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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
序章 入学式
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2022.1.4 割り込み投稿しました。




「…………」


 そんな(ひいらぎ)を観察しながら、(りょう)は胸中であながち冗談でもないんだけどな~と呟く。自分のひとつ前の椅子に横向きに座りこちらへ顔を向けている柊に、すっと左手を伸ばす。


「……?」


 柊は僅かに首をかしげるも、その手を払い除けようとはしない。


 諒の指先がさらりと頬を撫で、その流れのままむにいっと掴んで引っ張る。触れる瞬間、ピリッと指先に痛みが走った。柊は、冬でもないのに静電気体質らしい。毎度なるものだから、諒ももはや慣れてしまった。どうにかして欲しい。


「…………おい、なに」


 頬の肉と歯茎の間に空間ができたことによりくぐもった声で、柊が無表情に不満を口にする。


「んー。相変わらずもちもちすべすべだなあと思って。ああ、つきたて餅食べたい」

「……俺のほっぺたをもにゅもにゅしながら言うな。だいぶ身の危険を感じる」


 どうしようこいつに喰われそうなんだが。たいして困っていなさそうな顔で、柊が虚空を見つめてぼやいた。柊の声はいつもひっそりとしていて、抑揚というものがあまりない。わざと演技をするときはそんなこともないのだが。ひどく心地の良い声だと思う。


 ──うーん、相変わらずまっしろなやつ。


 まっかな鮮血が映えそうな肌だなあなどと、ナチュラルに猟奇的なことを考える諒。その手はいまだに柊の頬をもにゅもにゅむにむにと弄っている。いつの間にか、片手から両手に増えていた。両手で挟み込み、餅が如くペッタンペッタンと捏ねてみる。


 うん、いい反発。いいお肉である。……いや、流石に喰わないけれど。


 目の前に座って大人しく諒にされるがままになっている友人は、およそ日焼けというものに縁がない。陸上部に所属し、外でバリバリに走りまくっていた中学のときでさえ、日焼け止めなどいっさい塗っていないくせにまっしろのままだった。その輝きは、女子が見て嫉妬するほど。


 本人曰く、「日に焼けたら火傷して皮がむけて元に戻るんだ」らしいが。諒は、彼が日焼けで真っ赤になっているところも、皮がむけてヒイヒイ言っているところも、一度も見たことがない。


 諒は密かにこの親友のことを、「雪兎」と呼んで楽しんでいた。


 ──こいつにぴったりじゃない? 白いし、暑さに弱そうだし。


 このあだ名を諒はけっこう気に入っている。はじめは猫のようなイメージを持っていたのだが、親しくなるにつれ兎かな? と思うようになった。


 大きな音が苦手らしく、急に音がするとビクッとなるし、何か食べ物を差し出すと必ずひくひく鼻を動かしながら嗅いでから口にいれるし、滅茶苦茶嫌いな人間に対してははっきりものを言うし。特に兎っぽいのは、知らないひとには人見知りして警戒心を丸出しにするのに、信頼関係を築けた人間には懐いてくるところだ。


 自惚れかもしれないが、諒は柊によく懐かれているという自覚があった。無表情だし冷たい態度だが、友人はなかなかに甘えたで寂しがりらしく、ことあるごとに近づいてくる。自分から触ろうとはしないし、柊に自覚はないようだが。たまに頭を撫でてやると、顔色を一切変えないまま、無意識にだろうが一切の抵抗をやめて固まるのだ。諒はその行動を、撫で続けてほしいのだと勝手に解釈して、自分が満足するまで撫でることにしていた。さらさらな髪は触り心地がよくて、諒にとっての密かな癒しとなっている。


 それに、こいつには凍てつくような寒さがよく似合う、と諒はしみじみと思う。それは柊が冷たい人間であるという意味ではない。むしろ諒としては、普通にいいやつだと思っている。そうではなく、柊には何故か無性に冬が似合うのだ。


 普段からあまり口数の多い方ではないからか、それとも表情を必要最低限の場面以外全く動かさないからか。名前が柊というのも関係しているのかも知れない。


 とにかくこの白い親友には、手足や鼻先がかじかむくらい冷たくて、肺が縮むほど清浄で、身体が引き締まるほど静謐な、冬の積雪した日の空気がふさわしい。だから、冬の夜明けの直前、空の澄んだ深い蒼がよく似合う、と諒は思う。


 こいつの隣にいると、何故だか妙に背筋が伸びるというか、しゃんとしなければという思いに駆られる。不思議だ。


 ──不思議といえば、なぜこいつは女子に騒がれていないのだろうか。まっしろだし、こんなに整った顔をしているのに。


 諒は柊の顔をじっくりと見つめてみる。今までもそうする度に、派手さはないが、ちょうどよい具合にそれぞれの場所にそれぞれのパーツが収まった、まとまりのいい顔だと諒は思ってきた。最近よく聞く、「しおがお」、というやつに近いかも知れない。女子どもが好きそうな、少し丸みを帯びた輪郭でもある。


 と、いうよりは、幼いのだろうか。「高校生です」と言われてもまったく不自然ではない程度には大人っぽいのだが、それは柊のまとう雰囲気によるものだ。恐らく、柊に笑みを浮かべさせた状態で写真を撮ったなら、それは誰の目にも中学生のように映るだろう。彼が笑顔で写真を撮られる場面など、諒には想像もつかないが。


 しかしそんな顔立ちにしては、不自然なほど目だたない。元から存在感の薄いやつではあるが、ふとした拍子に諒ですら柊の顔の細部を忘れてしまう。特に目の辺りは、まじまじとみているときには綺麗だと思うのに、そこから視線をそらすと同時に、なにがどう綺麗だったのか、どんな目だったのか、わからなくなる。ふっと記憶の焦点が合わなくなって、ぼやけて霞んでしまう。しかも自分はその状態をあまり気に止めない。


 何故なんだろう……──


「…………おい」

「ん~?」


 諒がむーんと目を細めて唸りながら考え込んでいると、柊が咎めるような声音で呼び掛けてきた。


「いい加減放せ。邪魔くさい」

「ええ~?」

「じゃ、ま、だって言ってる」


 考えている間じゅうずっとわしゃわしゃと動かしていた両手が、ぺしっと柊によって叩き落とされる。


「ああ~おれの癒しがあ~」

「なにが癒しだ。どうせわあーいおもちいーうまそおーとしか思ってないくせに」

「えええー? そんなことないよー」

「うわ白々しい」

「あっは」


 諒の語尾についてくる星マークを飛ばされ、柊は表情を変えないまま鬱陶しそうにしっしっと手を振った。ひどいなあー、と諒が楽しげに文句を垂れる。


 ──あれ、なにを考え込んでたんだっけ。


 親友に手をはたき落とされるまでなにかの謎について考えていたはずなのだが、なんのだったか。思い出せない。


「あれ?」

「なに」


 今度はなにを始めようとしてんだこいつ、と言いたげな視線を柊に送られる。


「うーん、柊が冷たいというところまでは考えていた気がする」

「喧嘩売ってるの」

「大安売りだよ~! 今ならなななんと! ひと喧嘩2万5千え~ん」

「高い」


 2本と5本の指をそれぞれ立てている諒の両手を、柊が指の揃えられた手で横からベシィッと叩いた。




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