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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
零のカイ 曰くつきの地学教室
22/45

拾伍




「……隠す気、あまりありませんでしたよね」


 左部(さとり)から一通り聞き終え、それじゃあそろそろ……となったところで、(ひいらぎ)は「少し先輩に訊いておきたいことがあるから」と言って先に(りょう)だけ帰らせた。「え、待っとくのに~」としぶる諒を「いいから。長くなるし」と彼の鞄と共に地学教室の外へむりやり押し出し、扉をきちんと閉めてシャッと真っ黒な遮光カーテンを引いた柊は、「またねー」とひらひら手を振っていた左部へくるりと向き直った。


「なにを?」


 彼は、初めて会ったときと変わらぬ微笑を浮かべている。白々しい。


 柊の目について言及されたとき、ほんの少しだけ彼の心情がさらけ出されたことで緩んでいた警戒が、再び強くなるのを柊は感じた。


()()()に関する色々を。流石にあなたの先祖については言えなかったようですが」


 あなたには、若松(わかまつ)がド素人であるとわかっていたはずです。と続けた柊に、左部はふ、と吐息のような笑いを溢す。


「君も、もうぼくに君の家のことを隠す気はなさそうだね。君の姓にはちょっと聞き覚えがあったのだけれど、やっぱりぼくの記憶は間違っていなかったみたいだ。四辻(よつつじ)って、祓い屋の一族でしょう? ふるい祓魔(ふつま)の家系だ」

「……はい。そうらしいですね」


 柊の家は、左部の言ったとおり、祓い屋を代々の家業としている。祓い屋の他にも、祓魔師や退魔師などさまざま呼び名はあるが、そのどれもがほぼ同じ内容の仕事である。人間にとって害ある()()()のもの──カイが違うものたちを、祓う。ときに封印や浄化も請け負ったりはするが、たいていが祓いの依頼であると、柊は本家の者から聞いていた。


「まあ、ぼくは君たち祓い屋と敵対する気は欠片もないから、安心してくれていいよ。あ、もちろん、ぼくの一族引っくるめて全員が、ね。ぼくらは妖怪の末裔であるとはいえ、今はもうほとんどがただの人間だ。ぼくも含めて、見えない者の方が多い」


 感受性がちょっと豊かな一族だと思ってくれればいいよ。左部はにっこりと笑った。


 祓い屋はその仕事柄、カイの違うものたちから敵対視されることも多い。左部の言葉は、それを考慮したものでもあるのだろう。柊はひとつ息を吐いた。


「それで、君はなにがしたかったのかな?」

「……なに、とは」


 どちらかと言えば自分がそれを訊ねたかった柊は、左部の質問の意図がわからず、内心少し不機嫌になりながら首を傾けた。


「だって、君の態度、ずっとおかしかったんだもの」


 左部の長い人差し指の先端が、柊を向く。


「君がなにも教えていないだろう若松くんに()()()のことを知られたくなさそうにする割に、彼が自ら呪いに触れようとするのを止めなかった。その後ぼくがペラペラと講釈を垂れるのも遮らなかった。このふたつの行動からは、君のことが彼にバレてもいいと君が考えているようにもとれるけれど」


 ピッと2本の指を立て、少しの間を開けてから、


「君は彼に嘘をついた」


 にやりと笑った。


 柊が眉ひとつ動かさずに彼の指から視線を僅かに逸らして、「嘘……?」と呟く。


「うん、嘘。君、ほんとは石の声、とてもはっきり聞こえてたでしょう。若松くんのチューニングが合う前から、彼と同じくらいはっきりと」


 一切の迷いなく言い切った左部に、柊は答えない。いや、答えられなかった。左部の指摘は、事実だったから。


 目の良さは気づかれてしまったけれど、耳に関しては知られていないと思っていた。


 しかし事実だとはいえ、はっきりそうです、と認めるのも癪に障るし、かといって何か確信を持っていそうな相手に対してそんなことはありませんとしらを切るのも、みっともないような気がする。


