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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
壱のカイ 捨てる神あれば拾う神あり
26/45

 すみません、書くべき順番を間違えてしまいましたので、


2/13 これの前の前に割り込み投稿しました。




 まだ読まれていない方は、重要な回ですので読んでいただきたく思います。




 土日が明けて月曜日。(ひいらぎ)は諒と共に、見知らぬ頭がたくさん詰まっている教室の扉の前に立っていた。現在は昼食を食べ終わり、昼休憩の最中(さなか)。「見知らぬ云々」のくだりは、目の前の教室が、本当に来たことのない場所だからだ。ふたりがいるのは4階。2年生の領域であった。


 上履きの色から1年生であることがバレバレであるため、周囲に行き交う上級生たちからすれ違いざまに視線を投げ掛けられている。部活の後輩が来ることもちょくちょくあるからかそこまでの注目は集めていないが、まったく落ち着かない。


 さっさとこの苦行を終わらせてしまいたくて、柊は隣の(りょう)の横腹を肘でついた。


「あーはいはい。行きますよ」


 ビビリめ。諒は悪態をつきながら、足を前へ進めた。いつもは胆の据わりすぎている友人にハラハラさせられている柊だが、こういうときばかりは感謝せずにいられない。なんだかんだ言いつつやってくれるところも、諒の良いところだった。少々口が悪いきらいがあるが。


 ひょこりと諒の頭が教室の出入り口から覗く。


「あの~すみません」

「あ、はい、なんですか?」


 近くにいた女子生徒ににこやかな笑顔を浮かべて話しかけると、気のいい人だったのか、自ら「誰か呼びます?」と提案してくれた。


「あ、ありがとうございます。沖野(おきの)先輩って今いらっしゃいますかね~?」

「マドちゃん? ちょっと待ってくださいね」


 女子生徒が教室の中の方へ振り向き、目でしばらく探した後「あ、マドちゃーん! 後輩ちゃんがお呼びだよー!」と軽く手を振って誰かに呼び掛けた。目当ての人が見つかったらしい。呼び方からすると、親しい間柄なのかもしれない。


 待っていると、ひとりの男子生徒が奥の方から人波をかき分けてやって来る。呼ばれて来た場所に、知らない人間がふたり並んでいたことで、その人は少しだけ怪訝な顔をした。けれどもその不信を完全に前面に出すことはなく、人当たりのいい笑みを浮かべてふたりに向き合った。呼んでくれた女子生徒は「それじゃ」と言って離れ、既に他の女子たちと楽しそうに話し込んでいる。


「はーい。なんでしょか」


 目の前に立ったその人の話し方には、少しだけ軽薄さが滲んでいた。けれども不快な感じはせず、あくまで男子高校生の標準的な態度だ。


 この人が依頼人だろうか。柊は自分より数センチほど上にある男子生徒の顔を見た。


「あ、おれたちは文研部員なんですけど、あなたが沖野先輩ですか?」

「あー……、ああ、うん俺が沖野であってるよ」


 諒が「文研」という名を出した途端、一瞬だけ沖野が目をすがめた。それは文研部員だと言うふたりの後輩を怪しんでというよりは、周囲に聞かれていないかと警戒してのものであるように、柊には感じられた。


「ご依頼の件で部長がお話を伺いたいとのことですので、明日の放課後ご用事がないようでしたら、北館3階地学教室、文研の部室までお越しください」


 柊が事務員のごとく連絡事項を述べると、その無表情に驚いたのか、面食らったように沖野が目を開いて眉を上げた。にこやかに隣に立つ諒を見て、敵意はないようだと判断したらしい。ひとつ浅く頷いて、了承の意を示す。


「あー、わかった。明日は特に用事なかったと思うから、放課後行くわ」

「承知しました。部長にお伝えしておきます」


 またも高校生としては丁寧すぎる敬語で返した柊に、再度驚いた後、沖野は苦笑して「じゃ、連絡ありがと」と軽く手を振って教室の中へ戻っていった。


「なんで学年が違うおれらが行かなきゃいけないんだか」


 まったく、とため息を吐きながら、用は済んだとばかりに諒がにこやかな笑みをいつもの好戦的な微笑に戻し、階段へ踵を返す。柊もそれに続きつつ、「それはしょうがないだろ」と返した。


「部長は今日は先生に呼ばれてるんだし」

「な~にやったんだかね」

「事前にわかってたんだから、別になにかやらかしたってわけじゃないんじゃないか」

「まぁねぇ」


 金曜の放課後に「相談」について知らされた折に、「火曜の放課後に話聞きたいから、ちょっとアポ取ってきてくれる? ぼく月曜の昼は先生に呼ばれててねー」と頼まれたのだ。話を聞く日が月曜でなく火曜なのは、月曜が部活動をしてはならないとなっている曜日だからである。毎週月曜は午後5時完全下校だ。


「……柊、君ちょっと引かれてたね~」


 もともと左部への不満はそれほど持っていなかったのか、からかい気味に諒が話を変える。柊は諒の隣を歩きながら、不服そうに反駁した。


「そんなことない」

「いやあー、やっぱりバカ丁寧な喋り方って、高校生活だと逆に浮いて気持ち悪いよ。もうちょっと崩せば?」

「それは自分でもちょっと思っていた」

「なに? なんかそういうアイデンティティー的な?」

「いや別に」

「なんなのよ」


 階段に足をかけ、互いに少しも顔を見ずに言葉を投げ続ける。


「なんか癖というか」

「へー」

「目上の人だし」

「ほー」

「あんたは年功序列とかに真正面から反抗しそうだよな」

「いやいや、そんなことないよ?」

「ほー」

「真似すんな」

「いやいや、そんなことないよ」

「うっわこいつむかつくわー」

「短気でいらっしゃる?」

「うっざ」

「はは」


 打てば響くような会話が心地好い。こういうときに、ああ、馬が合うなあと感じるのが、柊のちょっとしたお気に入りだった。


「真顔で『はは』とか笑われても……」

「ひどい」

「悲しそうな声すんな。なんなの君のその声芸」

「特技」

「なんの役に立つんだよ」

「……若をからかうのに?」

「うっざ」

「はは」


 たかが1階分の階段など、喋っている間に登りきってしまった。自分たちの教室に入り、既に次の授業の準備を済ませてある自分の席に座る。柊たちのクラスではいまだ席替えを行っていなかったため、変わらず前後の位置関係だ。


 後ろの扉から入るときに必ず目につく、諒のひとつ後ろの席。そこには入学式から1度も誰も座っていない。はじめの頃は皆どうしたんだろうねと興味深そうに見ていたが、今ではもう話に上ることは滅多にない。担任からも何も説明がなかったため、曖昧なままだった。


 そんな不気味とも言える空席を視界の端に入れながら、柊と諒が他愛もない話をしているうちに、授業開始の本鈴が鳴る。


 柊は謎の空席に釈然としないものを抱きつつ、あと3時限か、がんばろ。と前を向いて始業の挨拶をした。


 柊の席は廊下側であるため日は差さないが、今日は全体的に暖かい気候だ。


 ああ、寝るかも知れない──。


 見咎められないよう口元を覆ったてのひらの下で、柊は欠伸(あくび)を噛み殺した。




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