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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
壱のカイ 捨てる神あれば拾う神あり
34/45

拾壱




 左部(さとり)は笑顔を浮かべつつも、こちらの様子を伺いながら、同じ轍を踏まぬようにか手を後ろ手に組んでいる。一瞬だけ躊躇うように口を開閉した。


「……何でああなったか、訊いても?」


 低く心地の良い声で訊ねられる。訊かれるだろうことは予想していたのに、どう言うのが最善かわからない。「ぇー」と小さく漏らしつつ、それに対する答え方を探した。目が空中を彷徨(うろつ)く。


「ちょっと、尖端恐怖症気味、と言いますか……」

「尖端恐怖症? そういうひとは、針とかの尖ったものを見ると、精神的に動揺してとっさに目が開けられなくなることがある、と読んだことがあるのだけれど」

「あぁ……そうらしいですね」


 どこで読んだのか、やたら詳しい説明を垂れ流す左部に、もはや投げやりになって相づちを打った。


「君の場合の『尖ったもの』は、指ってこと?」

「そうですね」

「だけれど、さっき針は平気そうに触っていたしなんなら刺していたよね?」

「…………」


 こんなときに、サトリ先輩らしい聡さを見せないでほしい。


 (ひいらぎ)は面倒になって、胸中で嘆息しながら顔を眼鏡ごと右手で覆って肘を膝につけた。


「あー……」


 曖昧な思案の声が口から漏れる。


「…………指が苦手なんです。普通に見るぶんには問題ないのですが……、目に向かってくる、ひとの指が、ダメで」


 特に女の指は。という言葉は、口に出さなかった。声にしてしまうと、あの痛みと共に、この世で一番苦手なあの女を──義母(はは)を、詳細に思い出してしまう気がして。


 細く白いあの指。節まで細くて、家事なんてしたことがなさそうで。よく手入れがされた、光るような尖った爪が乗っていて──。


 ──ああ、気持ち悪い。


「君のそれは、恐怖症というよりはトラウマ、と言った方が近い気がするな」


 顔を覆う手を両手に増やして、さらに深く背を曲げた柊に、左部がふむ、と顎に手をやりながら呟く。


 柊は顔を上げて、いつの間にかもといた椅子に座っていた彼を見た。


「……トラウマとまでは、いっていないと思いますが……」

「どうかな。君が『そこまでじゃない』と自分に言い聞かせているだけかも知れないよ」


 ──君自身の心を守るために、ね。


 真剣な光を宿した赤茶の瞳が、スクエア眼鏡のレンズの奥からこちらを見つめている。


 何故だかそこに、惹き寄せられる。自分の根本を見透かされているような気がして、けれども不思議と柊の心は強張るどころか、それを受け入れるようにほどけてしまっていた。


 瞳孔の奥の奥までも見えるほどじっと視線を集中させながら、柊は、この奇妙な感覚が、サトリの力なのかも知れないと思った。


 波うつ感情を平らかに均され、抵抗する気も起きさせない。そんな、瞳。


 ──柊が彼から目を離せないでいると、急に左部の瞳からふっと力が抜けた。すっと細められ、弧を描く。


 と同時に、柊ははっと正気を取り戻した。


 ぱちぱちと何度かまばたきを繰り返す。


「──まあ、君に何があったかは訊くつもりはないから、安心してよ」


 左部が柔らかな調子でそう告げた。


 向けられるのが己を見通すような強い視線ではなくなって、柊は目を下へ逸らしてほっと胸に手を当てた。


 ざわりと落ち着かないのに、それをむりやり平らにされて、ほぐされて、心の奥底に手を伸ばされるような。あの妙な感覚は慣れられそうにないし、慣れたくない。


 もともとひとと目を合わせるのが苦手だが、左部とは特に、今後視線を長時間交えないようにしよう。


 不自然なまでに緩やかな心臓の拍動をてのひらに感じながら、柊は密かにそう決めた。


 そんな柊の決意を知ってか知らずか、左部はこの話はもうおしまいとばかりにひとつ柏手を打つ。いつも通りに、にっこりと胡散臭い笑みを顔じゅうに浮かべた。


「ところで、遣いを出すとさっき言っていたけれど」

「え、ああ、はい。言いましたが」


 唐突に話題をぐるんと変えられて、戸惑いつつも「それがなにか」と首を傾げる。


 再び視界に入れた左部の瞳は、好奇心からか輝いていた。


「さっきの──形代(かたしろ)、っていうのかな、あれが君の家から薬を持って帰ってくるの?」

「あぁ、いえ、あれには片道分の耐久性しか持たせていませんので。家の中を探して、薬を掴んで持ってくるほどの能も持っていませんし」


 いくら力を分け与え、代償と繋がりとして己の血を付着させたとは言え、あの人形(ひとがた)にそこまでの機能はない。あれは所詮、定型に切っただけの、ただの(こうぞ)紙だ。もっと時間と労力をかけて作った紙人形ならば、もう少しは役に立つかも知れないが。


「あれはただの伝言役です」


 ふうん、と左部が興味深げに相づちを打つ。


「じゃあ、あれは昔で言う飛脚、現代ならちょっと手間がかかる電話ってところか」


 そこまで言ったところで、何かに気がついたかのようにあれ、と呟いた。


「それなら、君の家のひとに電話をかければいいんじゃあない?」


 首を傾げて、「この高校には持ち込みオーケーだし、いくら校内で電源をつけちゃ駄目とは言っても、そんなのバレなきゃいいんだから。ぼくが許可するよ?」と、部長兼先輩にあるまじき発言をかます。


 流石にそれはどうなんだと思いながら、柊は説明のために口を開いた。




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