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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
壱のカイ 捨てる神あれば拾う神あり
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拾捌




 昨日、沖田が地学教室を去った後、柊は少しだけ左部とやり取りをした。その際、彼はまたも何もかもわかっているかのような顔で「若松くんと一緒に行ってもいいんだよ?」と言ったが、結局柊はそれを選ばなかった。既に沖田という一般人がいるために、これ以上人数が増えたら()()が面倒になるから、というのが表向きの理由だ。諒はハイキングの存在すら知らず、今頃は塾でいやいや勉強に励んでいることだろう。


 柊は地面に食い込んだ大きな岩を踏み越え沖田の背を追いながら、昨日の左部の言葉を反芻する。


 何故左部は行かないのかという柊の問いに、彼はやることがあるからと答えた。食い下がる柊をまあまあと宥めながら、ところで、と話題を変える。


 ──ところで、地学教室(うち)にある呪いの石を覚えてる? 梟の番がいるやつ。

 ──ええ。……それが?

 ──ぼくが『頑張った』ら、あれの生い立ちのようなものがわかったでしょう? あれって珍しいと思わない? ああいう怨念の塊と呼べる類いのものは、往々にしてあんな風に己の経緯を覚えていたりはしない。自分がどうしてそうなったのかも覚えておらず、ひたすらに障気を撒き散らすだけの存在に成り果てる筈なのに……。

 ──なにをおっしゃりたいのですか。


 苛々とし始めた柊は、またもまあまあと宥められた。


 ──要するに、あれは少なからず()()()の影響を受けている筈なんだ。影響と言うよりは、力を与えられたのかな。その原因が気になるんだ。あれも裏山──須頭(すず)山にいたものだからね。なにか今回のことと繋がっているかも知れない。できればそれも調べてきて欲しいんだよ。


 確かにそう言われれば、不自然だ。今回の件でその「なにか」に異変があったら、学校にある呪いの石にも影響が及ぶかも知れないなどと危険を囁かれれば、柊は渋々ながらも頷くしかなかった。そんな面倒な石などさっさと捨ててしまえばいいのにと柊は思ってしまうのだが、左部からするとこんな貴重な()()は失えない、ということらしい。まったく難儀な知的好奇心である。


 彼の言う「やること」が何なのかは知らないが、いくら柊が()()()に精通しているとはいえ、入部したばかりの後輩に神格絡みの厄介事を丸投げするのは如何なものか。確かに見えない左部ではできないことの方が多かろうが、それにしたって無茶振りと呼べる類いの命令ではないだろうか。


 もろもろの不満を発散させるように、柊は地面をぐっと強く踏みしめた。


 途中、岩間からちょろちょろと水が落ちている所や、開けた所にぽつんと建っている四阿(あずまや)などで休憩を挟んだりしつつ、登っていく。たった一歳の差とは言え、学年が違えば話せることなどあまりない。時折視界に入ってくる草花や鳥の話題で間を持たせながら、ふたりは山道を歩き続けた。






 だんだんと傾斜がキツくなり、岩肌の露出が増えてきて、流石の沖田でも息を弾ませ始めた頃。


「──ほら、あれだよ。祠!」


 指さす沖田につられて、柊はその先を見る。


「ああ……、本当ですね」


 「今にも壊れそうなぐらいの」という沖田の言葉に違わない祠が、そこにはあった。中腹ほどまで来ただろうか。見晴らしの良い場所にひとかかえ以上ほどもある大きな岩が鎮座しており、その上に木製の祠がちんまりと乗っかっている。格子戸がつけられ、中が見えないタイプの祠である。瓦は剥がれ、ところどころ朽ちてはいるものの、もとは立派であっただろうことが窺える造りだ。破風板の下にかろうじて引っかかっている額に書かれていただろう文字は、風化したのか、すっかり削れて読めなくなってしまっている。


 近づいて祠の後ろをひょいと覗くと、ぱっと木々が開けた崖のようになっており、ずっと下の方にぽつんと狩留堺(かるさか)高校の校舎が見えた。これでまだ上へと道が続いていると言うのだから、いかにこの山が大きいかがわかる。


 毎年頂上で昼食を食べるという沖田一家は、きっと体力がある人ばかりなのだろう。柊はひとつ頷きながら感心した。


「いったい何を──どなたを、でしょうか──祀っているのでしょう」

「俺も知らないけど、こんなとこに置いてあるなら道中の安全を祈願するやつかなと思って。通る度に皆で手を合わせてはいるんだけど」

「……俺も一応拝んでおいた方がいいでしょうかね」

「じゃあ一緒に手ぇ合わせるか」


 沖田の隣まで戻り、ちょうど胸のあたりにある祠に向かって、ふたりで静かに手を合わせる。神社ではないから、特定の作法は気にしなくとも問題はないだろう。


 しかしうすうす感じてはいたが、道端の何を祀っているかもわからない祠にも律儀に手を合わせるあたり、沖田一家はなかなかに信心深いようだ。そんな家族の影響か、沖田(まどか)は超常現象の類いには半信半疑だが、目に見えない存在にも少なからず敬意を払える少年のようだった。


 ──これならば、余計なことをして神を怒らせるという事態にはならなそうだ。


 ひと安心して、手を下ろし俯かせていた顔をふっと上げる。


 途端、柊はぴしりと体を固まらせた。


「で、どうしよっか。ここまで来たはいいけど、そもそもどうやって『ひろうかた』を見つけて(かわず)さんを取り返せばいいんだろうな。四辻(よつつじ)くん、部長さんからなんか聞いてる?」


 隣でのんきに話している沖田は、確実に気づいていない。柊は目の前から漂ってくる(ほの)かな神威に、ひくりと僅かに顔を引きつらせた。




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