プロローグ
私は、魔法少女である。
あのね、冗談じゃないのよ?厨二病でもないから。
ホントに魔法少女なんです。
魔法少女って言えば、大抵、キラキラ〜でふわふわ〜な服を着て、素敵な魔法で敵を倒してるイメージでしょう?皆、そう思うわよね?
ええ、私だって、自分がなるまではそう思ってました。
だけど、理想と現実は違うのだ。
私も、なれるもんならなりたかった。
可愛い衣装を纏って、決めポーズで光って、ピュアな想いを魔法に変えて。
皆の平和を一心に願って、邪悪に立ち向かう……そんな魔法少女に。
ヒーローの世界は、そんな理想だけで生きていける世界じゃなかったんだ。
右足を軸にしてくるりと回り、そのままの勢いで、向かってくる敵をつま先で捉える。
……そこで、バーストっ!
「おっ……らぁぁぁぁああ!死ねえぇぇえ‼」
私が開放した力をまともに浴びた魔物は、身体をくの字に折り曲げて数十メートル宙を横切り、路上に停めてあった車にぶつかってその車ごと爆発した。
ちゅどーん、という擬音が似合いそうな爆発振りである。
「言葉遣い‼」
「うるっさいわねぇ、倒せりゃ何でもいいでしょう」
「イメージ戦略って言葉知ってる?」
「……わぁ不味そうな単語〜。…………ほら、ヒューさんのせいで魔物が沢山来ちゃったじゃない」
「あ、俺のせいなのねそうなのね……」
ヒュー、と呼ばれた生物、私の頭の上に乗っている羽が生えた子猫は、私の言葉を受けて尻尾がだらんと下げて顔を前足で覆ったあと、いかにも悲しそうな顔(猫なのに悲しそうな表情が出来るなんて、表情筋の仕組みはどうなってるの?)を見せた。そして私の頭に乗りながら、コロコロと左右に転がる。
……器用なことするなぁ、落ちないのかな。
ごろん、とヒューが動くたびに尻尾の先が首筋に当たって、少しくすぐったい。
可愛らしい子猫の可愛らしい仕草は、思わずキュンとしちゃうぐらいには可愛らしいけど、我が相棒であるヒューに一言”可愛い”とでも言おうものなら、ネコパンチに暴言(というか皮肉)の黄金コンボが飛んでくるだろう。
それくらいヒューは自分の見た目を嫌に感じてる。
……私は、もふもふで良いと思うけどね!
ヒューが言うには、「器は自分で決められないんだよ」とのこと。
……器?
いつもはわかりやすいヒューの説明が意味不明だ。きっと、詳しく説明されても1ミリもわからないと思うから、理解するのは諦めた。
ヒューが悲しそうなネコポーズで私の頭の上を転げ回ったせいで、髪の毛がかなりボサボサになってしまった。
一つ、文句でも言いたい気分だ。
でも可愛いから許す。私、超寛容。
コントのようなやり取りを交わす間にも、私は銃を片手に魔物を撃ちまくっていた。
場所はビルの立ち並ぶ街、交差点のど真ん中。私とヒューは十字路の白線の上空で、押し寄せる魔物と戦っていたのだ。
空中に浮かんでいるのはヒューの力だ。最初は高くて怖いとか、落ちたらやばいかもとか色々考えてしまって集中できなかったけれど、今ではすっかり慣れてしまった。
……だって、「落ちたらどうすんのよ!痛じゃ済まないでしょ⁉」って言ったら、ホントに5階建てぐらいの高さのビルの上から落とされたんだもん(このときに、私を落としてくれた奴はヒューじゃないから、ヒューに怒りをぶつけるのはちょっと違うかもしれない。ヒューはなんだかんだ言って優しいからね)。
活心化してたから足がビリビリしただけで傷一つなかったけどね、死ぬかと思った。超怖かったッ…‼
ちょっと回想に耽った脳を現実に戻すべく、軽く頭を振る。
ふと、けたたましい音を通りに響かせる、私の〈武器〉が目に写った。
私が手に持っているのは散弾銃である。引き金を引くと、銃口から出た弾が複数に分かれ散らばりながら敵にダイレクトアタックする。一つ一つの弾の威力は小さめだけど数個、銃によると数十個の鉄の破片が超高速で同時に撃ち出されるという、かなりエグい銃だ。
散弾銃というのは弾が一度に沢山出る代わりに連射性能は低いというのが定石なのだが、私のこれはそういう法則はある程度無視できるらしい。現実で人に向けて撃ったら悲惨なことになりそうだ、そんなことしないけど。
……やったら即、クビだろうしね。そもそも活心時の力は、緊急時以外私事に使ったらダメだし。
なお、私はこれを散弾銃以外にも様々な銃に変えられて、銃以外に変化させるのもお手の物だ。今は反動を抑える為に両手を使うので持っていないが、銃と剣をそれぞれ持って戦うのが私の基本戦闘スタイルである。
ずどんずどんずどん。
どごばきがららんどっかーん。
そんな音を立てながら約10分、撃ちまくっていたらいつの間にか魔物は全部倒していた。
構えていた銃を下ろし、少し伸びをする。
「んん〜っ……ふう、これで終わりかな?やっと帰れる……」
「おい待て少し待て、後片付けもやらずに帰るとは言わないよな?」
「(……チッ)……バレたか」
「舌打ち!……今はテレビも来てるんだからもう少し取り繕ってよ」
「えっ……ほんとにマジで?」
ヒューが下を見るのにつられて、私も下を見る。すると、道路の上には巻き込まれた人を運ぶ救急隊員さんと救急車、テレビ局っぽい車が見えた。すでにレポーターらしき人は、大きいカメラを抱えた人と共に車を降りて、こちらを見上げている。
