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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
壱のカイ 捨てる神あれば拾う神あり
36/45

拾参

 評価ありがとうございます! とても嬉しい。




 ──カツ、カツ。


 そのとき、グラウンドに面しているほうの、暗幕のひかれた窓の外から音が聞こえてきた。ちょうど数分前に(ひいらぎ)人形(ひとがた)を放ったあたりだ。


 何か硬い小さなものを、硝子(がらす)に軽く打ちつけたような音。決して大きくはないが、現在柊と左部(さとり)のふたりしかいない地学教室では他の物音にかき消されることもなく、はっきりと耳についた。


 どちらが発したものか、「あ」と呟いて、次いで柊が「来た」と既に少し引いていた回転椅子から立ち上がった。


 すたすたと窓辺に近寄り、暗幕をシャッと勢いよく開ける。その硝子の向こうには、真っ黒な塊が鎮座していた。


「おつかれ、ありがとう」


 サッシに触れたときパチッと一瞬静電気が走ったが、それを気にもとめずカラカラと音を立てながら窓を開けた。黒い塊に手を伸ばしてそっと撫でる。


 ぴょん、と窓の桟に飛び乗ったその黒い塊を、左部は近すぎない距離に立って、まじまじと観察した。


 基本的には黒いが、向きによって深い緑や青に光って見える羽。全体的に凹凸が少なくすっとしていて、横から見ると頭から(くちばし)の先までほぼ直線で描けそうだ。その嘴には、直径4センチメートルほどの、円く平べったい白い何かが挟まっている。細い両足は、爪の先まで真っ黒だった。


 ──(からす)だ。


 そう、ごみ捨て場や電線の上、町中や公園でよく目にする、あの鳥。嘴や体の形からすると、嘴細烏(はしぼそがらす)だろうか。


「『コン』と言うから、てっきり狐かと思っていたけれど。烏なんだね」

「ええ」


 しかし一般の烏と違うところが、ひとつだけ。


 目が、黄色なのだ。いや、黄色というと語弊があるかも知れない。黄よりももっと深く、煌びやかで、落ち着いていて、透き通っていて、滑らかで、美しい。例えるならばそう──琥珀のような。鷹とも梟とも猫とも狼とも違うその美しさは、その烏がこの世のものでないことを表しているかのようだった。


 そこまで見てとって、あれ、と左部は思う。


「なんでぼくにも見えてるのかな?」


 先ほど柊が言った「カイが違う」という言葉が本当ならば、見る力も聞く力も持っていない左部には、この烏は見えないはずなのだ。実際、地学教室の呪いの石の封印を開けたとき、番人──梟の姿は左部の目には映っていなかった。


「あ、本当ですね。サトリ先輩、見えないのでしたか」


 烏が口に咥えていた何かを受け取っていた柊は驚いて、斜め後ろに立っている左部を振り返った。その視線を辿り、ぴたりと烏の目に向かっていることを知って、小さく頷く。何かに納得したようだ。


「おそらくですが、こいつがわざと見えるようにしているのでしょう」


 こいつ、と言いながら烏の頭を撫でた。烏はそれを反撃せずに受け入れている。


 見えない人間にも見えるようにすることが可能なのかと驚愕し、左部はその驚きをそのまま口に出した。


「そんなことできるのかい?!」


 五月蝿(うるさ)そうにコンが羽根をばたつかせて、胸をのけ反らせ頭を左部から遠ざけた。ずいぶん感情豊かな烏であるらしい。


「ええ。よくは知りませんが、こいつはそこそこに力があるらしいですから。お使いを頼んだときには、たいてい普通の人間にも見えるよう調節してくれるんです。他のひとに見えないままだと、俺の挙動が不審に思われてしまいますから。もちろん、都合の悪いときにはそんなことはしませんが」

「へえ……、ずいぶん賢いんだねえ」


 左部の感心したふうな言葉に、馬鹿にされたと思ったのか、烏が「ア゛ー!」と野太い声で短く鳴いた。


 柊が内心苦笑する。


「それはそうですよ。コンはただの烏ではなくて、烏天狗ですから。知性は相応にあります。人型になったときにはちゃんと喋りますし」

「え」


 左部が目を見開いて柊を見た。


「君、烏天狗なんか飼ってるのかい?」


 純粋な驚きではなく、少しの呆れと恐れを含めたような声音。


 烏天狗は、猛禽類のような(くちばし)と羽根をもち、山伏装束に身を包んでいるとされる、伝説上の存在だ。神通力を使うと言われている。文献には山でその姿を見たという記述が多く、そこから山岳信仰と結びつけられたのか、神社仏閣でその像が祀られていることも少なからずあるらしい。


「飼ってませんよ」

「じゃあ烏? 駄目だよ、烏は野鳥だから飼っちゃあ」

「違います」


 烏天狗だと言ったのに烏と訊くとは、混乱しているのか、それともわざとなのか。後者だろうとは思うが、もしそうだとしたら大分おふざけが入っている気がする。


「はー、しかし、烏天狗なんていう伝説の生き物をこの目で見られる日が来ようとは……。今は烏にしか見えないけれど」


 左部が更にコンに近づいて、その姿を目に焼きつけながら感嘆している。生来ひとの心を感じはすれど見えない体質である彼は、思わぬ形でカイが違う存在を視覚で捉えることができて感無量であるらしい。


 触っても良いかと訊ねられたので、柊はコンに目線を送って何事かを確認してから、いいですよと許可を出した。


 柊の隣に立ち、腰を曲げておそるおそる右手を伸ばす。左部の長くすらりとした指が、烏の頭に触れた。すっと滑るように撫でる。コンは抵抗せず、じっとそのまま大人しく撫でられている。思わず左部の口から「おおー」と声が漏れた。


「ここにある文献には、『烏天狗』と名がついていても実際の烏とは関連性がないと記されていたけれど、コンさんは烏の姿なんですね?」


 烏天狗の気に障らぬようゆっくり慎重にその小さな頭を撫でながら、目の前の存在に話しかけるように左部が訊ねた。


 流石は文献研究部の部長と言うべきか、烏天狗がどんな存在なのか把握しているようだ。


「そちらのほうが都合がよいからと、普段はその姿で動き回っているんです。猛禽類ですと烏よりは目立ちますし」


 現在は喋れる体の構造でないコンの代わりに、柊がその問いかけに答えた。


 本家の屋敷にある文献には、烏天狗が別の姿に変化(へんげ)したという記述はなかったが、神通力を持っているのならばそれも可能なのだろう。調べたところによると、神通力とはあらゆる事を自由自在になし得る、神のごとき力であるそうだから。




 なんか、いろいろと寄り道しながら書いてたら、ぜんぜん話の本筋が進まないんですよね。皆さんちょうど良い具合に取捨選択してらっしゃいますけれど、どうやっているんでしょう。やっぱり2000文字ずつだと途切れ途切れになって流れがわからなくなっちゃうんですかねえ……。


 展開が遅くてすみません。

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