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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
壱のカイ 捨てる神あれば拾う神あり
35/45

拾弐




「今の時間はまだ叔母もいませんし、そもそも俺は端末を持っていませんので、それは不可能です」

「ええっ!」


 左部がいささか大袈裟に驚く。


「君、今どきケータイ持ってないの? 嘘でしょう。どうやって生きてるの? ぼく、今どきの子は皆、スマホがなかったら死んじゃうものだと思ってた」


 いや、あんたも「今どきの子」だろう。いったいどこ目線なんだ。


 柊は内心ツッコミを入れつつ、またこの説明をしなければならないのかとうんざりした。ため息を吐く。


「俺の体は圧倒的に電子機器と相性が悪いらしく、俺が長時間触っているとぶっ壊れるんですよ。お陰さまでそれ関係にはてんで縁がありません」


 つい最近も、クラス内で「連絡先交換しよーよ!」という流れになったとき、全く同じ内容を──もちろん敬語ではなかったが──話した。まったく毎度毎度面倒で仕方がない。ちなみに(りょう)は柊のとなりで「あ~、おれクラスのグループLINEとか面倒だからお断り~」とさらっと敵を作りそうな断りかたをして、聞くのは何度目かの体質の説明をする柊とその他の反応を見ながら、くくくと笑っていた。相変わらずである。


 もはや柊の人生では、「端末を持っていない」と言って驚かれ、理由を説明して疑念の目を向けられ、パソコンの授業などで事実だとわかり憐れまれるまでが、一種のルーティンと化していた。


 そんなにスマートフォンは生きていくのに必須なのだろうか。現在、確かに不便ではあるが生きていけないほどの不自由を感じていないため、柊はいちいち驚かれるほどでもないだろうにと不満に思っていた。


 「ええ、そんな、物語のなかでしか聞いたことない体質、実在してたの?」と、左部が上半身を僅かにのけ反らせておののいている。


「残念ながらここに」

「授業で今パソコン使っているのに、どうしてるの? 君の体質からするとパソコンも壊れないかな?」


 そう、まさにそれが今、柊と担任の糸原(いとはら)と、機械に関して頼られることが多いという教師、首藤(すどう)の頭を悩ませている問題であった。


「案の定壊れましたので、現在修理に出しています。修理に出している間、代わりにと学校から支給されたパソコンも二度壊れ、現在四代目のパソコンを使用中です」


 近頃ではもはや、教師たちの間でネタのようにされつつあるらしい。柊としては笑い事ではないのだが。しかし面倒ごととして嫌われるよりは、笑ってくれる方が気が楽ではあった。


「んふっ、あはっはは」


 流石は愉快犯な笑い上戸というべきか。口元に手をやりながらも、怪しげな笑い声で笑っている。もう片方の腕は、腹を押さえている。


 もう一度言うが、柊にとっては笑い事ではない。


「っふ、ごめんごめん。ちょっと、んふっ、面白くて」


 無表情ながらもじっとりと左部を見ていると、彼は笑いを圧し殺すことができていないまま、言い訳になっていない本音をこぼした。


 はー……、と深く息を吐き、笑いをやっと噛み殺した左部が、そこは戻すことができていないにやにやした顔を柊に向ける。目尻に少したまった涙をその長い指先で拭うと、「それで?」と話を戻した。


「片道だけのあの形代(かたしろ)を送って、どうやって持ってくるんだい?」

「……伝言を記しましたので、それを読んだコンが持ってきてくれると……」


 やはり痛みがあるのか、先程から主に動いているのは右手だ。ただ左部の利き手が右手であるというだけかも知れないが。


 柊の防御のせいで傷つけてしまった左手を見ると、まだ水ぶくれにはなっていないものの、赤みがさらに増して痛々しい様相になっていた。


 やはり薬があればすぐに治るとは言えど、痛みを少しでも抑えるためにも、流水で冷やした方がいいのではなかろうか。


「コン? って、誰? 名前からすると人じゃあないようだけれど」

「…………そぉ、ですねぇ……」


 痛いのなら無理せずに冷やせば良いのに。強がりなのか。今すぐ左部の手をひっ掴んで、教室の窓側に設置されている手洗い場でびしょびしょにしてやろうか。いっそのこと保健室に行って保冷剤を、いや、そうすると火傷の説明が──。


「ねえ。四辻(よつつじ)くーん?」


 コンコン、と長机の柊に近い部分を叩かれて、じっと左部の手を見ていた柊はハッと目線を上げた。


「ああ、はい、なんですか」


 最善策はどれだろうかと考えていて、先ほどまで上の空だった。


 何の話だったか。たしか、どうやって薬を持ってくるのか、という問いに答えたところだった気がする。


 左部が若干呆れたような顔をしながら、「コンって誰、もしくは何?」と、同じ問いかけを繰り返した。


「ああ」


 なるほど、と頷く。いつもならば「コンが持ってくる」と言ったときに説明も一緒にする気遣いができるのだが、どうやら考え事をしているときの自分はポンコツ気味らしい。そこまで気が回っていなかった。


「コンというのは、俺が名づけた…………えっと、取り敢えず生き物ではあります」


 いや、生きているのか……? と悩み始めた柊の要領を得ない説明に、左部が首を捻る。


「生きているのかもわからないようなものなのかい? ゾンビかなにか?」

「いえ、そういうわけでは……。カイが違うんです」

「ああ、そういう」


 今度は左部が頷いた。


「あやかしものなのか。変化(へんげ)でもするのかな、説明ができないということは」

「あ、いいえ、姿はほとんど一定ですし、種族の名前もわかっているんですが」

「うん? じゃあなぜ言い淀むんだい? それを言えばいいじゃない」


 柊は回転椅子を少し引いて、どう言おうかと目を空中に泳がせる。


「……普段の姿を言っても、種族を言っても、なんとなくサトリ先輩に引かれる気がしましたので……」

「ええー、そんなことはないと思うけれど。まあ取り敢えず言ってみてよ、引かないから」


 ほらほら、と好奇心を隠せない様子で、少し身を乗り出して手をひらひらさせる左部。それに圧され、柊は、まあこの変人なら大丈夫か、と諦めて口を開いた。


「コンは──」




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