11.ついつい身体が動きました
ノイエンアール王国には、ちゃんと四季がある。
勿論日本のようにはっきりとはしていないし、時期も微妙にズレがある。
何よりヨーロッパの方なので時差が酷い。最初は時差ボケに悩まされた、今はすっかり慣れてしまったが。
……此処は日本にもあるお花が多いなぁ〜、良いね。あの人に会うとちょっと気まずいだろうけど、出来れば此処を根城、っていうかお気に入りの場所にしたいな。
知っている花、知らない花が混在する花壇をふんふんと順番に見ていると、不意に強い風が吹いた。
私の二つに括った髪が揺れ、前髪が攫われる。
そして、件のイケメンさんの「あ、」という呟き声も私に届いた。
思わずそちらを見ると、彼の持っていた書類が風に飛ばされ、木の枝に引っかかっていく様子が丁度目に入った。
同時に目が合うと、困ったように小さく笑って肩を竦める。
「……少し気を抜いてしまったね。用務員さんでも呼ぶとしようか……」
「え、あれぐらいなら私届きますよ?わざわざ呼ぶのも気が引けますし、取ってきますね」
「……本当かい?それだと助かるけど……まさか木に登って?」
「あ〜、ちょっと違いますね。見てて下さい」
私はそう言うと、立ち上がって目標を見定める。
ヒーロー生活で鍛えた筋肉と運動神経があれば、あれぐらいは届く筈だ。
白い紙が引っかかっている木から数メートル離れて、助走をつけ、一気に跳躍する。
幹からほんの少し出っ張っている節を蹴って足がかりにして、指先で書類を捉えた。
地面に着地したと同時に受け身をとってくるりと一回転。つま先の衝撃を和らげて、すたっと着地した。
「……ほら、ジャンプしたら意外と届くもんですよ。どうぞ、」
そうして、呆けた顔をしているその人に書類を手渡す。
暫く瞬きを繰り返していたイケメンさんは、我に返ったように受け取った。
「……驚いたな。君は一体……?」
……あ。つい何時ものクセで助けちゃったけど、…………今活心してないし極秘任務中だった!!??どどどどどっっどうしよ!?!?!?
「あ〜ぇえとえとそのあの、し、新体操です!!」
「……新体操、?」
怪訝そうに復唱される。誤魔化しきれていないのだろうか。
「そそそそうです、前の学校では新体操クラブに入っててですね!!得意なんですよ身体を動かすの!!」
大嘘である。私はバスケットボール部だ。
「……それは……、いや、なんでもない。中々美しい動きで惚れ惚れしてしまったよ。有り難ううさぎさん、跳躍力も優れているなんて流石だね」
「どういう褒め方です?てか褒めてますそれ?」
「褒めているよ、勿論。……あぁそうだ、お礼と言っては何だが……」
イケメンさんはそう言うと、自分が座っていたベンチに置いてある小さな袋を持ってきた。
「野菜の入ったクッキーだよ、これをどうぞ。お口に合うと良いけどね」
「ほへ〜、貴族様ってお菓子もやっぱりちょっと意識高い系の……いえ、なんでもないです。有り難く貰っておきますね!」
人助けをしたらお菓子がついてきた。ヒーローの世界より全然優しい。
私はにっこり笑って、これ以上の追求を避けるために早々と立ち去った。
最後に彼の呟いた言葉なんて、耳にも入らなかった。
「……中々飼い甲斐が有りそうなうさぎさんだな……………サヤベル、スメット嬢」