「…………」

「……君は、どうしたかったの?」


 結果だんまりを決め込んでしまった柊に、左部が手を下ろして再度訊ねた。先程より、ほんの僅かに優しい調子で。


「…………最近わかったのですが、親しい間柄になるほど、何も話せなくなっていくのですね」


 質問には答えず、長い沈黙のあと柊は静かに話し出した。


「それは……、どうして?」

「…………嫌われたくない。離れて行かれたくない。あいつの知らない俺の一面を知られて、この関係が壊れてしまうのが、とても──」


 自分の感情を言い表すのにちょうどいい言葉が見つからず、目をうろつかせて言い淀んだ柊に、左部は間髪入れず「怖い?」と切り込んだ。柊は狼狽える。


「…………」


 怖い? そうだ、怖いのだ。居心地の良いこの居場所を失ってしまうのが、とても怖い。


「……今も、俺はたいして知りもしないあなたに俺の思考を打ち明けている。……きっと、『この人はこういう人間なのだ』という先入観だとか、なにかそういったものを持たれていないから、それを壊すのを怖れなくていいのでしょう」


 けれど、怖がってばかりでは、この先きっと困ることになる。このままでは自分の家の関係で諒にまで危害がいったとき、自分が傍にいなければ、諒に身を守る術はない。あらかじめそういった知識があるのとないのとでは、大きく違う。いい加減、自分のことを話さなければ。何かあって、後悔してからでは遅いのだ。


 ──わかっている。ちゃんと、わかっている。


 はく、と口を動かして、何を言おうか迷った後。自分の口から出た思わぬ本音に柊は驚きつつも、きっとこれも(サトリ)のせいだと己を誤魔化して、そのまま言葉を紡いだ。


「……ですから、俺は、これもよい機会なのかも知れないと思って」

「君の秘密をさらけ出すのに?」


 穏やかで柔和なこの先輩は、その笑顔に似合わず存外直截な物言いをする。責められている訳ではないのだとわかっているが、そんな気分になって、ぐっと喉が詰まった。


「……はい」

「ぼくと君の出会いは、その序章だった、という訳か」

「はじめは本当に、普通に部活動体験をするつもりで来たのですがね……」


 まさかこんな流れになるなんて。柊はため息を吐く。


 確かに部屋に結界が張られていることには気づいたが、誰もこんなところに本物の怪異が転がってるなんて思わない。おまけに妖怪の末裔つき。


 ──そっか。


 そう独り言のように呟いた左部が、今何を考えているのか。柊にはわからなかった。


「……まあ、君が勇気を出せるように祈っておくよ」


 諒がここを出る直前、彼に言ったのと同じようなことを、今度は柊に向けて告げた。何を考えているのか読み取れない微笑を添えて。


 常に浮かべられている微笑みは、やっぱり真顔よりも厄介だ。


 柊はいたたまれなくなって身動いた。


「──何はともあれ、来週から楽しくなりそうだね」

「……は、」


 唐突に何故かにやりと笑って言い放たれた言葉に、柊は一瞬疑問の息を漏らした。が、あまり間を開けずにそういえばと思い出す。


 もう既に、諒と共にこの文献研究部(ぶんけんけんきゅうぶ)に入部すると言っていたのだった。入部届けは今からでも提出できるが、きちんと入部が受理されて活動できるようになるのは来週の水曜からだと糸原が説明していた気がする。恐らくそれのことだろう。目の前の静かな笑い上戸の存在は面倒そうだが、入部すると言った発言を取り消す気もない。


 柊は渋々ながらも、無表情に「……これからよろしくお願いします、サトリ先輩」と返した。これから世話になるであろう相手に対してのものとしては、少々無愛想だったかも知れない。


「ああ、」


 そんな柊の態度は、不快ではなかったようで。


 嫌いではないがなかなか好きにもなれそうにない先輩は、頬杖をついたまま、さも愉快げにレンズの奥の瞳を細めた。


「よろしく、四辻くん」




 いれる場所がなかったので、ここに


「そういえば、なぜ若松を引きずり込んだのですか。普通に入ってくるのを待てばよかったのでは」

「んー? なんかもだもだしててさっさと入れてしまえってなったのが半分、面白そうだなと思ったのが半分、かな」

「…………」

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