意を向けてくる事も。
そういう時に、躊躇いなく組み伏せられるか………つまりはそこである。
「ヒーローをやる上で、避けては通れない道ですから。護衛が居ると思えば少しはやりやすいでしょうからね、……それでは精々足掻いて下さい。私は仕事に行ってきますから」
そう言うと、イアンは手をひらりと振って、使い魔が作った裂け目の中に消えて行った。