10.綺麗なお庭と変な人
「ふふぉあぁぁぁ〜〜………」
ベットにぼふん、と制服のまま倒れ込んで、私は至福と疲労の入り混じった溜息を出した。
ヒューがそんな私の背中に乗っかって、たしたし、と頭を叩いてくる。
「なぁに風呂に浸かったおっさんみたいな声出してんのさ。そんなに疲れた?」
「乙女に向かっておっさんは無いでしょ………うん、疲れた。慣れない場所ってこんなに緊張するんだね」
自分一人が別世界に飛び込んだようだ。ヘッセン伯爵領も確かに外国で、慣れない所ではあったのだが、家族として優しく接してくれるスメット家の皆、使用人さんと話すこととはかなり雰囲気が違った。
「……ちょっと散歩してくるよ。此処にも慣れなきゃいけないから」
「そう、……じゃ、俺は此処で煮干し食ってるから〜!うへへへへへ」
ヒューはそう言ってだらしなく猫の顔で笑う。本当に器用なものだ。
尻尾を揺らしつつ私が上げた煮干しをかじっているヒューを横目に見つつ、制服姿のまま外に出る。
学園の中の構造は軽く頭に入れたが、実際歩くと所々にある装飾の華美さと学園の規模の大きさに圧倒されるばかりだ。
人が居ない所を探しつつ歩いていると、小さな噴水とベンチのあるひっそりとした空間に辿り着いた。
……此処、うちの学校の綺麗な林に似てる。植生は全然違うけど……
全体の雰囲気、神秘さがよく似通っている気がする。少し上昇した気分でキョロキョロを見渡しながら歩いてみる。
「なんだか此処、他と少し違って素朴というか……うーん、なんだろ……、親しみが湧くお花が沢山あるなぁ、」
「……君も、そう思うかい?」
「うん、この学校にこんな所があったなん、て…………ふぇッッッ!!!!????」
唐突に後ろから声が掛かり、人なんて居ないと思って独り言を漏らしていた私は吃驚して腰が抜ける。
その場にへにゃ、と座り込んでその人物を見上げた。
ハニーブロンドの輝く髪に、緑が一滴混ざった空色の瞳。
顔もアニメもかくやという風に整っているその御方は、私を見下ろしてくすくすと笑うばかりだった。
「……ごめんなさい、人が居るとは思わなくて……ええと…………あー、お邪魔しました〜〜!!!」
私は反射的に敬礼をキメてそこから逃げようと腰を浮かす。
すると、その男性は意外そうな顔をしてから、にこりと笑ってこちらに手を差し出して来た。
「いいや、大丈夫だよ。私も此処が好きなんだ、時々来ては読み物を少しばかりしている。……お手をどうぞ?」
どうぞと言われれば断る訳にはいかない。ましてやこの物腰とルックス、相当高位な貴族様なのでは。
……断ったら処刑されちゃうね、流石に無いかな。
そんな事を思いつつ手を取って起こしてもらう。
……ひょろっとしてるのに筋肉あるなあ、この人。手袋越しにタコが出来てるけど……うーん、ペンダコでも剣ダコでも無いとは。うむむ……
「……ぼーっとして何を考えているんだい、うさぎさん?」
「は………?うさぎ??……じゃなくて!!ええと、どういう事でしょうか……」
思わず素の口調で言ってしまい、慌てて言い直す。ただでさえ貴婦人とは程遠いのに、口調で怪訝に思われる訳にはいかないのだ。
……この人、初対面の人を動物に例えるとか、ちょっと可笑し……もごもご、変な人……むぐむぐ、物好きさんだなあ。
「おっと、失礼……気にしないでくれ。私は此処でこれを読んでいるから、君は自由にしていてどうぞ。此処を見て回っていても良いし、他の所に行くのも良いし、何なら隣に座っても良い」
「えぇ、流石にしませんよそんな事。お花を見てます、静かにしてますのでどうぞお読み物を」
私はそう言って、妙に距離が近いこの人から離れつつパンジーの花を見つめた。