……げ。この後取材?やだやだ、早く帰らせてよぉ。まだ……
「まだ課題終わってないのに……」
「心の声が漏れてるよ、〈魔法少女〉。さあ、君の勤めを果たさなきゃ」
「うう……私、ファンサービスする為にヒーローなったんじゃ無いのに……」
そう、私は英雄だ。
〈魔法少女バイオネット〉というのは、ヒーローとしての私の名前。
魔法少女なんてプ◯キュアみたいで恥ずかしいことこの上ないけど、私がつけたんじゃないからしょうがない。
勝手につけられたのだ。ヒューに。
今よりも遠い昔、世界には人類の天敵として〈魔物〉が生まれ、蔓延っていた。
〈大戦時代〉と呼ばれる、人類存続の危機が迫っていた時代だ。
強大な力を持つ魔物に対して、人々は決定的な策を講じることができず、人類の安全は脅かされ、多くの命が失われた。
だが、その危機的状況の中、立ち上がる者達がいた。
それが、英雄だ。
彼らは人智を超えた存在から力を借り受け、その身一つで魔物と戦った。
その力は圧倒的で、後世まで、彼らは魔物に対する人類の抵抗の象徴として、崇められ讃えられるようになる。
そして、現代……
世界全体の人口は50億人を超えた。
対して、現在活動できるヒーローの数は47人。
ヒーローの一人あたりの負担が大きく、怪我や過労、年齢などで引退するヒーローは増え続けているのに、ヒーローになれるほどの心意を持っている者はほとんどいないらしい。
ヒーロー不足だからと言って、心意が足りないものをヒーローにしても、魔物に対抗できずに死んでしまう。ヒーローとしての強さ……活心時の強さは、心意力にそのまま直結するからだ。
社会でも、少子高齢化が騒がれているが、超人であるヒーロー達も例外ではないのだ。
……世界合計での魔物の出現数は、年々減り続け、今年で5年連続過去最低を記録している。
魔物に対して有効な化学兵器の開発も行われ、大国アメリカでは既に実用化されているらしい。
ヒーローが社会を支える時代は終わった、と言われるようになった。
ヒーロー不足の世の中、日本に在中するヒーローがたった2人しか居ないという現状が、それを如実に表している。
日本は、世界平均と比べても圧倒的に魔物出現率が高いのにも関わらず、だ。
今なら、また〈大戦〉規模の魔物の集団が世界を襲っても、ヒーローの助力なしで生き残れる人は世界人口の3分の2を確実に超えるだろう…と、ある著名な専門家が言ったことが引き金になり、非ヒーロー中心社会的な考えは世界全体に拡散され、共感されるようになった。
どこかの国では、「ヒーローに頼る生活は終わりにしよう」とスローガンを掲げたデモ運動まで起きているらしい。
ヒーロー達の心境としては、そのような考えが広まっていることは喜ばしいことである。
彼らは、人類の文化の発展を見守り、それを邪魔する魔物を倒すために存在するからだ。
普通では届かないような、文明の影で苦しんでいる人々を救うのが、今の私達の主な仕事だ。
カウンセラーか、困った時の隣人のようなものだと思って、接してくれれば良いと、アメリカの代表的なヒーローでありヒーロー達のまとめ役でもある〈俳優ニュー・グラディオン〉はヒーローインタビューで快活に笑い飛ばしていた。
ヒーローが世界をまとめる時代は終わったとしても、まだまだ世界にはヒーローを必要とする者は多いのだ。
……それでも、ごめんなさい。もう、魔法少女やめたいです。
流石にこのブラック具合はおかしいと思うのだ。
魔物が出たら授業中でも寝てるときでも即出動。それに加えてヒーローとして公共事業に参加、大きな事故が起きたら向かって警察や救急隊の補助、取材とかテレビ出演とかその他にも沢山の仕事etc。
確かにちゃんと、最初の契約条件どおりの給料は貰ってるし、皆のために戦うのは悪い気分ではないけれど、如何せん一個人の身にかかっている負担が大きすぎる。
……青春、青春をさせてください。女子高生だよ⁉
本当は、ヒーローをやめて彼氏作って、友だちと遊んでって青春したい。
活心するたび、指令を終えるたび、もうやめようかな、と思う。
けど、私の中の小さな正義感がそうするのを許してくれなくて、決定するのを先延ばしにして、今に至っているのだ。
そんなところは、やっぱり私も正義の味方なんだな、って少し感心してしまったりする。
もう一度足の下を見下ろして、小さくため息をついてから、ヒューにゆっくりと降下するよう指示する。
ゆっくりと地面が近づく中、物々しいショットガンを一振りして長い杖の形に変えてから、固まっていた表情筋をどうにかこうにか動かして笑みの形にした。
……さて、今回の取材は超特急で終わらせなきゃね。気合い、気合い。
ふわっ、とアスファルトに降り立ち、マイクを構えている記者達を真っ直ぐに見据える。
地に足がついた瞬間、突き出されたマイクと質問の数々に辟易しながら、私は脳内に叩き込まれた「インタビューで予想される質問とその答えのマニュアル(ヒーローの先輩作)」のことを思い出していた。
これは、魔法少女をやめたい私が、魔法少女としてはたらく。
そんな物語です。