左の道
美里ちゃん達と信号で別れて、今日の夕飯に思いを巡らせながら自転車を漕いでいた。そして、本日2度目の信号を渡る。
最短ルートである右の道をいつものように行こうとしたとき。目の前をふと、黒猫が横切った。
そのため、一時停止。
(うおぉ、危ね)
まぁ人間じゃないから当たり前ではあるのだけど、そいつは悪びれもせず、タッタッと歩いて過ぎた。黒い背中をぼーっと見ていると、なんだか気になってきた。別に猫なんて好きでもないけれど、なんとなくやつが歩いていった左の道を曲がることにした。
もうどこかに行ってしまったのか、猫の姿は見えなかった。かと言って来た道を戻るのも面倒臭いので、前へ前へと自転車を漕ぐ。
しばらく漕いでいたら、少し先の茂みに黒い影を捉えた。もしかしてさっきの猫だろうか。とりあえず自転車を道の端に止めて、影の見えた茂みに行ってみる。
視界の隅から隅まで、枝、葉、草。猫を追いかけるという当初の目的を忘れ、好奇心に体を乗っ取られていたあたしは、眼前の緑へ一歩を踏み出していた。
(こんな場所あったんだ)
右から行った方が早いと教わってからは、この道を通ることはなかった。それに以前この道を通ったときは、この茂みには目もくれていなかったのだ。
まるでかつて観た映画の冒頭のようなシチュエーションに少しだけ、胸が高鳴る。
ガサッ
前の方で聞こえたその音で、自分が猫を追跡してここに来たことを思い出した。とりあえず、木々の中に入れそうな隙間を見つけて進んでいく。
少し行くと、大きな木が見えた。その向こうには川があった。
(あそこまで行くと、この茂みも終わりか。どんな場所に繋がってるかわかったし猫もいないし、もう戻ろ)
一度止まって改めて辺りを見ると、大木の傍らに置いてあるリュックが気になった。何気なく木に近づくと、すぐ近くに何かが動く気配を感じた。
(え?)
また一歩。裏側に回る。
「うぁ…」
声を発したその人物は驚いたことに、見知った顔だった。