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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
壱のカイ 捨てる神あれば拾う神あり
33/45

 ちょっと柊に対する認識が変化し、その他色々ありまして、零のカイ 参 での諒の柊へのあだ名を、「雪猫」から「雪兎」に変更しました。詳しくは上記の話をお読みください。




「……どうしましょうか。このまま帰られて、薬を服用されるのが明日になりますと、水ぶくれになってとても痛いと思います」

「まあ結果的に治るのであれば、それくらい我慢するよ? もともと薬がなくてもどうにかするつもりだったし」


 しばしの間顎に手を添えて考え込む。やりようがこれ以外思いつかず、仕方なくスラックスの後ろポケットから人形(ひとがた)の和紙を取り出した。


「遣いを出します」


 カッターシャツの胸ポケットからは小型の筆ペンを出し、さらさらと和紙に書きつける。


「そんなに急がなくても」

「火傷なんですから、急がねばなりません。本来ならば今すぐ先輩の手を氷水にぶちこむ必要があります」


 ぶちこむって……と微妙な顔をする左部に目を向けることもなく、何事かを書き終わると、暗幕を避けつつ校庭に面している方の窓を開けた。どこから取り出したのか、つや消しの白に塗られた長めの針で人差し指の先を刺す。ぷくりと出てきた赤い血を人形(ひとがた)にすりつけ、開いた窓の外へふっと息を吹きかけた。


 ひらり。細長い人形(ひとがた)が飛んでいく。風に飛ばされているのではなく、まさに飛んでいるかのような軌跡だった。


「おおー! 初めて見たよ、祓い屋が術を使うところ」

「そうですか」

「いやあ、不思議だねえ……」


 左部がじっと手元を見てくる。


 柊は血を出した方の手を左部に見えないように身体で隠しつつ、手早く絆創膏を取り出して張りつける。その後、使い終えた針をさっと白い布で拭き取りカフスに縫いとめた。


「その針って、いつもそうやって袖に刺してるの?」


 一部始終を見つめていた左部が、柊の袖口を指差して訊ねた。


「……ええ。あった方が便利なので」


 本当ならば横手小刀が良いのだが、流石にそんなものを所持して登校は心情的に出来ないし、手に収まるほどではあるもののカッターより大きい刃物を使っていれば目立ってしまう。


「へえ、意外と目立たないものなんだね。気がつかなかった」


 カフスボタンの横の辺りにつけられたそれは、注視すれば何かがあるとわかる程度で、言われなければ気づかないだろう。


「──ところで、」


 つや消し塗料を塗ることで静電気は抑えられているが、やはり先端まで塗ってしまうと少々刺さりにくい。塗り方を変えた方が良いだろうか──。


 袖をいじりつつそんなことを考えていたが、左部の柔らかい声に顔を上げる。


「遣いが戻ってくる前に、訊きたいことがあるんだけれど……」

「……俺の方こそ訊きたいのですが、なぜあんなことをなさったのですか」


 何を訊きたいのか予想はつくが、その前に先輩の行動の意味を知りたい。柊は薄く息を吐いて左部の近くまで戻ると、先ほどまで座っていた椅子に腰を下ろした。


「あぁ……。さっきは本当に申し訳なかった」

「謝罪はもう充分ですので。理由を教えて下さい」


 ズバッと左部の謝罪を一刀両断すると、彼は苦い表情を浮かべた。


「ええと、こうして改めて言おうとすると子どもみたいで恥ずかしいんだけれどね……」


 そう前置きをして、話し出す。


「君の瞳を見たかったんだ」

「……なぜ」

「えー、君みたいなのは初めて見たし、これからもきっと君以外にはそんな瞳を持つ人間には出会えないだろうから、今のうちにじっくり観察しておこうと思って。眼鏡を外そうとしたら弾かれてしまったけれど」


 思いの外くだらない理由に、柊はどっと疲れが押し寄せてきた。深いため息をつき、呆れの目で左部を見る。


 このひとは認知欲求と遊戯欲求のみで生きているのだろうか。


「それで、気は済みましたか」

「ああ、まあまあね」


 先ほどまでの反省した様子はどこへ行ったのか。にっこりと満足げな表情を浮かべる。


「眼鏡越しではあったけれど、美しいものを見られて満足だよ」

「……美しい……?」


 ぽつりと鸚鵡返しをした柊に、おや、と左部は眉を跳ね上げた。


「君は自分の瞳を見て綺麗だと思ったことはないのかい?」

「……俺の目は、()()()のものには映りませんので」


 ああそうか、と納得したように頷く。


 柊の瞳は、初めて会ったときに左部が言ったように、人間の血肉が多少混じってはいれど、「鬼の眼」なのだ。それはつまり、()()()側の──カイが違うものであるということだ。それゆえに、普通の鏡や硝子(がらす)には、柊の目は映ることはない。同じくカイが違う鏡でも覗き込めば見ることができるのかもしれないが、柊は生まれてこのかた、真っ黒に窪んだ、虚ろの眼窩しか見たことがない。


 そんな自分の目を、どうして美しいと感じられようか。むしろ柊には、とても醜悪で、忌むべきものとしか思えなかった。


「君の持つ鬼の瞳は、とても美しいよ。月長石って知ってる?」

「……名前だけならば。ムーンストーンとも呼ばれる石ですよね」

「そう。月白(げっぱく)色の光彩に、(またた)く碧や金、浅葱(あさぎ)の光。君のそれはまさしく、月光に翳したときの月長石(つきのいし)だよ。血の色が透けて見える瞳孔も、色の濃い紅水晶みたいだ」


 まっすぐとこちらを見つめてくる赤茶の瞳に、落ち着かなくなって柊は顔を背けた。


「……俺を口説いてどうするんだか」


 小さく呟く。この瞳を褒められることなんて、数えるほどしかなかったから、なんだかこそばゆい。肩をすくませた。


「よくそんなにすらすら言葉が出てきますよね。胡散臭い詐欺師みたいだ」


 少なくとも柊の周りには、人の瞳を石に例えて讃えるやつなんてひとりもいない。左部の科白は気障すぎて、少し気持ち悪かった。


「あはは、酷いなあ」


 左部が破顔した。


「あいにくとこの教室には置かれていないけれど、石のなかでぼくがいっとう好きなのが、月長石と日長石なんだ。いくらでも眺めていられる」


 だからときどき見せてくれると嬉しいな、とにこやかに首を傾ける。


「……嫌ですよ。なぜ俺があんたと見つめ合わなければならないのですか。月長石とやらを見たいならば、本物を好きなだけ眺めていてください」


 無表情ながらも若干の嫌悪感を露にして言い放つ。


 失礼にもとれる物言いをした柊に、仮にも先輩である左部は面喰らったように目を見開いたあと、「これは手厳しい」と言って笑った。




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