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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
壱のカイ 捨てる神あれば拾う神あり
28/45

 ブックマークが増えてました。嬉しい……!


 読んでくださり、ありがとうございます!




「──なるほど。毎夜同じ夢を見る、と」

「うん」


 相談内容を一通り話し終え、左部(さとり)に同学年なのだから敬語じゃあなくてもいいよと言われた沖田(おきた)が、初めに比べたらいくぶんか軽い調子で返答した。


「それはいつ頃からかわかる? 具体的だとなお良いんだけれど」

「あー……。何日からとかは覚えてないけど、1週間とちょっと前くらいから?」

「じゃあ、今月の始めのあたりかな」

「たぶん」


 左部が軽く頷くのを横目に、(ひいらぎ)が口を挟む。


「その夢が始まった時期に、何かいつもと違う行動をしましたか」

「え、あーどうかな」


 同じ文研部員であると紹介はされたものの、今までずっと黙って話を聞いていた知らない後輩に訊ねられて、沖田は一瞬面食らった。おまけに、愛想の欠片も見受けられない無表情である。


 戸惑いつつも自分の過去を思い返し、何か心当たりがあったのか、彼はおずおずと口を開いた。


「……実は、夢を見始めてからちょっと思い当たることがないこともなかったんだよなぁ。ただ、ちょっと確信が持てなくて」

「ほお、それは? 何でもいいよ。今は確定的な情報じゃあなくても、手がかりになりそうならぼくらも知っておくべきだ」


 左部がにこやかに続きを促す。


 沖田は膝の上で両手を組んで、手遊びをしながら話し始めた。

 

「えーっと、この間祝日で三連休があっただろ?」

「ああ、憲法記念日とみどりの日とこどもの日、だね。今年は金曜が平日だったから完全なゴールデンウィークにはならなくて、残念だったよね。なかなか中途半端な連休で、ぼくもどこかへ遠出しようかと思っていたのだけれど、意外と日程が合わなくて何もできなかったんだ」


 祝日の名前と今年の連休に対する所見を、すらすらと考えるまでもなく述べた左部に、沖田は少し身体をのけ反らせる。すげえな……とわずかに聞こえた彼の感想は、良い意味なのか悪い意味なのか。柊の勝手な想像では、変人具合に引かれている可能性が高い。相槌にしては発言が長すぎるのである。


 部活動体験もどきのときにも思ったが、どうもこの先輩は、蘊蓄やら己の考えやらをだらだらと垂れ流すのが好きらしかった。


「ああ、まあその連休に、山登りに行ったんだよ。家族で。毎年この時期になると行くんだけど」

「山、ですか」

「そうそう、ここの裏のでっかいやつ。夢に出てくんのって蛙だからさ、水関係なのかと思って山を候補から外してた」

「なるほど」


 気を取り直してまた喋り始めた沖田に、柊が控えめに相槌をうった。


 確かに、蛙といえば水場だろう。夢で沖田がたたずんでいたのも水のなかだと言うから、山の可能性を排除してしまうのも無理はない。


「けど、やっぱ連休あたりで普段と違うことやったっていったら、そのくらいなんだよなあ」


 ふむ、としばし考え込んでいた左部が、唸る沖田に問いかける。


「でも、夢で蛙たちは、『おやまでわれらはひろわれた』と歌っていたんだよね?」

「うん。ぴょんぴょん跳ねながら。けど、たどたどしい──なんというか、子どもみたいな……? ──喋り方だから、俺にはそう聞こえたけど、ほんとは違うかもっす」

「1週間以上続けて聞いているんでしょう? なら、合っている可能性は高いよ。今のところそれしか手がかりがないから、合っているという仮定で考えようか」

「『ひろわれた』、ということは、沖田先輩が何かを『おやま』で落とされたのでしょうか」


 「ひろわれ」るという表現は、何かを落とすという行為、もしくは元からそこに何かがあるという事実が前提としてなくては成立しないはずだ。


 そう柊が主張すると、左部はひとつ頷いて肯定を示す。


「『で』、ということは『おやま』は恐らく場所だろうね。格助詞の『で』には様々な意味があるけれど、流石に状態や原因、手段じゃあないだろうし、そのまま『お山』で取って大丈夫そう。『ひろうかた』は『拾う方』、でいいのかな」


 組んだ手を机に乗せ、左部は沖田に「で、君、その山で何か落とした?」と訊ねた。


 無機物でも生物でも何でもいいけれど。と、相変わらずにこやかな笑みを浮かべたまま、少しだけ首を傾げる。


「んー……。どうすかねぇ……。目立つものだったら気づくんで、もし落としてたとしても大きいものじゃないと思うけど。ちょっと帰って見てみないとわかんないなぁ」


 顎に手を当て、うーんと考え込む彼に、左部は「それじゃあ、今日の相談はここまでにしようか」と立ち上がった。


「これ以上なんの情報もないままここで頭を使っていても、さしたる進展は望めないだろう。今日帰ったら、君の持ち物を確認してみて。それで失くなっているものが何かわかったら、もう一度うちに来てよ。ああもちろん、わからなくてもね」


 まだ座ったままの沖田は、悩みが全く解決されていないからか納得していない表情を浮かべて左部を見上げる。


 そんな彼に、ちょっと待ってて、と言い置いて、肝心の左部は地学準備室に引っ込んでしまった。薄暗いそこは地学教室の隣に位置し、地学教室とは一枚の扉で繋がっている。


 本来準備室といえば、例えば社会科準備室ならば社会科の教師が駐在しており、少し違うかもしれないが小規模の職員室のようなものであるはずなのだが、地学準備室は何故か使っている教師がいない。単純に地学の教師がいないからなのか、担当でない場所を使わなければならないほど教師の人数が多くないからなのか、あるいはそのどちらともか。


 学校側の事情に明るくない柊にはわからないが、兎にも角にも現在件の地学準備室は、ただの資料室と成り果てていた。


 柊も文献研究部に正式に入部したあと何度か入る機会があったが、綴られた年代様々な紙束たちが、四方に据えられた安っぽい金属製の棚いっぱいに詰められていた。文型の研究者や活字中毒者には垂涎ものの部屋だろう。


 事実、暇なときには何かしら文字を目で追ってしまう性分の柊は、本家の書庫でたくさんの書物は見慣れていたにも関わらず、らしくなく少々興奮気味に──表情というものは機能していなかったが──部屋じゅうを見渡してしまった。本家の書庫で調べものをするときは、柊も気づかぬうちに気を張ってしまって、純粋に書庫の空気や読み物を楽しめない状態であるからだろう。本家のなかに敵の多い柊にとっては、本家の屋敷は常に気を休められない場所だった。




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