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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
壱のカイ 捨てる神あれば拾う神あり
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「アマガエルみたいな、と沖田(おきた)くんは言っていたけれど、それって珍しいよね。ガマガエル関係の怪異話ならよく聞くんだけどなあ」

「そうですね……」


 確かに、本家の蔵で柊がよく目にしたのは、蛙に焦点を当てれば、ガマガエルのものばかりだった気がする。あやかしとして記録されていたのも、大蝦蟇だけだった。


「しかしアマガエルは、一部の地域では雨や豊穣の神として祀られていたりもするそうですし、そもそも蛙自体が『帰る』『変える』と掛けて縁起がよいものとされています。そういった関係のモノならば、アマガエルであっても不思議はないかと」

「うーん、そうだねぇ……」


 長机に上半身を乗り出したままの位置で肘を置き、揃えた手の上に顎を乗せ、左部が唸る。


「それじゃあ、沖田くんが落としたのは、そういった御守か、蛙を祀っている御神体か、蛙の(なり)をした付喪神(つくもがみ)が宿っているなにかか……。うーん、けっこう候補が多いねえ」

「こればかりは沖田先輩ご本人にしか確認できませんので、彼がいらっしゃるまではわからないのでは」

「そうだね」


 しゅる。柊が一枚メモを捲る。


 音に反応して柊の手元に目をやった左部が、そこに記された文字の羅列をしばらく見て言う。


「それにしても、家にまで(つか)いを送るとは。それだけの力を持っているっていうことなんだろうね」

「……そうですね」


 朝起きて視線を感じカーテンを開けると、2階にある自室の窓の外に、小さな緑のアマガエルが一瞬だけ見える──という現象が、ここ5日間ほど続けて沖田の身に起きているらしい。


 離れた場所から、自分の眷属であろう蛙を遣わすには、それ相応の力が必要であるはずだ。


「しかも、『畏れ』を感じたとなると──」


 夢を見ている間、そして視線を感じているとき。「怖くはなかったし、悪いものではないとも思った。むしろ安心感のようなものを覚えた」と沖田は語った。それに加えて、「本来なら人間が口をきけないような存在だと、本能のようにわかった」とも。


 それすなわち「畏れ」であると、左部が言った。


「流石に神には手を出せないからなあ……」


 今回力になれることは少ないかもね、と苦笑する。


「神からの御命令ともなれば、本人にやらせるしかないよ。下手に他人が介入すれば、なにをされるかわかったものじゃあない」

「……日本の神は祟りますからね」

「そのとおり」


 例え名もないほど弱くとも、神である限り人間から手を出すと手痛いしっぺ返しを喰らう。


 しかしその「神」と「あやかし」の線引きは、極めてあやうい。そもそも日本で信仰されてきた神とは、万物に宿るものである。「人より優れたもの」を何でもかんでも神と崇めたのだ。なんなら厠にも、そこいらの虫にも、小さな雑草にも、神は宿る。人間が神に成ることもあるのだ。八百万の神々とはよく言ったものだと柊は思う。


 要するに、人からの信仰を集めたものが神と呼ばれるのである。そのため、ときとして怪異──人の理屈では説明できない現象を起こすあやかしものも、神として信仰される場合がある。人は、見えぬがゆえに、それと知らずにあやかしを信奉する。そうすると、あやかしも神として成ることがあるのだ。単純に力が強いものを神と呼ぶこともある。


 ときたまそういった「成ったモノ」や「成りかけ」に手を出して、再起不能にまでされる祓い屋の話も、本家の集まりで耳にすることがあった。それを聞いた周囲の者たちの反応は様々だったが、ほとんどが「莫迦(ばか)が」と蔑むか、「自分なら失敗しない」と傲るかのどちらかだったように思う。


 発言を許されていない柊はただ静かに座っていたが、後者の反応をした者を心から軽蔑した。


 神とは畏れ敬うべき存在だ。言葉通りに、人の理を外れた存在だ。本来ならば、あやかしでさえも人間が手を出してはならないものなのだ。神の恐ろしさも、あやかしの恐ろしさも知らないから、そんなことが言える。


 ──あの美しさを見たならば、誰だって、神に手を出そうなどとは欠片も思えなくなるだろうに。


 人の願いを叶えてくれるような都合の良い神など信じてはいないが、神と呼べるものは確実に存在している。


 柊は見たのだ。あやかしから成ったものでなく、まして成りかけなんかでもなく、太古の昔よりこの地に(おわ)す金の太陽の姿とその神威を。


 それは目が潰れるほどに美しく、身体が焼けるほどに恐ろしい光景だった。


 もう二度と遭いたくない。


 あやかしにしたって、それよりはマシというだけであって、人間が意のままに操れるようなものではないのだ。本家の人間は、そういうところがわかっていないふしがある。


 現に父の狐たちだって、今は気分で仕えているけれど、気が変われば平気で主人に牙を剥くだろう。いくら契約を交わしたと言えど、式の方が父よりも強ければ、それは簡単に破られる。なにせ本妖(ほんにん)たちが柊にそう言った。「鬼の坊っちゃんには特別に教えてあげます」とさも楽しげに囁いて。


「まあ、アドバイスくらいなら気に触れることもないだろうし、ぼくらはせいぜい手じゃあなく口を出すことにしようか」


 内心苦虫を噛み潰していた柊に、左部がにやりと笑んで言った。柊のメモを覗き込んだ位置のままであるため、そのにんまりと歪んだ顔が至近距離にある。


 だいぶ不気味な顔だ。自分の友人も大概だが、この先輩もなかなかにぶっとんでいる。


「……そうですね」


 少し上半身をのけ反らせつつ、柊は答えた。




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