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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
壱のカイ 捨てる神あれば拾う神あり
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拾漆




「しっかし、『ひろうかた』の正体がいまだに謎なのが不安要素なんだよねえ」


 何も知らない一般人を前に、どこまで口にしていいものか(ひいらぎ)にはわからない。しかし、その沖田(いっぱんじん)は超常現象を信じているわけではないが、文献研究部に相談してくる程度には理解があるようだ。多少おかしなことを言っても頭ごなしに突っぱねられることはないだろう。加えて、ここは()()()()相談事がよく持ち込まれることで有名であるらしい文研だ。普通でないようなことを言っていれば、逆に()()()が出て、問題はないのではあるまいか。相談者が他学年であるならば、普段の生活で奇異の目で見られることもなかろう。


 柊はそう考えて、結局自分も口を出すことにした。


「……(かわず)さんという神を留めておけているのであれば、『ひろうかた』もまた神格である可能性が高いと思われます」

「やっぱりそうかあ」

「そも、なぜ俗世に干渉してこない筈の存在が、沖田先輩の夢に出演されてまでその根付(ねつけ)を取り返すよう命じられたのでしょうか」

「そこだよね。御神体でもあるまいに」


 会話についていけず「神格……? 出演……、……根付ってなに……?」と呟いていた沖田へ、左部(さとり)が視線を向ける。


「君、なにか願った? その君が父親から貰ったストラップに。もしくは、蛙さん本体に向けて」

「え……?」

「神がそこまで物に執着するとしたら、その持ち主に興味を持ったか、またはその物に神が降ろされてしまったか、くらいしかぼくには考えられない。後者は、少し違うけれどいわゆる付喪神(つくもがみ)のことだね。今回は、神の本体は君の父親の実家の辺りにあるようだし、付喪神というよりは神の一部が移ってしまった、という感じになるのかも知れないけれど」


 人の願いは神々にとって、わかりやすく言うならば栄養分だ。それも、生命維持に必須なくらいの。言い換えれば、願いにはそれだけのエネルギーがあるということだ。そのエネルギーをひとつの物に込め続けたなら、その物に神が宿ることもある。左部が言ったのはそういうことだろう。


 問われた沖田は、一瞬だけ焦ったように息を詰めて視線を巡らせたが、その後すぐに笑顔を浮かべて


「あー、そりゃくだんないことは常に願ってるけど、はっきりカワズサンに向けてって言われると……わかんないかなあ」


と答えた。


 その笑顔は、愛想笑いというか、作られたものだとすぐにわかる程度には、完成度の低いものだった。人の心情を推し量るのが至極苦手な柊でさえ、これは嘘だなとわかるほどに。


「ふうーん……。そっかそっか。なるほど」


 左部が何か心得たように何度も頷く。その目は三日月に笑んでいて、柊は心の中で怖いなあと呟いた。


 何もかもを把握したようなその表情に、今きっと沖田は恐怖していることだろう。


「さて、」


 いきなり左部がぐるんと首を回して、彼の横に座っている柊を向いた。びくりと体を揺らす沖田と柊に構わず口を開く。


「ということで四辻(よつつじ)くん、ハイキングの準備を忘れずにね!」

「……はあ?」


 思わず後輩にあるまじき態度をとってしまったが、そんな柊を気にもせず、そのまま言葉を続ける。


「必要なものは君のことだから誰かに訊かなくてもわかるだろうけれど、もしわからなければ沖田くんに訊いてね! きっと手取り足取り教えてくれるでしょう!」

「えっ?」


 わけもわからぬまま巻き込まれた沖田も、疑問の声をあげた。


「明日明後日の予定はないよね? いやあ、ちょうど今日が金曜でよかったよ。早速解決に漕ぎ出せる──」

「いえ、ちょっと待ってください」


 怒涛の勢いでしゃべり続ける左部を柊が片手で制して、遮った。


「サトリ先輩がおっしゃることの意味がよく理解できていません。イチから説明していただきたい」


 うんうん、と沖田も同意を示しているところを見ると、これは左部ひとりの暴走と見て間違いはなさそうだ。一瞬沖田と予め何か予定を決めていたのかとも考えたけれど、やはりそんなことはないらしい。


 「え? 今のでわからなかった?」ときょとんとした顔で(のたま)う左部に、ちょっとした苛立ちを覚える。


 こんなひとだっただろうかと遠い目をしかけて、そういえばこんな──ひとをおちょくるのが好きな──ひとだったと瞬時に思い直した。きっときょとんとした顔も演技である。一月と少しの短い付き合いだが、それくらいは把握できるほどに、柊は左部に──ときには(りょう)と共謀して──悪戯をしかけられていた。その度に柊は、比較的まともな愉快犯と、比較的タチの悪い愉快犯が手を組むなんて、字面からして厄介すぎるとため息を吐いていたが。柊は既に、帰宅すればそこにいる、純然たる愉快犯(おば)でお腹いっぱいであった。


「まあ戯れはこれくらいにして──」


 チッと無表情で舌打ちをひとつ。長机を挟んで向かい側に座る沖田が、ぎょっとした顔で柊を見た。これまで敬語を崩さず、更には無表情も崩さなかったため、柊のことを清廉潔白な人間だとでも思っていたのだろうか。残念、猫を被らない柊は存外ガラが悪い。


「早速、蛙を取り返してきて欲しいんだ。明日は休みだろう? 文研は休日にまで活動しないし」


 沖田くんの部活はどうだか知らないけれど、と意味ありげに彼を見た後、また柊に向き直って、「須頭(すず)山に行ってきてよ」とにこやかに命じた。




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