拾肆
すみません、先週予約投稿するの忘れてました。リアルが忙しくてですね……。
言い訳はこのくらいにして、それではどうぞ。
「そんなことよりも、早く薬を塗りますよ。痛いでしょう」
「ああ、そういえばそのためにコンさんが来てくれたんだっけ」
忘れていたのか。痛みがないわけではなかろうに。
柊が呆れのため息を吐いた。
今なら、左部に実は痛覚がなかったと言われても信じられる。仮に痛覚があったとしても、この人ならば片腕を引きちぎられても笑顔を保てるような気さえする。そういった、余裕というか、表面を取り繕う高い技術が、サトリ先輩にはある気がした。
左部がコンを撫でる手を止めて、「それじゃあお願いしようかな」と柊に振り向く。
柊は椅子に座り、さっさと座れとでも言いたげに、対面の椅子を手で指し示している。それに苦笑しつつ、左部も促されるままその椅子に腰かけた。
「手を」
「はい、どうぞ」
すっと差し出された左手を、赤くなっている指先に触れないよう注意しながらそっと掴む。机についている柊の肘の横には、ぱかりと開かれた二枚貝が置かれていた。コンが咥えていたものだ。
その二枚貝の片方の殻には、翡翠色にてろりと淡く輝く、粘度の高い液体が入れられている。不透明だが、よくよく見ていると、その液体の奥の方で、金色の微細な粒子が瞬いているのが見えた。真夏の田舎で見上げる、天の川の星雲のようだ。
「それが?」
「ええ」
霊薬や神薬という言葉はこんなふうに美しく煌めくものにこそ相応しいだろう。そう思って左部が訊ねると、柊は変わらずの無表情でなんでもないように頷いた。
柊がその液体をひとさし指の先にたっぷりと掬い、掴んでいる左部の手に塗ろうと近づける。
「一応訊くけれど、それを使ってもぼくが不老不死になったりはしないよね?」
その様子をじっと見つめていた左部が、ないとは思うが、と聞こえてきそうな様子でそう訊ねてきた。しかし、その手を掴む柊の手は退けられる気配はない。
霊薬、神薬と呼ばれるものは、ときに服用すると不老不死になれる効能を持っているという。左部もそれを知っていたのだろう。
「なりたいんですか」
ちらりと手元から左部の顔へ一瞬だけ視線を移してから、特に何の感情もこもっていない声で訊き返す。
「いや、なりたくないから訊いてるんだよ。ひとりだけ不老不死でずっと死ねないだなんて、ただの地獄じゃあないか」
──地獄。
不老不死の特性を持った場合の生をそう表した左部に、柊は一瞬だけぴたりと体の動きをとめた。
カイが違うものたちは、往々にしてその時計が狂っている。
老いることもなく、力の衰退により消失するか、祓い屋に消失させられるかしない限りは、あれらは死なない。柊は、そんなものたちに、まれに思いを馳せることがある。人ならば気が狂ってしまうような悠久のときを生きる彼らは、いったいどんな気持ちで、生き続けてきたのだろうか、と。
祓魔の一族である四辻に生まれたものとしては、カイが違うものの気持ちを考えるだなんて、許されないことだけれど。
本家で自分が危険視されているのは、鬼の瞳を所持しているからだけでなく、そういう、あやかし寄りの考えを持ってしまうからなのだろう。柊はうすうす自覚していた。
「……そうですか。大丈夫ですよ、そんな効能はありませんから」
「そっか、よかった。それじゃあ、よろしく」
柊の叔母が作る霊薬には、素晴らしい回復力を持たせる効能はあれど、生き物を不老不死にさせることはできない。
そう柊が簡潔に述べると、左部は安心したように僅かにまなじりを下げて、掴まれていない方の手でどうぞと促した。
やっとか、とひとつ息を吐く。ひとさし指にたっぷりとつけていた翡翠の薬を、左部の赤く熱を持っている箇所へ塗っていく。そっと、刺激で更なる痛みを与えないように。
「さっき、コンは君が名づけたと言っていたけれど」
「はい」
薬を塗られている間は暇なのか、左部が新たな話題を口に出した。
「ということは、君とコンさんは名づけの儀式により何らかの契約を交わした仲なのかい? 祓魔師はあやかしに名をつけて式にすると聞いたことがある」
確かに、名づけは妖術的に大きな意味をもつことが多い。名は縛りだから。名に込められた願いは、かくあれかしと、その対象を縛りつける。柊も、それに縛られている。
「いいえ。儀式なんてたいそうなものではなくて……」
患部に薬を塗り込む手を止めずに、柊は言い淀んだ。
コンの名づけについては、柊の生い立ちが関係してくるのだ。本家の者や、諒などの一般人と比べて、自分の身の上は普通だとは言えないことを知っていた。そこを省いてもわかるように説明するのは、なかなかに難しい。
「……幼い頃、名前を訊いても皆教えてくれなかったので、俺が勝手につけただけなんです。呼びにくいだろう、と文句を言いながら」
目をそっと閉じれば、眼裏にあの森が鮮明に浮かんでくる。緑鮮やかな木々が乱立し、重なりあう葉の隙間から漏れ落ちる光が地を覆う苔に反射して辺りを照らす。生きているにおいが充満した、人の立ち入らない穏やかで賑やかな森。
柊はそこで、多くのあやかしと共に暮らしていた。
コンと、アオと、ミドリと……。
幼い頃は語彙が少なくて、名づけといってもごくごく単純なつけかただった。黒猫にクロと名づけるような。
読んでくださり、ありがとうございます。




