弐
すみません、書くべき順番を間違えてしまいましたので、
2/13 これの前に割り込み投稿しました。
まだ読まれていない方は、重要な回ですので読んでいただきたく思います。
「あ、相談が来てる」
よく晴れた春の午後。春、とは言えどそれは天文学的なものであって、立夏を迎えて一週間ほど経った現在はもう、ほんの僅かにだが夏の気配が感じられる。カーテンの隙間から射し込む柔らかな光が、地学教室に備えられた棚に当たっている。中に収まっている鉱石たちが、きらきらと光を反射して存在を示していた。
「相談、ですか」
教室の外から何かてのひら大の箱を持ってきて、蓋を開いたかと思うと冒頭の言葉を吐いた部長に、ゆったりと座って小説を読んでいた柊が鸚鵡返しに訊ねる。
「あ、言っていなかったっけ」
「何をかわかりませんが、恐らくおっしゃってませんね」
現在、諒の姿は放課後の地学教室にはない。
部活動体験──とも呼べないものだったが──の後、柊は諒と共に担任と顧問に入部届けを提出し、正式にこの文献研究部員となった。ただ、諒の方は柊よりも好奇心が旺盛なのか、生徒会執行部の方にも入部したらしい。兼部も可能なのだ。
柊も諒と一緒に、少々強引な勧誘係の先輩についていったのだが、なかなかに衝撃的な部だった。中学では生徒会と言えば先生と面接をして認められてやっと入れるものであったのだが、この高校では生徒会も「生徒会執行部」というひとつの部活動であり、入部届けを出せば容易に入れる場所らしい。流石に生徒会長は選挙や投票を行って決めるようだが。誘われて入らせてもらった生徒会室は、たぶん多くのひとが想像するような部屋とはかけ離れていたと思う。
中館──北館と南館を繋ぐ渡り廊下の役割を果たしている棟だ──の三階のはしっこに存在するそこは、普通の教室を三等分したうちのひとつのような間取りで、幅が引き戸ひとつぶんプラス縦に長細い窓ひとつぶん程しかない。そこまではまだ良かったのだが、「入部希望者連れてきましたぁ!」と勧誘係の人が声をかけるのを聞きながら鴨居をまたいだその先では、数人の先輩方がトランプ(見たところババ抜きのようだった)に興じていた。入ってきたのが先生だったらどうするんだと呆れると同時に、入り口の前に、視界を遮るように置いてあった二枚のパーテーションはそのためか、と納得した。
ただでさえ狭い部屋を更に狭っ苦しくしている棚の中身を流し見ると、ウノだの卓球のラケットや玉だの、大きな声では言えないようなものたちが並んでいた。良いのかこれで、生徒会。
聞くと、行事がほぼないこの時期はだいたいこうして遊んでいるとのこと。「変わりに、行事の時期になったらくっそ忙しくなるけどね~」「あははーここの教師文句だけ言ってきやがるくせに、なぁんにもしやがらないからさ~」と据わった目で笑っている先輩方は、恐ろしかった。
愉快な先輩方と遊ぶのは楽しそうではあったが、行事に携わるのが面倒で、柊は遠慮したのである。諒は面倒さ以上に、この学校の情報を握れることが魅力的だったらしいが。ユーモアのある──いたずら好きとも言う──先輩に短時間で懐いているように見えたので、それも理由のひとつかも知れない。相変わらず愉快犯な友人である。
とまあそんなわけで、諒は火曜と金曜にはミーティングがあると言って生徒会の方へ行っているのだ。今日は金曜日である。ミーティングとは言いつつ、例によって面白おかしくあの狭っ苦しい部室で遊んでいるのかもしれないが。しかしもうすぐ文化祭があるはずなので、その準備も本当に忙しくなりつつあるのかも知れない。
普通文化祭と言えば10月頃のイメージだったのだが、ここでは6月下旬に行うらしい。代わりに体育祭は10月に開催されるとか。聞いたところによると、はじめに行事を協力して乗り越えることでクラスの絆を深めるためだとか、秋に行ったら3年生の受験勉強に差し障るからだとか。こんなに早くに文化祭を行っても、ろくに準備もできなさそうだと感じるのは柊だけだろうか。これから自分たちも忙しくなりそうである。
ちなみに文研への入部届けを諒と連れだって担任である糸原に提出しにいったときには、あからさまに奇妙なものを見る目で見られたし(教師としてどうなんだと思わなくもなかった)、文研の顧問である猿渡には「えぇ、うちに入るの? 今年は豊作だなあ」と大きめの声で言われた(ふたりで豊作という言葉が出てくる時点で終わっている気がする)。おかげで、国語準備室にいたほぼ全員の教師に注視されてしまった。やめていただきたい。隣に立つ諒は、何故かノリノリで「そうなんですよ~。おれたち、廃部の危機を救った救世主ですよね~」と言っていたが。勇気がありすぎるのも考えものだと思う。
「この文研って、普段は読書部みたいになってるけど、御用聞きのようなこともやってるんだよね」
「御用聞き」
「ああ。だいたいが生徒からの相談だけど、まれに先生からくることもあるかな」
察するに、赤く塗られたボロい木箱から取り出されたメモ用紙が、その「相談」が書かれた紙らしい。
「先生からも」と聞いて、これまで大した実績もなさそうなのに存続できているのはこれがあるからか、と柊は失礼なことを考えて、勝手に納得した。
「どんな相談がくるのですか」
落とし物を探してほしいだとか、勉強を教えてほしいだとかだろうか。柊はそれくらいしか、生徒の望みが思いつかなかった。しかしその程度の相談ならば、見ず知らずであろう文研に頼むだろうか。
「んー。たぶん君の考えている系統とは、だいぶ違うかな。こんな奇人変人倶楽部に持ち込まれる依頼が、そんなに『普通』なはずがないじゃあないか」
奇人変人倶楽部って。
自虐でなくむしろ若干誇らしげに言い放った左部に、柊は呆れの視線を送る。
その後続いた左部の返答は、色々と想像してみていた柊に、けっこうな衝撃を与えるものだった。
「文献研究部に持ち込まれる相談はね、総じて生徒たちや先生方が、自分の手には負えないと感じた厄介だ。要するに、──」
柊は面倒なことに巻き込まれそうな、確信に近い予感に、大きなため息をついた。
さっそく、この部を選んだことを後悔しそうだ。
この度は拙作を読んでいただきありがとうございます!
日曜に1話割り込み投稿いたしましたので、次話投稿は水曜になります。




